「…………どうしてこんなことに」
秀華高校文化祭当日、茜はそう言って天井を見上げる。1-2組で開かれたメイド喫茶で、彼は燕尾服を着て接客させられていた。
「柊木くーん、お客様だよー」
「──お帰りなさいませお嬢様、お席にご案内致しますね。……こちらです」
「切り替え早いな~」
赤の他人ではないが知り合いというほどでもないメイド服を着た同級生の言葉をよそに、一人だけ燕尾服でやや浮いている茜は、客である女子生徒に表情を悟られないように取り繕う。
「あのー、この『美味しくなる呪文』って執事さんもやってくれるんですか?」
「執事がやるのは明日からなんですよ」
「ガーンですね……」
残念、とでも言いたそうな顔の生徒は、メニュー表を指差して商品を指定する。オムライスしかないため悩む必要もなく、しれっと嘘をついて踵を返した茜が調理役の同級生に言った。
「店長、オムライス一丁」
「口調口調。てか店長じゃないし」
「すまんバイトの癖が出た」
「ん? 柊木くんって居酒屋系?」
「いやライブハウス」
「どっから『一丁』が出てきた」
「さあな」
あははー、と笑う同級生は、冷凍食品のオムライスを電子レンジに入れる。
「……こんなメイド喫茶、他にないだろうな」
「あったら嫌でしょ。いや仕方ないじゃんメイド服と燕尾服買ったら予算尽きたんだもん」
「それぞれの服の数を半分に減らして最初から男女混同で接客するようにすれば、空いた予算でサイドメニューくらいは出せたと思うが」
「………………はいオムライス一丁ォ!」
「誤魔化したなこいつ……」
ホカホカと湯気を立たせるオムライスの皿を受け取りながら、茜はため息をついていた。
──事の発端は、1-2組のメイド喫茶を見に行ったとき、後藤ひとりが居なくなったという報せを受けたことだった。
「やっほーぼっちちゃん!」
「ぼっち、もてなせ」
「……先輩……」
「ん? どしたの?」
単純に遊びに来ていた虹夏とリョウも交えて話を聞くと、茜はなるほどと呟く。
「──えーっ!? ぼっちちゃんが居なくなったぁ~!?」
「メイド服を着せたら、トイレに行くって言ってそれっきりで……」
「あいつが逃げるときの常套句だな。俺に何も言わなかったのはバレるからだろう」
「そんなに嫌なら言ってくれればいいのに」
「それが出来たら苦労しない生態なんだよ」
自分は慣れているが、クラスメートにとってはひとりの奇行は扱いづらかろう。茜が思案して、仕方がないとかぶりを振る。
「探すしかないか」
「そうだね! ぼっちちゃんを見つけよう」
「柊木くん、入れ違いになったら困るから、貴方はここに残っててくれる?」
「……ああ。頼んだ」
喜多の提案に賛同しつつ、二人が面倒くさがるリョウを引きずって連れていった光景を見送る茜。それからふと、視線を感じて振り返った。
「柊木くんって後藤さんの知り合いなの?」
「幼馴染だ。家が隣で、付き合いは長い」
「そうなんだ~~いいね、そういうの」
「そうか?」
ひとりのクラスメートの二人、それぞれが紅茶とミルクティーのような髪色の少女は、悩むようにちらちらと茜を見ると、決心したような表情で提案してくる。
「あの、柊木くん!」
「────。言いたいことはわかる、ひとりが居ない分の人手が欲しいんだろ」
「……お願いできないかな……?」
既に察している内容の提案に、深く息を吐いて、茜は二人に向き直る。
「いいぞ」
「本当!?」
「燕尾服、どこにある?」
──助けを乞われたなら、それには応えるべきだ。そう思案する茜の頭に、手伝わないという選択肢はそもそも存在していなかった。
──茜の誤算は、メイド喫茶の中で一人だけ燕尾服を着ている男子が居ることがどれだけ目を引くかを想定しきれなかったこと。思った以上に客の入りが多く、STARRYとはまた違う『店』の雰囲気に、結果としてげんなりとしていた。
「……ん」
オムライスを机に置いて離れると、おもむろに懐の携帯が震えて着信を知らせる。
画面のタッチが出来なくて手袋の指先を噛んで外し、そのまま咥える茜は、その動作を見た客の黄色い悲鳴を聞かなかったことにしながらメッセージを読み込んで視線を上げた。
「ひと──後藤が見つかったそうだ」
「そうなの? 良かったぁ」
「そういうわけで、俺は喜多たちと合流するから手伝うのはここまでだ」
「……そっか」
ひとりのクラスメートにそう言うと、ようやく勢いが乗ってきた辺りで辞められるのか、というシュンとした顔をする。それを見た茜は、僅かばかりの罪悪感と『始めたからには』という使命感を煽られたように口を開いた。
「……
「い、いいの?」
「やっぱり、今日だけでも付き合うのが筋だしな。後藤を連れ戻したらまた手伝ってやる。休憩がてら席を外してることにしといてくれ」
手袋を着けなおして、そう言って宣伝用の看板を掴んで教室を出る。
『1-2 メイド喫茶』と書かれたそれを肩で支えるように担ぎ、三人とひとりの元に向かう傍らで生徒や客からの注目を否応なしに浴びる茜は、姿勢を崩さないように歩きながらぼやいた。
「……俺はいつも言ってから後悔してるな」
それから宣伝しながら歩き回り、四人と合流してしばらく。看板で手が塞がっている茜は、喜多たちの買ったクレープを口に突っ込まれる。
「柊木くん、あーん♡」
「茜くんこれもあげる~」
「茜、食え」
「俺の口の中でチョコバナナ味とストロベリー味とツナマヨコーンが戦争してるんだが?」
眉をひそめながらも、モゴモゴと口を動かしなんとか飲み込む茜。
制服の喜多と私服の虹夏とリョウ、メイド服のひとりに燕尾服の自分と、混沌を極めた集団と化した五人は、出し物を楽しみながらメイド喫茶である1-2組に戻っていた。
「……それにしても、そんな格好させられたからって逃げるんじゃないぞ」
「あっ、うっ、ごめんなさい」
「お陰で俺もこんな格好だ」
「あっ、でも、カッコいい……よ?」
「そりゃどうも。……なあ、ひとり」
「?」
廊下を先頭で歩く茜は、なんとなく気になったことを質問する。
「なんで中に着る筈の服を着てないんだ?」
「……あっ、えっと、は、入らなくて」
「ああ、なるほど。他の生徒の平均サイズでまとめ買いしたのか」
「……………………」
「……………………」
ちら、と横目で背中に引っ付いたままのひとりの胸元を見る。なぜ自己評価が著しく低いひとりが露出しているのか謎だったが、茜はサイズ事情を察して合点のいった表情をした。
そしてひとりの返答を聞いて凄まじい顔をしている喜多と虹夏には敢えて触れず、ようやくとひとりを連れ戻すことに成功する。
「お帰りなさいませ~お嬢様~」
「柊木くんもお帰りー。……男の人版ってなんて言えばいいんだろ?」
「お坊ちゃんとか?」
「柊木くんは……なんかお坊ちゃんって雰囲気ではなくない?」
「じゃあ──お兄様とか?」
「うーん、ここは旦那様も捨てがたい」
「好きに呼べよ……」
ひとりのクラスメートの二人がそう言って、きゃっきゃと言葉を弾ませる。
茜は接客が出来るかも怪しいひとりに看板を任せて出入口の脇に魔除け代わりに立たせると、一応はと色んな教室で物を触れて回った手袋を予備に取り替えた。
「虹夏たちも、客として座っといてくれ」
「虹夏たち~~~? ちっちっち、茜くぅん……呼び方が違うんじゃな~~~い?」
「急にウザくならないでもらえますかお嬢様。とっととお座りくださいませ」
「敬語が怪しいぞ茜くん!」
ニヤニヤとからかうそぶりを見せる虹夏をあしらって、とりあえずと水を出す。それから「すみませーん」という呼び声を耳にして、二人席の男女の元に向かう。
「オムライス2つくださーい。……いやあ、この学校、楽しいですねぇ」
「俺の高校時代は……〆切に追われていて大変だったからな、これも新鮮でいいものだ」
「苦労されたようで……」
猫耳カチューシャを頭に付けた女性と気苦労の絶えなさそうな男性が、ジェスチャーでメイド生徒に注文を伝える茜と会話を交わす。
「お二人は、どんな学校に?」
「あ~……星ノ辻って知ってる?」
「──中高一貫のところでしたっけ。俺の好きな小説家がそこの卒業生なんで覚えてます」
「俺とこの人も、そこの卒業生でな。あの頃は同人ゲームとか作っていたんだ」
「そうなんですか」
どことなく遠い目をするメガネの男性は、懐かしむように口を開く。
「まあ、先輩の卒業と俺たちの進級に合わせて部活も畳むことになって……それもいい思い出だったな。よかったら、遊んでみてくれ」
「あ、どうも」
男性が足元のバッグから取り出したCDケースを受け取り、茜はそれを懐に仕舞う。オムライスの解凍担当が手招きする様子を見て、軽く会釈してその場を離れて取りに向かう。
「ごゆっくり」
皿二つを二人の机に置いて、他の客を対応しようとしたその時──茜は、聞き覚えのある声を聞いてピクリと眉を跳ねさせた。
「んははは、クソガキが愉快な格好しとる」
「茜く~ん、来ちゃった♡」
「うげぇ……………………っ」
のそりと扉を潜るように屈んで入ってきた女性と、その後ろを着いてくる女性は、黒にピンクと水色という派手な配色の髪をしている。
『今この場で燕尾服姿を見られたくない相手選手権』があれば同率1位を記録したことだろう二人、楽器店の姉妹ことアカネたちが、なぜか世紀末的風貌の男たちを連れて来店していた。
「……不良のカチコミか?」
「ほんまにしたろか」
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