【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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ロックアイス・ざ・ろっく

「あと20分……あと20分……あと20分……」

 

 呪詛のようにつぶやいて、後藤ひとりは氷風呂に首まで浸かる。口から緑の液体を垂らしてぶつぶつ呟く彼女を、茜は憐憫の目で見ていた。

 

 

 

 

 

 それは、数日前の話まで遡る。初ライブ後に茜経由で虹夏から呼び出しを受けたひとりは、彼と共に再び下北沢に訪れていた。

 

「あ」

「あっ、茜くん? どうしたの?」

「一昨日通販で注文した商品の支払い番号が今になって発行された」

「あっ、あるあるだ……」

 

 足を止めた茜がメールの着信を確認し、考えるように視線を動かすとひとりに告げる。

 

「さっさとコンビニで支払ってくるから、先にSTARRYに行っててくれるか」

「えっ?」

「虹夏とリョウに会ったらひとりのロインと連絡先交換しとけよー」

「え゛っ!? ち、ちょっ、と、待っ」

「すぐ追い付くから、あとでな」

 

 それだけ言って、茜はそそくさとその場から消える。残されたひとりは数秒固まってから歩き出し、言われた通りにSTARRYへと向かう。

 

 STARRYに到着したひとりだが、問題が一つ。それは、傍に茜も虹夏もリョウも居ないことで、入ることを躊躇われること。

『自分なんかが』というネガティブ思考は中々改善出来ることではなく、結果として、ひとりは茜たちがやってくるまで立ち往生していた。

 

 

 

 30分後、わかりやすく額に青筋を立てた茜は、眉間にシワを寄せながら歩いていた。

 

「……まさか新人研修にタバコを番号で注文しない不良と電子決済のやり方を知らない老人をぶつけるコンビニがあるとはな……」

 

 想定外のアクシデントで時間を取られ、足早に店へと向かった茜が見たのは、階段の前で下を見下ろす虹夏とリョウの姿だった。

 

「なにやってるんだ?」

「お、茜くん。そっちこそ」

「俺は新人店員のチュートリアル客を……これはどうでもいいか」

「茜、アレ見て」

「ん?」

 

 リョウに階下を指差され、茜は彼女の肩越しに覗き込む。その先では、何故かひとりが扉の前でうろうろと右往左往している。

 

「……なんで声掛けないんだよ」

「あの動きを見てたくてつい」

「ついじゃないが……ったく」

 

 悪びれた様子もなく答えるリョウを尻目に、茜は階段を降りて行く。

 狭い空間でうろうろしていたひとりが足音に気づくと、茜を見て顔色を明るくした。

 

「あっ、あっ、あっ、あっ」

「カオナシ、さっさと入るぞ」

「あっ、うっ、だって、すぐ追い付くって言ったのに全然来ないから……」

「語るも涙な事情があったんだよ」

 

 ほら、と言って茜は扉を開けて押し込み、階上の二人にも視線を向けた。

 客の居ないホールでテーブルを囲んで、四人は椅子に座ると虹夏が仕切り出す。

 

「はい! ということで、第1回結束バンドメンバーミーティングwith茜くん添えを開催しまーす。拍手! パチパチパチ!」

 

 まばらな拍手を前に、虹夏は続ける。

 

「それじゃあえっと…………思えば全然仲良くないから何話せばいいかわかんないや」

「身も蓋もない……」

「そんなときのためにこんなものが」

「いいねぇ~」

 

 根本的な問題点にぶつかり、それからおもむろにリョウがサイコロを取り出した。

『バンジージャンプ』と書かれている面を、茜は見なかったことにする。

 

「早速ほいっ。なにがでっるかなっ、なにっがでっるかっなっ」

「ででででんでんででででん」

「それはちょっと危ういぞ……お」

 

 リョウの口ずさむフレーズに危機感を抱きつつ、茜がふと、虹夏が投げて足元に転がってきたサイコロを確認して持ち上げた。

 

「ん」

「ありがと茜くん。はい学校の話~! 略して『がこばな』!」

「はいどうぞ」

 

 サイコロを受け取ってそう言った虹夏の隣で、リョウはひとりに催促する。

 

「えっあっ……あ、そういえば、二人とも同じ学校……なんですね」

「そう、下高だよ」

「家近いから選んだ」

「じゃあ、二人は家この辺なのか」

 

 ひとりに継いで口を開いた茜の問いに、リョウは頷き虹夏が答えた。

 

「うん、というかこの上だよ。……あれ? そういえば二人とも秀華高でしょ?」

「そうだけど、俺とひとりは片道二時間の電車に乗ってるから家は遠い」

「えっそうなの!?」

「あっはい、その、高校は、自分の過去を誰も知らない所に行きたくて……」

「この話やめようか!」

 

 どんどん表情が暗くなっているひとりに対し、虹夏が遂にドクターストップを掛けた。

 次の話題をと投げたサイコロは、今度は別の面を上にして止まる。

 

「次は……音楽の話~! あたしはメロコアとか、いわゆるジャパニーズパンクかな」

「私はテクノ歌謡とか……最近はサウジアラビアのヒットチャートを……」

「はいそこ嘘つかない。茜くんとぼっちちゃんはどんなの聴いてるの?」

 

 じとっとした目付きでリョウを睨む虹夏は、視線を二人に戻して問いかける。

 

「俺は広く浅くなんでもだな。小さい頃は家にレコードがあってジャズとか聴いてた」

「へぇ~! いいなあそういうの」

「あっ、私は……青春コンプレックスを刺激する歌以外ならなんでも」

「ん? 青春コンプレックス?」

 

 ──そんなジャンルあったっけ。と小首を傾げた虹夏に、一人の世界に入ったひとりをよそに茜が代表して口を開いた。

 

「あー、アレだ。夏とか海とか愛とか恋とか、ひとりの私生活とは無縁のキラキラしたワードをコーティングした感じの……アレ」

「なるほど……アレ……」

 

 ギターのゆるキャラめいたイマジナリーフレンドと会話をしているひとりを見て、茜の話を聞いた虹夏は合点の行った顔をする。

 

「おーいぼっちちゃん?」

「ああいう曲聴いてると鬱々としてくる」

『逆に青春時代を歌詞に叩きつけてるバンドは大好物だよね!』

「うんうん。けど好きなバンドが学生時代から人気者~なんて知ったら、急に遠い存在に思えちゃったりして……」

「おーい、おねがーい、一人の世界に入らないで戻ってきてー!」

 

 見えないナニカと話をしているひとりを、茜は見慣れた様子で無視し、虹夏は恐ろしいものを見ているような顔で声を荒らげた。

 

「ロックとは負け犬が歌うから心に響くのであって……成功者が歌うと、それはもうロックとは言わない……」

「おーい! みんな結束してよー! ちょっと、茜くん!? これどうにかして!?」

「ほっときゃ直る。それか斜め45度の角度で後頭部をチョップすると戻るぞ」

「ブラウン管テレビじゃないんだよ!?」

 

 

 

 ──それからやいのやいのと言っていると、戻ってきたひとりに安心した様子で、虹夏は三度目のサイコロを投げた。再び止まったサイコロを拾い上げ、彼女は言う。

 

「『ライブの話』……えっと、そうそう。初ライブはインストだったけど、次はボーカルを入れたいんだよねぇ~」

「あっ、そうなんですか」

「ほんとは逃げたギターの子が歌うはずだったんだけど、あの子どこ行ったんだろ。ボーカルまた探さなきゃな~私は歌下手だし」

「茜にやってもらえば?」

「俺のカラオケの点数は89くらいだ」

「び、微妙……」

 

 リョウの問いにあっけらかんと答え、茜は虹夏に人の事を言えない反応をされた。

 

「そもそも俺がボーカルだと、女三人侍らせてるヤバイ絵面のバンドになるだろ」

「今既にそんな感じだし、ロックじゃん」

「……そういうリョウはどうなんだ」

「フロントマンまでしたら私のワンマンになってバンドを潰してしまう……」

「その自信、ひとりに分けてやれ」

 

 嘘泣きまでして結束バンドの今後を憂うリョウに呆れつつもそう言い、茜はかぶりを振る。

 

「そうだ! ボーカル見つけたら曲も作ろうよ~、リョウが作曲出来るし、歌詞に禁句があるならぼっちちゃんが書けばいいよ!」

「えっ!?」

「どう? 名案じゃない?」

 

 そう提案する虹夏だったが、二人の役割を横で聞いていた茜がふと質問した。

 

「リョウが作曲、ひとりが作詞、虹夏はなにをするんだ?」

「………………えい、次はノルマの話ー」

「こ、こいつ……!」

 

 にこりと笑って、虹夏はサイコロを投げた。堂々と聞かなかったことにした彼女の性格のよさに戦慄しながらも、深掘りする程ではないかと話題の切り替えに乗っかる。

 

「……まあいいか。で、ノルマって?」

「例えば、昨日出たライブはブッキングライブっていうんだけど、ライブ側にはライブハウス側から集客を保証するためのチケットノルマを課せられてるの」

「──なるほど、ノルマ以上売れれば、結束バンドとライブハウスの収入になるのか」

「そそ。でも逆に、ノルマ以下でチケットが売れてないと、ノルマに届かせるためにこっちがお金を支払わないといけないんだ」

 

 学生のバンドといえど商売か、と。茜は世知辛い実情に脳内で大変そうだと独りごちる。

 

「昨日のライブはあたしの友達がけっこう来てくれたからチケットも捌けたんだけどね~」

「あの出来じゃ2回目は来ない」

「だよね~。リョウは友達居ないから集客もアテにならないしぼっちちゃ────茜くんの方とかライブ好きそうな人居ない?」

「どうだかな」

 

 肩を竦める茜は、なんとなく脳裏に赤髪の少女を思い浮かべるが、すぐに選択肢から消す。普段から誘いを断っているのに、自分の時だけは都合が良すぎるだろう……と。

 

「まあ~そんなわけで当分ライブのために数万円必要だから、ノルマ代・機材代その他もろもろ稼ぐためにバイトしよう!」

「はあ…………バイトぉ!?

「お前の大声初めて聞いたな」

 

 真横で叫ばれ片耳を押さえる茜がそう言うが、本人は自分の世界に入り込んで思考の海に意識を向ける。──暫く戻ってこないな。と判断した茜は呆れ気味にため息をついた。

 

「しかしバイトか」

「茜くんは……嫌、だよね、バンドメンバーじゃないのに、メンバーのためにわざわざタダ働きしないといけないわけだし」

「うん? ああ、いや、ひとりが不安だから手伝ってもいいならやらせてもらうが」

「ほんと!?」

「いいよ別に。俺の分のバイト代も使ってくれて構わん、ひとりの為でもあるし」

 

 ──それに暇だし。とは言わなかったが、ふと視線がかち合ったリョウが茜に質問する。

 

「ねえ、茜」

「ん?」

「茜って誰にでも名前呼びでタメ口なの?」

「今さらだな……まあ、俺は基本的に同年代とはこんな感じだが、流石に目上には丁寧語を使うし。ダメなら直すから言ってくれ」

「直さなくていいよ、気にしないし」

「あたしもそこまで目くじら立てないよ」

「そうか」

 

 無表情だが本当に気にしていない様子のリョウと笑顔で答える虹夏。茜はそうは言いながらも、一人だけ例外が居たことを思い出す。

 

「……そういえば、クラスメートには『絶対に名字で呼んでほしい』ってお願いしてきたやつが居たな。そいつだけは名字で呼んでる」

「へぇ~、どんな名前なの?」

「気になる」

「恥ずかしいから口にしてほしくないんだと。だから内緒。ただ……いい名前だとは思うんだが、本人の問題だから仕方ない」

 

 人当たりよく、善良。可愛げもあって、しかしそんなお願いをしてきた少女の話題で時間を稼ぎつつ、茜はひとりの意識が戻ってくるのを待ち、そういえばとバイトの話題に戻した。

 

「アルバイトは……この店でやるのか」

「うん! あ、大丈夫だよ、店長はあたしのお姉ちゃんだから。あとで話通しておくね」

「そうか。……おーいひとりー、そろそろ戻ってこい話が進まないから」

「────はっ!?」

「あ、起きた」

 

 ひとりの眼前でパチパチと指を鳴らした茜の行動で、ハッとしたひとりが現実に戻ってくる。その後STARRYでバイトをする話をし、参加するか否を問われたひとりが断る勇気を出せずに参加することになってしまったのは言うまでもない。

 

 悲しいことに、土壇場で嫌なものを嫌だと断れるだけの胆力があるのなら、ひとりは今のような人生を歩んでいないのだった。

 

 

 

 

 

 ──そうしてバイトを控えた前日。

 後藤ひとりは、自室にて、茜にしがみついて嗚咽を漏らしていた。

 

「うっ、ううっ、う、ううう~~~」

「そんなに嫌なら断ればいいものを。自分で言うのが嫌なら俺から言ってやれたぞ?」

「ううっ、うっ……そ、そんなことしたら、虹夏ちゃんたちに変な目でみられる……それに断ったら嫌われちゃうし……」

「考えすぎだろ」

 

 胡座を掻いて座る茜に、コアラのように真正面からしがみつき、両手両足を背中に回すひとりのネガティブな思考を聞き流す。

 茜はひとりの肩に顎を乗せ、彼女の背中に回した手で小説を読み進めている。

 

「嫌なことが積み重なるとこうやって甘えるの、そろそろ卒業してくれよ」

「うっ……あっ、あ、茜くんは、い、嫌なの?」

「男としちゃあ複雑なんだよ」

 

 片手であやすように背中を叩く茜は、普段のジャージではない、黒いロングスカートに白い服を合わせている彼女の姿に目を逸らす。

 後藤母の買ってきた服を外で着るのは恥ずかしいからと着ようとはしなかったが、今では逆に茜が居るときの部屋着に使っているひとり。

 

「……なにもかもがちぐはぐ過ぎる……」

 

 いつもは猫背とジャージが合わさって隠れているモノを地味で粗末だと思い気にしないひとりは、無自覚にそれを茜に押し付けていた。

 ため息混じりに、誤魔化すように。茜はしがみつくひとりに提案をする。

 

「風邪でも引けば、自然に休めるんだけどな」

「か、風邪……」

「まあ引こうと思って引けるものではないだろうしなあ。それこそ雨で体を冷やすとか」

「冷やす…………! そ、そうだっ!」

「なんだ?」

 

 なにか思い付いたように、ひとりはそう大声を上げて体を逸らす。バランスを崩して背中から畳に落ち、起こされた彼女は大急ぎで着替えて早速と財布を手に外出する。

 

 

 

 

 

 

 ──十数分後に帰って来たひとりは、大量の氷を荷物に、そのまま風呂場へと向かう。そうして氷風呂を作り、スクール水着を着て自ら拷問されに向かい、冒頭へと戻るのだった。

 

「あと20分……あと20分……あと20分……」

「まさか本気で風邪を引こうとするとはな」

 

 その行動力をバイトで活かせればなあ。と、出来ない話をするわけにもいかず、茜は黙ってひとりの妹・ふたりと共に拷問を見守る。

 

 ──茜は言わなかった。風邪とは免疫機能が低下した後に菌を取り込むなどをして引き起こされる病気であることを。それはただ体を冷やしただけでは()()起こらないことを。

 

 しかし言わない……! そんな無粋なことは……! 彼女の努力が無駄になるから……! 

 

「お兄ちゃん、あれなに?」

「俺たちには救えぬものだ」

 

 当然だがこんなことをしても風邪を引けるわけでもなく、ひとりは自身の頑丈さを嘆くことになるのだが、そんなことも露知らず──当の本人は静かに沈んでいった。

 

「あっ! あーあーあーっ、ったく」

「うぶぶぶぶぶ……」

 

 袖を捲って両手でひとりを引っ張りだし、茜はふたりにバスタオルを持ってこさせる。

 

「築地のマグロかよ……」

 

 キンキンに冷えきった体を拭いてあげた茜だが、ひとりは水気の取れた体で起き上がり、よろよろと動き出す。二階に上がり、氷と一緒に用意していた冷却シートを全身に貼ると、彼女は扇風機の前でギターを掻き鳴らしていた。

 

「うおおおおおっ風邪引け風邪引け風邪引け風邪引け! 風邪引け~~~っ!!」

「……こいつヤバイな」

 

 やっていることは最悪を極めているのに、そのギターはすばらしい音色を奏でる。

 複雑な心境を胸に、茜はとりあえずと、そっと襖を閉めていた。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃんだいじょーぶ?」

「ダメそう」

「そっかあ」

「今日は泊まってく予定だったけど、あいつがアレじゃあこの部屋使えないし、帰るかな」

 

 階段を降りて一階に向かう茜がそう独りごちると、それを聞いたふたりが裾を引っ張る。

 

「えー! じゃあ今日は私と一緒に寝ようよ~」

「ふたりと? ……うーん、じゃあそうしようか。久しぶりにな」

「やった!」

「……あ。あの氷風呂、どうにかしないとな」

 

 やることが増えたな……と面倒くさそうに呟いて、ふたりの頭を撫でながら、茜はこの後の予定を脳内で組み立てるのだった。




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