「
「ありがと~茜くん」
「本音と逆になっとるで」
コン、と置かれた紙コップの水が揺れる。心底嫌そうな表情を隠そうともせず、茜は渋々と、アカネたちの接客をしていた。
「……で、あの出る作品ジャンルを間違えてる二人はなんなんだ」
「この学校に入ってすぐんとこで
「うっす! 姐さん!」
「その呼び方やめぇや」
「うっす! 姉御ォ!!」
「そういう意味やないねん」
──ほっときゃよかったわ。と嘆くように呟いて、アカネは地毛が伸びてきて黒が目立ち始めたピンクの髪を掻く。
それを見ていたアオイは、燕尾服姿の茜──の腕にじっとりと視線を移して頬を染める。
「茜くん、袖、捲ってほしいなあ♡」
「嫌です……」
「なんで?」
「ここそういうお店じゃないんで。あ、オムライス2つですね畏まりました」
「まだ頼んでないけど!?」
解凍担当にジェスチャーして伝え、さっさと話を進める。自然と姉妹の相手をすることを押し付けられていることを察しつつ、他の接客をしなくていいからと立ち話がてら休むことにした。
「……アオイさんと逆アポロチョコは何をしにここに来たんですか」
「大学の方もお祭り騒ぎになってるんだけど、あんまり乗り気じゃなくてねぇ。
「本気で困惑してるから余計に質が悪い」
「なにが???」
「ちなみにウチは暇だったからや」
「ああ、魔境過ぎてほぼ顔見知りしか来ないせいで蠱毒の壺と化してるものな、あの店」
楽器店【コトノハ】は、秋葉原の野路裏の奥という特異な場所にあるせいで客が少ない。しかしその客が一度の買い物で大金を落とすため、なぜか不思議と経営できている妙な店なのだ。
すると、ふと横目で茜の背後の奥にある席に座った女子生徒が彼の後ろ姿を見ていることに気付き、思い付いたように眉を上げる。
「……あっ、ねえねえ茜くん」
「はい」
「後ろのあの生徒さん、茜くんが気になってるみたいだよ。ちょっと振り返りながら、あの子に投げキッスしてあげてみて」
「なんで……?」
「いいからいいから」
ニコニコと笑みを浮かべるアオイからの謎の圧力にため息をついて、言われた通りに振り返りつつ、不意打ち気味に件の少女に向けて唇に当てた指を向ける。
「ヴっ」
少女は何をされたかを理解した瞬間、胸を押さえて机に崩れ落ちた。
「……し、死んだ……」
「罪な男だね~」
肘をついて頭を手のひらに乗せるアオイは、愉快そうにクスクスと笑う。対面に座るアカネは、呆れたような表情で口を開くと言った。
「クソガキ、怖い話したる」
「なんだ」
「──アオイは大学で、
「こわ…………」
不思議そうに小首を傾げるアオイを見て、茜は心の底からドン引きした。
それから数分後にメイド服の生徒に呼ばれ、解凍されたオムライスを2つ持ってくる。
出されたそれを早速と食べたアカネたちは、なんとも微妙そうな顔色を浮かべた。
「まあ、旨いっちゃあ旨いんやけど」
「なんとも……一手間足りない感、これも文化祭の醍醐味だよねぇ。お祭りによくある、タコの入ってないたこ焼き的な?」
「ちょっと違う気もしますが」
少しもの足りない、という程度の話であるため、二人は普通に食べ進める。
すると、アカネがそういえばと口の中身を飲み込んでから問いかけた。
「──お前まだギターやっとんのやろ? 腕治ってないのによう無茶やる「当て身」うっ」
別の席で虹夏たちに遊ばれているひとりに聞かれないように、茜は容赦なくうなじに手刀を叩き込む。据わった目で見下ろして、オムライスに顔から突っ込んだ彼女に言葉を返した。
「幼馴染の居るところで俺のギターの話はするなと前にも言ったはずだ」
「もごもがご……」
「腕を上げたね、茜くん……」
──茜が姉妹と漫才に勤しむ裏で、ひとりは虹夏たちと会話を交わす。サイズの都合で空いた胸元をじっと見て、彼女らは何とも言えない敗北感を味わっていた。
「当て身」「うっ」
「ぼっちちゃんって意外と……」
「あっ、えっ、な、なんですか」
「ぼっち、露出とかしないの?」
「えっ、そ、そんなことしませんよ!?」
三人にじいっと谷間を見られ、ひとりは困惑気味に言う。ファッションを足し算でしか考えられない彼女にとって、派手な格好はともかく、
「いっそのこと全員でマイクロビキニでも着れば再生数爆増するし、ついでに茜のことも悩殺できると思うよ。男なんてそんなもん」
「あっ、うっ」
「言うほど茜くんがビキニに悩殺されるところはイメージできないけどね……」
「でもしたら面白くない?」
「わっかる~」
「──柊木くんのそういう顔は見てみたくは…………ありますね」
「あの……注文してください……」
うんうんと頷く三人は、ひとまずメニュー表を見てオムライスを注文する。
持ってこられたオムライスを置いて下がろうとしたひとりは、虹夏の言葉に足を止めた。
「あっ、あとぉ~、この『美味しくなる呪文』ってやつ、一つくださーい」
「えっ、いや、それは……」
「お客様は神様」
「メイドさーん、お願いしますよぉ~」
「楽しんでますね……」
ニヤニヤと口角を緩ませる虹夏とリョウを見て、喜多は呆れ気味に呟く。断りきれなかったひとりは、渋々と手でハートを作り唱えた。
「ふ、ふわふわぴゅあぴゅあみらくるきゅん……オムライス……おいしくなれ~……」
すると、手のハートの中からにじみ出た呪詛のような何かがべちゃりとオムライスに降りかかる。それを食べた二人は、絶妙に美味しくないパサつきに微妙そうな顔をした。
「パサついてる……」
「あっ、冷凍食品なので」
「もう、ダメよ後藤さん! もっと愛情を込めて唱えなきゃ! こうやるの!」
「えっ」
ひとりのやる気の無い呪文を聞いて、喜多は席を立つ。──刹那、指でハートを作った喜多の動きに合わせて背景がきらびやかに変わり、謎のBGMと共に彼女が軽快に動き出す。
「──ふわふわ~っ♡ ぴゅあぴゅあ~っ♡ ミラクル~、きゅん♡ オムライスさんっ、おいしくなぁ~~~れっ!!」
喜多の掛け声と共に放たれた無数のハートがオムライスに突き刺さり浸透。不思議なことに味が変わり、パサつきが消え、暖かさが甦る。
「ケチャップの程よい酸味とソースの甘さが溶け合い、温かな家庭を感じる味に変わった!?」
「まろやか」
「なんだったんだ、今のは」
「あ、茜くん……」
謎の現象に巻き込まれた茜が戻ってくると、ひとりと並んでオムライスをパクパクと勢いよく食べ進める虹夏とリョウを見る。
「よくわからない空間に巻き込まれたかと思ったら……お前たちか。またひとりが怪現象を引き起こしたのかと思ったが違うならいい。程ほどにしろよ、あんまり怪現象を引き起こされると俺の
「後藤さんは怪異じゃないわよ!?」
「どう甘く見ても怪異だろ」
そんな会話をよそに、客足が少し捌けた辺りでひとりのクラスメートたちが近づいてくる。
「喜多ちゃん、よかったら喜多ちゃんも手伝ってくれないかな?」
「いいの? 実は着てみたかったのよ~!」
「ついでに虹夏たちも着てみたらどうだ」
「あたしたちも? ……いいなら着ちゃうけど」
「是非ぜひ!」
茜のパスを受け取り提案する虹夏に快く返し、クラスメートは三着用意する。別室で着替えて戻ってきた三人は、クラスメートたちの黄色い歓声に包まれていた。
「えへへ、どう?」
「喜多ちゃん可愛いい~!」
「お二人も似合う~~!」
「やー、なんか恥ずかしいなあ」
くるりと回ってポーズを決める喜多と、その隣で慣れない格好に恥ずかしそうにする虹夏。リョウは裾を引っ張ったりして、ふむと考えると顎に指を当てて言った。
「……メイド服バンド、アリだな」
「STARRYでやったら店長に出禁食らうぞ」
「…………あ、店長といえば。ねえ茜」
「なんだ」
「写真撮らせて」
「は?」
「いや、店長に執事茜の写真見せたら幾らで買うか気になって」
「星歌さんをなんだと思ってるんだ」
──はいパシャリ。と言って有無を言わさず1枚撮影したリョウを前にため息をつく茜は、視界の端でオムライスを食べ終え会計を済ませたアオイたちが教室を離れる動きを捉える。
「ばいばい、また明日~」
「ん」
ひらひらと手を振るアオイに小さく手を振り返す茜は、彼女が自分の姉を引き摺って行く光景を見送る。舎弟と化した世紀末的風貌の男たちも付いて行き、教室の中に静寂が訪れた。
「……さて、もうひと踏ん張りといくか」
その後は助っ人として参加した喜多たちの手も借りて、1-2組のメイド喫茶は団体も呼び込めるほどに繁盛する。初日分の商品が全て捌け、文化祭一日目は順調に終わりを迎えるのだった。
──STARRYに集まって明日のためにもと練習をする四人。ひとりが居るからとギターを持ってきていない茜は、最終調整を耳にする。
「ん? どうかしたの? 後藤さん」
「えっ? あっ、いえ……」
合わせの最中、自身の想定を上回る喜多の演奏を見て、ひとりは首をかしげた。
「……その……ら、ライブ、少しでも盛り上がるといいですね」
「うん、絶対楽しんでもらえるっ!」
「ぼっち、強気な姿勢だね」
「ぼっちちゃんたちの為の舞台でもあるんだから、期待してるよ~?」
ひとりの言葉を聞いて、三人はそれぞれ言う。すると、額の汗を拭った喜多が、彼女にわずかな興奮を見せるように続けて口を開く。
「ですね、私達が自信持たなきゃっ。みんな後藤さんにびっくりしちゃうかもね!」
「え……いや、それは……」
「絶対する! だって後藤さんはすごく──」
「……?」
声をつまらせる喜多は、ひとりの顔を見て、誤魔化すようにかぶりを振る。
「──ううん、なんでもない。頑張ろうね」
「あっ、はい」
「…………ふうん」
喜多の感情を察して、茜は小さく口角を緩める。間を置いて気配を消してスタジオを出ると、携帯を開きながら呟いた。
「憧れるだけじゃなく、並び立つことを望むなら……まあ及第点ってところか」
画面をタップすると、その流れで電話を掛ける。耳に当てて一拍置くと、1コールで相手が出て、その人物は聞き慣れた声を発した。
『──もしもし? どうしたの、昨日の今日どころかさっきぶりじゃない』
「……アオイさん、実は頼みたいことが」
『いいよ~、なんでも言って』
万が一を考えて、念のためにと茜はとある提案をした。条件を提示しつつも二つ返事で了承するのを聞いてから電話を切り、ため息混じりに独りごちる。
「貸し三つか……必要経費だな」
その全ては、ひとりと結束バンドのため。茜は仕方ないと割りきって、明日の文化祭二日目──彼女たちのライブの成功を祈っていた。
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