体育館の舞台裏で、茜たちは結束バンドの一つ前の生徒たちのライブを見ていた。
「前のバンド盛り上がってるねー」
「この曲今年ヒットしましたしね」
「バンドのライブでペンライト振るとか……」
「ミーハーにガチになって文句言い始めた辺りが厄介オタクの始まりだぞ」
ぼやくリョウを窘める茜は、進行役の生徒の声を耳にして振り返る。
「結束バンドさん! 間もなくです!」
「……だそうだ。俺は最前列で眺めてるからな」
四人から離れた茜が裏から体育館内に戻り、ざっと見る限りでも、かなりの人数が入っている。どこぞのピンクと水色の姉妹が宣伝でもしたのかと察していると、視界の端でひとりの両親とふたりが立っているのを見つけた。
視線に気づいた三人に軽く手を振られた茜は小さく手を振り返すと、ふいに背後から肩に腕を回された。ぬるりと滑り込んできた動きに、反射的に体を硬直させる。
「うおっ」
「……やっほぉう茜くうん」
「誰だ酔っ払いを通した愚か者は」
「おい、学生に絡むな馬鹿野郎」
「ぐえ」
酔っ払い──きくりは、一緒に来ていた星歌に首根っこを掴まれ引き剥がされる。
「よ、茜くん」
「星歌さん、見に来たんですね」
「店貸してる側からしたら外で不甲斐ない演奏してないかを確認する義務があるからな」
「先輩素直じゃないなあ、来るとき電車の中でずっとそわそわしてたくせに」
「なんのことだか」
「ぐえーっギブギブギブギブ」
「それ以上いけない」
星歌に照れ隠しのコブラツイストをされ締め上げられているきくりを助けると、彼女はぐでっと茜の背中に体を預けて顎を肩に置く。
「きくりちゃん、減酒できてる?」
「できてるもぉ~ん。これがぁ、3本目ぇ~」
腕を伸ばしてガチャガチャと2本のワンカップ酒の空き瓶をステージの端にごとごと置く様を引き気味に見ていた茜をよそに、きくりはしれっと3本目を開けて呷る。
それから幕が上がる動きを見て、茜はきくりにため息混じりに言う。
「……後でちゃんと片付けるんだぞ」
「うい」
──茜が見上げた先で、四人の演奏が始まる。彼はひとりのギターの音を聞いて、不安そうに表情を歪めてポツリと呟いた。
「……やっぱりか」
前日からあった
【──全部天気のせいでいいよ
──この気まずさも倦怠感も
──太陽は隠れながら知らんぷり】
事前に茜に叩き上げられたこともあり、以前よりも演奏は安定している。
【──ガタゴト揺れる満員電車
──すれ違うのは準急列車
──輪郭のない雲の表情を探してみる】
あのひとりが青春ソングのような歌詞も書けるのかと、茜は小声で感嘆の息を吐く。
【──「作者の気持ちを答えなさい」
──いったい何が正解なんだい?
──予定調和のシナリオ踏み抜いて】
しかし、ほんの僅かに、ひとりのギターの違和感が強くなって行く。
【──青い春なんてもんは
──僕には似合わないんだ
──それでも知ってるから
── 一度しかない瞬間は
──儚さを孕んでる】
「…………だいじょぶだよ」
「────」
この不安が伝わったのか、茜の手をそれとなくきくりが握っていた。
【──絶対忘れてやらないよ
──いつか死ぬまで何回だって
──こんなこともあったって
──笑ってやんのさ!】
ぐっと握り返す茜は、ひとまず曲を聴くために姿勢を正す。そのままトラブルは起きずに、結束バンドは、一曲目を演奏し終えた。
「……ありがとうございました! 一曲目、『忘れてやらない』でしたっ!」
喜多の声に歓声を返す生徒や客を尻目に、茜ときくり、星歌はひとりを一瞥する。
「なあ茜くん、ぼっちちゃんのギターって」
「──はい、不調です。……恐らく昨日から」
「は? 昨日から?」
虹夏のMCを聞きつつ、星歌は茜の言葉にぎょっとしたように声を荒らげた。
「なんで言わないんだよ」
「たぶん弦とペグが不調を来しているんです。もし昨日のうちに伝えて弦の張り替えをしても、チューニングのためにペグを弄ったらその時点で壊れるだろうと判断しました。そうなったらそもそものライブどころじゃなくなる」
「おいおいおい……どちらにせよこのあと壊れるんじゃ同じじゃないか。……じゃあこのあとの二曲目以降はどうするんだ?」
もたれ掛かるきくりの反対の肩に顔を近づけ焦った様子の星歌に、茜は、冷や汗を滲ませて絞り出すように苦々しく答える。
「……ギターが壊れないことを祈るしかない。仮に弦が1~2本無くてもひとりならやれないことはない……が、問題はトラブルが起きても喜多達が対処できるかどうか。──だけど、まあ」
二曲目の演奏が始まり、イントロを耳にしながら、茜は静かに断言した。
「──そのために付け焼き刃を身に付けさせたんです、どうにかなりますよ。全部終わったあとに俺が原形を留めているかは賭けですが」
「ボコられることを考慮するなよ……」
別の策が
自身が実力を引っ張り上げた喜多たちと、今や当時の自分を遥かに上回っているギターヒーロー。この四人なら乗り切れると、今はただ、そう信じるしかなかった。
【──もうすぐ時計は6時
──もうそこに一番星
──影を踏んで夜に紛れたくなる帰り道】
演奏を始めて十数秒、この辺りで、ついにひとりの表情が歪む。彼女も、自身のギターに僅かにあった違和感に気づき始めている。
【──いいな 君は 皆から愛されて
──「いいや 僕は ずっとひとりきりさ」
──君と集まって星座になれたら
──星降る夜 一瞬の願い事】
「──! ……っ」
瞬間、プツンと一弦が切れた。脊髄反射で声を上げそうになった茜は、開きかけた口を閉じて歯を食いしばり、屈むひとりを見る。
【──きらめいて ゆらめい……て
──震えてるシグナル】
喜多が歌いながらひとりをちらりと横目で見て、途切れそうになった歌詞を違和感無く歌い続ける。そして一瞬だけ、茜に視線を移すと、何かを決心したように小さく頷いて見せた。
【──君と集まって星座になれたら
──空見上げて 指を差されるような
──繋いだ線 解かないで
──僕がどんなに 眩しくても】
「……郁代、10秒だ、10秒だけ繋げ」
演奏に打ち消される小声。聞こえていないだろうが、それでも、彼女は体を大きく揺らした直後、さんざん自分を引きずり回したあのギターを想起させて弦を掻き鳴らす。
本来ならひとりのギターソロだった部分を担当し、喜多が土壇場で場を繋ぐ。彼女が死ぬ気で稼いだ時間で思考をフル稼働させた茜とひとりは──まったく同時に転がる酒瓶を視界に納めた。
ワンカップ酒の瓶を掴むひとりと、それを見てリョウに視線を送る茜。
リョウは意図を悟り、ひとりを一瞥して茜から虹夏へとアイコンタクトを繋ぐと、ひとりが弦の半ばに瓶を当てる動きに合わせて、喜多が弾ききった間奏部分の二度目のループに入る。
「……どうにかなったか」
「この土壇場でボトルネック奏法とか普通やるか……?」
「アレならチューニングズレてても関係ないもんねぇ」
ホッと一息つく茜と、呆れながらも感心する星歌ときくり。──ボトルネック奏法により、ガラスを使った独特の音が流れ、最初に出した音でひとりはどの辺りでどの音が出るかを把握。
即座に安定した演奏を奏でると、二回目のギターソロを担当し直し、本来なら出せない高音も交えたアドリブへと昇華させていた。
【──遥か彼方 僕らは出会ってしまった
──カルマだから 何度も出会ってしまうよ
──雲の隙間で】
なんとかソロを弾き終え、ひとりは息を深く吐いて天井を見上げた。ぐっしょりと汗を掻きながらも、その耳は隣の音色を捉える。
【──君と集まって星座になれたら
──夜広げて描こう 絵空事
──暗闇を照らすような 満月じゃなくても】
弦が切れた一弦、ペグが使えない二弦を除いた残りで、ひとりは自身の担当部分の演奏を再開。予期せぬトラブルを乗り気って、四人はラストスパートへと進行する。
【──だから集まって星座になりたい
──色とりどりの 光放つような
──繋いだ線 解かないよ
──君がどんなに 眩しくても】
──その歌詞の通りに、茜の目には、四人の姿が眩しく映っていた。
──曲が終わり、ギターの弦が揺れる音が空気に溶ける。静寂が一拍の間を作り、刹那、爆発したような歓声が体育館に響いた。
「────」
「……! ぎ、ギターを取り替えるので、少々お待ちくださーい!」
見えるように小さく手を上げた茜がひとりと体育館裏を指差して、来るようにジェスチャー。喜多がその意味を察して、観客に言う。
静かに移動して隅の扉に向かい体育館裏に入ると、そこにちょうど、息を切らして肩で呼吸する女性──アオイが滑り込んできた。
「──あ、茜くん、ぜっ、はぁっ、ち、ちょっ、いっ、息っ、整えさせて……」
「大丈夫ですか」
「大、丈っ、夫……じゃないよ……」
その小さな背にギターケースを担いで走ってきたのだろう、彼女は壁に手を突いて口で必死に酸素を取り込む。茜がギターを受け取り背中を擦ると、ステージから戻ってきたひとりがその光景を見て二人に当然の疑問を投げ掛けた。
「あ、あの、なにしてるの」
「ひとり。…………ギター、壊れただろ。三曲目は俺のギターを使え」
ケースのジッパーを開いて、中から茜自身の私物のギターを取り出すと、ひとりのギターと交換するように受け渡しする。
「チューニングはお前の癖に合わせて弄ってある。多少の違和感はあるだろうが、普段通りに弾けば問題ないはずだ」
「……あっ、茜くん、その、どうしてこんな、手際がいいの……?」
「──それは当然、こんなこともあろうかと……では誤魔化せないか」
ひとりのギターをスタンドに立て掛ける茜は、目を逸らしてどうしたものかとため息をつく。そんな彼の肩を、アオイが控えめに叩いた。
「あとは二人で、ね」
「……とんでもない無茶ぶりをさせてしまって、本当に申し訳ありません」
「まったくだよ。……幼馴染ちゃん、きちんと話を聞いてあげてねっ」
「えっ、あっ、はい」
額の汗を拭うアオイは、ひとりにそう言うとよろよろと出て行った。
残った二人のうち、茜がひとりの握る自身のギターに指を当てて、しみじみと呟く。
「──お前のギターが壊れることは想定してた。でも、事前に壊れてしまったらライブが中止になると思って言えなかった。すまない」
「……そ、うなん、だ」
「結束バンドなら乗り切れると思っていたのは事実だが、それも単なる俺の願望だ。これも結果的に上手くいっただけで……弦が切れた時なんて、きっと怖かっただろう。本当に、ごめん」
頭を下げて謝罪をする茜は、考えるように足をもじもじと動かすひとりの気配を感じ取る。すると、ぎこちなく、彼女の手が茜の下げた後頭部にそっと置かれた。
「……あのね、たぶん最初から茜くんのギターを借りてたら、申し訳なさとか、本当にこれでいいのかとか、色々と考えちゃったと思う」
「────」
「だから、さっきの演奏を、自分のギターでやりきれて良かった」
謝罪を受け入れて、許すように、ひとりはぎこちない動きで茜の頭を撫でる。
「ひとり」
「……許すよ、茜くん。
頭を上げた茜の目に、慣れない笑みを浮かべるひとりの顔が映る。彼女はただ借りるだけではなく、『代わりに』と妥協するそぶりを見せて、茜との間から貸し借りを無くした。
「────ひとり!」
ステージに戻ろうと、ギターのストラップを体に通して背中を向けるひとり。茜はそんな彼女の背に、思いの丈をぶつける。
「本当はずっと、お前と一緒にギターを弾きたかった。本当はずっと、みんなとバンドを組んでみたかった。本当は、ずっと──「茜くん」
言葉をつまらせる茜に、ひとりは顔を見せないまま、けれども力強く返す。
「見ててね、茜くん」
「────」
「私は、貴方のギターヒーローで、皆と一緒の……結束バンドだから」
「ひとり……」
カツカツと階段を上がってステージに戻るその後ろ姿を見送る茜は、その言葉を胸に抱き留めて、三曲目のイントロを聴きながら目尻を細めて独りごちる。
「…………お前が俺のヒーローだなんて、最初からちゃんとわかってるよ」
最前列に戻るべく、茜は踵を返してその場をあとにする。二人の感情の吐露を、墓のように飾られた弦の切れたギターだけが見ていた。
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