「上手いこと頭を打ち付けたらあいつのダイブシーンだけ記憶から消せないものか」
「早まらないで茜くん」
秀華高校文化祭が終了するアナウンスを聞きながら、外の階段付近でひとりと喜多を待ちながら待機する。虹夏にそう返されながら虚無の目で遠くを見上げる茜は、そんなことを呟いていた。
「あのピンクちゃんがロックンローラーなのは別にええねん。問題はこっちや」
「ああ。……逆アポロチョコ、直せそうか?」
「アカネ様と呼ばんかいクソガキ」
「アカネ様チョコ」
「商品展開すな」
傍らにギターケースを立て掛けている茜を横目に、彼女はひとりのギターを弄る。
「弦が切れたのもペグが壊れたのも取り替えればええけど……これあのピンクちゃんの私物やないな、身内か誰かの借りもんか?」
「あいつの父親のお古だ。よくわかったな」
「これ、パッと見でも5~60万はする高級品やぞ。そんなん高校生が買えるわけないわ」
「60万……!?」
値段を聞いて目の色を変えるリョウに呆れた目を向けつつ、楽器店店長としての目利きを見せるアカネはひとりのギターをケースに仕舞い、それを茜に押し付けた。
「これを使い続けるよりは、今回を機に自分用のギター買った方がええよ」
「……そうだな。戻ってきたら伝えるか」
「そういえば茜くん、ギター持ってきたタイミングばっちりだったけどなんで?」
「………………あー、ああ、話すよ」
──茜が自身の考えを明かし、数分かけて説明をする。話を咀嚼して頷いた虹夏とリョウは、微笑を浮かべて口を開いた。
「うん、大丈夫。もう上手くいったんだし、それに茜くんなりに信じてくれたんでしょ?」
「いいや許されない。これは是非とも今度奢ってもらわないとフェアじゃないと思う゛っ」
「リョウの言うことは聞かなくていいよ~」
ドヤ顔で注文をしてきたリョウの脇腹に貫手をめり込ませる虹夏は、黙らせながら続ける。
「というか今回のMVPって、もしかしなくてもアオイさんだよね」
「MVPで~~す」
ぶい、と言いながら、長身のアカネのせいで意図せず隠れる形になっていたアオイがピースサインをする。疲れが癒えていない顔を気だるげに向けて彼女は言った。
「いやあ大変だったよ、『自分たちが家を出たらバレないようにあとから合鍵で家に入ってギターを持って高校に来てくれ』って頼まれちゃって。運動不足なのに全力疾走しちゃったものだから、私はこれから訪れる筋肉痛が怖いよ」
「本当に助かりました。合鍵返してください」
「お風呂入って足揉むんやでアオイ」
「合鍵返してください」
「明日は大学行くつもりだったけど、流石に休んだ方がいいかなあ」
「アオイさん、合鍵」
あははと笑うアオイは、茜の言葉を聞いて唇を尖らせる。近づいて懐から取り出した合鍵を渡そうとするが惜しむように手を震わせた。
「くっ……この鍵欲しい……!」
「駄目です」
「どうしても?」
「駄目です」
「……一生のお願い♡」
「おおっとこんなところに貸し4つが」
「ぐぬぬ……!」
一進一退の交渉が始まり、ポカンとした顔でそれを眺める虹夏たち。おずおずとアカネに質問を投げ掛けると、彼女は答える。
「……いったい何が始まったの?」
「アオイの『なんでも命令権』を減らそうとしてんのやろ。前までなら家の掃除とかやらせたやろけど、今のアオイならデートさせたがるやろうしな。妹の恋愛観はあのガキに破壊されとる」
「あの人、茜くんの犠牲者だったんだ……」
「ダーリンはプレイボーイ」
「ドラマのタイトルか?」
なるほどと合点のいったような顔をして、虹夏たちは茜と値切り交渉をするアオイを見る。やがてがっしりと握手をしてから合鍵を受け渡す茜を見て、「あ、終わった」と呟いた。
「成果のほどはどうやった」
「貸しを2つ消化する代わりに鍵をあげた」
改めて自分のものになった合鍵を掲げてアイススケーターのようにくるくる回るアオイを見て、アカネは流石に心配そうに問いかける。
「……ええんか?」
「構わん。一人暮らしの防犯の都合で、定期的に鍵とドアノブは交換してるからな。あの合鍵も、近いうちに意味を無くすだろう」
「えげつな……」
「家まで来たなら、客人として迎えるさ」
ほぼノーリスクで貸しを半分に減らした手腕を前に、アカネはえげつないものを見る顔をする。やれやれとかぶりを振って、それから回るアオイに近づきながら茜たちに言った。
「──ほんなら、そろそろお暇するわ」
「……いいのか? このあと打ち上げの予定だし、なんなら奢るが」
「はぁ~? ガキに奢られるほど逼迫しとらんわ。そうやなくて、ウチらは部外者やろがい。ウチは観客として見に来ただけ、アオイはクソガキに頼られたから力を貸しただけ、それだけや」
「…………」
アカネは彼の納得いっていない顔を見て、面倒くさそうにガシガシと頭を掻く。
「お前、腕だけやのうて考え方まで歪んどるなぁ。自分が好きな相手に無償で手を貸すのは当たり前なのに、他人が自分を助けるのには何かしらの理由や対価があって然るべきやと思っとる」
「────」
自身の思考回路と価値観を言い当てられて、茜は図星を突かれたように黙る。
「わざわざ自分のせいでライブがダメになってたかも~とか明かしたのもアオイを頼ったのも、罰を受けるべきだと思ったから。ナチュラルに思い上がっとんねん。ハッキリ言うけど、お前にそこまでしてやる価値は無いわバカタレ」
「…………」
──い、言い過ぎ……と呟いて止めに入ろうとした虹夏を、アオイの視線とリョウの手が妨げる。アカネは一拍置いて、更に続けた。
「素直に受け止めろって話や。周りがお前に親切なのも、優しいのも、
「……同じ、か」
「わかったら、もうちょい周りからの愛情を受け入れとき。まあ、アオイとかからの熱烈ラブコールには応えんでええけどな」
「茜くん、ラブ」
「あれか」
「あれや」
手でハートマークを作りピンクの光線を飛ばしてくるアオイを横目に茜は頷く。
──そんじゃあ。と言って、アカネは寄りかかっていた手すりから離れると、アオイの首根っこを掴んで引きずりながらその場を離れる。
「お邪魔虫は退散退散。あんたら、そのクソガキのことちゃんと見とるんやぞ~」
「茜く──ん! まだ貸し2つあるから! ちゃんと覚えといてね~~~!!」
引きずられながらもそう言っていたアオイの声が遠退き、やがて二人の姿が見えなくなった。深いため息をついて、茜はギターケースを二つとも担いで背中に乗せると口を開く。
「……ひとりと喜多と合流して、星歌さんのところに行くか。打ち上げって聞いてきくりちゃんも居るだろうから、飲み過ぎないように見張らないとな」
「ん」
「そうだね~」
「…………おい」
一旦校舎に戻ろうとする茜に同意しつつ、虹夏とリョウは彼の両腕に自分の腕を絡ませて拘束するようにがっしりと掴む。
「ちゃんと見とけって言われたからねぇ」
「逃がさない。まるで捕らえられた宇宙人のように掴んでおく」
「……ああ、わかったよ。好きにしろ」
ニコニコと朗らかに笑う虹夏といたずらっぽく笑うリョウに腕を引かれる茜は、諦めたようにそう言って歩き出す。こうして、第31回秀華高校文化祭は、無事に終わりを迎えた。
──近場の居酒屋で二度目の打ち上げを開催したあと、頭に包帯を巻いているひとりは暗い表情で茜の背中に隠れるようにして肩に顎を乗せるとボソボソとぼやく。
「茜くん……」
「どうした」
「私、絶対、高校中退する」
「……それは、バンドが売れてからだな」
労るように後ろ手に頬を撫でると、ふと喜多がメニュー表を手に二人の隣に座る。
「
「えっあっ、ふ、フライドポテトを……」
「ふふ、いつもそればっかりねっ」
「あっすいません……」
「────、そうか」
「? ……柊木くんはどう?」
喜多の態度と、呼び方の変化を察して、茜は小さく笑みを浮かべる。
「俺の分は……じゃあ、枝豆の塩ゆでを頼んでおいてくれ。あと熱いお茶も」
「わかったわ」
そう言って店員に注文をしに行った喜多とひとりを交互に見やり、茜は言う。
「──よかったな、ひとり」
「え?」
「どうやらあいつは、前でも後ろでもなく、横に立ってくれるらしい」
茜の言葉に、小首を傾げるひとり。ピンときていない様子の彼女を見て、それ以上は言わないが、今はまだそれでいいと納得する。
皆変わったな──と、しみじみと思案して、茜はいつぞやの時と同じように絡んでくるベーシストコンビの相手をさせられるのだった。
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