【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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広く、静かな部屋の中で

「茜くん、あたしは気づいたんだよ」

「何にだ」

 

 翌日、リビングで朝食を取る虹夏は白米にシャカシャカとふりかけをまぶしながら茜に言う。先に食事を済ませた茜がコーヒーを飲みながら話を聞くと、ふりかけの蓋を閉めた彼女は続けた。

 

「よく考えたら、あたし個人が茜くんと一緒に居ることそんなに無いな……って!」

「まあ、そうだな」

「だから次の週末に泊まりに行っていい?」

「…………???」

 

 横目でニュース番組の天気予報を眺めていた茜は、あっけらかんと問いかける虹夏に視線を戻して不可解そうに首を傾げる。

 

「なんで?」

「だってさぁ~ぼっちちゃんは言わずもがな、喜多ちゃんは同級生、リョウは昔憧れてたギタリストだった……で特別な繋がりがあるけど、あたしは特に無いじゃん?」

「約一名ほど繋がりが一方通行だったが、つまり、なんだ。要するに寂しいのか?」

「お前らなに話してんだ」

「……あ、お姉ちゃん」

 

 遅れて起きてきた星歌が顔を洗って戻ってきたのか、会話に混ざるように席につく。

 茜が入れ替わるように席を立つと、コーヒーを淹れ直し、二人分用意して座り直した。

 

「どうぞ」

「ありがと」

「ねえお姉ちゃん」

「あん?」

「こんど茜くんちに泊まってくるね」

「そうか。────は?」

 

 湯気が立つ熱いコーヒーを啜る星歌は、一拍置いてカップから口を離す。

 

「…………?」

「…………」

 

 流れで目配せをしてきた星歌とアイコンタクトする茜は『いいのか?』とでも言いたげな表情に、仕方ないとばかりに肩を竦める。彼女はため息混じりに虹夏を一瞥してから頭を小突いた。

 

「あだっ」

「勝手に決めんな馬鹿。ったく……茜くん、こいつのこと頼むわ」

「はい。じゃあ、バイトの時間まで家の掃除をしたいから帰らせてもらう」

「はーい。いててて……」

 

 カップを流しに置いて手早く荷物をまとめて伊地知家を出ていった茜を見送り、虹夏は小突かれた頭を擦る。自分の飲み干したカップを同じように流しに置きにいった星歌の背中を見て、彼女はふと気になったことを問いかけた。

 

「そういえばお姉ちゃん、廣井さんは?」

「起こさないでやってくれ、死ぬほど疲れてる」

「ふーん?」

 

 その後、星歌の部屋でダイイングメッセージを書き残して気絶しているきくりを発見することになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 ──週末、予定通りに茜の家に訪れた虹夏は、招き入れられて靴を脱ぐ。

 ひんやりとした空気と茜の背中を見て、彼女は振り返った茜にゆっくりと口を開いた。

 

「ねえ、茜くん」

「なんだ」

「さ────むく、ない?」

「ああ、悪い。一人の時は厚着で済ませてるからな……すぐに暖房を点けよう」

 

 リビングに通された虹夏の言葉に、茜はすぐさまエアコンの電源を点ける。

 

「温かい飲み物を作るから座って待ってろ。荷物はその辺に置いていいからな」

「う、うん。ありがと」

 

 道すがらに加湿器の電源も入れた茜が台所に向かい、カチャカチャと準備をしている。

 虹夏は言われた通りに泊まり用の荷物を降ろしてソファに座り、その光景を眺めながら、聞かれないように小さな声で呟いた。

 

「『寂しくないの?』……って、何聞こうとしてんだか。あたしは」

 

 その問いかけは、虹夏が突拍子もなく泊まろうと提案してきた理由でもあった。

 ほぼ毎日のようにひとりの家──後藤家に泊まりにいくことがあった茜が、今は度々自分と姉の家に泊まりに来るようになっている。

 

 独りの時間が長い茜が寂しがっての行動なのかと、そう思ったがゆえの今回の提案ではあったが、面と向かってそんなことを聞いても彼は当然否定するだろう。

 

 ()()()()()()家に親が居ない共通点から、どこか放っておけない雰囲気を感じ取り、虹夏は遂に行動を起こしていた。

 

「──ほら、ほうじ茶ラテ」

「おお……渋いね」

「ホットミルクも兼ねられたらと思ってな。夜には程よく眠くなれるぞ」

「へぇ~」

 

 台所から出てきた茜からマグカップを受け取り、お茶と牛乳の香りが混ざったラテを一口飲む。ただただラテを啜る静かな時間が数分過ぎた頃、茜は思い出したように会話を切り出す。

 

「それで、なにか用事でもあったのか?」

「えっ? あー、いやー、その……」

「……なにも考えてなかったのか」

「……うん」

 

 マグカップを口許にあてがい、湯気の向こうで視線を横に逸らす虹夏。呆れたようにかぶりを振った茜は、ならばと提案する。

 

「虹夏、お前は確かゲームが得意だったな」

「うん? まあ、よくやる方だけど」

「じゃあ、この前の文化祭で謎の客から貰ったゲームでも遊んでみないか」

「文化祭で謎の客から貰ったゲーム!?」

 

 おうむ返しして驚く虹夏をよそに、茜は自室からパソコンとくだんのゲームを取ってくると、パソコンをテレビに繋いで大画面で遊べるようにしてディスクを読み込ませた。

 

「……だ、大丈夫なの?」

「一応先に起動だけしてウイルスの類いが無いことは確認してある。そのついでにゲームのことを調べたが……どうやらアニメ化もされる予定の人気作らしい」

「そうなんだ」

 

 ソファの眼前の低いテーブルに置かれたパソコンの傍に無線接続したコントローラーを置いてゲームの起動を待ちながら、茜はソファに深く座り直しながらぼやくように言う。

 

「貰ったからにはやるべきだと思ってやりもしないゲームハードのコントローラーを買う羽目になったが、まあ何事も経験か」

「はぇ~……と、始まったよ」

「──魔女の(のろ)いと(まじな)いの女王……」

「同人ゲームって割にはかなり作り込まれてるみたいだね。折角だし100%狙ってみる?」

 

 虹夏の提案に、少し考えて了承するように頷いてコントローラーを握る茜。

 正午から始めたゲームだったが──それがクリアされたのは、7時間後の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──画面に映る『達成率/100%』の文字列を見て、茜は重いため息をつきながら背もたれに体を預ける。二人は長時間プレイの末に、トゥルーエンドを迎え、最後の一枚絵(イベントスチル)を回収し、完全クリアを果たしていた。

 

「意外と……やり込んでしまったな……」

 

 ──まさかここまでハマるとは。と独りごちて、茜は体を伸ばしてパキパキと鳴らす。

 

「魔女が実は女王の母親で、怪物化の呪いは遺伝性の病気を治すための手段……伏線の回収も見事だったな。声優の演技も──虹夏?」

「…………」

「──虹夏、大丈夫か」

「……えっ? あっ、うん……」

 

 茜は顔を横に向け、虹夏の顔を覗き込む。彼女はホロホロと涙を流し、渡されたティッシュでそれを拭うと恥ずかしそうに誤魔化した。

 

「あはは……いやぁ、ゲームの内容が親子の愛とかすれ違いの解消とかで、シンプルなストーリーだっただけに熱演でうるっと来ちゃって」

「魔女と女王の喧嘩のやり取りなんかやたらと生々しかったからな、実話をベースにしてると言われたら納得できそうなくらいだった」

 

 ゲームを終了してパソコンを閉じ、コントローラーをテーブルに置くと、茜はおもむろに壁の時計を見る。既に19時を過ぎている事に気が付いて、揃って渋い顔をした。

 

「うわっもう7時!? ……ぁ~、気が抜けたらすごい眠くなってきた」

「ラテを飲んだ影響だな。風呂入ってこい、夕食は軽めにして早いうちに寝てしまおう」

 

 欠伸を漏らした虹夏を見て、そう言って立ち上がる茜。言われた通りにしようと荷物を開けた虹夏は、あっと声を出して声をかける。

 

「茜くん、自分用のシャンプーとか忘れてきちゃった。この家のやつ使ってもいい?」

「俺の使ってるやつになるけどそれでいいならな。中にボトルが3つ並んでて、黒いのがシャンプー、白いのがコンディショナー、透明のやつがボディソープだ」

「わかった~」

「浴室の黒いボディタオルは俺用の固いやつだから、横の白い方を使うといい。バスタオルは脱衣所に置いてあるのを好きに使え」

 

 着替えと美容液を手に風呂場に向かった虹夏にそう言って見送った茜は、訝しげに彼女の姿を思い返して眉を潜めていた。

 

「……何しにきたのか問い詰めるべきだったか。変なことでも企ててないといいが」

 

 

 

 

 

 

 

 ──夕食も済ませ、今は使われていない両親の部屋を使うように伝えて風呂に入った茜は、風呂上がりに自室に訪れる。

 それからベッドの布団が盛り上がっている状態を一瞥して、勢いよくばさりと捲った。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「に、にゃ~ん」

「なんだ、猫か……」

 

 そう言って布団を戻すと、茜はそのまま縁に腰掛けて布団越しの虹夏に背中を預けた。

 

「よっこいしょ」

「ぐえ~~~~重い重い重い!!」

「両親の部屋を使えと言った筈だが」

「だ、だってぇ~」

 

 ずしりと重くのし掛かった茜が暫くしてから退き、改めて捲られた中から虹夏がややうとっとした眠たげな眼差しで起き上がる。

 

「──お前、俺に何か……聞きたいことでもあるんじゃないのか?」

「……えっと」

「余程失礼でもなければ怒ったりしない」

 

 茜の言葉に、虹夏は少し考えるそぶりを見せ、一拍置いてから口を開いた。

 

「最初はね、この家に独りの茜くんが、寂しいんじゃないかって心配だった」

「そうか」

「でも今は、一つだけ、確信したことがある。ねえ……茜くん」

 

 一瞬口ごもる虹夏だったが、決心したように茜の顔を見ておずおずと伝える。

 

「──茜くんって、自分が幸せになるのが嫌だったりするの?」

「────」

「これは……ちょっとナルシストが入ってるかもしれないけど、茜くんの行動って、いつも他人の為あたしたちの為って感じでしょ?」

 

 図星を突かれたかのようにぴしりと固まった茜に、虹夏はさらに続ける。

 

「だから、茜くんの中の『みんなに幸せになってほしい』には自分自身は入ってないんだなって、なんとなく……そう思ったの」

「──かもしれないな」

「……!」

「腕のこともあって、自分の幸せがどうとか、夢がどうとか、そういうのがどうにもピンとこない。いつか結束バンドのみんなとライブでもしてみたいと思ったことはあるがな」

()()は、夢じゃないの?」

「普通に考えてギター三人は多いだろ」

 

 茜のからかうような言い方に、確かにと小さく笑みを浮かべる虹夏。

 そんな茜を見て、虹夏はどこか、懐かしいやり取りを思い出した。

 

「──夢なんて、要らない?」

「……まさか。あった方がいいさ」

「茜くんは手堅く公務員とかになるのかな~。それも立派な夢だと思うよ」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 よいしょ、と言って虹夏はベッドの縁に座る茜の隣に座り直して、そっと頭に手を置くと優しく語りかけるように言葉を紡ぐ。

 

「茜くんがみんなに幸せになってほしいなら、あたしたちは、茜くんに幸せになってほしい。茜くんも夢を持って、夢を一生懸命に追いかけて、自分なりの、キラキラした……」

 

 手を離して、ぽすりとベッドに横たわる虹夏は、振り返り自分を見下ろす茜を見上げて、眠気の混じった眼差しで微笑を浮かべた。

 

「死んじゃったお母さんの受け売りだけどね……ね、茜くん。夢があれば、辛いときでも……道を照らしてくれる光になるんだよ」

「──虹夏」

「茜くん、キミだって幸せになっていいんだよ。だから……茜くんも、みんなと……」

「────」

 

 うとうとと船を漕ぐ虹夏のまぶたがゆっくりと閉じて、それから穏やかな寝息が聞こえてくる。そっと布団をかけ直して、茜は部屋を出ると、携帯を片手に向かいの部屋に向かった。

 

「……俺がこっちの部屋で寝ればいいか」

 

 ガチャリと開けて、整頓された部屋に入ると、ベッドに腰掛けて茜は携帯をじっと見る。

 

「──俺も幸せになってもいいのなら……もう少し、前向きになるべきか」

 

 ぐっとまぶたを閉じて考えるように重苦しく開けると──電話を掛けて耳に当てた。

 

 

 

 

 

「──ああ、母さんか。そっちはまだ朝だろう? ……いや、ああ、ああ。別に……ただ、ちょっと──声を聞きたくなっただけだ」




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文化祭で同人ゲームを渡してきた謎の客
・前作主人公(あらすじの4作目参照)。枯れ専ファザコン、腐女子、陰キャコミュ障、厨二病、姉妹仲拗らせミュージシャン、育児放棄気味の後輩を相手にしながらミュウツーメンタルのメンヘラを浄化したスーパー理解ある彼くん。
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