【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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ビジー・ホワイトデー

 早くも一ヶ月が過ぎ、ホワイトデーを迎えた当日。各クラスにお返しを渡しに行った茜は、最後の一つを渡し終えて教室に戻ってきた。

 

「お帰り、柊木くん。お返しできた?」

「ああ」

 

 携帯を弄っていた喜多が茜の気配に視線を向け、朗らかに声をかける。

 

「休み時間に半分、放課後になって残りをようやく返し終えた。お前たちの分はSTARRYに向かってから纏めて……と言いたいところだが」

「うん?」

 

 鞄を手に取り肩に提げる茜に続いて席を立つ喜多は、疑問符を浮かべて首をかしげる。

 時計をちらりと見てから何かを指折り数える茜が、踵を返しながら口を開いた。

 

「ちょっと寄るところがあるから、店には閉店の前くらいに行くことになるかもしれん」

「あら……そうなの?」

「ああ。まあ、気にするな」

「ええ。じゃあ、STARRYでね」

 

 誤魔化すように口ごもる茜を見て、喜多は問い詰めることはせずに別れて教室を出る。

 

「──春が近づいてきたな」

 

 一足先に校舎から出た茜は、そう言って、暖かさが増してきた空気を感じていた。

 

 

 

 

 

 ──帰宅して制服から着替えた茜が、財布と携帯を手に道を歩く。電車に乗って駅を幾つか跨ぎ、お祭りムード漂う風景を横目に目的の店にたどり着くと、時間を確認してから扉を開けた。

 

「すみません、予約していた柊木ですが」

「はいはーい、いらっしゃい……ま、せ……」

 

 カランカランとベルが鳴り、茜の声に耳を傾けた店内の女性が振り返る。すると、彼の顔を見て体を硬直させ、訝しむように眉を潜めた。

 

「…………お前、まさか……」

「おや、おやおやおやおやおや? その辛気くさい顔はもしや、我が生涯のお菓子作りのライバル──柊木茜ではないか?」

「誰が李徴子だ」

 

 ボリュームのある白髪を三つ編みにして後ろで纏め、その顔に獰猛な笑みを浮かべた女性が、その正体を察して苦虫を噛み潰したような顔をする茜を見てそう言う。

 

「いやはや、予約表の柊木って名字を見たときに懐かしさを覚えたかと思いきや……まさかご本人との再会とは。懐かしいですねぇ」

「そうだな」

 

 青い瞳を細めて懐かしむ女性に、茜は面倒くさそうに答える。それから一拍置いて、茜が女性の名前を思い返して口にした。

 

「久しぶりだな…………紲星(キズホシ)

「き! ず! な! 紲星(きずな)あかりだ……って、このやり取り何回目ですかまったく」

「冗談だ。お前のその反応が見たくてな」

「きみ、変なところで子供っぽいですよねぇ」

 

 呆れたような表情でがっくりと項垂れる女性──あかりは、さて、と切り替えてショーケースの上のレジ横に肘をついて言う。

 

「たしか……ホワイトデー用のホワイトチョコケーキの6号(18cm)でしたっけ。6~8人分ってことは、お友だちとのお祝いですかねぇ?」

「そんなところだ」

「はぇ~、昔はあの内気なピンクちゃんくらいしか友達居なかったのに、成長しましたね」

 

 予約表を見返しながらそう言って感慨深そうに呟くあかり。しみじみとした様子を見て、茜は渋い顔をしてストップを掛けた。

 

「おい、待て、回想に入ろうとするな」

「えぇー、駄目ですか?」

「紲星がわざわざ高校から中学の俺の居る教室に来ては、毎年毎年この時期に菓子を押し付けあっただけの話だろうが」

「人伝にお菓子作りが上手いとの噂を聞いては、行かないわけにはいかないですしぃ」

「食い意地張りおって……」

 

 苦笑を浮かべる茜は、ふと気になったことをあかりに問いかける。

 

「──じゃあ、高校卒業してすぐにここに?」

「ええまあ。今は大学に通ってる古い知り合いの家でルームシェアしてます」

「ふうん…………食費は大丈夫なのか」

 

 茜のやや失礼な質問に、あかりはムスッとした表情を作りながら返す。

 

「そりゃ私は結構食べますけどねぇ……むしろ同居人の方が心配なんですよね。あの人ガリガリなのに私が用意しないと全然食べないから、もはや親鳥の気分ですよ。生クリーム流し込んで5キロくらい太らせましょうかね」

「死ぬぞ」

 

 苦労しているのだろうという事だけが伝わってくる物言い。それからちらりと時計を見たあかりは、ハッとした様子で会話を切り上げた。

 

「おっと、長話しすぎましたね。ケーキ……と、試食してほしいものがあるのでそれも持ってきます。ちょっと待っててくださいな」

「……それくらいなら構わんが」

 

 パンと手を合わせて提案したあかりが奥に引っ込み、戻ってくるまでに懐から財布を取り出す茜は、丁重に梱包された箱と皿を両手に持った彼女の姿を見る。

 

「こちらが予約のホワイトチョコケーキでーす。お値段は4700円。中身は既に切り分けてて、人数分の紙皿とフォークもありますからね」

「助かるよ。──で、それは?」

「まいどあり~。こっちはですねぇ、クリームの余りやらケーキの切れ端やらを組み合わせて作った……端材お菓子ハウスです」

「もう少し名前をどうにかできなかったのか」

 

 値段ちょうどのお札と小銭を出してレシートを受け取った茜は、あかりの言葉になんともいえない感情を湧かせる。

 ともあれ見習いとはいえ現職のパティシエではあるため、余り物で作ったとは思えないクオリティには感嘆するものがあった。

 

「帰る前に一口お願いしますよぉ。店長からも好評だったので、そのうち商品に並ぶかもしれないからそのときは買ってくださいね」

「考えておく」

 

 袋に入れたケーキの箱を手に、帰り際に片手でお菓子ハウスの一部をもぎ取る茜は、それを口に放り込んで手短に感想を言うのだった。

 

「うん。いいんじゃないか?」

「初手から屋根もぎ取るのやめましょうよ。3匹のこぶたもびっくりですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──店から出て一度帰宅しホワイトデーのお返しを家から持ってきた茜は、再度電車に揺られて下北沢に向かう。

 暗い夜道を歩いてSTARRYに訪れると、そこではちょうど片付けが終わっている頃だった。

 

「……お。社長が重役出勤してきた」

「今日はバイトじゃないからいいんだよ」

 

 掃き掃除をしていたリョウが出入口の扉を開ける音に気づいて視線を向け、皮肉ぎみにそう言って茜を迎え入れる。

 中に入った茜は、星歌とPA、ひとりたち四人が全員揃っていることを確認した。

 

「茜くん。えらく遅かったな」

「ええ、予約したケーキを取りに行ってたら、そこで働いてたのが昔の知り合いで」

「へー……えっ、なんでケーキ?」

「ほら、今日ホワイトデーですし」

 

 星歌に問われてそう返すと、彼女はキョトンとした顔をしてから、一拍空けて茜の言葉にそわそわとし始める。疑問符を浮かべる茜に、そっと近づいてきた虹夏が耳打ちをした。

 

「ふ、ふーん……?」

「……??」

「お姉ちゃん、サプライズ好きだから」

「なるほど」

 

 そのままテーブルにケーキの箱を置いて、茜は中身を開けて全員分を分ける。

 甘さに舌鼓を打つみんなを尻目に、おもむろに近くに立ったひとりに声をかけられた。

 

「茜くん」

「ん」

「む、昔の知り合いって、だれ?」

「キズホシ……ほら、この時期に中学校に来ては一方的に菓子作り対決を挑んできた、白髪で三つ編みの奴が居ただろ。あいつだ」

「──あ、あ~……あの人……」

 

 嵐のように現れては嵐のように居なくなる女性の姿を思い返したひとりが、元々暗い顔をさらに暗くする。あかりの天真爛漫さは、ひとりには眩しすぎたのだろう。

 

 それから全員がケーキを食べ終わる頃を見計らって、茜は別の紙袋からラッピングされた袋を取り出してひとりに手渡した。

 

「──じゃあ、そろそろ先月のお返しをするか。ほらひとり」

「あっ、ありがとう、茜くん」

「喜多と虹夏も」

 

 がさがさと袋から取り出したモノをてきぱきと手渡し、続けて星歌とPAにも返す。

 最後にリョウに向き合うと、茜は長方形の箱を引っ張り出して彼女の手にずしりと乗せた。

 

「お前は確か……板チョコの三倍返しを期待していたな。望み通り、ミルクチョコとホワイトチョコとビターチョコの板チョコだ」

「うむ……助かる」

「──と言いたいところだが」

「えっ?」

 

 リョウの手に乗せられた箱をパカッと開けた茜が見せたのは、三枚の板チョコ──ではなく、三色の層で彩られた巨大チョコレートだった。

 

「なんか癪だったから、それぞれを溶かして三層に固め直して巨大板チョコを作ってみた」

「えっ」

「一度加工してしまったから賞味期限もあるだろう。早い内に食べるんだぞ」

「えっ」

 

 茜と巨大板チョコを交互に見て、リョウは箱を両手で受け取ったままの姿勢で膝を突き、天井を見上げて心の底からの慟哭を発した。

 

 

 

「私の非常食──────ッ!!」

「人のお返しに非常食を求めるな」

「かいけつゾロリかよ」

 

 茜と星歌の冷ややかな眼差しがリョウを見下ろし、虹夏たちは呆れる。

 来年も同じような事態になりそうだな、と。茜は声に出さずともそう確信していた。




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