【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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拝啓、あの日の罪悪感へ

 ──酷い顔をしているなあ。と、アオイは水槽に反射した自分の顔を見て思った。

 

「…………」

 

 指で口角を上げて、笑みを作る。

 

「ダサッ」

 

 水族館に来て、魚を見て、イルカショーを見て、ペンギンを眺めて、全部が楽しくて。けれども──だからこそ、楽しくて、苦しい。

 

 溶けた鉄が心の底に溜まって行くように、愛情と罪悪感がドロドロと蠢いている。

 

「……ねえ、茜くん」

 

 そんな、醜い想いに蓋をして。

 

「クラゲ見るの、楽しい?」

 

 ──私は、ちゃんと笑えているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 ──クラゲがふよふよと漂う水槽をぼんやりと眺めていた茜は、不意にそう聞かれた。

 

「……? イルカとかペンギンよりかは」

「えっ、じゃあさっきのイルカショーつまらなかった? ……ごめんね?」

「ああいや、そうじゃ……すいません言葉足らずで。俺は静かな所が好きだから、こういう場所の方がいいんです。楽しかったですよ」

 

 訂正する茜にホッとするアオイ。だがそんなとき、ふと、彼のその瞳と顔を合わせられずに視線を逸らしてしまう。

 

「……ああ、そっか」

 

 しかし、アオイには合点がいった。最近になって湧いてきた罪悪感が苦しいのは、()()()()()()()()で。けれどもそのことを本人に打ち明けられないのは──。

 

「……私は君を、()()()()()()んだ」

「はい?」

 

 薄暗い室内で、クラゲを照らす紫の光が、茜が見たアオイの顔に影を生む。

 口角を震わせるアオイは、歪に笑って、なんのことかと小首を傾げる茜に続ける。

 

「腕を治すために前を向いて、ギターに真っ直ぐ向き合う、そんな君を──私ごときの醜い感情なんかで汚したくなかった」

 

 光を反射する茜の瞳が眩しくて、目尻を細めてそう言ったアオイ。そんな彼女の雰囲気を感じ取ると、茜はあっけらかんと言った。

 

「アオイさん……なにか、俺に話したいことがあるんですね?」

「────。ふ、ふふ。うん、そうだね……」

 

 そっと茜の手を握るアオイは、片手で自身の胸元を強く掴み、ぐっとまぶたを閉じると、激情を抑え込んだように気の抜けた声で返した。

 

「私の懺悔を、聞いてくれないかな」

 

 

 

 

 

 

 

『──茜くんが入院してたとき、私とお姉ちゃんが、お爺ちゃんに連れられて君のいる病室にお見舞いに行ったの……覚えてる?』

 

 人通りの少ない一角のベンチに並んで腰かける二人。離れた位置でその会話を盗み聞きしている五人の内、アカネが深刻な雰囲気を悟って、渋い顔をしていた。

 

「茶化せる雰囲気やないな、これ」

「おデートの尾行&盗聴の時点でもう手遅れみたいなとこありますけどね」

「いやもうホンマにな。『ドッキリ大成功!』の立て札は持ってこなくて良かったわ」

「それは茜くんですらグーパンチ食らわせるレベルの邪悪だと思うんですけど」

 

 アカネに冷たい眼差しを向ける虹夏と話を聞いていたひとりたちが微妙な顔をする裏で、茜がアオイの問い掛けに一拍置いて答える。

 

『ああ……覚えてますよ。確か──アオイさんは()()()()()()()よね』

『うん。そう、私は()()()()()

 

「……ん?」

「どうしたの? ひとりちゃん」

「あっ、いや」

 

 二人の声を聞いていたひとりは、ふと違和感を覚える。眉を潜めた彼女に言葉を投げ掛けた喜多に、少し悩むようにして口を開いた。

 

「その……会話に齟齬があったような……」

 

 ひとりの疑問が解消する間も無く、二人の会話はさらに進んで行く。

 

『あの頃は大変でしたよ。俺の腕、ほぼ焼く前のきりたんぽみたいなモノでしたから』

『…………』

 

「アオイ絶句しとるやん」

「ウーン」

「想像したくなさすぎる……!」

「棒が骨で……周りの米が筋肉ってこと?」

「説明しないでくれませんか!?」

「──アカン」

「んぐえ」

 

 元から青白い肌をさらに青くするひとり、渋い顔をする虹夏、わざわざ解説するリョウ、それに声を荒らげる喜多を咄嗟に纏めて引き倒したアカネが屈むと、そちらの方向に茜が視線を向ける。

 

『……ん』

『ど、どうしたの』

『知り合いの声が……気のせいか?』

 

 ちょうど植え込みの裏に隠れられたお陰で、ギリギリのところでバレることはなく、茜が視線を戻すとそのままアオイは言葉を続けた。

 

 

 

『茜くんが大変だったとき、私は何も出来なかった。最初にお見舞いに行ったあの日が最初で最後。あれから君が退院するまで、私は一度も顔を見に行かなかった。なんでだと思う?』

『────』

『……君が、怖かったんだよ』

 

 植え込みに隠れるついでに転んだ姿勢から起き上がり座る五人は、アオイの言葉に声に出さずとも目を見開いて驚く。

 

『ついこの間お店で仲良くなって、これからがあった筈の知り合いの人生がメチャクチャになった。君の顔は絶望に染まっていて、一瞬だけは何かしてあげられたらと思って──でも、私は反射的に逃げ出してしまった』

『……そんなに怖かったんですか、俺の顔』

 

 口角を歪めて小さく苦笑を浮かべた茜は、無意識に頬に指を当てる。それから静かに空を見上げて、太陽の眩しさにまぶたを細めると、なるほどと呟いてから言った。

 

『──貴女の中にあるのは、当時の俺から逃げた事への罪悪感。それがありながら今こうして仲良くしていることが苦しみを増長させている』

『………………、うん』

 

 苦々しく頷いたアオイの隣で、茜は細めたまぶたを閉じて、複雑な心境をそのまま表に出したような面持ちで息を吐くと続ける。

 

『──腕が潰れて、夢が閉ざされた気分になった、全てに絶望していたあの日の子供は、こう思いました。()()()()()()()()()()、と』

『……えっ?』

『同情してほしくない。でも慰めてほしい。それでいて、一人の時間がほしい。それが、心が壊れかけた俺の、あのときの心情です』

『……あ、かね、くん……?』

『答え合わせをしましょう、アオイさん。きっと、貴女は勘違いをしている』

 

 

 

 

 

 

 

 ──茜が罪悪感を吐露したアオイに抱いた感情は、それこそまさに、勘違いをさせてしまっていた事への、彼女への罪悪感だった。

 

「あの頃の俺にとって、病院での入院生活は、腕のリハビリは地獄でした。医者である両親は俺への同情が逆効果になることをわかっていたから何も言わなかった。

 アオイさんのお爺さんも、あの逆アポロチ……アカネさんも、俺には余計なことを言わなかった。そして貴女も、何も言わなかった」

「……それは、私が、逃げただけで」

「──少なくとも当時の俺は、貴女がすぐ立ち去ったことを『気を遣ってそっとしてくれたのだろう』と解釈していましたよ」

 

 茜の言葉を、アオイはなんとか咀嚼して、一拍置いてからポツリと呟いた。

 

「つまり……私は当時のことを難しく考えすぎてただけ……ってこと……?」

「有り体に言うなら、そうなりますね。俺は貴女が逃げ出しただなんて思っていませんでした。なにせ今、そう言われて想起して『見方によってはそう見えたかも』と考えたくらいですし」

「は、ぁ──えぇ、え?」

 

 張り詰めていた緊張感が抜けたように、アオイの体はぽすんとベンチの背もたれに預けられる。それもそうだろう、彼女がずっと抱えていた罪悪感は、単なる勘違いだったのだから。

 

「──は、はっは、なぁにそれぇ」

「なんだか、申し訳なさすらありますね。……まあなんと言いますか」

 

 呆れたような声色で、靴を脱いでベンチに体育座りするアオイに、茜が声をかける。

 おもむろに曲げた膝に手のひらを置いて、顔を向けさせると、彼は言った。

 

「……アオイさん、俺なんかのためにずっと悩んでいてくれて、ありがとうございます」

「茜くん……」

「──もう、大丈夫だから。これからは、余計な悩みを抱える必要なんてないんですよ」

 

 その言葉が、アオイの胸につっかえていた重りを外したような感覚を覚えさせる。

 自然に流れた一滴の涙をそれとなく拭い、花のような笑みを浮かべたアオイは────ふと、薄く笑う茜の顔を見てピシリと固まった。

 

「…………ちょっと待ってね」

「はい?」

 

 続けて顔を前に戻すと、体育座りした膝に頭を丸めるように隠してぼやきだす。

 

「私ってさあ、なんか凄い悲劇のヒロインみたいな感じで()()()()()()をさも事実かのように思い悩んで、挙げ句の果てには『懺悔』がどうとかってかっこつけてたことになるんだよね?」

「俺にはなんとも言えませんが……客観的にはそうなるのではないかと」

 

 茜の肯定がトドメとなり、アオイは、膝に頭をうずめたまま──恥の混ざったようなくぐもった悲鳴をあげるのだった。

 

 

 

 

 

「んにゃああああああおおおぉぉぉあぁあああ゛あ゛あ゛あ゛!!!??」

「アオイさん、耳が真っ赤ですよ……」




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