【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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『酒屑』と書いて『ベーシスト』と読む。

『柊木茜くん、あなたの右腕は、簡単に言うと一度ぐちゃぐちゃになっています。元の形に戻せたのはもはや奇跡と言っていい』

 

 三角巾で右腕を吊るす少年に、老人の医者はレントゲンを見ながらあっけらかんと言った。

 

『例の横転事故でもみくちゃになった際、割れたガラスが腕に深く刺さり、神経と筋肉を傷つけていたため、今は動かすのに苦労するでしょう。ですが少しずつリハビリをすれば、日常生活を送るのに苦労しない程度には戻せます』

『先生』

『…………』

『先生、もう、ギターは弾けないんですね』

 

 何の感情も浮かばないような表情で、その目は何も映さないほどに暗いまま少年は問いかける。医者はかぶりを振って、苦々しく答えた。

 

『……残念ですが、腕や手首を酷使するスポーツや楽器の演奏はおすすめ出来ませんね。

 日常生活を送るだけなら、今から始めれば中学生になる頃には十分戻せるかと。ですがギターの演奏が出来るようになるまでのリハビリとなると、治るまでにどれだけの時間が掛かるかは未知数です。5年か、10年か、20年か……』

『──そうですか』

 

 ──と、少年は言葉を返す。幼いながらに、もう既に自分のギタリスト生命が絶たれたことをきちんと理解しているからこそ、泣きわめくことも怒鳴ることもしない。

 

 ただ受け入れて、諦める。

 

 それが、子供でいることからの卒業を強いられた、少年の終わりの始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──後藤ひとりが風邪を引いて寝込んだ後日、手持ち無沙汰の茜は電車に揺られていた。

 

「完全にオフの日はひさしぶりだな……」

 

 ()いた車内にはちらほらと、親子連れや学生、自身と同じ一人旅を楽しんでいる者がいた。ちらりと扉上の案内を見ると、そこには『金沢八景』と書かれている。

 

「ひとりの看病はお母様がやるからいいとして……やることが無いと暇で仕方ないな」

 

 プシュー、と音を立てて開いたドアを見て電車を降りた茜は、駅を出ると陽射しにまぶたを細める。地図アプリで場所の確認をしてから、穏やかな風を肌で感じて歩き出した。

 

「海の公園を経由して、シーパラダイス観光でもするか。ひとりにはクラゲのぬいぐるみでも買ってやって…………おっと」

 

 肩提げのバッグに携帯を仕舞う茜は、自分の言葉に小さく呆れ気味に笑う。

 

「いかんな、あいつと居た時間が長すぎて、気を抜くとひとりを優先してしまう」

 

 その脳裏に、おどおどしながらギターを持ってきたある日の少女を思い浮かべて。茜は海の公園に向かいながら独りごちる。

 

「……たしか(ギター)を折ろうとしたのも、ちょうどあの頃だったか?」

 

 ひとりに合わせない自分のペースで歩く歩幅は大きく、そう呟く茜はいつの間にか公園にたどり着く。潮風に、波の音、遊んでいる人たちの喧騒を耳にして、茜は口角を緩める。

 

「──んぐごごごご」

「…………」

 

 ──その顔は、聞き覚えのある声で放たれたイビキにより、スンと真顔に戻った。

 

 声のする方に顔を向けると、そこにはノースリーブのワンピースにジャンパーを羽織っただけの無防備な格好をした女性が、ベンチを占領するように体を伸ばして眠っていた。

 その周囲には空の瓶と飲み干されて潰れた紙パックが散らばり、茜の鼻の奥に、酒特有のアルコールの臭いがツンと刺してくる。

 

「お前、拠点は新宿だろ……電車で一時間のところに何でいるんだよ……」

 

 茜はそう言いながら頬をひくつかせて、女性に近づき頬をぺちぺちと叩く。

 

「おーい、()()()ちゃん、起きろ」

「……んにゃ、あう……うう……う?」

 

 意識が浮上するまで延々と頬を軽く叩き続けると、女性は眉を潜めながら呻き、一拍置いてまぶたを開く。渦を描いた独特の虹彩が茜を捉え、それから抱っこをねだる子供のように両腕を伸ばして、表情を喜色に染めながら口を開いた。

 

「あれぇ~~? 茜くんじゃ~~んなんでこんなとこにいんのぉ?」

「同じ事をあんたに聞きたいよ。ほら、掴まれ。よっ! ……と」

 

 互いに背中に腕を回してから、茜は足腰に力を入れて女性を起き上がらせる。

 ベンチに座らせてもまだ体が左右に揺れている女性に、そのまま質問を投げ掛けた。

 

「で、なんでこんなところに?」

「わかんにゃ~~い」

「お名前言えるかな?」

廣井(ひろい)きくり4歳です!」

「そっか~。──もしもし警察ですか? 未成年飲酒の現行犯を「──ちょいちょいちょいちょい! 冗談! ジョークだから!」

 

 携帯を取り出して耳に当てるジェスチャーをした茜に、女性──きくりは慌てた。

 

「茜くぅ~ん、ちょっとおふざけが過ぎるぞぉ」

「とか言いながらパック酒に手を伸ばすな」

「……?」

 

 んひひひ、と笑いながらごく自然な動きでポケットからパックの酒を取り出すと、きくりはさも当然であるかのように呑み始める。

 じゅ────ズゴゴゴゴゴ! と凄まじい勢いで飲み干して、彼女は酒臭い息を吐いた。

 

「──ぶへぇあぁ、生き返ったぁ~!」

「今正に死にに行ってる奴の台詞じゃない……」

「なんだぁ? 元気無いなあ、お姉さんがちっすしてあげよう、んちゅんちゅ」

「酒臭いからやめろ」

 

 口をすぼませるきくりの顔面を押さえる茜は、ふと辺りを見回して足りないものを思い出す。

 

「……なあきくりちゃん、スーパーウルトラ酒呑童子EXはどこにやった?」

「ありぇ?」

 

 きくりも同じように見回して、散乱する酒瓶とパックを見て、天を仰ぎ、小首を傾げ、悩むそぶりを見せると茜と顔を見合わせた。

 

「……」

「──」

「……」

「──」

 

 そしてもう一つのパック酒を取り出して一息で飲み干すと、思い出したように声を荒らげた。

 

「なにもしてないのにどっか行った!」

「やらかした奴はみんなそう言うんだよ」

 

 だはは! と笑うきくりに、茜は何とも言えない顔をした。スーパーウルトラ酒呑童子EX──自分のベースを無くすベーシストがあるか、と。

 

「おかしいなぁ~、昨日までは手元にあったんだけど…………昨日って昨日だっけ?」

「哲学? ……ここにいるってことは駅には一回通ってるよな。まずはそこからか」

「お~~、がんばえー!」

「きくりちゃんも来るんだよ」

 

『酒は飲んでも飲まれるな』の例文がごとき振る舞いのきくりを立たせて、茜は駅に向かうべく来た道を戻る。──本当に4歳なのでは。という疑問が浮かぶ程にふらふらとあっちへこっちへと歩き回るきくりの手を引いて歩く茜は、今日の予定が完全に潰れたことを察してため息をついた。

 

「そーいえばさー、なんで茜くん私のこと『きくりちゃん』って呼んでんの? まあ悪い気はしないけどさぁ~~んへへ」

「あんたが『呼ばないとみっともない大人のガチ泣きを見せるぞ』って脅したから」

「えっなにそれ知らない……こわ……」

「怖いのはきくりちゃんだろ……」

 

 

 

 

 

 

 

 ──それは、茜がひとりからギターを教わりたいという話を持ちかけられた半年後の話。

 こことは別の場所で、彼は偶然にも、酔い潰れた廣井きくりと出会っている。

 

『……お姉さん、大丈夫ですか』

『んえ、う、おおっ、おう……』

『そこで水買ってきましょうか?』

『う゛、ち、ちょっと、ま』

『はい?』

 

 当時のきくりは、抱き起こした茜にしがみつくと、明るい紫の髪を揺らして表情を青ざめさせ──申し訳なさそうな声で謝った。

 

『う゜っ、ぷ、マジでごめん』

『はい?』

『げろげろげろげろげろげろ…………』

『ああああああああああああ!?!?』

 

 これこそが、元天才ギタリストと現天才ベーシストのファーストコンタクトであり、この世で最も最悪の二日酔い(ハングオーバー)でもあった。




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