【完結】おさななじみ・ざ・ろっく!   作:兼六園

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俺のヒーロー

「あった──! 私のマイベース~!」

「まさか茂みに投げ込まれてるとは……」

 

 駅の外れにある草木の間に落ちていたそれを見つけ、頭に乗った葉っぱを払いながら、茜はそう言ってベースの入ったケースを抱き締めるきくりに呆れた表情と顔を向けた。

 

「もう二度と離さないぞ!」

「……また無くすんだろうな」

 

 確信に近い予感を覚えつつ、茜ときくりは改めて海の公園に戻り、ベースを傍らに立て掛けてから二人でベンチに座り直す。

 

「さて──じゃあ俺はもう行くから」

「えーっ!? 待ってよまだお礼できてない! 今なら何でも言うこと聞くよ?」

「なら禁酒して」

「ムリ♡」

「嘘つきめ……」

 

 即答されて眉間にシワを寄せる茜。きくりはそれを見て、もはや何個目かも覚えていない安物のパック酒を取り出しながら続けた。

 

「いいかい茜くぅん、私はね…………酔ってないとやってられないんだよ」

「でしょうね」

「君も大人になればわかるよ、年金問題社会情勢日々のストレス機材破壊の修繕費起きたら知らない所にいる恐怖あらゆる生きづらさ……そしてそれが酒で誤魔化せるという事実……」

「なんて駄目な大人なんだ」

「いかん酔いが覚める……ぶへぇあ」

 

 きくりはまるで、ゼリー飲料でも飲むかのようにパックを握り潰しながら中身を吸い上げる。散乱したパック酒が高くても300円前後であることを加味して、今の言動と合わせて茜は察した。

 

 ──きくりは、酔う為だけに酒を飲んでる。

 

 つまり、味なんかどうでもよく、アルコールで酩酊できさえすればなんだっていいのだ。

 

「……きくりちゃん、このままだとたぶん、40代までに確実に死ぬぞ?」

「いいんじゃな~~い? ロックぅ!」

「『ロック』は『肝硬変』の英訳じゃないんだよ……いいからちょっと飲むのをやめろ」

 

 いつの間にか手に持っていた別のパック酒を取り上げようとすると、きくりは子供のように駄々をこね、鋭いギザ歯で噛もうとしてくる。

 

「んーや! ワン!」

「あぶなっ!? こ、こいつ……!」

「がるるるるる! 私から酒を取ろうとしたら歯形が残る微妙な痛さで噛むぞぉ!」

「なんて駄目な大人なんだ……」

 

 ウー……と威嚇してくるきくりは、警戒しながらパック酒を飲み、みるみる内に機嫌を直す。単純な思考回路に軽く引きつつも、茜はおもむろに彼女から提案された。

 

「ね~茜くぅん、なんか面白い話して~」

「パワハラ?」

「ちがーう! アルハラ!」

「そっちか……いや尚の事ダメだが?」

「あ、なんなら身の上話でもいいよ~? 私そういうのまだ聞いたことないし」

 

 ずい、と覗き込むきくりは、空いた手を伸ばし茜の頬に指を這わせた。ピクッと肩を跳ねさせ、茜はきくりの渦巻いた虹彩に引き込まれる。

 

「…………何が言いたい」

()()()()()()()()()()()

「────」

 

 ギザ歯を見せるように笑い、きくりは茜を瞳に映して、酔いで上気した顔を緩めた。

 

「──あっはは! 覚えてる? 初めて会ったときに同じこと言ったの」

「覚えてるよ、当の本人が人の服にゲロぶちまけた日に言ったんだからな。あの時反射的に殴らなかったことを褒めたいくらいだよ」

「そぉ~~だっけぇ? んまぁ~昔のことは置いといてさあ……今、なんかやなことあるんじゃない? あの時と同じ顔してんもん」

「……別に嫌なことではない」

 

 仕方ないとばかりにため息をついて、茜は数秒の間を置いてから口を開く。

 

「ギターやってたことは話したよな」

「聞いた! ……ことある、ような……?」

「やってたんだよ。小学生の頃、少しだけ」

「すっごいじゃん」

「……ああ、当時は、冗談でもなんでもなく凄かったんだ。ギターを握って数日で大抵の技術はマスターしたし、時間があれば応用も完璧に学んで。本当の意味で、あの時の俺は天才だった」

 

 それを例えるなら、ぴたりと歯車が噛み合ったようなもの。茜にとって、ギターとは、言うなれば心臓に位置する重要なパーツだった。

 

「『ギターで感動させるなんて、音で魂を揺さぶればいい』と思ってたし、その通りに演奏することもできた。気まぐれで1本だけ投稿した演奏動画もあり得ないくらい再生された。これからに期待されて、順風満帆だったよ。その時までは」

 

 右腕を押さえて、茜は続ける。

 

「──バス横転事故、怪我人多数。死者は出なかったからと大した騒ぎ(ニュース)にならなかった事故の裏で、俺の腕はぐちゃぐちゃになった。

 とんだ笑い話だ。神が与えた天性の才は、不運に奪われて無くなりました、って」

 

 捲った袖の中から出てきた右腕には、目立たないだけで幾つもの手術痕が刻まれている。それは天才が才能を失った証であり、一生消えない心の傷の具現化とも言えた。

 

「……小学校時代をリハビリに費やして、中学に上がって演奏できるようになるまで続けようとしたけど、弾こうとする度に腕から指先までが痛むという状態は俺の心をへし折った。

 もうすっぱり諦めようとしたとき、幼馴染が急にギターを始めたいとか言い出して……当て付けかと思ったくらいだ。俺は、醜い奴だよ」

「……茜くん」

「正直に言えば、俺はあいつがギターなんて続けられるわけがないと思ってた。でもあいつは練習を辞めなかった。毎日毎日何時間も……正気を疑うレベルののめり込み具合でな」

 

 ギターの練習を平均6時間、休日は約10時間。それを365日×3年。幼馴染は──後藤ひとりは、狂気と言ってもいい努力で、知らずの内に天才の腕を追い越していた。

 

「──どうして俺なんだ、どうしてお前なんだ。口に出さないだけで、自分が失ったものを得た幼馴染に、何度も何度も嫉妬したよ。

 でも、あいつは俺の醜さなんかお構いなしに、ぎこちない顔で笑うんだ。『次はこれが出来るようになりたい、次はこんな演奏がしたい』って。

 ……それで気づいたら、ギターを弾けない絶望も、あいつへの嫉妬もしなくなってた」

 

 ──腕を磨いたひとりは、それから『ギターヒーロー』を名乗りネットに動画をあげ始めたが、茜は彼女がそう名乗った理由を知らない。

 

「……あいつは、俺のヒーローはこれからもずっと凄い。それを支えてあげたい。だからまあ……別に辛いわけじゃないんだ、ただ──最近バンドを組んだあいつが少しだけ、羨ましい」

「そっか」

「それだけだ。この話も終わり」

 

 終始聞くことに徹していたきくりが、穏やかな声で言う。茜もまた、思い出したように深いため息をついて顔を手で覆った。

 

「──ああ、気持ち悪い。溜め込んでいた感情を言葉にするのがここまでキモいとは」

「いいじゃんいいじゃん、こういう時にちゃんと吐き出した方がいいよ。私なんていっつも吐き出してるからね! 人生太く短く!」

「人間の体なんて半端に頑丈だから、この生き方続けてたら残りの半生でずっと苦しむだけだぞ。形を戻せちゃった俺の腕みたいにな」

「あっはっは! ……ここ笑うとこ?」

「笑うとこ」

 

 自虐に自虐を重ね、酔っ払いを相手に愚痴を吐き出す。本来の予定が潰れたことを差し引いても、悪くはないと茜は思案する。

 

「うん、まあ、そうだな。わりとスッキリしたし、助かったよ。ありがとうきくりちゃん」

「んふふふ、そうだろそうだろ。おねーさんにお礼してくれても良いんだぞう」

「甘く勘定しても貸し借りゼロだよ」

 

 ──何を言ってるんだ。と独りごちる茜は、きくりのブーイングを無視した。

 

「よよよ……私はこんなにも茜くんが好きなのに……茜くんは私のことが嫌いなのね」

「嫌いだったら禁酒しろなんて言わないだろ。俺も好きだよきくりちゃんのこと」

「えっ」

「2%くらい」

「2%か……えっ2%!? もう1年ちょいくらい交流してるのにまだ2%なの!?」

「交流してるからじゃないかな」

 

 茜から見れば、きくりは確かに魔性と言ってもいい魅力があるが、それを加味しても良いところと悪いところで好感度が乱高下していた。

 

「まったく……話し込んでたら時間もかなり過ぎたし、俺は今度こそ帰るぞ」

「え~~……仕方ないか。いっぱい話して疲れちゃったよね、ありがとね、言いたくないこととかあっただろうにそれも明かしてくれて」

「普段からそれ維持できない?」

「あぇ~?」

 

 年相応の大人の女性らしいところを見せつつも、一瞬でパック酒と共に瓦解する様を見て、茜は何度目かのため息をつく。

 その顔を見て、きくりもまた、ふにゃりと口角を緩めて口を開いた。

 

「……ねー茜くん、もし本当の本当に辛くなったら、うちのバンド来なよ。あえて前向きに考えてみたら? 『毎回何秒演奏できるかわからないギタリスト』ってすげーロックじゃん」

「──モノは言いようだな」

「んふ、いつでもウェルカム。じゃーねー」

「…………」

 

 駅に向かおうと踵を返した茜はふと振り返り、パック酒のストローを取り出そうとしているきくりに近づくと、顔をあげた彼女に顔を近づけて、その頬に口をつけた。

 くすぐったさに「ひゃう」と呟くきくりの髪に茜の鼻が当たり、アルコールとは別の女性特有の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。彼女はキョトンとしながらもされた事を理解すると、一拍置いてすっとんきょうな声をあげた。

 

「……おう?」

「お礼。それじゃあまたな、俺のヒーロー2号。もう少し肝臓を労るんだぞ」

 

 茜の背中を見送るきくりは、ポロリとパック酒を落とす。その頬が赤いのは、酔いのせいかはたまた。それを知る術は、無い。




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