MCU版『アークナイツ』 作:日立インスパイアザネクス人@妄想厨
龍門 その1
夜が明けてきたのを気づいて、アーミヤはようやく徹夜したことに思い至った。
時計を確認し、あまり研究が進まなかったことを悔しく思いながらすぐにデスクを片付け始めた。一人暮らしだから散らかしても気にする人は居ないが、ドクターを失ってから世話を焼いてくれる隣人に部屋を見られて一喝されて以来後片付けの習慣を守っていた。
一晩中デスクに向かい合った体を軽くほぐし、昨晩の夕飯の残りを温め直してそれを朝食とした。部屋着からYシャツとGパンの簡単な着こなしをキメて、そのコーディネートを覆い隠すような大きめのフード付きコートを羽織った。最後に青く発光する腕輪を手首に嵌め、これで外出する準備は整った。
12/17 am3:50 ワシントン州シアトルの中華街
周辺の住民がまだ寝静まっているこの時間帯に彼女の一日が始まる。
◇
何故この時間帯から活動しているかというと、アーミヤは徹底的にひと気を避けるような生活をしているからだ。
都心に近い自宅からほぼ郊外に所有してる畑まで徒歩で往復するのもそう。
表通りじゃなくて路地裏を使うのもそう。
畑で採れた薬草を
卸している生薬専門店を馴染みの一つに絞ってるのもそう。
「……この薬草は今言った調合で効き目が増します」
「なるほどのぅ……保存期間は変わらんのか?」
「……既存の方法よりも保存期間が長くなりますから製品として店頭に並べても問題はないと思います」
「それは店主と相談してくれんか。ワシはお嬢ちゃんに漢方について聞いてるただの常連客にすぎんからのぅ」
すっかり顔なじみになった常連客の老人がフードを決して外さないアーミヤのアドバイスに感心する。当の生薬店の店主はアーミヤの的確なアドバイスに何とも言えない顔で彼女を見ているだけだった。
ドクターに連れられて初めてこの店に訪れてから早2,3年。普段からフードとマスクで顔を隠していたドクターと関わりがあったためか、彼らはフードを外さないアーミヤを見ても気にすることも無くなった。
さらに彼らはアーミヤが病気の研究を行なっていることも知っているため、
「それと、頼まれていたものも届いておるぞ」
「! 本当ですか!?」
いつになく声をあげたアーミヤの姿に思わず老人らは目を点にした。
アーミヤ自身もつい出てしまった声に恥ずかしそうに縮こまってしまうのであった。
「ほっほ、そのくらいの反応が年相応で良い。……おい」
「はい」
そう店主に呼びかけた老人はいまだに恥ずかしそうにするアーミヤを見やる。
老人は長年にわたり日の射さない世界で生きてきた。そこで出会う人間のほとんどが後ろ暗いものを持つ者であり、彼女が師事するドクターも同じ気を発していたことを思い出す。
そんな界隈に身を置いている目の前の少女は老人の目から見ても少々異質だった。
清純。
素朴。
無垢。
あまりにも老人のいる世界とはかけ離れた存在が、こうして談話交じりに裏取引をすることに違和感を感じるのだ。
そんな界隈に生きる老人は相手がどう怪しくてもを詮索しない。それがこの界隈の暗黙の掟だった。
だからこそ、言わずにいられなかった。
「お嬢ちゃん。じじぃのお節介かもしれんが、それがどういったものか知っておるのかい?」
「……一応、理解しているつもりです」
「……ワシはお嬢ちゃんほど医に通じているわけではないが、只人には手に負えぬ代物じゃと聞いておる。……アーミヤのお嬢ちゃんや。その機械を持って龍門に何を齎す?」
好々爺の面を張り付けたまま、彼女の真意を測るように鋭い目つきで。彼の人生で培った対人能力だった。
「何もありません」
――それに対し、アーミヤはきっぱりと言ってのけた。
「この研究が危険でどれほどの影響力を持っているかは重々承知しているつもりです。その所為でどれだけの犠牲があったかは私には想像がつきません。だからこそ対策は多く用意してます。ドクターとリンさんが交わした約束通り、龍門にご迷惑はおかけしません」
「龍門に災いを齎さぬという言のみを信じよと?」
「信じていただくしかありません」
フードの下から除く少女の瞳はいつだって力強い。
彼女の師が亡くなった後もこうして関わりあった老人が何度も見てきた危うさを感じる瞳だ。が、そうして彼女との関わりは今日まで続いている。
「断じて行えば鬼神も之を避く、あの男もお嬢ちゃんも、龍門に移り住んでから今までどんなに怪しいことをしようが騒動など一つも起こさんかった。その云為を誤らぬ限り、ワシらは口を出さん。くれぐれも我らを裏切らぬようにせよ」
◇
エレベーターも設置されていないほど古いアパートの屋上に設置された
ふと荷物を背負いながら階段を上るアーミヤは首を傾げた。
屋上へ続く最上階の一部屋。そこに住むのはドクター無き今、アーミヤの世話をしてくれる親切な隣人だ。
「チェンさんっ、チェンさんっ」
アーミヤの性格柄、控えめにドアを叩いて隣人へ呼びかける。
部屋の中から物音が聞こえたため、隣人のチェンが居るのは確かだ。
だからアーミヤは首を傾げる。この時間帯は彼女は仕事で外に出ていることが多い。何かしら用事があったとしても、前日のうちにアーミヤに知らせてくれるのだが、今日は何も聞かされていない。一体どうしたのだろうか?
そうしてしばらく扉の前で佇んでいると、部屋の奥から玄関へ歩く足音が聞こえ、
『――アーミヤ。帰ってきたのか』
「……大丈夫ですか?」
チェン・フェイゼという女はきりりとした凛々しさと鉄のような厳粛さを兼ね備えた人物で、アーミヤはそんな彼女に理想の大人の女性として憧れを抱いていた。が、今日のチェン・フェイゼは気怠そうな酷く枯れた声で応答し、ドアを隔てたまま顔も見せていない。
「体調が優れないようですが……」
『……ただの二日酔いと月のモノのダブルパンチだ。
「――」
チェンの返答にアーミヤは絶句した。
これが……これが
「で、でしたらお薬を作りましょうか?」
『……ありがたい。あと頭痛に効くやつを頼む』
『……そういうわけだから、今日の夕餉は一人で食べてくれないか? 食材は一昨日買った奴があるだろう、それで足りるな?』
「あ、はい。わかりました」
『……野菜をレンジに入れただけじゃ料理とは言えないからな。せめて調味料を使え』
「頑張ってみます」
アーミヤは料理ができないわけではない。生活のほとんどを研究に費やしたいから調理時間を短縮するために簡単なレシピを選んでいるだけだ。
◇
自宅たる小さな
アーミヤはコートを脱ぐのも忘れ、すぐさま荷を開けて中のものを確認する。
待ちに待ったそれは冊子のように纏められた数十ページに及ぶ資料と小さな蛍光灯のような部品だった。
無言で資料を読み進めるアーミヤは興奮気味だ。
これがあれば彼女の
資料を読み終えて、アーミヤは一旦冷静になろうとした。
ふぅ、と息を吐き、段ボールのラディッシュを一本齧り、もう一度資料の内容を頭の中で反芻する。
(この実験自体に不備は見当たらない、投薬された超人血清は失敗作だったけど、博士が
わずかなヒントで延々と推理をするのは思いのほか楽しい。
それらしい答えを想像して食べるラディッシュは格別だった。
それはそうとして、
(この実験の主幹は薬物とガンマ線によって細胞を増強させること。鉱石病も
この研究をした人に感謝の念が絶えなくなると同時に、その実験結果を見る限り大規模な事故が起こって資料がほとんど紛失したはずなのにそれらを見つけ出したあの老人がどれだけ骨を折ってくれたのかとても気になってしまう。
――まぁ、ともかく。
アーミヤは今まで多くの人に助けられてきて、それでいて自分には恩を返す当てなどない。
自分にはこの4畳ほどの研究室で実験を繰り返すことしかできない。
ならば。
自身を蝕み、やがて世界へ広がってしまうであろう
「――がんばりましょうっ」
と、奮起した彼女は、ようやく部屋の中でコートを脱いでいないことに気づいてコートを脱いだ。
◇
まず始めたのは装置を組み立てから。
毎日夜中に粗大ごみの収集場へ忍び込んで必要な機械部品を集めた苦労が報われる時だ。
電子レンジの外装をしたその機材は事前の試運転で問題なく動かせるまでに直した。後は小さな蛍光灯を取り付ければ完成だ。電源をつけてみて、アーミヤは満足そうに頷いた。
次は部屋の片づけ。
今から行なう実験は非常に危険が伴うもの。だからこそ部屋にあるものは全部屋外に避難させておく。今日は雨が降ってなくてよかった。
しかし、
「……」
掃除はそれなりに行なっていたはずなのにかなりホコリが溜まっており、服が灰色に変わっていた。まさかここまで
最後に壁に鉛板を張り付ける作業だ。
鉛を集めるのは一番大変だったなぁ、としみじみと思い返す。とにかく量が必要だったから自動車のバッテリーじゃ足りず、リン老人に鉛蓄電池の発電機を数台取り寄せてもらい、分解して鉛を取り出して必要な数を揃えたのだった。しかしリン老人には申し訳ないと思うし、金槌で叩いて薄く引き伸ばす作業はもう二度とやらない。
四方の壁に鉛板を立てかけるように張り、屋根の上にも鉛板を乗せた。ついでにアルミホイルで隙間を埋めて、密閉空間を作り上げた。
一通りの準備を終えて、レンジから温めた野菜を取り出すアーミヤ。チェンの言いつけ通り軽く塩を振って味付けしたものを口に入れ、
(……これが最後の実験ですね)
冷蔵庫にある
肉体を冒す源石は、感染者が生きている間血中や人体を緩やかに増殖していくのだが、感染者が死亡した途端、一気に増殖し感染者を石に変えてしまう性質がある。
肉体と結びついた源石と、肉体からはく離した源石は性質が変わる。
前者は800℃以上の熱で化学変化を起こし無害な炭素に変えられるが、後者はどうすることもできない。融解させようが粉末にしようが、新たな感染者の発生源となる
ようは人体の治療を目的とする実験で、皮膚から剥がした源石では十分な結果を得られないのだ。
源石実験をするにあたって必要になるのが先の
特殊な加工をした培養液を張った培養皿を感染者の体内と源石が誤認する代物であるのだが、その培養液の製造は今のアーミヤの環境では不可能であった。
ドクターが生前、アーミヤが源石の研究を引き継ぐと宣言した時に課せられた条件。
源石の研究は環境汚染との戦いでもあり、一つの場所に留まり続けることは多大なリスクを負う。かつての感染者達は周囲と自身のことを想い、モンゴルの遊牧民のように常に移動を続ける生活を送っていた。ドクターとの生活も同じように研究行脚で、本来ならば龍門に滞在するのも1年だけのつもりだった。
しかし3年前に龍門に着いてドクターの鉱石病の進行が早まり、リン老人の交渉などの研究への地盤固めをし終わった2年前にドクターは龍門で殉じることとなった。
その際、研究の引き継ぎで問題になったのが培養液のストックだ。
培養液はドクターが感染者の拠点から持ち出したものだったらしく、培養液のレシピも製造できる設備もその拠点にしか無いそうだ。
つまり鉱石病の研究を続けるには感染者の組織と合流する必要があるのだ。
培養液はその目安。ストックが尽きたら世界の何処かにある感染者の理想郷へ向かえ、とドクターはアーミヤに伝えた。
この1年でアーミヤのできる限り、思いつく限りの方法で源石の研究・実験を行ない続けたが芳しい成果を得られたとは言えなかった。そうして資材はどんどん減っていく一方だった。隣人のチェン・フェイゼが食料を提供してくれるものの、アーミヤの生活は限界を感じていた。
この家にはテレビやパソコン、携帯端末といった最新の情報機器すら無く、部屋の隅に積んであるのは薄汚れた医療系の科学雑誌ぐらい。
設備・物資・知識、全てが尽きかけた今のままでは研究を続けられない。ドクターの遺言に従うしかないのだ。
ここでの生活はとても居心地が良く名残惜しいが、それが感染者の生き方だ。
「どうか、今度こそ」
この世界に実験を成功に導く神様が居るかはわからないけど、一歩で良い。とにかく鉱石病への進展を願う。
12/17 pm18:20
源石の活性化抑制実験、開始。
◇
次に煮沸したカッターで試料となる培地を薄く切り取り、歪んだ形のスライドガラスに乗せる。
冷蔵庫から取り出した色とりどりの試験官の溶液をスポイトで採って培地に垂らし、その上に小さなカバーガラスで重ねた。源石実験用のプレパラートの完成である。
ここまではたぶん
発電機を回し、ガンマ線照射器に改造した電子レンジと900℃以上の高温を発するよう改造したアイロンに電源を入れた。
実験の準備は整った。
「最初は0.5秒で、出力は……このぐらい、でしょうか?」
プレパラートを改造した電子レンジに入れる。
これまで
改造レンジの密封具合を確認し、つまみを捻ってガンマ線の出力と照射時間を設定。そのままスタートのボタンを押した。
レンジの窓から射すカメラのフラッシュより毒々しい閃光が部屋中を照らした。
「――結構熱いんですね、ガンマ線って」
咄嗟にレンジから目をそらしたアーミヤは目頭を揉みながらそう呟く。レンジにも鉛板を貼っているが、これほどまで光が漏れるとは考えてなかった。
ちなみに、改造電子レンジとアーミヤとの距離は部屋の広さゆえ1mも無い。
さらに言えば隔ててるのはレンジの壁のみだ。
放射能汚染はギリギリこの
そんな危険な環境下でアーミヤは防護服もつけずに作業をしているのだ。
これはアーミヤ1人の特性ではなく感染者の能力の一つ。
源石によって変化した細胞の代謝能力ははるかに向上しており、入り込んだ毒物は細胞に影響を及ぼす前に生理的に排してしまう。またDNAも地球上の放射線で破壊されないほど強靭で、感染者の記録によれば1945年のヒロシマに潜伏して被爆した感染者は天命を全うするまで健康だったという。
「あつつつっ」
原子炉とほぼ同じ放射線量の改造電子レンジから出てくるプレパラートをお手玉しながら顕微鏡まで持ってくるアーミヤ。※放射線を浴びた物質を素手で触ってはいけない。
顕微鏡を覗き、血中の薄透明な黒い源石が黄色く発光しているのを確認した。源石が活性してる。
(1、2、3――)
数えて数秒、源石の発光が徐々に収まったと思いきや再びカウントダウン前と同じ光量で輝くのを確認してアーミヤは顕微鏡から目を離した。
ノートに今の現象を記録しながら、
(放射線治療による源石の影響はナシ。ここまでは予測通りですね。ここから徐々に調整して――)
顕微鏡からプレパラートを外し、改造アイロンを手に取ってプレパラートに押し当てた。
チュッ、という小さい悲鳴のような音を立て源石は安全に処理される。
今からこの作業の繰り返しだ。そのためにガラスをゴミ山から大量に拾ってきてプレパラートに使えるよう丁寧に加工したのだから。
ガンマ線の出力を変え、照射時間を変え、時には時間をおいてみたり、様々な方法で検証する。
超人血清を生み出そうとした博士が歩んだ道をアーミヤも辿る。その過程でアーミヤの研究に繋がる何かを求めて、アーミヤは危道を自ら選ぶ。
「っ!」
何度目かの照射で変化が起きる。
ピキキ……という小さな音をアーミヤの耳は聞き逃さなかった。
素早い動きで――活性化させた源石が増殖してカバーガラスを割っていく光景を視界に入れた。
「大変大変大変大変大変っ」
アーミヤはすぐに処理作業へ入った。
改造したアイロンを掴み、源石に浸食されつつあるプレパラートを顕微鏡から取り出す。※放射線を浴びた物体を素手で触ってはいけない。
途中、焦りで手を滑らせてプレパラートを床に落としそうになるもお手玉をしながらテーブルに置いて、充分に熱された改造アイロンを目一杯の力で押し付けた。
わずかに鼻につく臭いの後、作業台の改造アイロンとの接着面が焦げ付いていくのが見えた。それでもアーミヤは力を籠め続ける。
――まだアイロンの下に固い感触がある。
アイロンの加熱温度をさらに上げ、今度は全体重をかけて源石を焼き付け――今度こそどろりとした感触が手に伝わった。
「……はぁ~……」
一先ず汚染の危険は無くなりアーミヤは息を吐く。
「8回目、ガンマ線照射のみ、時間は1分22秒、不活性時間変化無し、再活性から約2分ほどで源石の急成長を確認、と」
ある程度予測がついた結果だった。源石の成長は思いのほか早い段階であったものの、今の設備なら十分対処できる。
ここからさらに試験を発展させていく。
「次は薬品の投与ですね。最初は……細胞障害性の物を使いましょうか」
冷蔵庫から試験管を取り出し次のプレパラートにかけていく。
ガンマ線照射器が届くまでの間、検証方法はいくつも考えてきた。
アーミヤの実験はまだまだ続く。
◇
結論として、なんの成果も得られなかった。
276回の検証実験、さらに細分化したあらゆる方法を試しても源石の浸食を抑制することは出来ず、
12/19 am10:00
徹夜3日目である。
「はぁ……」
ため息が止まらない。
あれほど他方に手を回してもらって何の結果も得られなかったのはとても悔しいし、この居心地よかった街を離れることも惜しい。さらに実験の後始末が憂鬱で、もう負の感情がぐっちゃぐちゃになっている。
今回の実験で使用したモノはことごとく放射線に汚染されたものだから処理が面倒だ。機材を全て細かく分解し、事前に準備していた鉛製の容器に詰めていく。それらをどこに処分するかと言えば、ここから少し行った所にあるスクラップ廃棄場だ。ドクター曰く、ああいった場所は不法なものの処分に困る人間が人知れず投棄することが多く、詳細に調査すれば危険な物質は必ず検出されるので放射性廃棄物を処分してもカモフラージュされるから便利だ、だそう。
それはさておき。
小屋にあるものを全て分解していくうちに、アーミヤは奇妙なものを見つけた。
テーブルの裏に隠されるように貼られたプラスチック製のカード。
確認するとバーコードと龍門にある貸金庫の店名が印字されていて、おそらくカードキーのようなものだろうか。アーミヤは見たことが無かったので契約したのはドクターだろう。
龍門に暮らして3年。
クリスマスを控えた12月19日。
この日からアーミヤの運命は加速する。