MCU版『アークナイツ』   作:日立インスパイアザネクス人@妄想厨

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龍門 その3

 

 

――二人の感染者が龍門(ロンメン)に訪れる前。

――カリブ海を進む船上にて。

 

 これからニューヨークに向かう。

 メキシコとは違い冬が長い気候だ。薬品の保存が効くし、寒冷地では体内の源石(オリジニウム)結晶は活性しにくくなるという。それにキャプテン・アメリカの生誕の地だけあって研究機関が多い。源石研究には最適な場所だ。

 

「…………」

 

 ……仕方のないことだった。

 君がメキシコで穏やかな生活を望んでいたとしても、感染者である以上、同じ場所に留まれない。

 時期としてもメキシコを離れることが正しかった。

 

「…………」

 

 ……だから、君が気に病む必要はない。

 あれはただの隣人トラブルだ。

 もう少し私が注意して穏便に事を済ませればよかっただけのことだったんだ。

 

「ドクターの所為じゃないです! ……私が、私が誕生日にバイオリンなんか欲しがらなかったらっ、ドクターの留守中に練習しなければっ、隣の人に見られなかったのに……!」

 

 それこそ仕方のないことだ。決して君が悪いわけじゃない。

 ただ間が悪かった。

 素行の悪い隣人がクスリに手を染めていたことは私も把握していた。

 今年のクリスマスでアーミヤが初めてバイオリンに興味を持ったこと、それは喜ばしいことであるし、正直に言って私は舞い上がっていた。

 私達の留守中にあの男が空き巣に入ろうとして扉の鍵を壊し、潜伏していた。

 そんなことを知らずに、私は先に君を帰らせた。

 今回のことはそういう因果が絡んだ結果に過ぎないんだよ。

 

「でも……次の場所でも同じことが起きてしまったらどうしたらいいんでしょうか」

 

―――男はフードの上から、少女の頭頂部の耳の付け根に巻かれた包帯を撫ぜた。

 

 なるかもしれないし、そうならないかもしれない。

 私たちが学び、実践しようとしていることだって全てのヒトを救うが、そのヒトから感謝されることも無く謂れのない暴力を受ける可能性だってあるんだ。

 だがこの世界の全ての人間が君の敵になることは決して無いだろう。

 怖がる必要はないよ、アーミヤ。

 ニューヨークでは良い隣人に出会えればいい。そう考えておくことだ。

 

「……わかりました」

 

 バイオリンのことは残念だった。

 向こうに着いたら誕生日の仕切り直しを――

 

――ふと、船に乗った一般客たちがテレビの前で悲鳴を上げる。

――テレビに映るのはマンハッタン区のハーレムを破壊し尽くす2体の緑の巨体だった。

 

「……ドクター」

 

 ……ニューヨークはやめておこうか。

 

       ◇

 

 12/19 pm19:03 龍門(ロンメン)の一画、探偵事務所のある古アパート。

 

 大急ぎで塔屋(ペントハウス)に戻ったアーミヤはがらんとした部屋の中をぐるぐる歩き回った。

 

「見られた、大勢に。逃げないと、逃げないと逃げないと! まずは、ああどうしよう? 引っ越し、引っ越ししなきゃ!」

 

 今まではドクターが先導してくれたが、今は自分でやらないと。そう思い直しアーミヤは行動を開始した。

 

 紙の資料や服などの生活用品をドラム缶に放り込んで火をつけ、前日に分解していた特殊な機械部品を丁寧に頑丈なリュックサックに収める。源石研究に関わるもの――自身の体表からはく離した源石結晶や研究用の流体源石などは事故などで流出しないよう対源石仕様のアタッシュケースに収めた。

 塔屋の中が空っぽになった後、部屋の中央にランタンを置いてアーミヤは一旦外に出る。

 すぐに部屋の中から莫大な光が漏れ、耳鳴りのようなキィンという音が静まった後に部屋に入るとランタンはバチバチと火花を噴いて、てっぺんから試験管(シリンダー)を排出した。中には細かい源石結晶が入っている。アーミヤは使い捨て懐炉の中身(てっぷん)を部屋中にまんべんなく撒いて源石との衝突反応を確認する。

 

「ドクターと開発した源石の吸引機、ちゃんと稼働できてよかった」

 

 まだ一回しか使えないのは改良の点ですね、と源石が完全に検出されないことを確認したアーミヤはランタンを火の着いたドラム缶に放り投げ、試験管をアタッシュケースに収めてしっかりと鍵を閉めた。

 最後に箒で撒いた鉄粉を掃いて掃除し、これでこの塔屋に誰かが居た痕跡は無くなり、アーミヤは旅立つ準備は完了した。

 

 思いのほか、長い三年間。

 悲しい思い出はあるけれど、それ以上に幸せだったことが多かったこの地を離れるのは惜しい。けれど自分がしでかしたヘマの代償と思えば仕方のないことだ。

 生活に必要な物は燃えた。アーミヤが管理してた薬草畑は何もしなくても雑草だらけになっていくだろう。

 全てが無くなったところでアーミヤはリュックサックとアタッシュケースを持って降り、ふと一階下のチェン・フェイゼの部屋の前で足を止めた。

 

 ドクターの死後、アーミヤの面倒を見てくれたのは彼女だ。

 いつかここを出ていくとき、そんなチェンに対して挨拶をしたいとは思っていたが、電気がついておらず中に耳を傾けても誰も居る様子がない。何処かに出かけているのだろうか。

 アーミヤは彼女に会えないことに少し残念に思い、

 

「さようなら。ごめんなさいチェンさん」

 

 誰にも聞かれない独り言。

 一刻も早くこの街から離れないと、親切な彼女にまで危害が及んでしまう。

 そう思い階段を降りようとして、

 

「君は私に何か悪いことをしたのか?」

 

 凛々しい声に反応する間もなく後ろからフードを掴まれてしまった。

 

    ◇

 

 12/19 pm19:20 龍門(ロンメン)の一画、ある潰れたバー。

 

 サイレンサーで消された破裂音と共に少年の1人が悲鳴を上げた。

 隣に立つ相方の薄着の少年はそちらを見ない。倒れた少年を襲った銃口がいつこちらに向けられるのかわからないから。

 

「……それで? 貸金庫から出てきたのはバニーガールで、宝石一個を奪ったのにすぐに奪い返されたって? B級映画でも聞いたことの無いシナリオだ、お前に映画監督の才能があるなんてなぁ」

 

 周囲に居る大人たちがいっそ全員で嘲笑ってくれた方がどれほど気が楽になれるだろうか?

 ただただ淡々と言葉を紡ぐ男は拳銃をくるりと回す。

 

 銃を持つ男はここ2,3年ほど前イタリアから流れ着き、以降この龍門に居座っているギャング達の頭目だった。

 生まれついてから龍門で孤児をしている少年らもこの男たちが何をしでかしたのかは知らない。が、ここ最近急に活発に動くようになり、細々と暮らしていた少年らに金銭をチラつかせて声を掛け恐怖政治を強いてくるようになった。

 

「……やっぱガキは使えねぇか」

 

 小さな呟きに少年の肺からひゅっ、と空気がせり出る。

 もはや言葉なんて紡ぐことすら忘れた。何か行動を起こす間もなく、男の手にある銃は引き金を引くだけ。

 銃口が鼻先に向けられて、男の武骨な指が引き金に掛けられて。

 

 バンッ! と。

 少年の背後にある扉が乱暴に開かれた。

 

「おいカポネっ!! 鼠王が取り寄せたモンがわかったぞ!!」

 

 引き金を引こうとした、カポネと呼ばれた男は入ってきた男に対し小さく舌打ちをする。

 

「無駄にデケェ声出すなガンビーノ! 今する話かよそれは!?」

「あ!? するに決まってんだろぶち殺すぞ!」

「ちょーど今弾込めたとこだ、的が外から戻ってきて助かったぜ」

「テメェ無傷のままイタリアに戻れると思うんじゃねぇぞ?」

 

 互いに掴みかからんとばかりに罵り合い、時には銃を向け合うほどの険悪さはこの数日で慣れた。まさか自分の命の灯が消える手前で妙な口論を行なうとは。そんな彼らに呆れ半分、向けられた銃口からいつ火が噴くか怯え半分で身動きが出来なくなる少年だったが、今回はカポネが折れた。

 腹立たしそうに拳銃を懐にしまい、ガンビーノを睨みつけながら、

 

「――チッ! それで鼠王がなんだ? ヤツの弱みなんか握ったところで、俺らがどうこうできるもんじゃねぇだろ」

 

 鼠王という名は少年も聞いたことがある。

 この龍門を裏で牛耳るというマフィアの首領。

 かつて貧困層のたまり場だったシアトルの目立たない一画を中国系の移民達でまとめ上げ、一代でこの中華街を周囲のギャング達をも寄せ付けない城塞へと変えた怪物。今のシアトル市長がバリバリの警察官だった頃、彼と鼠王はお互いに部隊を率いて真正面から血みどろの抗争を繰り広げたという伝説が今もなお語り継がれている辺り、鼠王という存在は龍門にとってどれほど大きいかがよく分かる。

 

 そんな鼠王と過去に何かがあったらしいカポネとガンビーノは彼が機嫌を損ねないように常に鼠王へのアンテナを張りつつ、捨てきれない野心を秘めて何処かで足を引っ張ろうと躍起になっているのは少年も見慣れた風景だった。

 

「弱みっつーか、ヤツが大枚を叩いて妙なモンをニューヨークの軍事施設から取り寄せたって情報を手に入れたんだよ。詳しく調べてみりゃ、何年か前、ニューヨークで暴れたシュレックのバケモノに関わるものらしいぞ」

「……」

 

 ガンビーノの口から飛び出してくるワードはどれを取っても理解できないものばかりだ。

 現にカポネも呆気にとられた表情でガンビーノを睨んでいた。

 

「あの鼠王がそんなもんに興味を持つか? わざわざ軍隊からコネを使って? そうなっちゃシアトル市長どころかアメリカ軍にもケンカを売っちまってる。どう考えても不自然すぎんだろ?」

 

 多大なリスクを犯してでも手に入れたい軍事機密とは何か?

 それを手にした鼠王が龍門で一体何をしようとしてるのか?

 少年を囲む大人たちの口々から推測が飛び出し、ざわめきに混乱が混じり始めた時にカポネのストレスに限界が訪れる。

 

「テメェら一旦黙りやがれッ!!」

 

 小さな破裂音で窓ガラスが砕け落ち、バーの内部は静けさを取り戻した。

 部下たちの不安げな視線を一身に受けたカポネはガシガシと頭を掻きむしり()()()()()()()

 

「……一先ず鼠王のことは考えなくていい。おそらくヤツはただの仲介人だ。そうじゃなきゃヤツの周りがもっと騒ぎ出すはずだからな。ガンビーノ、その妙なモンって奴の行先はわかってんのか?」

 

 彼は元より眉唾な話で動く気は無い。だがカポネ自身が気を静めても部下たちはそうじゃないのだ。だからこそ安心材料として軍事機密が何処へ向かうのかを聞く必要があった。

 ――後になって思えば、ここで話を切るべきだったのかもしれない。

 

「あ、ああ。ブツが鼠王の手元に入ったって話からこの数日、ヤツの周りに見張りを立ててたんだが、ヤツに接触したのは一人だけだったぜ」

「もったいぶんじゃねぇぞ。誰なんだ」

「フードをかぶったガキだよ。ドクターについて回ってたあのガキだ」

 

 未だに恐怖でガチガチに固まっていた少年の他、新参と思われるマフィアの構成員たちにはわからない単語が出てきて疑問符を浮かべた。

 しかしそんな彼らとは裏腹に、他の構成員たちのざわめきは先ほどとは比べ物にならないほど大きくなった。

 ガンビーノから齎される報告によってこの空間を支配する二つの反響。

 カポネの反応は後者。それも彼から虐げられる少年が見たことの無い姿で。

 

「――おい、そりゃただの爺と孫みてぇなやり取りを見間違えたとかいうオチじゃねぇよなっ?」

「何のやり取りをしてたかなんて知らねぇが、何かしらのブツを受け取ってたのは確認できたんだよ。可能性としちゃアリだ」

「死んだ程度じゃどうにもなんねぇってことか……!」

 

 不機嫌に歪んだ眉間にさらにシワを増やすカポネは構成員たちに号を飛ばす。

 

「おい、今から10ブロック先の探偵事務所のあるアパートの屋上の小屋に行ってこい。そこに居るガキをここに連れてくるんだ」

「は、はい。……おい、お前車を出せるか?」

「全員でだ」

「は?」

 

 カポネに声を掛けられた構成員は隣に居た運転手と二人で行くつもりだったのだが、カポネの訂正にポカンとした顔をするしかない。

 子供を一人攫ってくるためだけに過剰ともいえる人員に理解が追いつかない彼らにカポネはまた発砲しかねないほどの剣幕で怒鳴り散らす。

 

「一人二人でどうにかなると思ってんのか、あのドクターの娘だぞ!? どう抵抗するかわかったもんじゃねえ。……いや、ドクターのことだ。住居を襲ってきた時のことを見越して罠を張ってる可能性だってある、そんなことをやらかす奴なんだ。いいかっ、一人二人死んでも良いように大勢で行って奴の住居を隅々まで調べてこい!! ――何ぼさっとしてるっいいからやるんだよッ!!」

 

 カポネの怒号が妙にバーの中で響く。

 

「「「……」」」

 

 構成員たちは誰も口を開けなかった。

 口端から唾を飛ばすカポネの言い分が、完全に敗者の言であったがために。

 

 内心で呆れつつも、構成員たちはカポネの命令に従う他無い。

 けれどその足はのろのろとしたものだ。牙を折られたリーダーに率いられた士気を失った群れなんて鳴き声を上げれば崩れ去るものだ。

 

 構成員の輪の中心に居ながらとっくに忘れられていた少年たちはこれ以上付き合う必要はないと思い、撃たれた少年のケガの治療をしようとその場を離れることにする。誰の視界にも入らないようにこそこそと肩を貸し合いながら出口に向かう二人。真冬の夜の寒さは薄着の二人には厳しいものだ。

 

 

 

「ねぇ」

 

 そんな時、バーの出入り口から女性の声が聞こえた。

 少年が顔を上げると、見知らぬ女が居た。

 短い白髪の髪に二本の赤いメッシュを入れ、全体的に灰の配色の服装をした自分たちより4,5歳ほど年上。肩にかけたボストンバッグに片手を突っ込んで入り口に佇み、ボロ雑巾のようになった少年らを見て薄らと微笑む表情は整った顔立ちも相余って少年は顔を熱くさせてしまう。

 誰だろうか? という疑問を抱く前に、女性が顔を近づけ、

 

「あげる」

 

 どんっ、と体を押されて尻もちをつく少年たちへわずらわしさを含んだ視線が集まった。

 これから忙しくなるのになんだ? めんどくさそうに思い少年へ目を向け、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうして入口に立っていた闖入者にも気づけた者は、彼女の手に握られた()()()()を見て心臓が止まったと思った。

 

「カウント行くわよぉ。さぁ~ん、ぜぇ――」

 

 瞬間に、カポネはバーのカウンターに隠れてた構成員を引きずり出して自分が隠れ、ガンビーノはそばにいた構成員を盾にした。

 

 

「ろ、パァンッ!」 

 

 パンッ! とクラッカーが弾けた。

 ひらひらと寂れ薄暗いバーの中を紙吹雪が舞い、呆けた構成員の頭の上や汚水に濡れた床に舞い散った。

 状況が呑み込めなくて全員が疑問符を浮かべている光景を、女性はケラケラと可笑しそうに笑う。

 ここまでコケにされて黙っていられないカポネはカウンターを叩きつけようとしたところに、女性がカウンターに飛び乗ってカポネを見下す形で口を開いた。

 

「アンタたち今、ドクターって奴の話してなかった? ちょっとアタシも混ぜらせてほしいんだけど」

 

     ◇

 

「――それで、さっさと挨拶を済ませて龍門からさよならしようとしたと? 君の事情は知ってはいるが、ついさっきのことからすぐに行動に移すのは少し性急過ぎるとしか思えないんだが。いくらでも解決策を考えてやるから、私が帰ってくるまで待っていれば良かったろうに。帰ってきた時やたら焦げ臭いと思ったら屋上から煙が見えて火事を起こしたのかと焦ったぞ。いや、まず屋上で焚き火はマズいだろ焚き火は」

 

 腕を組んでベッドに座りアーミヤに厳しめの視線を送る頭にタオルを巻いたチェンの言葉に、対面で椅子に腰かけるアーミヤは返す言葉も無い。正論である。

 急に背後から声を掛けられてびっくりして飛び跳ねたところをフードを掴まれて、チェンはアーミヤが喋る隙も与えず自分の部屋に押し込んでからじっっっっっくり質問攻めをされ、早く説教を終わらせて出ていきたいがために脳漿を絞って考えた言い訳を全てはたき落されてしょんぼりと耳を垂れさせたウサミミ少女はここに完成したのであった。

 

 話は変わるが今現在アーミヤはトレードマークと言えるフードはかぶっていない。普段フードで隠し通してるヒトならざる耳を晒している理由は単純な話、チェン・フェイゼはアーミヤらの事情を聴いているからだ。

 アーミヤがチェンと対面したのは2年前、チェンがペントハウスの下の階から顔を出して挨拶して来た時だ。

 過去の出来事もあってアーミヤは挨拶を返さずに引っ込んでしまったのだが、それから外で顔を合わせた時に挨拶されるようになり、どういう縁があったのかドクターがチェンと飲み比べをするようになり――鉱石病の発作でドクターが倒れてからチェンに事情を話す羽目になったのだ。

 

 初めは自分たちの事情を教えることに内心反対していたものの、チェンという女性はアーミヤたちの抱えるものがいかなるものかをよく推し量ってくれる人格であったこと、それでいて変に同情せずに必要な時だけ手を差し伸べてくれる器量を持っていたことでアーミヤも心を許すことが出来たのだ。閑話休題。

 

 そろそろお説教の方を終わらせてほしいアーミヤは俯かせた目線をチェンへ戻す。

 背まで伸ばした艶のある黒髪の一つ結びに目筋がはっきりした凛々しい顔立ち。座っていてもすらりと伸びた鍛えられてる四肢。見れば見るほどアーミヤがうらやましいと思ってしまう美を持っている彼女だが、睨みを利かせたその力強い瞳を向けられると何も言えない……。

 ――そんなビクビクした様子のアーミヤを睨んでいたチェンは深ーく息を吐いて、

 

「引っ越しの事とか焚き火のこととかはもう過ぎたことだしこの際何も言わないよ。火も消したし大家へ謝罪もした。……ここを去ることは本当に急すぎるが、私は君が決めたことを尊重する」

 

 組んだ腕を解いてアーミヤの頭を撫でた。ドクターとは違う力加減にくすぐったさを感じる。

 

「あの、チェンさん、本当に」

「謝るんじゃなくて今までありがとうとかそういうことで十分だ。その方が私も気持ちがいい」

 

 そうして落ち着いた後は、これからのことを話し合った。

 

「アーミヤ、ここを出ていくとして今の君に行く当てはあるのか? ドクターの伝手を辿るにしても1年も君を訪ねてきた人間なんて居なかっただろう。そういう人間を当てにするのは不用心というものだ」

 

 そこを突っ込まれたアーミヤは頭を悩ませた。

 もちろんドクターの知り合いという人なんてアーミヤは知らないから頼りようが無い。……というより、本当に行く当ては無いのだ。

 先日の実験結果で龍門(ろんめん)を離れる決意をしたものの昨日の今日で出ていくハズもなく、ある程度準備が出来てからと考えていたのだが。

 これからどこへ行くかも決めずに放浪するなんて無謀であることはアーミヤもわかってた。だからドクターが残していた遺品から感染者の居場所を特定しようと思っていたわけで――。

 

「あ」

 

 懐からUSBを出してチェンのパソコンへ向かう。

 

「今日ドクターが貸金庫に預けてた遺品の中にありました。中身はまだ見てません」

「貸金庫? ……何かの研究資料とかか?」

「わかりません。ですがドクターが意味の無いことはしないと思います」

 

 チェンにノートパソコンを立ち上げてもらいUSBを挿した。すぐに開けると思っていたが、思った以上に容量が大きいらしく読み込みバーが30秒経っても2%ほどしか伸びない。

 無言の時間が流れていた時、不意にチェンが、

 

「……アーミヤ、本当に見つかると思うか? 他の感染者というのは君も会ったこともないんだろう?」

「……」

「どんな人たちで、何処で住んでるかもわからない。……もしかしたらもう居ない相手かもしれないんだぞ? 君はそんな奴らを探すために今を生きるつもりなのか? それで君は良いのか?」

「……それは、」

 

 何か言いたかったが何も思いつけなかった。

 

「……君が良ければだが……私の伯父を頼って」

 

 そんな時だった。

 ジジジッ、とリード中だったパソコンの挙動がおかしくなった。

 パソコンについてアーミヤはよくわかってないが、『え、これだいじょうぶなやつ?』というチェンの不安そうな心境を読み取れば大丈夫じゃなさそうなのは理解できた。慌ててUSBを抜こうとしてチェンに腕を掴まれたりもした。

 

 ディスプレイのノイズとノートパソコンの排熱ファンの音が大きくなるたびにおじけそうにながら事の次第を見守っていると、フッ、と画面が真っ黒になった。

 

「……こ、壊しちゃいましたか……?」

「そうだろうか……いや、電源自体は付いてる。ただ画面が黒く表示されてるだけみたいだ」

 

 ノイズが走る時の音がすると画面に文字入力のカーソルが現れ、勝手の文字が打ち込まれた。

 

『@RB4.517,36.067:管理者としての権限認証が必要となります』

 

「「……」」

 

 管理者? 二人で首を捻りながら画面を注視する。

 勝手に動いたパソコンを前にどうすればいいのかわからないままアーミヤとチェンは顔を見合わせていたが、突然ノートパソコンのカメラが点滅した。

 

『@RB4.517,36.067:なぜ黙ったまま顔をそむけたのか理解できませんが――あなたがたの顔の識別が完了しました。プロファイル確認、権限レベル8。および権限レベル0』

 

 アーミヤたちが高速で打ち込まれる文字の意味を理解する前に、チェンのパソコンはノイズと排熱ファンの音を大きく響かせる

 

『@RB4.517,36.067:――はじめまして。アー』

 

 

 

 バツんッ、とパソコンの画面どころかアパート全体の電気が落ちた。

 

「……!? まさかコレは私たちの所為になるのか!? ブレーカーはどこだ!」

「チェンさんチェンさん。このアパートのブレーカーは一度落ちたら半日ぐらい復旧できなかったはずですよ」

「違法建築の欠陥アパートめ!!」

 

 悪態を吐いてもどうしようもなく、間もなく大家様から今夜は真冬の夜を暖房器具も無く真っ暗な中で過ごせとお達しがあった。クリスマス前で実家へ帰ってる人が多いらしく、このボロアパートには探偵しか居なかったのは幸いというか。

 もちろんチェンは寒空の中に取り残されるのは嫌だと言える人間だ。

 

「……仕方ないか。しばらくは何処かモーテルで寝るさ。アーミヤ、君も一緒に来ないか」

「え、でも、良いんですか?」

「当然だ。まだこれからのことも話してないだろう。今夜じっくりと予定を詰めていこうじゃないか」

 

 それに、と頭にタオルを巻いた彼女は暗がりの中で二ッと笑い、携帯端末にピザ屋のホームページを表示した。

 

「ただ別れるのは寂しすぎるからな、少しぐらいは豪勢にしてもいいんじゃないか?」

 

     ◇

 

 12/19 pm19:28 龍門の交通道路上。

 

 チェンの持つ乗用車に荷物を積んで少し離れたモーテルへ走らせている最中、アーミヤは後部座席で寝込んでしまった。

 どうせ昨日徹夜していたのだろう、そして今日のことで精神的に負荷がかかったためいつも研究に対しエネルギッシュな彼女も疲れたのだろうと、チェンはそっとしておくことにした。……まぁこれで出立の日は1日ぐらい伸びるかもしれない。

 

 不意にチェンは先ほどの謎のUSBのことについて考える。

 あまりにも謎だらけの代物だが、一方的に会話して来たアレは何だったのか?

 聞いた話によれば、大企業を抱えあらゆる分野に精通している発明家トニー・スタークは人工頭脳を開発し会社の運営を全て任せているのだとか。アレはそういった類のものか? その手の分野に精通してないチェンにはここで考えてもわからない。

 が、ヒントはちゃんと見つけている。

 

「@……メールの発信元か。RBが何を表すかはわからないが……残りの数字はコンマとピリオドで区切っていた……ということは座標だな」

 

 4.517と36.067。何度も出てきた数字をおぼろげに思い出す。

 恐らくはアレが存在する、もしくは関りがあるのはこの座標になるのだろう。

 試しに携帯端末の地図機能でパソコンに打ち出された座標を打ち込んでみる。

 リーディングが回り終え、画面に表示されたのはアフリカ大陸の東側、翡翠の海とも呼ばれるトゥルカナ湖の真北のややケニア寄り、ある国家の端辺りを刺していた。

 

 

「――ワカンダ、か」

 




 範馬刃牙を読んで知ったけど、人間の耳って力の加え方によって案外ちぎれやすいんですってね。……ヒトミミがよぉ……。
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