ヤンデレ詰め合わせ   作:小野間トペ

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嬉し恥ずかしながら、帰ってまいりました。


義娘部下モノヤンデレ

梅雨の時期が来た。

変に暑くて、変に寒くて。

雨が降ろうが降るまいが、ジメッとしたのがどうにも駄目だ。

気分も上向かないし、どうにも低調になる。

五月病とは少し違うが、六月病というのもあるのではないかと考える程に肉体的・精神的にダメージが入る。

 

「……」

 

窓に打ちつける雨粒が、思考を遮る。

今俺は明日のプレゼンの段取りを確認しているというのに。

雨音のせいでろくに頭の中が整理できない。

 

「……しかし、まぁ……」

 

来てしまったものは仕方がない。

毎年必ずやってきて、嫌なものばかり背負わせて去っていく。

哀哉、梅雨の時期に実利はまるでない。

徹頭徹尾、忌み嫌われるべき季節だ。

 

「……」

 

そして。

俺にとって、最も忌まわしい季節だ。

 

『……坂上さんですか?』

 

嫌でも思い出す。

 

『……甘利哲也さんが』

 

あの日のことを。

 

『甘利哲也と見られる方が交通事故を起こしまして……』

 

――嫌でも思い出す。

 

『……奥さんも乗っていたようなんですが……その……』

 

あぁ。

 

『……車が原型を留めていない状況でして……それで……』

 

止めてくれ。

 

『……第一連絡先に指定されていましたので電話した次第なのですが……』

 

頼むから。

 

『……署まで来ていただけますか?』

 

思い出させないでくれ。

 

『……諸々のことについては来ていただいた際に……』

 

あんな雨の日だってのに。

 

『……兎に角、急ぎ向かって頂けますか?』

 

ほんとに、止めてくれ――

 

「どうしたの?」

 

思考が引き戻された。

強引に。

効果的に。

 

「……あぁ、少し考え事をしててな」

 

「なら良いんだけど、その」

 

「なんだ?」

 

「いっつもこの時期になると冴えない顔するから、お父さん」

 

「気にするな」

 

「いっつもそればっかりね」

 

「……悪いな」

 

状況を整理する。

 

「……」

 

何もおかしなことはなさそうだ。

 

――コーヒーカップを手に持ってるのを忘れてたみたいだが。

 

「……仕事で煮詰まってるんだ。出来れば放っておいてくれると助かる」

 

「……わかった。少し出かけてくるから」

 

「遠出はするなよ、沙耶。濡れるぞ」

 

「良いのよ、近くのコンビニに行くだけだから」

 

「……なら良いが」

 

とか言いつつ結局贔屓のクレープ屋に行く魂胆だろう。

あんなのを食べておいてなんであんな体格なんだか。

 

「いっていきま〜す」

 

「気をつけて行けよ」

 

「わかってるって」

 

雨の日だってのにウキウキで出て行きやがった。

 

全く。

あいつの思考はさっぱりわからない。

 

『……遺された娘さんのことなんですが……』

 

また始まった。

 

『……親類の方はいらっしゃらないとのことですと、託児所ということになりますが……』

 

どうやら仕事はここで一休みらしい。

 

『……一応、坂上さんも引き取ることは可能ですが……その……』

 

コーヒーカップを置く。

叩き売りされていた安物の机に丁寧に。

 

『……分かりました。こちらの方である程度は補助いたしますので……』

 

安楽椅子にしていてよかった。

こんな時に役に立つ。

 

『……養子縁組ということで、宜しいですね?』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ヤりやがったなお前ェ……!」

 

「……」

 

腕にかかる力が増えていく。

より強く、よりきつく。

 

「ゴムに出す金も無ぇってことか?」

 

「……」

 

繊維の悲鳴が聞こえる。

ボタンをとめる糸が弾けて、あらぬ方向へ飛んでいく。

 

「リスクを減らす努力はしなかったのかよ……!」

 

「……」

 

背丈が違うからこのままじゃ絞首刑もいいところだ。

つま先すら地面から離れて、そのまま地獄に落ちるかもしれない。

 

「こんな事やったら退学になるってなんで思わなかったんだよ!こうなりゃ施設出てふたりだけで生活しなきゃならねぇんだぞ!わかってんのかよその辺は!」

 

自分の立場をわかってやったのか?

 

()()()()()()どうなるか想像しなかったのか?

どれだけの人に迷惑をかけるのか分からなかったのか?

 

「……わかってるよ」

 

その言い方が、気に食わない。

 

「んだと……?ならなんでこんなことに――」

 

「止めて」

 

屋上に吹き抜ける風は、今日ばっかりは全く無かった。

嫌に無音で、気を散らすことができなかった。

ヤケに、なった。

 

しかし風がやってくる。

風は吹き抜ける。

機を待っていた様に。

 

「そうなったんだからもうどうしょうもないじゃない」

 

「……薫」

 

「……」

 

手が首筋を離れる。

哲也はそのまま地面に尻もちをつく形になる。

 

「哲也だけの責任じゃないわ」

 

「……わかってはいるさ」

 

「じゃあなんで?」

 

「……納得いかないからだよ!」

 

どうにも納得がいかない。

納得しようとしてもできない。

どれだけ咀嚼して、自分で納得がいくまで噛み砕いても、終わりはいつまでもやって来ない。

 

「私に子供ができたのよ。それで、私は学校を辞めて産む。それだけ。それだけのことなのよ」

 

「……こいつはどうするんだよ」

 

「……」

 

「退学になるでしょうね。そうなったらまぁ、わかるでしょ?働くことになるでしょうね」

 

「……納得できない」

 

「……」

 

何故?

これだけだ。

常に頭につきまとう。

 

あんなに頭がいいやつだったのに。

あんなに人に優しいやつだったのに。

あんなにあいつを大切に思ってたのに。

 

あんなに頭の回る子だったのに。

あんなに周りのことに気を配れる子だったのに。

あんなにこいつを大切に思ってたのに。

 

何故こうなる?

何故こうなった?

 

「納得しなくてもいいわ」

 

「どうして!?」

 

変に感情的になってしまう。

いつもはこんなにならないのに。

クールなキャラだって思ってたんだけどな。

 

「経緯はどうあれ、そうなったものは仕方ないもの」

 

「……それは――」

 

「『論理的』、でしょ?」

 

「……」

 

「私にも哲也にも非はあるわ。責任は、各々取るつもりよ」

 

「……」

 

「……坂上」

 

甘利がやっと口を開く。

俺には顔は見えないが、何を言いたいのかはだいたい分かる。

 

「……俺は取り返しのつかないことをした。本来やるべきことじゃないことを。その責任は取るつもりだ」

 

「……」

 

「お前に俺を許せだとか、薫を許して欲しいだとかは無理な話だと思うさ。でも、どうしても理解して欲しい」

 

「……」

 

嫌な静寂が屋上を吹き抜けていく。

気味の悪い感覚が頭から抜けなくて、思考を、理解を遮る。

 

「……俺たちはここを出ていく。どこかで静かに暮らすさ」

 

「……」

 

「お前とももう会えなくなるかもしれない」

 

「……そうか」

 

そりゃそうはなる。

学校中その噂で持ちきりなんだ、この街は安全じゃあない。

金の類は多少施設に工面してもらえるだろうが、そこまで遠くに行くとも思えない。

……会うかどうかは、気持ちの問題だ。

 

「でも!」

 

「……なんだよ」

 

頭の中で何やら思案していたが、哲也が急に声を荒らげた。

 

「……何かあったら、助けてほしいんだ」

 

「……」

 

「金銭的な話じゃない!もっと……その、なんと言えばいいか……」

 

「……分かったよ」

 

全く。

俺は甘いらしい。

 

「……ありがとう」

 

「……さっさと行けよ。屋上だって、勝手に使って良い場所じゃない」

 

ふたりが去っていく。

物理的にはそんなにでもないけれど。

なにか、遥か遠くにあるようで。

手を伸ばそうとも思えない。

 

「……全く」

 

「あいつに任せるんじゃなかった、のかな」

 

屋上には、ひとりだけ。

親友をふたり喪った、からっぽの男が遺された。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「係長!」

 

「なんだね」

 

「先日の書類、終わらせておきました!」

 

「仕事が早いね。出世できるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

我ながら良い仕事につけたと思う。

典型的なホワイト企業で、業務内容も程よく歯ごたえがある。

何より自分のペースでやっても仕事が早い方に分類されることから、気長に仕事に取り組める。

 

「さてと……」

 

部下の作った資料を一応精査する。

 

「……」

 

――またか。

 

「涼宮ァ!」

 

「はいっ!」

 

「また間違えてるぞこれ!」

 

「……ありゃりゃ、やっちゃいましたね」

 

「何度目だねこういうの」

 

「覚えておりません!」

 

「正直で宜しい」

 

「えへへ」

 

「褒めてるわけじゃないぞ」

 

涼宮とは、もう2年くらいの付き合いだろうか。

部下の指導は初めてじゃないが、コイツは初めて手を焼いた部下だ。

大抵の奴が1年位で仕事を覚えて独り立ち出来るのに、コイツはまだまだ上司の監視が要る。

 

私の担当する仕事だけやたらミスるのがまたたちが悪い。

他の上司からの評価は軒並み良いのに、俺のときだけ見過ごせないミスをしやがる。

事情を知らない同僚からは白い目で見られているのだが、他の同僚からは同情されている。

 

時偶私に向かってため息をついてくるのだが、俺の監督不行届だと思われているのか?

悪いのは俺じゃあないぞ。

 

「とにかく、直して来なさい」

 

「了解しました!」

 

「周りのに確認取ってから持ってくるんだぞ」

 

「はい!」

 

駆け足で行きやがった。

 

まぁとにかくエネルギッシュだ。

若いっていいなぁ。

 

「……ふぅ」

 

ウチの部署はそんなにヤバい案件を取り扱ったりはしない。

新規開拓というよりは地固め要員という扱いを受けている。

なんで機嫌を損ねるようなことさえしなけりゃ問題ない。

だから若手がよく飛ばされてくる。

仕事のなんたるかを覚えるのには丁度いい。

 

「大変だなぁ、お前」

 

「……阿笠か」

 

隣の部署の同期・阿笠がやってきた。

向こうのが激務の筈なんだがね。

 

「ウチに来れるくらい暇なのかお前?」

 

「そうでもないぞ。今日中の資料が2件残ってる」

 

「じゃあなんで来てんだよ……」

 

コイツとはそこまで仲が良かったわけじゃないんだが、ここ最近やたら俺のとこにやってきては他愛無い話をしてくる。

世話焼きなのかいい迷惑なんだか。

 

「気になるからだよ」

 

「は?」

 

「進捗はどんなもんかと思ってね」

 

「なんの話してんだ?」

 

「……ほんとにお前、気づいてないのな」

 

「……なにが?」

 

偶に変なことを言ってくることがある。

こんな感じ。

どうにも何を言ってんだかわからん。

 

「いよいよあの娘が可哀想だから言っとくけどよ」

 

「はぁ」

 

「涼宮、お前のこと好きだぞ、多分」

 

「?」

 

「……そういうリアクションになるんだもんなぁ、お前……見ろよ、あの娘」

 

なんじゃそりゃ。

涼宮が?

俺を?

 

目線を涼宮に移す。

どうやら出来たらしくこっちの様子を伺っていたようだ。

目線が合ったが、笑顔で返してきた。

 

「……これでもわからんか?」

 

「……」

 

「……はぁ……」

 

なんで頭抱えてんだよ!

そんなか?

そんなになのか?

 

「……朴念仁だなぁ、典型的な」

 

「……」

 

「だって考えてもみろよ」

 

「はぁ」

 

「他からあんな評価良いのにお前の管轄のときだけやらかすの、偶然にしては出来すぎだろうよ」

 

「……確かに」

 

合点は、いくけど。

 

「やたら飲みに誘われたり、今みたいに笑いかけてきたり、その、色々と好感度高そうなことしてくるだろ?」

 

「……まぁ、そうだな」

 

――マジで?

 

「……ここだけの話、態とミスすんの、お前の下で働く期間を引き延ばすためだと思うぜ、俺は」

 

「……いやいやいや、そんなわけ……」

 

あるな。

割とあるな。

真面目に考えてみると確かにその線はあるな。

 

「だろ?」

 

「……否定できない」

 

「あんな健気にやってんのに、お前がちんたらしてるからしてるから俺が様子を見てたんだよ」

 

「それでウチに」

 

「んだ」

 

え。

他部署から見ても明らかってコト!?

 

「飲みに結構行ってたりするから進展してんのかと思ってたけどそんなことも無いし」

 

「……」

 

「部署の皆は気づいてんのに肝心のお前が気づいてねぇし」

 

「……」

 

「挙句の果てには別の新人を担当しようとするし」

 

「……」

 

「やべぇぞ、お前。頭イカれてんじゃねぇの?」

 

「……」

 

そんなまさか。

でも否定できないのが厳しい。

確かにそうなのかも。

 

でも……

 

「……でもよ」

 

「ん?」

 

「ウチの娘もこんな感じなんだよ」

 

「……は?」

 

「年頃の女の子ってこんな感じだと思ってたんだけど」

 

「……なんて?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『係長!飲みに行きましょうよ!』

 

『……今日は辞めとくよ』

 

『……わかりました!ではまた明日!』

 

『……また明日』

 

なんて受け流したが。

明日からどうしろと?

 

あのアピールが親愛とかじゃなくて情愛的なやつなのは分かった。

思い返してみれば、確かにそうだ。

私でも分かるということは、それなりに露骨なのだろうし。

 

「……」

 

でも10歳違うんだが?

ヤバくないか?

世間は赦してくれなさそうでは?

 

「……10歳差職場カップルは洒落にならないって……」

 

家路が遠い。

駅から10分程度の筈なのに。

足取りが重すぎる。

一歩一歩踏みしめるように進んでいる。

 

「……それより」

 

もっとさしあたりヤバいのがあるのだが。

 

『お前の娘って養子だよな?』

 

『……そうだな』

 

『養子なのはその娘知ってるのか?』

 

『……知ってる』

 

『そんで涼宮みたいな感じなのか?』

 

『……そうだな』

 

『……嫌な予感がするぞ』

 

いやいや。

いやいやいや。

()()はないだろ。

あり得ない。

単純に好感度が高いだけだって。

 

「……」

 

やはりおかしいのか?

外出するときは基本娘が一緒だったり。

スキンシップが激しかったり。

最近まで風呂も布団も一緒だったけども。

ひとりで行かせるより私が同伴したほうが安全だし。

別にそういうボディランゲージでそういう性格なんだろうし。

風呂やら同衾やらは中学生位なら普通なのでは?

 

あいつは絶句してたけど。

見たこともないくらい固まってたけど。

 

「……やっぱおかしいのか?」

 

一般的な接し方がさっぱり分からないもんだから、ヤバいのか常識の範囲なのかわからん。

アイツがあんな反応をするってことは異常ってことなんだろうが。

別にそういう家庭もあるんじゃないのか?

 

スマホで色々調べてみるが、疑問を解消してくれるのはさっぱり無い。

思春期の娘との接し方とか、反抗期の対処法とか、嫌われたときの対応の仕方とか。

距離感の話はどこにも出てこないどころか、基本的に父親は嫌われるというのが一般的な事らしいというのが分かった程度。

 

しかしウチは所謂片親というやつだ。

父親ではあるが、母親を兼任してるとも言える。

ならこの距離感でも問題はないだろうに。

やはりウチは外れ値だ。

問題は、ない。

 

「……おっと」

 

家に着いてしまった。

ドア越しに人影が見える。

沙耶だ。

全く、毎日出てくることはないだろうに。

 

「……ふぅ」

 

自宅だってのに気が引ける。

……気にし過ぎだろうか。

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい、お父さん」

 

意を決してドアを開けると、やはり沙耶が居た。

いつも通りの沙耶だ。

 

「はい」

 

「……はいはい」

 

帰ってくるとハグをせがまれる。

慣れたが、年頃の娘がやることじゃないだろう。

別に一ヶ月ぶりに会えたとかでもないのに。

 

「……ストレスの匂いがする」

 

「……」

 

「……どうしたの?」

 

「……気にするなよ。仕事が多くてね」

 

「……分かった」

 

沙耶は匂いで色々分かるらしい。

ハグをせがまれるのは、私の匂いを嗅ぐためだろう。

 

「……お父さん」

 

「なんだ?」

 

「隠し事があるなら、教えてね」

 

「……」

 

「……あるの?」

 

「……無い」

 

「……嘘、だよね?」

 

「……」

 

態度に出てしまったか?

マズいぞ……

 

「私に嘘はつけないって、わかってるよね?」

 

「……あぁ」

 

「……何、隠してるの?」

 

「……」

 

言えない。

お前に疑惑があるなんて、言えない。

 

「……ウチの部署の部下が、俺のことが好きみたいでね」

 

「……」

 

「同僚に指摘されて初めて知ったんだ」

 

「……」

 

「その娘にどう対応しようかな、なんて困ってるんだ」

 

これは嘘じゃない。

実際そうだ。

嘘を隠すなら事実だ。

これで上手く隠蔽出来ないだろうか。

 

「色々とあってね。それでストレスがたまってるんじゃないかな」

 

「……そう」

 

「沙耶には少し刺激が強すぎると思ってさ。隠しておこうと思ったんだけど……」

 

「……」

 

「……まぁ、そういう感じだ」

 

「……そっか。ならいいけど」

 

よし。

なんとかなったぞ。

心拍数がイカれてる。

まずは落ち着こう。

 

「晩ごはんはどうした?」

 

「お父さんと一緒に食べようと思って用意してるよ」

 

「ありがとう。さぁ、食べようか」

 

食事をしてから諸々の対応について考えよう。

糖分が足りてない。

これじゃあ回る頭も回らん。

 

「今日は何を用意してくれ……た……」

 

リビングへのドアを開けたら。

 

「お待ちしてましたよ!」

 

居るはずのない人物がそこには居た。

 

「係長!」

 

「……なんで?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おいしいですね!」

 

「そう言って貰えると嬉しいです」

 

「……」

 

何がどうなってる?

さっぱり状況が把握出来ない。

ナチュラルに食卓を囲っているが、頭に浮かぶのは?の符号である。

 

「お父さん?」

 

「係長?」

 

「……なんだね」

 

「手、止まってるよ?」

 

「冷めちゃいますよ!」

 

「……分かったよ」

 

調子が狂うわこんな状況!

まともに飯なんぞ喰ってられるか!

大絶賛渦中の二人が俺の目の前で揃いも揃ってニコニコで食事をしていらっしゃる!

なんでこんな状況になったんだよ!

 

「にしてもここまで来るのにかなり時間がかかりましたね〜」

 

「そうですね」

 

「あとは決行するだけでしたけど、さっぱり気づいてくれませんでしたし」

 

「あまりにも気がつかなすぎて、びっくりしました」

 

「結局半年もかかっちゃって」

 

「このままいくと強行するしかないかな、なんて思ってましたけど……」

 

「阿笠さんが上手くやってくれました!」

 

「本当に、阿笠様々、ですね」

 

……なんだって?

決行?

半年?

 

「社内で色々とやるのも難しくなってきたところでしたし」

 

「何をやってもお父さんは靡かないし」

 

「ホントに困ってたんですからね!係長!」

 

「そうなんだよ、お父さん」

 

「……急に話を振るな」

 

「ですよね〜」

 

「今日やっと気づいたんだもの、ね」

 

社内で色々?

靡く?

何だそれ。

意味がわからない。

 

「……経緯を教えてくれないか」

 

「……」

 

「……」

 

「……全く今の状況を理解できない」

 

「……いいですよ」

 

「せっかくだから種明かし、しないとね」

 

解決の糸口を探せ。

現状相手のペースに飲まれっぱなしだ。

これをなんとかしないと、嫌な方向に物事が傾く気がする。

思考を回せ。

どっちかでもこちらに引き込めないか?

 

「まずは私の番ですね!」

 

「……私、恋愛らしい恋愛をしたことなかったんです」

 

「小中高と女子校で、大学でやっと共学になったんですけどビビっとくる人が居なくて」

 

私もそのクチだ。

婚期を逃してはや数年。

娘がいるからいいや、なんて思っていた。

 

「そうこうしてたら社会人になっちゃって。会社でいい人見つけよう、って思ってたときに係長に出会ったんです」

 

「ビビっときたんですよ!こうなんて言ったらいいんですかね?とにかくこの人だ!って思ったんです!」

 

「でも係長、気づいてないと思いますけど、社内だと結構人気で。結構な数の人が狙ってたんです。同期の子も何人か気になってたみたいで」

 

……ホントに?

嘘だぁ。

 

「どうにかして接点を持とうとして、係長の課に配属してもらうように要望したんです」

 

「かなり仕事を頑張りました!上司の評価とかで色々決まるって聞いて、いい子でいるようにして」

 

「お陰で希望の部署に配属されました!そこからは係長も大体わかりますよね?」

 

「……大体わかるってお前……」

 

分からん。

さっぱり分からん。

何が起きてたかも把握してない。

 

「色仕掛とかも考えたんですけど、外堀を埋めようと思いまして」

 

「ふむ」

 

「ひとまず係長と私がいい感じになってる風の噂を流しまして」

 

「……?」

 

「いっつもくっついて回ることで信憑性を補強しまして」

 

「……ふむ」

 

「飲み会で潰れた係長とふたりで抜けたり」

 

「……」

 

「朝帰りしたり」

 

「……」

 

「係長酔うとなんにも覚えてないので」

 

「……」

 

「まぁ好き勝手出来ました!」

 

「……」

 

「知ってましたか?他の部署だと私達付き合ってることになってるんですよ」

 

「……それ、嘘だろ」

 

「事情を知らない部署は、うちの所だけです」

 

「阿笠先輩に勘付かれたときはドキッとしましたけど」

 

「弱みを握って手駒にしましたので」

 

「……何だと」

 

手駒?

アイツまさか……

 

「他の有力株の女共もです!とにかく伝を頼って醜聞を集めに集めました。それを使って社内をコントロール!お陰で係長に手を出す馬鹿は居なくなりました!」

 

「……それは事実なのか?」

 

何だそれ。

現実味がないぞ。

そんな夢物語が許されてたまるかってんだ。

 

「事実そうです!だから満足してたんですけど……」

 

「いつも通り家に連れ帰ってサクッとやろうとしたんですが、その時は酔いがあんまし回ってなかったみたいで。ご自宅に招待してくれるとのことだったので行ったら」

 

「……娘さんにお合いしまして」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「係長!ご自宅ですよ!さぁ!」

 

「……あぁ?……着いた、のか?」

 

「そうです!ささ、勝手はわからないのでご自分で」

 

「……分かった」

 

頭が回らん。

飲み過ぎたか?

……駄目だ、なんも考えられん。

 

鍵は何処だっけ?

ポケットだったか?

 

……いや、鍵は開いてるな。

 

「……ただいま」

 

「お父さん?」

 

「え?」

 

「……誰ですか貴方」

 

「坂上係長の部下の涼宮です!係長!娘さんですか?」

 

「……あぁ?……うん、そうだ」

 

紹介したことなかったっけ?

そりゃそうか。

家に来るの初めてか。

 

「……お父さんに彼女は居ない筈なんだけど」

 

「彼女ではありません!……今のところは、ですけど」

 

「……うぷっ」

 

気持ち悪くなってきた。

 

「……ひとまず休ませてくれないか?気持ち悪くなってきた」

 

「そうですか!なら早いとこ横になれる場所に――」

 

「――貴方は中に入らないで」

 

「……」

 

「お父さんを寝かせてくるから。話はそこからゆっくりしましょう?」

 

「……分かりました!係長!おやすみなさい!」

 

「……?……あぁ、おやすみ」

 

娘に肩を借りなきゃまともに動けんとは、情けない。

……てかなんでこんなに飲んだんだっけ?

酒に弱いから飲む量はセーブしてる筈なんだが……

 

「……」

 

駄目だ、意識が遠のいてきた。

こりゃ駄目だ。

……また明日考えればいいか。

 

ソファーに崩れ落ちる。

一気に眠気が押し寄せてきた。

 

「お休み、お父さん」

 

「……あぁ。おやすみ……」

 

意識を、失った。

 

……

…………

………………

……………………

…………………………

 

「……それで、涼宮さん、でしたか?」

 

「はい」

 

「お父さんとの間柄は?」

 

「上司と部下の関係です!」

 

「……嘘、でしょ?」

 

「……」

 

「家に帰ってきた時、大体女の匂いがしたのだけれど」

 

「……」

 

「今日で確信しました。貴方の匂いなんですね」

 

「……はい」

 

「お父さんの特性を知ってるんでしょ?」

 

「……そう、ですね」

 

「されるがままになりますからね、お父さん。都合のいいことに」

 

「……」

 

「いいように使ったんでしょう?」

 

「……」

 

「別に私、怒ってる訳じゃないんです。ただ、貴方を野放しには出来ないってことで」

 

「……」

 

「涼宮さんは、お父さんのことが好きですか?」

 

「……はい」

 

「他の人じゃ駄目ですか?」

 

「……駄目、です」

 

「貴方以外の人がお父さんを好きな場合は?どうしますか?」

 

「……何とかします。私だけになるように」

 

「涼宮さん」

 

「……はい」

 

「協力してくれませんか?」

 

「……はい?」

 

「お父さんを、私達だけのものにしたくはありませんか?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「詳しくは娘さん、沙耶さんにお聞きしたほうが宜しいと思いますよ」

 

「……沙耶」

 

沙耶はこちらを見て微動だにしない。

じっとこちらを見ている。

ただ、微笑んでいる。

嫌に不気味だ。

 

今までならいつものことだと流せたが、今はそうはいかない。

涼宮が相当の危険人物で、それと結託してるとなれば黙らせておくわけにはいかない。

()()()()()使われているらしいし。

 

「何がどうなってるか説明して貰おうか」

 

「……」

 

「沙耶!」

 

「……今日という日を待っていました」

 

「何だと?」

 

「ようやく夢が叶います」

 

「……何を言ってる?」

 

「私はお父さんの本当の娘ではありません」

 

「……」

 

「両親は事故で亡くなったと聞いています」

 

沙耶にそれを伝えたのは小学校を卒業した頃だった。

これ位成長すれば受け止められるだろうと、そう思って伝えた。

もとより本当の娘ではないことは当人は分かっていたのだろうが。

伝えるべきだと、そう判断した。

 

「それを聞いた時、どれ程嬉しかったか分かりますか?」

 

「……何?」

 

「それを聞いて、どれ程安心したか分かりますか?」

 

「……」

 

「私は最初、倫理的にすべきでないと知りながら、お父さんを愛していました」

 

「……」

 

「『お父さんの様な旦那さんが欲しい』なんて言ってもいましたね」

 

当時は可愛らしいものだと思っていたのだが。

今聞くと悍ましい意味を含んでいたことになる。

 

「近親で結婚することは出来ません。ましてや娘と結婚なんて、出来る筈もありません」

 

「それでも自分の納得の行く形で幸せになろうとしました」

 

「でも、愛することが法に触れないと知ったら?」

 

「倫理的にもある程度は認められるものだと知ったら?」

 

「答えは簡単です」

 

「我慢しなくていいんです」

 

「好きなようにやればいいんです」

 

「求めるままに、望むままに」

 

「好きなことを、好きなだけ」

 

「だから色々やらせてもらいました」

 

この流れはマズい。

これ以上は、触れてはいけない。

沙耶に対する信頼が、崩れ落ちる……!

 

「沙耶」

 

「……止めませんよ」

 

「どうして……!」

 

「言ったでしょう。この時を待っていたんですもの」

 

「包み隠す必要もなくなったということですから」

 

「何も知らないままなんて嫌でしょう?」

 

「これからの関係が揺らぐとしても、ね」

 

コイツ……!

 

「表面的にはそこまで露骨に何かした覚えはありませんが、やりたいことは大方やりました」

 

「お父さん、お酒に弱いの、知らなかったでしょう?」

 

「毎度お酒を飲む時は多く飲むようにさせてましたから」

 

「記憶に残らないから、お父さんを好きに出来ました」

 

「まぁ、何をしたかははっきりとは言わないけど、分かるよね?」

 

「……」

 

これだけの危険因子を野放しにしていたとは……

今は恐ろしさよりもやるせなさが勝つ。

信じていた娘が、慕ってくれていた部下が、こんな事になってるなんて……

 

「それで私も満足だったのだけれど、不安なことが少しあって」

 

「お父さんが結婚したら、今まで通りに出来ないから」

 

「私のもとから、お父さんが離れていっちゃうから」

 

「それだけは阻止しなきゃって思っていたの」

 

「でも、涼宮さんに会って、話して」

 

「涼宮さんとなら、やっていけるかなって思って」

 

「……そうはいかないぞ」

 

「そう?でも……」

 

「もう、逃げられないよ?」

 

椅子から勢いよく立ち上がる。

最短経路で家から出る。

それしか道はない。

 

「退け!」

 

「無理です!」

 

「クソっ!」

 

ドアから1番遠い位置に置かれたのもこのためか……!

両方の道をそれぞれ絶たれた……!

 

「……」

 

「お父さん、ここから出たらどうするつもりなの?」

 

「逃げられればどうとでもなる!その筈だ」

 

「警察に行っても信じて貰えないでしょ?」

 

「……」

 

「職場へ行ってもどうにもならないし」

 

「……」

 

「いっそ街を出て遠くへ行くの?」

 

「……それは」

 

「私を置いて行っちゃうの?」

 

「……」

 

クソっ!

惑わされるな!

コイツは娘なんかじゃない!

魔性の女だ!

コイツに手心を加える必要なんてない!

 

「……」

 

「涼宮さん!」

 

「はい!」

 

「なッ……!」

 

手錠!?

どっから出てきたそんなもん!

 

「離せッ!」

 

「離しません!」

 

「無駄な抵抗はやめたほうが良いよ!」

 

「クソっ!」

 

女ふたりに組み敷かれるか……!

 

「涼宮さん!」

 

「大丈夫です!ちゃんと後ろ手にしてます!」

 

「止めろ……!」

 

「よしきた!」

 

ガチャリと手錠のかかる音がする。

 

「これでなんにも出来ませんね!」

 

「よく出来ましたね」

 

「……ぬぅ……」

 

「さぁ、連れて行きましょうか」

 

「そうしましょう!」

 

「これからどういった生活になるのか、きっちり教えてあげないと、ね」

 

「貴様ら……!」

 

「楽しみですね〜」

 

「ですね」

 

存外楽にふたりに担がれる。

体重は軽いほうだとは思っていたが、ここまでとは思わなかった……!

 

「楽しい楽しい、夜の時間の始まりです」

 

「ですです!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「係長!」

 

「……はいはい」

 

「こちら、今週末のプレゼン資料、完成しました!」

 

「了解」

 

「では失礼します!」

 

「……はぁ」

 

地獄のような一週間が過ぎ、結局のところ慣れた。

向こうも別に意図的に取って喰おうと思ってる訳じゃない。

俺の周りを固めたいだけなんだと。

他から何やらされるのを憂慮してるだけで、別に私に危害を加えたくて加えてる訳でもないらしい。

今の所暴力とかは受けてないし。

過剰だと思うが一種の愛情表現ということにしておこう。

 

「坂上〜」

 

「……阿笠か」

 

「最近どうよ?」

 

「なかなかお前は面の皮が厚いな」

 

「美徳だと思ってくれて構わねぇぜ」

 

結局のところ阿笠やら社内の奴らの統制は未だ涼宮が握っているらしい。

曰く『係長に何かあったらヤバいじゃないですか!』とのこと。

程度というのを知らないらしい。

 

「結局涼宮の策に嵌っちまって、そのまんまだ」

 

「なら良かった。これで俺もお役御免ってやつだな」

 

「……まぁ、お前自体が俺になにかやった訳でもないしな」

 

「だろ?ただきっかけを作っただけだよ」

 

「それのせいで色々と立て込んでるんだけどな!」

 

「まぁまぁ、それはそれ、これはこれ」

 

「……全く」

 

社内の雰囲気も多少良くなった気がする。

涼宮の監視が緩くなったのかも。

 

「それで?お前新しい部署に異動するんだろ?」

 

「そうだな」

 

「涼宮はそのままか?」

 

「そのままだ」

 

「大丈夫だろうな?」

 

「俺は知らん」

 

「困るぜ、あの娘が良からぬ妄想しだして社内を引っ掻き回したりでもしたら」

 

「俺にはどうすることもできんよ」

 

「……まぁ、そうだろうな……」

 

「祈る他ないだろ」

 

「まぁ、お前が手元に入ったから、多少はマシになるかね」

 

「だといいな」

 

別の課の係長になることになった。

所謂出世ルートではあるんだが……

 

『え〜!異動するんですか!?』

 

『仕方ないだろ。会社側の意向だよ』

 

『人事部の人の伝で取り消させます!』

 

『止めときなさい』

 

『なんでですか!』

 

『どうなるにせよ結局お前の手元からは離れないんだから、良いだろ?』

 

『……まぁ、そうですけど……』

 

腹に据えかねているらしい。

まぁ、時間が解決するだろうが。

 

「お前と気軽に話せるのも今月あたりで最後かぁ……」

 

「別に感慨深くなる程深い仲じゃ無ぇだろうに……」

 

「重責から開放されるよ全く……」

 

「そりゃどうも」

 

こいつとの腐れ縁もこの辺りまでだ。

まぁ、悪くはなかったな。

 

「じゃ、俺まだ仕事残ってるからよ」

 

「……あぁ、またな」

 

「またな」

 

……行った。

さてと……

 

「連絡は来てないよな?」

 

スマホを確認する。

LINEの着信が1件。

沙耶からだ。

 

『定時で帰宅して下さい』

 

出来るかどうか怪しいところだな。

 

「できる限り努力します、っと」

 

送信すると、即座に返事が来た。

この時間は授業中では?

 

『涼宮さんを上手く使って下さい』

 

「……なんだかなぁ……」

 

アイツを使うってのがどうにも気に食わないんだが。

まぁ、頼んだら確かに定時には帰れるだろうが。

頼んだときのあの顔がむかつくんだよなぁ。

 

『むふふ……』

 

……想像したらちょっと胃がキリキリしてきた。

ストレスがなかなかに溜まる。

捌け口は元々無いけど。

……趣味探し、するか?

 

「……して損はなさそうだよな」

 

何やっても首突っ込んで来そうだけど。

まぁそれは想定してるから問題ない。

 

「……可能な限り自力でやるかぁ」

 

当社比なかなかに積み上がった書類の塊を見ながら、

今夜のことを考える。

定時に帰らないとマズい事になりそうではあるが、まぁ、その辺の加減はそろそろ分かってきただろうから大丈夫、な筈。

 

「……お手柔らかにお願いしますよホント」

 

愛されてるわけだし。

自分でもどうかと思うけど。

割と満更でもない俺だった。

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