【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「ノア、ちょっといい?」
「はい、お手伝いしますよ。アキさん」
ロキ・ファミリアに来てもう半年。2軍の団員として、その中核メンバーであるアキさんのお手伝いをすることもある。というより私は基本的にはアキさんに教えを受けながら、アキさんのお手伝いをすることが多い。
これは私が前の世界の時もそうで、正直その辺りの記憶はかなり曖昧になってきてしまったけれど、アキさんには本当に可愛がって貰った記憶がある。多少揶揄われたりもしたけれど、それでも色々と面倒を見て貰って、色々なことを教えて貰った。私にとってはお姉さんのような人だった。
こちらの世界でもそんな彼女と、前の世界とは多少は立場が違えども、こうして一緒に仕事をさせてもらえる。それはとても嬉しいことだ。それにこちらの世界でも彼女は私のことを怖がらずに、こうして仲良くしてくれている。本当に、少し不思議なくらいに。
「悪いわね、助かったわ」
「いえいえ、これくらいしかお手伝い出来ませんし。アキさんの頼みならなんでも聞きますよ」
「あら、いいの?そんなこと言って。貴女はアイズのことが好きなんでしょう?」
「それとこれとは別の話ですよ。私はアイズさんのことが大好きですけど、アキさんのことも尊敬していますし」
「それも不思議な話よねぇ、半年前まで私達って面識無かったでしょ?正直色々変な噂も聞いてたし、あの時はここまで仲良く話せるようになるとは思わなかったもの」
「それはアキさんが優しいからですね、間違いありません」
「あら、褒めても振られる仕事の量は減らないわよ?」
「えっと、私まだ13歳なので」
「……ごめん、多分それが今一番信じられないことかも。アイズと同い年かそれ以上はあると思ってたから」
「子供のままでは要られませんから」
「なら仕事量はそのままでいいわね、大人なんだから」
「あぅっ、しまった……」
正直なことを言ってしまうと、こうしてロキ・ファミリアに戻って来てから。大分自分の中の人間性が戻って来たように感じている。
それこそリヴェリアさん然り、アキさん然り、前の時も僕に良くしてくれていた人達が、今もこうして仲良くしてくれるから。多分それが一番大きい。
今の自分がロキ・ファミリアに相応しいかどうかは分からないが、今はそれもどうでもいい。そんなことよりもよっぽど考えなければならないことがあるから。ある意味ではそれに助けられてもいるのだろう。まあ最初の経緯的に保護みたいな要素も十分にあったし、相応しいどうこう以前の話であったということも理由の一つだろうが。
「まあでも、なんとなく妹みたいな感覚はあるのよね。もちろん男の子っていうのは承知の上でなんだけど」
「私もアキさんのことはお姉さんのように思ってますよ」
「頭撫でていい?」
「それはもちろん」
「ん……サラサラね、ダンジョン潜りまくってる割に」
「実はそういうスキルがありまして。劣化はしないのに努力は反映されるんです」
「え、なにそれ凄く羨ましい」
「その分、老化し始めたら怖いんですけどね」
「老化も劣化じゃない?」
「成長はするので老化もするんですよ。あくまで"今の私"に都合の良いスキルなので、後のこと全く考えてないのも実に私らしいと言いますか」
「よく分かんないけど大変ね」
まあスキルの細かい理由なんかは神様ですらやってみないと分からない的なことも多いので、本当にそうなるかは分からない。ヘルメス様は再生のし過ぎで身体の変化速度が上がっているとも言っていたが、それのせいで肉体の成長まで促進されるというのも、今になって考えると正直よく分からない理論なのだから。
……もしかするとヘルメス様が隠していることもまだあるのかもしれない。しかしそれはどうでもいいことだ。私の願いを邪魔するような話でさえなければ。
「そういえば、団長達を見なかったかしら?今日は朝からリヴェリア様もロキも見ないのよね」
「んと……確かずっとロキ様のお部屋にいらっしゃいますよ。何か難しそうな顔をして部屋に入っていくのを見ました」
「へぇ、次の遠征の話かしら」
「もう次の遠征があるんですか、楽しみですね」
「いや、別に楽しみな話じゃ……そういえば、ヘルメス・ファミリアにいた時も遠征はあったんでしょう?参加してたの?」
「…………………………はい、一応は」
「え、なに今の間は」
「な、なんでもないですよ。なんでも」
まさか言えまい。遠征の話が来るたびに自分が1人でヘルメス・ファミリアの最高到達階層を1つ更新するところまで赴いて素材を集めていたなどと。まあそもそもヘルメス・ファミリアはレベルも最高到達階層も全部誤魔化しているので、最初の頃でもなければ、そこまで難しい話では無かったが。
正直本当の最高到達階層よりも先に1人で行っていたし……帰る時はいつも全裸だったけれど。
「まあいいわ、これが終わったら少し休憩にしましょう。お菓子でも出してあげるわ」
「ほんとですか!?やったー!」
「………ほんと、そういうところは子供なのよね」
「っ……あ、あはは。な、なんか思わず……」
そこからは真面目に彼女の仕事を手伝った。基本的には経験したことのある仕事ばかり、故にそれほど大きな失敗をすることもない。
……ただ、それとは別に1つの心配事が頭を過ぎる。
(少しずつ、前の自分に戻り始めてる……?)
薄れてしまった記憶、しかしそれは確かに今も残っている。そして環境が以前の物に近づくにつれて、それは少しずつ無意識下のものも含めて再び表層に上がろうとして来ている。アキさんへの態度や、リヴェリアさんとのやりとり、そしてアイズさんと話していた時のあの幸福感。全てが自分にとって既視感のあるもの。
……そう、既視感がある。それはつまり。
(このままだと本当に……前と何も変わらずに終わってしまうんじゃ)
確かに前の時とは変わったものは多くある。けれどこれでは、大切なところが何も変わっていない。前の時と同じ立場になれて、同じことをしていて、安心感を覚えてしまっている自分が居て、それにこの半年間ずっと浸ってしまっていた。しかしそれが決して良いことではないなんて、そんなの誰にだって分かる。
もうベル・クラネルがこの街に来るまでにあと1年しかない。一年しかないのに、自分はまだあの時と同じままだ。本当にアイズさんと一緒に居たいのなら、本当に彼に取られたくないのなら……僕は前の時とは違う道を歩まなければならないのではないのか?もしそれに今この時に気が付いていなかったら、僕はあと残りの1年も今日までと同じように過ごしていたかもしれない。それを想像するだけで、恐ろしいほどに寒気が走る。
「?」
ただ、そんなことを考える私にとって1つ予想外だったのは、目の前に居るアナキティ・オータムという人物がとても他人の変化に過敏な人だったということだ。いくら仕事の最中とは言え、突然こんな風に落ち込み始めた人間が居れば、彼女はそれに直ぐに気が付く。思い返せば前の時もそうだった。自分が落ち込んでいる時、彼女はこうしてまるで見透いたようにして声を掛けてくれた。本当に、それは偶然では決してなく。
「悩みがあるなら聞いてあげるわよ。お姉さんなんだから、わたし」
「アキさん……あの、どうすればアイズさんに見てもらえると思います?」
「ん?なあに?ベートに取られるのが心配になったの?」
「え?いえ、それは別に……」
「いや、そこは気にしてあげなさいよ。可哀想でしょ、ベートが」
「い、いえ、そういうわけではないんです。ただ、ベートさんには別にくっ付いて欲しい人が居ると言いますか……個人的にはそっちの方を応援したくて」
「?」
「ま、まあそれはいいじゃないですか。それより……」
あの世界ではベートさんと彼女はどうなったのだろうか。彼女はベートさんが好きで、私はアイズさんが好きで、ちょっとした協力関係を築きながら色々とお話ししていた記憶がある。僕の恋が破れた以上、彼女の努力くらいは報われるといいなぁとは思う。…‥こっちの世界では、自分のことにいっぱいいっぱいで手伝えないかもしれないけれど。
「う〜ん、正直アイズに恋愛感情を持たせるのってかなり難しいと思うのよ。あの子はそんなこと今まで考えたこともなかったでしょうし、多分恋心を感じたとしても、それが恋とは分からないでしょう?」
「確かに……」
「だとしたら、やっぱり恋から攻めるのは難しいと考えて、他のところから攻めるのはどうかしら?」
「というと……?」
「親友とか、腐れ縁とか。そういう絶対に離れられない、なんとなくでも常に一緒に居る、みたいな関係になるのよ」
「な、なるほど……!」
「そうすれば周りも自然とそう見てくれるし、応援して、身を引いてくれるでしょう?一緒に居る時間が長ければ、理解度も深まって、相手に"この人が居ないと"って思わせることも出来るわ」
それは盲点だった。
もしここに彼女が居なければ、自分は変に暴走して全く違う方法でアタックするところだったが……確かにこの方法なら、例えそれが恋愛的なものだと自覚していなかったとしても、アイズさんの大切で唯一無二の人間になれる。つまりは関係から事実に入るのではなく、事実を作ってから関係という名前を付ける方法だ。これはアナキティ・オータムにしか出せない提案。
「そうやってラウルさんのことも囲ってるんですね……すごく勉強になります」
「お〜い?人聞きの悪いこと言うな〜?」
本人達は否定しているけど、どうせあの2人はそのうちサラッとくっ付いているんだろうなぁ……という関係筆頭。そんな彼女がそう言うのだから、きっとそれは間違いないのだろう。ぶっちゃけ他の誰よりも為になる助言をくれた。流石に頼りになるというか、本当に頼もしいというか。
「ふふ、私と一緒に居てラウルさんは焼き餅焼いたりしないですかね?」
「残念、むしろ未だに男だってこと疑ってるんじゃない?そっちこそいいのかしら?浮気にならない?」
「……まず"浮気"って言葉を知ってるんでしょうか」
「……多分知らないんじゃないかしら、難敵ね」
前の時とは少し違う関係ではあるけれど、それでもやっぱり彼女は頼れるお姉さんで。今回は恋愛に関する相談も真面目にのってくれる。
こうして対等に話せるアキさんというのも、なんだか新鮮で、そして少しの嬉しさをかんじるものだった。もちろん、前みたいにスキンシップを全くしてくれなくなってしまったことは、実は少し寂しく思ったりしたりもしたのだけど。
アキさんの仕事を手伝い終えた後、私はロキ様の部屋に呼ばれていた。そこでは朝からリヴェリアさん達が話をしていて、それが恐らくあまりよろしくない話であるということもなんとなく察していた。
……しかし、それがまさか自分だけが部屋に呼ばれるような案件だとは微塵も思っていなかったのだ。
「………………」
部屋に入るなり、重苦しい雰囲気がのしかかってくる。自分関係の重い話、恐らくそれは以前にリヴェリアさんに相談したレベル6になるための試練の話くらいしかない。
特に会話をすることもなく促されるままに座らせると、リヴェリアさんは一枚の手紙を手渡してくる。ロキ様宛の手紙、差出人はギルドの主神であるウラノス様。
「あの……これは?」
「ノア、お前は以前に私にレベル6になるための偉業について相談したな」
「はい、そうですね」
「それに対する回答がそれだ。……というより、勝手に回答が舞い降りて来たと言うべきか」
「つまり、ギルドが私のために回答を用意してくれたということですか?」
「ロキ」
「ま、十中八九ヘルメスが手を回したんやと思うで。……そんで内容もまあ胡散臭い」
「少し読みますね」
ギルド創設神ウラノス様からの手紙。
その内容は、『女神ロキを含めた全ての者に公言しないことを条件に、ランクアップに必要な偉業について有益な情報を与えても良い』というものだった。
準備が出来次第ギルドへ出向き、そのままダンジョンへ向かうようにということ。内容は本当にそれだけ。それだけしか書かれていない。
何故こんな風に協力してくれるのか、代わりに自分は何をすればいいのか、どういう準備をしていけばいいのか、そういったことは全くと言っていいほど記述がなかった。私も困った顔をしてリヴェリアさんに顔を向ける。
「……色々と話し合ってみたが、結論は出なかった」
「僕達も考えてはみたんだけど、いくら神ヘルメスの口添えがあったとしても、あの創設神ウラノスがここまで君に肩入れする理由が分からない。当然ギルド側の狙いもだ」
「どういう情報が齎されるかも分からん、危険性もそうじゃ。正直ワシ等では判断が出来ん」
「そういうことやから、これはノアに選んで貰うしかない。……まあ、そうは言うても」
「行って来ます」
「………そう言うだろうな、お前なら」
分かっていたんだと思う、私なら迷わないと。だからこそ迷ってくれたんだと思う、このことを私に話すべきかどうかを。
でもこんなにも良い話、他にはない。相性の悪いウダイオスを討伐するのであれば、自分は間違いなくアンフィス・バエナと戦った時以上の地獄を見ることになる。
それに自分はヘルメス様を信じている。そんなヘルメス様がわざわざ持って来てくれた話を、私は信じている。だから迷うことはない。この話を受けて、レベル6になる。心配するほどのことでもない。これが私にとっての最善だ。
「いつから行くんだ?」
「今から行こうかと」
「い、今から!?せめて明日とかに……!」
「いえ、時間が勿体無いので。というか本当に待ち侘びた話だったので。今直ぐにでも行きたいです」
「…………」
「…………」
「………?皆さんどうかしましたか?」
「リヴェリア」
「分かっている」
「え"………むぐっ!?」
口元に布を押しつけられて、次の瞬間に私の意識は刈り取られた。
……いくら私を止めるためとは言え、薬まで用意して眠らせようとするなんて。酷い。