【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「………頭イカれてんのか、こいつ」
「こんな、ことって……」
「いいか、この場で見たことは他言をするな。……とは言え、話したところで誰も信じることはないだろうがな」
その報告を受けたのは、良くも悪くも彼とそれほど関わりのあった訳ではないガレスであった。リヴェリアとフィン、そしてロキが他の要件で出掛けている最中に、ギルドからその話は降ってきたのだ。
ガレスの判断は早く、直ぐ様に今直ぐに出られそうなベートとレフィーヤを引っ捕まえると、最低限の荷物だけを持って拠点を出た。そうして可能な限りの速度で下層まで下り、レフィーヤがヘトヘトになりながらも辿り着いた先に見たのが……あの光景である。
「……ジジイ。こいつ、ウダイオス殺せてたんじゃねぇのか?」
「さあのう……そのためにあと何度死ぬことになっていたのか」
「し、死ぬって……」
「不死身ってやつか?そもそも人間か?」
「スキルで不死を得ておる、ただそれだけの普通の人間のはずよ」
「……どっちにしろイカれてなきゃやらねぇんだよ、自殺特攻なんざ」
ヒビ割れたウダイオスの核、周囲の大量のスパルトイごと切り飛ばしたような極大の斬撃痕、そしてその直線上に倒れ気を失っていた彼。そしてそんな彼に追い討ちをかけるように何度も何度も攻撃を加えていたスパルトイの群勢。彼等が武器を振り下ろす度に血飛沫は舞い、彼は呻き、その身体が大きく跳ねる。口元から大量の血飛沫を上げ、悍ましい音が響き渡る。そんなことが何度も何度も何度も行われていて、それを見た瞬間に間違いなく死んでいると思ったのにも関わらず、彼はそれでも生きていて。彼の身体は本当に皮膚の大半が引き剥がされ、血に濡れていないところがないほどに酷い有様で、それで……
「うっ……」
思い出しただけでレフィーヤは吐きそうになる。あんな無茶苦茶なことをした人と、これまで自分が見てきた人物が重ならない。彼がアイズのことが好きで、そのために努力をして来た人だということは知っていた。しかしその努力の内容がこれほどまでに苛烈な物だったとは、夢にも思っていなかった。けれどあそこまでの速さでランクアップを繰り返したことに理由なんて不死くらいしかなくて、こんなにも悍ましい方法でしていたなんて、むしろ誰が予想出来るというのか。
「どうして……」
どうしてそこまで出来るのか。
壁に背を向けて意識を失ったままの彼の顔を拭き、既に治り掛けている怪我を見る。そして不意に押してしまった彼の腹部からグチャという嫌な音と呻き声が聞こえてしまって、驚き慌てて尻餅をつく。
……内臓が滅茶苦茶になっていて、それがまだ治っていないのだ。折れた肋骨とミキサーに掛けられたようにぐちゃぐちゃに混じっていて、最早人間の身体の有様ではないのだ。その事実に思い当たった瞬間に、レフィーヤは結局吐き出してしまった。申し訳ないと思いつつも、それでも。
「……これがあの滅茶苦茶なレベルアップの理由か」
「納得したか?」
「出来る訳ねぇだろ」
「当然だな、儂もそうじゃ。今こうして自分の目で見るまで、本当にただの人間がここまで阿呆なことが出来るとは思わんかった」
「…………この人はいつも、こんなことを?」
「レベル6になればこれ以上の無茶はせんと言っとったのじゃがな、まさか最後の最後にこんなことをやらかすとは。……またリヴェリアが怒る」
ベートは知らない、そこまでの理由を。けれどレフィーヤは知っている、そこまでしなければならない理由を。だからこそ、その恐ろしさの感じ方が違う。
「………そこまでしないと、いけないんですか?ただ側に居たいということは、そこまでの努力をする必要があるほど贅沢な想いなんですか?」
彼は応えてはくれない。
けれど少なくとも彼にとってそれはそこまでする理由のあることであり、そこまでしなければ叶えられない願いでもあったのだろう。
だって事実として、彼はその努力によってロキ・ファミリアに入ることが出来て、リヴェリアにも認められて、アイズと仲を深めることが出来ているのだから。結果がこうして出ている以上は、きっと彼のしたことは間違いではなかったのだろう。彼自身でさえもそう思っているだろうし、だからこんなことを繰り返す。
……でも、だからこそレフィーヤは認めたくないのだ。それは本当にそこまでしなければならないことなのかと。そこまで贅沢な願いなのかと。それを叶えるためには、彼以外の他の人間も同じくらい努力しなければならないのかと。自分も彼と同じだけ努力を積み重ねなければならないのかと。……けれどもし、それが本当に彼にだけ必要で、自分には必要のない努力だとしたら。世の中は不平等が過ぎるのではないかと嫌悪感すら感じてしまう、最悪な矛盾。
「……行くぞ、レフィーヤ」
「……はい」
レフィーヤは彼を担ごうとしたガレスに代わり、血に濡れるのも構わず彼を自分からその背に背負った。
嫉妬はある、それは今も。
けれどそれ以上に、報われて欲しいと思った。正直に言えば気味が悪いという気持ちもあったけれど、そこまでの努力をしたのだから、して来たのだから、少しでも幸せになって欲しいとも思うのだ。ある意味これも上から目線な考えであるかもしれないけど、それでも。
………彼は目を覚さない。
「何故だ……もう3日だぞ。何故目を覚さない」
「リヴェリア、落ち着くんだ」
「これが落ち着いてなど……!」
「理由は分かっているだろう」
「っ」
「アミッドが診ても異常はなかった、けれどあれ以降ロキが神ヘルメスと共に拠点を出て帰って来ていない。……理由は明白だ」
「身と心より先に、恩恵の昇華より先に……魂とやらに限界が生じた、ということかのぅ」
「ああ、それ以外に理由が考えられない」
今も彼は彼の部屋で静かに寝息だけを立てて眠っており、栄養の供給のために最低限の処置はされているにしても、3日前のあの日からその身に全くの変化がない。
時折そんな彼の様子を見るためにレフィーヤやアイズ、アキなんかも顔を見に行っているが、彼等の言葉にさえノアは反応を示さない。ただ静かに眠り続け、まるでそう……魂そのものが抜け出たみたいに床に臥している。
「なぜ、なぜあのような無茶を……」
「……むしろ、限界だったからこそ無茶をしたのかもしれないね」
「?」
「精神的に限界だったからこそ、追い詰められて、判断を誤ってしまったのかもしれない。……アンフィス・バエナの時に酷い地獄を見たと彼は言っていた。つまりはそれほどの地獄を見なければ、それ以上の酷い状況に陥らなければ、恩恵の昇華を満たせないと彼が思い込んでしまったのなら」
「追い詰められた、ということか」
「……………1人で、行かせるべきではなかった」
「ああ、その通りだった」
せめて近くの階層まで一緒に来ていれば、彼に無茶をさせないように強引に連れ帰る人間を1人でも用意していれば。
ここ最近の彼の様子を見て油断していた、むしろ最近が落ち着いていたからこそ注意をはらうべきだったのだ。今回の件は一時的とは言え、どうやったって落ち着く以前の彼に戻ってしまう可能性があったのだから。抑圧されていたからこそ、この機会を逃せない彼は無茶をしてしまう。今回の敵が彼にとって十分でない可能性を考えるべきだったし、十分であってもそれを彼が正しく認識出来ないところまで予想しておくべきだったのだ。……そもそも彼はもう壊れていたのだから。その価値観や認識まで壊れていることを、理解していなければいけなかった。
「とにかく、今の僕達に出来ることはない。君はまだしも、アイズの言葉にも反応しないとなると相当だろう」
「……手遅れではないと思いたいが」
「少なくとも今はロキに任せるしかなかろう。心配なら顔を見に行ってやれ、もちろん仕事を終わらせてからな」
「……言われなくともそうしている」
結局はフィンの言う通りで、今の自分達に出来ることなど何もない。そもそも彼のために何かを出来た試しもない。リヴェリアは部屋を出て、彼の部屋に足を運ぶ。
正直リヴェリアからしてみれば、色々と知った今だからこそ、彼のことがますますよく分からなくなっている。
ヘルメスとロキは言っていた、彼が何らかの神の力で時間を巻き戻って来たのだと。しかし彼からもその記憶は曖昧に消えており、エイナ曰くそれは彼にとっても酷く辛いことのように見えたと。彼が以前の時にもこのロキ・ファミリアに居たことは間違いない。それなら以前の彼の恋はどうなったのか。……そんなもの、叶っていたのならきっとこんなことにはなっていないだろう。
(……皮肉な話だ)
恋をしてしまった相手が悪かった。それがもしアイズでなければ、狂ってしまう前の彼なら、それこそ最近になって自分を取り戻し始めていた彼なら、誰にだって受け入れて貰えたはずだ。それくらいには誠実で、努力家で、可愛げのある子だ。けれどアイズ相手となると、それでも振り向いてはくれないだろう。むしろ狂ってしまった今の方が、興味を持ってくれているのかもしれない。
そして3年、つまりはあと1年もすれば、恐らくはアイズの方に運命とでも呼べるような出会いがあるのだろう。少なくともリヴェリアはそう予想している。……こうして事情を整理してみて、彼の気持ちになってみれば、なるほどそれは焦るのも無理はない。ギルドからの指示を終えた後も37階層まで赴き、ウダイオスに単独で挑みに行くような無理をしてしまっても、仕方のないことだ。
結局どれだけ彼が努力をしようとも、その運命の相手が現れた瞬間に、彼の積み重ねて来たものは一瞬にして崩れ去ることになるのだから。それまでに何かをしなければならない、それまでにせめて楔を打ち込んでおかなければならない。彼には本当に無駄に出来る時間など少したりとも存在していないのだ。それこそ本当に、彼はこの数年に長い人生の全てを賭ける勢いで望んでいる。
「ん?……アイズか」
「リヴェリア……」
彼の部屋の扉を開けると、そこに居たのはアイズだった。正に張本人とも言えるべき彼女であるが、しかし本人は自分がそれほど重要な立ち位置にいるなど知る由もない。彼の気持ちは知っているらしく、それについて色々と思うこともあるみたいだが、しかしそれまでだ。……別にアイズは何も悪くない。この件について悪い人間など何処にも居ないのだから。リヴェリアとしてはただ、知っている人間達が幸福を掴めるような未来になって欲しいと思うだけで。
「様子は……変わらないようだな」
「うん……ウダイオスに1人で挑みに行ったって、本当?」
「ああ、ガレスが救出に行ってなんとか間に合った。運が良かったな」
「……どうして、そんな無茶をしたんだろう」
「…………」
本当に、分からないのだろうか。
いや、分かってはいるのだろう。理解が出来ないというだけで。そこまでするという意志を、共感出来ないというだけで。
「リヴェリア。好きって、なに……?」
「……さあな、私にもまだ分からない」
「私のため、なんだよね……?それとも他に、ノアが無茶をする理由があるのかな」
「いや、お前のためだろう。言っていたからな。スキルと魔法の差を埋めるには、ステータスだけはお前より上に居なければならないと。……そういう意味では、ノア自身のためという言葉の方が正しいのか」
「……分からないよ」
「分からなくとも、向き合う必要はある。その返答をどうするにせよ、お前は答えを出さなければならない」
「……………」
「お前達の問題だ、私が口を挟むのも違うだろう。だが何をするにも自分の勝手。こうして無茶をしたのはノアの勝手であり、お前には関係のないことだ。それでも、お前がこのことに責任を感じることは間違っているが、知ってしまったからには誠実に向き合って欲しいと、私は思う」
「………うん」
古今東西、男が女のために命を懸ける話など、本当にありふれている。こうして冒険者をしていれば、否が応でもそういう話は聞くものであり、そういう光景を見てしまうことだってある。
今回もその延長線上の話だ。
違いはアイズに命の危機がある訳でもなく、彼が単に自分の思い込みで勝手に命を賭けているというところ。だから別にアイズに非はないし、そもそもアイズは被害者であるくらいだ。変に責任を感じさせられて、アイズはただ勝手に惚れられているだけ。
「…………目、覚まさないね」
「……そうだな」
でも、だからこそ、アイズは彼から目を離せない。自分の隣に居て、自分を守ってくれると言ってくれた、もしかすれば自分だけの英雄になってくれるかもしれない彼のことを。もしかしたら彼こそが、漸く、今になって巡り合えた。
自分だけの英雄かもしれないから。
あの日、私達は7人の仲間を失った。
クレア、レミリア、ロイド、カロス、リザ、アンジュ……そしてノア。
人造迷宮クノッソスへの最初の攻略、クノッソス内で分断された1団。疲労した彼等を襲った闇派閥Lv.5のヴァレッタによって襲撃された彼等は、9人中7人が死亡した。しかし全滅せずに済んだのは、アキやアイズ達がそこに辿り着くまでに死んでいてもおかしくない状態で喰らい付いていた彼が居たからだ。その意志は優位を保っていた筈のヴァレッタ本人ですら気味悪がっていたほどに異常なもので、腹を引き裂かれ、何度も何度も呪道具の武器に滅多刺しにされ、死んでいて当然な失血量でも、ヴァレッタの首元に歯を突き立て、リーネとルーニーを守り切った。
それを見た瞬間に飛び出して、何度も何度も突き刺して、左腕も斬り飛ばしたけれど、ヴァレッタはクノッソスの仕掛けを使って逃げてしまって、逃してしまって……そんなヴァレッタよりも誰よりも、彼の最期の姿は悲惨なもの。
両腕を失っていて、腹部は向こう側が見えてしまっているほどに抉られていて、首にも頭部にも刃物を突き立てられて、片目が潰れていて、脚も酷い方向に曲がっていて、その全てが呪道具によるもので……もう、人としての原型も歪にしか残っていなくて。
彼は私のことを好きだと言ってくれた。
最近になって、そのことを思い出す。
その意味について、考えるようになった。
リーネはベートさんのことが好きなんだって。
それと最近、ベートさんのことを大好きだって公言するアマゾネスの少女を見た。「また会えてすごく嬉しい」って、そう言ってた。
フィルヴィスさんは男神デュオニソス様のことを愛していたという。それは自分のことを受け入れてくれたから。そのために狂気に苦しみながらも主命のために動き、最後にはレフィーヤとも対立して、その命を終えた。
女神フレイヤは"彼"のことを手に入れるために、オラリオ全体を敵に回した。けれどそれも愛によるもので、そのためなら全てを捨ててもいいというほどの強い意志のもとで行われたものだった。
………考えれば考えるほど分からなくなる。
好きとはなんなのだろう。
愛とはなんなのだろう。
そのためなら、自分の全てを投げ打ってもいいと思えるほどの強い気持ちであるということは分かる。でも理解が出来ない。
ノアは私のことが好きだったらしい。
私はそれを家族や友人としての意味だとずっと思っていたけれど、今思えば彼はそれをずっと否定したがっていた。彼はきっと、そういう意味で私のことが好きだった。彼の色々な努力は、私から見ればあまり理解の出来ない努力は、全部私のためのものだったのだろう。
色々なことが落ち着いて、騒動の中で亡くなってしまった団員達の私物の整理が始まって、ようやくその悲しみに向き合う時間が生まれた。そして彼等のことを思い返す時間も出来た。
私はずっと、ノアの気持ちに気づけなかった。
彼の気持ちと言葉に向き合えなかった。
彼の努力の意味を理解出来なかった。むしろ容姿を整えたりしているその努力に、疑問すら抱いていた。普通に考えて、3年の間にLv.1からLv.3まで上げた彼の努力は凄まじいものであったのに。結局彼の気持ちに一切の共感も理解も示さず、考えもせず、最期の言葉すら聞くことも出来ず、2度と会えなくなってしまった。
『少しでも早く、アイズさんの隣に立てるようになりたいんです。アイズさんのことを、今度は僕が助けられるように』
まだまだ子供で自分より背丈の小さかった彼は、まるで妹のような容姿をしながらもそう笑っていた。
ダイダロス通りでベルに救われたヴィーヴルを見た時、そしてその昔の自分によく似たヴィーヴルがベルという英雄に助けられたと見せ付けられた時、『どうして私を助けてくれないのか』なんて、『どうして隣に居てくれないのか』なんて考えながら、彼のことを思い出した。とても理不尽なことを考えてしまった。勝手な考えで、勝手な言葉だ。ノアのことを本気で考えたこともなかった癖に、今更になって。都合の良いように。彼の想いすらも、侮辱した。
ノアの荷物はリヴェリア達が片付けた。
彼の私物は、今はその少しをアキが持っている。
それ以外の荷物は全部処理された。
彼に家族は居ない。
そして以前の主神様も、既に天界に還っている。
アキもリーネもレフィーヤも泣いていた。
リヴェリアもロキも明らかに落ち込んでいた。
……けれど、私だけが泣けなかった。
私は何をしたかったのだろう。
私は彼のことを何だと思っていたのだろう。
どうして私は泣けなかったんだろう。
言われたはずなのに、あの女神様に。
『私は天界に帰るけれど、あの子のことをお願い。きっと幸せにしてあげてね』って。
その言葉を守れなかったこの身に、見えない刃は今でも突き刺さったままだ。