【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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13.目覚めの○○

あれからまた半年が経った。

冬に入ろうとし始める時期。朝方にチラチラとした雪を見ることもあり、ちょっとした肌寒さに身を震わせるようはじめるような、そんな時期。

いつものようにダンジョンに潜り、遠征をこなし、上がらないステータスに気落ちして、何気なく手にとった物語に目を通す。繰り返される毎日に、何も変わらず、何も変われていない自分にもやもやとした気持ちを抱えながら、時々彼の部屋を訪ねては、その顔を見て、独り語る。

 

 

………彼はまだ目を覚さない。

 

 

ロキや他の神様達が来て、彼の様子を見て、なんだか難しそうな話をしているのを何度も見た。アミッドが来て、色々な薬を試して、その度に効果の出ない様子を確認して難しい顔をしている様子だって、何度も見た。

 

あれから色々な本を読んだ。

リヴェリアに言われるがまま、ティオネに勧められるがまま、ティオナにも教わって、色々な本を読んだ。でも未だに恋というのはよく分からない。彼の言葉は嬉しかったのに、彼に対して物語の人物達が語るようなそういう感情が現れることは一向にない。

 

……正直、彼との付き合いはそれほど長くはなかった。彼がファミリアに入って来て、彼が意識を持っていたのは大体半年程度。あれからまた半年が経って、意識のあった時期と無かった時期が、そろそろ同じくらいになる。

一緒にダンジョンに潜ったり、一緒に本を読んで勉強したり、買い物に行ったり。今やそんなことをしていたことすら懐かしい。何処まで行っても着いていくと、絶対に私のことを助けてくれると、そう言ってくれた彼は、本当にダンジョンの深くまで付いて来てくれたし、困っていた時には助けてくれた。だからこんなにも気にしてしまうのかもしれない。彼はやっぱり自分の英雄なのではないかと。

 

「……寝過ぎだよ」

 

返事を返さない彼に、語り掛ける。

こうなってしまった原因を、誰も教えてくれない。アミッドでさえ治せないような状況になってしまった彼、その理由を誰も自分には教えてくれない。

ロキやリヴェリア達は知っている。アミッドやここに来る神様達も知っている。レフィーヤやアキも知っているみたいだった。ベートさんも、もしかしたら何か知っているのかもしれない。……けれど、私だけがそれを知らない。私だけには、誰もそれを教えてはくれない。

 

「そろそろ起きないと、寝坊しちゃうよ?」

 

何に寝坊してしまうのかは分からないけれど。

もう半年も寝坊していると言えるけど。

そろそろ起きてくれないと、本当に彼の記憶が眠っている様子ばかりになってしまう。

 

(…………)

 

ふと、昨夜に物語の中で見た一幕を思い返す。

戦争で傷付いた勇敢な戦士。国が攻められる中、たった2人で廃城に残されたお姫様は、寝息を立てる彼の手を取って回復するのを祈るのだ。……自分は姫ではないけれど、もしかしたら。

 

「あったかい……」

 

布団の中に隠れていた彼の左手を取り出して、それを両手で握ってみる。ずっと死人のように眠っていた彼だけれど、しかし彼の手は安心してしまうくらいには熱があった。女性のような姿の彼ではあるけれど、その掌は意外と大きくて、男の人の手という感じがして、新鮮に思う。

……それともう少し意外なことは、こうして手を握っていると、もやもやとしていた自分の心にも熱が灯るということだ。それは決してドキドキや恋心みたいなものではないけれど、心が暖かく感じられる。1人ではなく、そこに誰かが居てくれるのだと。肌と肌を通して、熱と熱を交えて、実感することが出来る。

 

「君は……私の英雄に、なってくれる?」

 

本当になりたいのは、それではないかもしれないけど。彼に伝えたら、本当になってくれるかもしれないから。今の言葉は本当に、意識のあるうちには言ってはいけないことなのかもしれない。…‥なってくれると嬉しいのは、本当だが。

 

 

「?………黄色い、花弁?」

 

 

ふと、握る彼の手にそれが落ちて来たのを見る。

慌てて上を見る、しかしそこには何もない。広がるのは自分の部屋とも変わらない何の変哲もない天井だけ。けれど妙に光を帯びていて、妙な暖かさを出しているその花弁は、少しずつではあるが彼の手の中へと入り込み始めた。

 

「!」

 

奇妙な花弁が彼の中に入ろうとしている、そんな様子を見て慌ててそれを彼の手から払おうとする。しかしそれに触れた瞬間、弾き飛ばされたのは自分の手の方。ヒリヒリと痛みを訴える右手、拒絶された接触。

……なんとなくだが、分かる。この花弁はきっと悪いものではない。だが悪いものではないのに、自分のことを嫌っている。拒絶している。信用していない。相手はただの花弁なのに、不思議とそう感じる。

 

「っ」

 

そうこうしているうちに、花弁は彼の手の中へと完全に溶け込んでしまった。あまりに不思議な現象、目の前でそれを見てしまったら困惑するしかない。しかしそれが溶け込んだからといって、彼の容態に変化はない。彼の手は変わらず温かいままだし、今も少し痩せた様子で静かに寝息を立てているだけ。

 

 

「なんや今の力は!!?」

 

 

「っ!?」

 

 

バンっ!と開かれた扉に、思わず握っていた彼の手を離してしまい、ビクリと大きく身体を跳ね上げる。扉の方に居たのはロキ、彼女は大きく息を切らしてそこに立っていた。

 

「アイズおったんか!今なんか変なこと無かったか!?」

 

「え、あ……あの、花弁が……」

 

「花弁ァ!?ちょっと詳しく聞かせい!」

 

「あ、う、うん……」

 

どうやらやっぱり、普通ではないことが起きたらしい。それこそロキがここまで色々と焦るくらいには。結局そのまま色々と事情聴取を受けることになったが、それ故に彼の手を握っていたことまでは気付かれていなかったようだ。別に悪いことをしていたわけではないのだけど、なんだか少し気恥ずかしいというか、あまり知られたくなくて。ロキに聞かれたことを答えた後は、そそくさとその場を後にしてしまった。

 

 

 

 

 

朝、起きる。

ただそれだけの行為をしようとしたのに、身体が重く、全身に妙な違和感を感じる。朧げな記憶、朧げな意識。目を開けようとするだけで瞼が変に重たいし、開けたとしても映る視界はボケている。……見慣れた天井、なのだろうか。しかしそこには誰かは分からないが、1人の女性らしき人影もあって。指一本すら動かすのも億劫な身体の状況に困惑も抱えながら、朦朧とした意識で目の前の女性に声を掛ける。誰かは分からないけれど、分からなくても。こうして朝に目を覚ました時には、いつもこうして側で声をかけてくれた方が居て……

 

『cxVg#&……さ、ま……?』

 

 

 

 

「………ァ……ノア!……聞こえる!?ノア!」

 

 

「……アキ、さん……?」

 

 

「ノア……!!」

 

 

少しずつ、少しずつ回復して来た視界。徐々に焦点があって来たそこに居たのは、いつも僕の面倒を見てくれるアキさん。……なんだろう、もしかしたら風邪でも引いて倒れてしまったのだろうか。だとすれば、アキさんがこんなにも焦って僕のことを見ていても仕方がない。身体に上手く力が入らないのも、意識が朦朧としているのも、熱があるからだと考えれば当然か。

……しかしそれにしても、やはり何処かに違和感があって。例えばアキさんの様子だとか、部屋の様子だとか、そもそも他にも、色々と……

 

「少し待ってて!今ロキを呼んでくるから!……絶対に起きてるのよ!二度寝したら駄目だから!」

 

「………はい」

 

顔を少しだけ横に動かし、掠れた声で返事をする。……机の上に置いていたはずの物がない。否、それ以外の物もない。代わりに知らない物が多くある。いやそれも違う。知っている物が多くある。

 

「うっ……」

 

ズキンと痛む頭。

同時に疾る2つ目の記憶。

……そうだ、これで間違っていなかった。あるはずの物が無く、あるはずの物がある。二重になっていた記憶を、思い出し、整理し、分け並べる。

"僕"は1度失敗した、そこで1度目のものは全て潰えた。故に2度目は、理由は分からなくとも機会を得ることが出来た2度目こそは、絶対に願いを叶えるのだと努力して来たのだ。

……であるならば、2度目の"私"はどうしたんだったか。確かとにかくレベルを上げることに奮闘して、ヘルメス様に拾って貰って、それからロキ様に移籍のお願いをして、それから。

 

「ノア!!」

 

「っ」

 

バン!と開かれた扉に身体を跳ねさせる。

開かれた扉の先に居たのは、リヴェリアさんとロキ様、それとアキさんと、レフィーヤさん。それぞれが本当に走って来てくれたのだと分かる雰囲気で、困惑する。私はそんなにこの人達を心配させるようなことをしてしまったのかという申し訳なさ。それと、こんなにもたくさんの人達が心配してくれたという嬉しさ。……最後に少しだけ胸を突き刺す、けれどそこには自分の想い人は居てくれなかったという寂しさ。

 

「本当に、本当に起きたのか……!!」

 

「大丈夫なんか!?痛いとことかないんか!?ベートにアミッド呼ばせに行ったから!もう少し待ってな!?」

 

「ぇ……あ、はい……?」

 

何より、ロキ様のその様子に驚く。ロキ様がこんなにも自分のことを心配して、焦っているその様子に、驚く。……正直に言えば、初めて見たからだ。確かにアイズさんのために焦っているのは見たことはあるけれど、私自身のためにこんなにも心配してくれているところは初めて見た。

徐々に記憶が浮かび上がる。ロキ・ファミリアに来て半年くらいだったろうか。しかし僅か半年しか居ない私と、数年間もこのファミリアでお世話になっていた前の私。それでもこんな風に心配されているのは、今の私の方。だから驚く。困惑する。決して嬉しくないわけではないけれど、何かそういう出来事があって、その記憶だけが飛んでいるのではないかと、疑いたくもなってしまう。こんなことを考えてしまうのも、意識が朧げだからか。

 

「ノア、本当に大丈夫か?何処かに違和感はないか?」

 

「……声、とか。出しにくい、です……身体も、動かし、にくくて……」

 

「……それも仕方のない話だ。覚えているか?お前は、その……かなり長い間眠っていたからな」

 

「眠って……?」

 

「記憶がまだ朧げなのかしら……覚えてる?貴方、ウダイオスに1人で挑みに行ったのよ?」

 

「……………………………………………ぁ」

 

瞬間、全ての記憶が蘇った。

確かに私はあの時、あの骨のようなモンスターを倒した後、そのまま地上に戻ることもなくウダイオスに挑みに行ったのだ。あのモンスターだけではレベル6に昇華するのに不十分ではないかと思って、焦って、決断した。

その結果どうなったかと言えば、恐らく失敗した。最後に見た記憶は、ウダイオスが突然情報にない巨大な黒剣を出現させ、そのまま凄まじい衝撃と共に振り下ろされたところまで。……十中八九、私が意識を失ったのはあの瞬間だ。

つまりは私はあの後、誰かに助けられて、そのまま今日まで眠り続けていたということなのだろう。そこまでは分かった。分かったが、それにしたって……

 

「あ、あの……」

 

「レフィーヤ、さん……」

 

「本当に、大丈夫ですか……?その、半年間も眠ってたので。私すごく、心配で」

 

 

 

 

「………………………………………………半、年?」

 

 

 

 

え?

 

 

 

「……ロキ」

 

「……ノア、自分の魂がかなり悪い状態になっとったのは知っとるやんな?多分やけどその、ウダイオスとの戦闘中に、それが限界になったんや」

 

 

「……………なんで、外……雪……?」

 

 

「落ち着いてノア、貴方は半年間ずっと眠っていたの。貴方を治すために色んな神様や治療師達が………」

 

 

「次の!!……次の、遠征は……いつ、ですか!?」

 

 

「え、遠征?それはまあ、少し前に終わったばっかやし、あと2月くらい先の話になると思うけど」

 

 

「……っ!!!!!」

 

 

「ノアさん?」

 

 

………ああ。

 

 

ああ……ああ……ああ……!!!!!

 

 

あああああぁあぁぁぁぁあああ!!!!!

 

 

 

何をしているんだ私は

 

 

何をしていたんだ私は!!!!

 

 

こんな、こんなこと……!!

全部、全部順調に行っていたのに!!

あとレベルを1つ上げるだけだったのに!!

無駄に出来る時間なんて1日たりとも無かったのに!!それなのに!!

 

どうして私は!!!半年も!!!!!

 

 

「ごほっ!ごほっごほっ……!!」

 

「ノア!?」

 

「ノア!!落ち着け!!いいから一度息を整えろ!今は何も考えるな!!」

 

「半年……半年、半年半年半年半年半年半年半年半年半年半年半年半年………!!!」

 

「お、落ち着いてください!大丈夫です、大丈夫ですから……!!」

 

「私は、私は、何のために、何を、何をして、なんでこんな、時間、時間、ないのに、どうして、半年も、寝て、そんな、こと……してる場合じゃ、ないのに……!!」

 

「ノア!貴方まだ立てる身体じゃないでしょう!」

 

何のために、何のために私は今日まで頑張って来たんだ。何のために急いでここまでレベルを上げて来たんだ。何のために半年の余裕を持てるように無茶をして来たんだ。どうしてこうなる、どうしてこうなった。我儘を言ったからか?多くを求め過ぎたからか?私には不相応なことを求めたからか?だから私は罰を与えられたのか?……ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!!ふざけるな!!!まだ遠征は過ぎていない。けれどその次の遠征こそが正に最後じゃないか。アイズさんはその遠征の終わり際にベル・クラネルと出会う。つまりベル・クラネルは既に今の時点でこのオラリオの何処かに居る可能性が高い。もうそんな時期にまで時間は進んでしまっている。その間に私が出来たことはなんだ?眠っているだけ?巫山戯るな!!そんなこと認められない、そんなことあっていいわけがない!!私とベル・クラネルの間に一体どれほどの差があると思っている、今の私とアイズさんとの距離はどれくらいだ?私はベル・クラネルに対して何処までリードを取れている?全く取れていない、こんなもの彼ならば直ぐに追い抜いて引き離されてしまう。私はまだ何も出来ていない、アイズさんと何の思い出も作れていない。彼女の心を少しも掴めてなどいない。これから1ヶ月、多く見積もっても2ヶ月で、果たしてどれほど巻き返すことが出来る?どれほどの無茶を繰り返せば取り戻すことが出来る?……無理だ、そんなの絶対に無理だ。単なるレベル上げなら無茶と無謀を繰り返せば取り返すことが出来る。しかし人の心を求める場合は無理だ。こちらがどれだけ努力をしたところで、それが過剰であればむしろ相手との距離が離れてしまう。一度でも不信を得てしまったら、一度でも抵抗感を抱かれてしまったら、それで終わりなのだ。特に時間がなくて、相手がベル・クラネルとなれば余計にだ。だから最適な環境を作って、残りの1年〜半年でじっくりと関係を作っていくつもりだった。周りからの信頼を得て、アイズさんと共にいる時間を少しでも増やして、少しでも多く意識をしてもらうつもりだった。どうすればいい?どうすればいい??ここから間に合うのか?ここからどうにかなるのか?少なくとも自分の頭に解決策はない。少なくとも常識的な思考をどれだけ持って来たとしても、ベル・クラネルに半年も無駄にした自分が勝てる光景が浮かばない。元々半年をフルに使ったとしても勝算は半々だったのだ。そこまでしてもベル・クラネルに奪われてしまう可能性を捨てきれないでいたのだ。それなのに、当初の想定を、当初の計画を最も大事な部分で壊してしまった私に何が出来る?こんな愚かなミスをしてしまった私に、一体どうやってひっくり返すことが出来る?分からない、分からない分からない分からない分からない分からない!!!………私の恋は、終わったのか?私はまた、負けるのだろうか。私はまた、あんな惨めな気持ちを抱いたまま、笑い合う2人を見て……

 

 

 

「だ、大丈夫ですから!!」

 

 

 

「っ」

 

「レフィーヤ……?」

 

「大丈夫、ですから……!絶対、大丈夫ですから!」

 

「レフィーヤ、さん……」

 

あの引っ込み思案なレフィーヤさんが、私の手を握って、強い口調でそう言う。……ずっと不思議だった。今回の生においては、私はそれほどレフィーヤさんと関わりを持っていない。もちろん挨拶くらいはしたけれど、なんとなく避けられている雰囲気があったから。前の時にはアキさん達と一緒に妹みたいに扱われていただけに、少し寂しさすら感じていたけれど。それでも今の自分の状況では仕方がないと、そう考えていた。けれど目の前のレフィーヤさんは真剣で、本当に私のことを心配してくれているということが分かって、それでいて強い目もしていて。

 

「私も、応援しますから……!」

 

「……!」

 

「私も、ノアさんのこと……応援、してますから!」

 

レフィーヤさんは何かを決意したかのような顔で、そう言う。

まだそれほど多くを話していない筈の間柄なのに。まだそれほど信頼を得ることが出来ていないと思っていたのに。

 

「どう、して……」

 

故に自然と喉から溢れでた言葉は、そんな感謝でもなんでもない、単純な疑問。何も隠すことをしていない、装飾すらしていない、そのままに出て来た乾いた言葉。

 

「……頑張ってること、知っちゃいましたから」

 

「……?」

 

「ノアさんがすごく努力をして、すごく無茶をして、それで、なんだか大変な想いをしてることも。その、リヴェリア様から、無理矢理聞き出しちゃったりして……」

 

「……すまない」

 

「いえ、その……」

 

「だから、私、ノアさんのその努力が報われて欲しいなぁって。そう思ったんです」

 

「!」

 

「すごく上から目線で、失礼なこと言ってるかもしれないんですけど……それでも、やっぱりこんなに頑張った人が報われないなんて、そんなの嘘じゃないですか。私だったら絶対に真似出来ないようなことをずっと頑張ってて、全力で、必死で。それでもアイズさんのこと、ちゃんと大切に思ってて」

 

まるで私のことをよく知っているかのように、レフィーヤさんはそう話す。私なんかのことを知るために、レフィーヤさんはリヴェリアさんから無理矢理聞き出すなんて強硬手段まで使ったらしい。少し前までは想像すら出来ないようなことだ。それこそ前の時にだってそんなことは……

 

「貴方なら……貴方なら、アイズさんの隣に居てもいいかなって。そう思ったんです」

 

「……どうして、そこまで」

 

「……………むしろ、私の方が不思議なくらいです。あんなにも毎日のようにダンジョンに潜っていて、心配になるくらい必死に知識を詰め込んで、それなのに私生活もちゃんとしていて。そんな努力してる姿を見てしまったら。そんなに誠実に頑張ってる人を見てしまったら。応援くらい、したくなるに決まってるじゃないですか」

 

「っ」

 

呼吸が止まる。

けれど、焦りも消える。

消えるというより、塗り潰される。

 

「……ノア、何も努力は結果が全てではない。その過程にすらも、意味はある」

 

「意味……」

 

「懸命な努力は、それを見ている者達にも影響を与える。お前の必死な姿を見ていたからこそ、レフィーヤのように心を動かされる者だって出て来る。それは私や、ロキでさえもそうだ」

 

「でも……私、もう時間が……」

 

「アイズも、偶にここに様子見に来とったで」

 

「!!」

 

「それこそ1日1回くらいは見に来とった。なんや落ち込んだ日は、眠っとるノアに話しとったで。……アイズやって、ちゃんと努力は見とったんや」

 

「アイズ、さんが……」

 

「……一応言っておくが、アイズは今はダンジョンに行っているだけだ。いつものことだな。だからその、なんだ、変に勘違いはするなよ」

 

努力は、結果だけが重要なのではない。

その過程でさえも、それが懸命なものならば、他者は見て認めてくれる。リヴェリアさんはそう言ってくれた。そしてそれに頷き、レフィーヤさんも認めてくれた。……アイズさんだって。見てくれていたと。毎日のように顔を見に来てくれていて、それで。

 

「とにかく、な。一旦落ち着き。混乱するのもしゃあないけど、考え過ぎても何にもならんことやから。ちょっとくらい現実逃避するのも、生きていく上では大切や」

 

「……………はい」

 

「アイズが帰ってくるまでまだ少しある。アミッドが来たら診てもらう必要はあるが、それまでは少し頭を冷やすといい。……レフィーヤ、悪いがノアと居てやってくれ。私達は少し話すことがある」

 

「わ、分かりました!」

 

「アキ、悪いがアミッドが来たら対応を頼む。恐らく問題はないと思うが、何かあれば報告してくれ」

 

「分かりました」

 

……頭を回せば回すほどに、嫌な方向へと思考は進んでいく。けれどそう思考の海に沈もうとした瞬間に、レフィーヤさんがぐっと身を乗り出して、真剣な表情で顔を覗き込んで来る。

もしこれが1人であれば、そのまま思考の海に沈んでまた混乱してしまっていたかもしれない。けれどレフィーヤさんがここに居て、私にそれを許してはくれない。3人が部屋を出て行った後も、私はジッとレフィーヤさんに見つめられていた。それこそ私がまだあまり会話が出来なくとも、気にせず、静かに。私の左手を握りながら。


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