【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「はい、アウト〜」
「……なんだロキ、部屋に戻って来た途端に」
「神力使われたの確定や〜、つまり何処かに神力自由に使える状態の神が居る〜、大大大大大問題や〜」
「……バレたのか?」
「花弁一枚程度やけど、気付いた奴は気付くやろうなぁ。少なくとも確実にウラノスは気付いたやろ、マジで最悪や〜」
ノアのことをレフィーヤとアキに任せ、ロキはその確信を得た事実について酷く絶望する。そんな彼女の珍しい様子を見て、リヴェリアはなんとも言えない表情をしていた。
‥‥一応、事前には聞いていた。もしかすれば近いうちにノアが目を覚ますかもしれないと。それはロキが感知した、ノアの部屋で感じた僅かな神力の気配。アイズ曰く花弁一枚程度の神力ではあるものの、しかしその証言一つで多くのことが確定した。
「ノアは治ったのか?」
「いいや、単なる応急処置程度や。割れたガラス玉に接着剤を塗り込んで元の形にくっ付けた、って感じやな。根本的な治療にはならん」
「……ということは」
「次に割れたらほんまに終わり。どころか、もう今の時点で輪廻の輪に還れんのは確定しとる。……死んだら消滅や、これだけは覆せん」
「………………そうか」
正直、こうして生きている身では死んだ後のことなど全くと言っていいほどに分からない。しかしロキがこれほどに険しい顔をするのだから、それは本当に受け入れることが困難なことなのだろう。
……実際、これは次の生まで見据えて行動している神々からすれば、輪廻の輪に帰れない完全消滅というのは、何より恐ろしいことだ。神々ですら生まれ変わる。数千年という長い時は掛かるが、それでもその先に生まれ変わった誰かと再会することが出来る。愛し合った者達が、次の生でまた出会うことが出来る。今生がどれだけ救われなくとも、次の機会がある。
けれど、魂が砕かれるというのは、未来永劫に渡ってその機会が失われるということだ。何度生まれ変わっても、砕かれた人間とは出会うことは出来ない。やり直す機会が得られない。これから数千年も繰り返せば一度くらい報われることがあるかもしれない。……けれどノアからは、既にその可能性が失われたのだ。ただ一度やり直すためだけに、これから先の全てを犠牲にした。神であるロキからすれば、それはあまりにも釣り合っていない交換にしか見えない。
「一先ず、これからどうする?何かしら先手を打つか?」
「先手を打つにも、打ちようがないわ。精々出来ることなんかウラノスと話して来るくらいやろ。……ヘルメスも未だに花に関する痕跡を見つけられとらん。オラリオの何処にもそれらしき花畑はない。相手の居場所も分からんなら、どうしようもないわ」
「だが、そうもいくまい」
「せやな。神力を自由に使える奴が居る、これは本気で対処せんとマズい。ルールの範囲内で神が好き勝手やるならまだしも、それを破っとるのは完全にウチ等で対応せなあかん案件や。子供達には関係ない」
「……分かった、そちらは神々に任せよう。私はとりあえずノアとアイズの様子を見ている、あの様子では本当に時間がないようだからな」
「ああ、確かに……あの反応はなぁ。予想はしとったけど、予想以上やったわ」
「アイズの運命の相手、か。こういう状況でなければ素直に喜べた話なのだが……いや、こういう言い方では、まるでノアを邪魔に思っているようで良くないな。……だが」
「酷い話や」
「……そうだな」
そういうものだと分かっていても、他人が首を突っ込むような話ではないとしても、知ってしまっているだけに、見て来てしまったからこそ、その運命の相手を受け入れることに抵抗が出てしまう。
どれだけ努力しても、どれだけ想い続けても、ただ1つの出会いでひっくり返るのが恋愛だ。だからこそ面白くもあり、苦しくもあり、憧れる。物語になる。神々でさえも、その魅力からは逃れられない。失敗があるからこそ、成功に価値が生まれるのだ。……分かってはいる、そんなことは分かっているけれども。
「……ロキ。もしノアの気持ちが実らなかったら、どうする?」
「どうするも何も、もうどうしようもあらへんやろ」
「…………」
「失敗した時点で終わりや、ノアは完全に壊れる。そのノアを見て、黒幕さんがどうするかによるけど。……最悪、神力が飛び交う大戦争や」
「……話の規模が大き過ぎるな」
「ま、敵さんもそこまでアホやないやろ。せやけど、どっちにしてもあんな応急処置は一回が限度や。魂の完全修復なんか、特定の権能持っとらんと絶対出来ん」
「そうか。………そうか」
「それにもしかしたら……この対応の遅さを見るに、敵さんも限界が近いんかもしれんな。意外とこのまま何事もなく終わるかもしれん」
どちらにしても、ノアはもう助からない。
もう生まれ変わることも出来ない。
最後のこの機会を、成功で終わらせるか、失敗で終わらせるか。残っている選択肢は、その2つしか存在しない。
アイズが帰って来たのは、それこそ日が沈み始め、空が赤灼けに染まり始めた頃だった。いつものようにダンジョンに潜っていたのはいいが、なんとなく今日ばかりは上手く熱中出来てしまって、気付いたらこんな時間になっていたというところ。
そんな彼女がその報せを聞くことが出来たのは、それこそファミリアの本拠地に帰って来てからである。玄関口に居た団員がアイズを見つけると慌てて駆け寄って来て、ノアが意識を取り戻したということを聞いた。どうにも彼は昼頃には意識を取り戻していたらしく、その時間は正しく彼女がダンジョンから帰ろうかこのまま続けようか迷っていた時間であった。あまりにも間が悪い。本当に噛み合わない。
アイズは急いで階段を駆け上がる。荷物を置くこともせず、汚れを落とすことも後にして、何より先に彼の部屋へと走り向かう。あれだけ彼の顔を見に来ていたというのに、どうしてこういう時に自分は彼の側に居られなかったのかと。そんなことを考えながら、扉を開けた。
「ノア……!」
「!!………アイズさん」
ノアは起きていた。本当に、起きていた。
久しぶりに見た彼の目を開けた姿、久しぶりに聞いた彼のその声。そして表情。ベッドの上で上半身を起こし、少しもたれ掛かるようにしながら、少し色の悪い顔でこちらを驚いたように見ている。
「良かった………っ」
湧き上がる安堵の感情、胸から吐き出される深い息。脱力し、緊張が解け、駆け寄ろうとする。
……しかし、そんな安堵も一瞬。
アイズの足は止まり、思考は止まり、目線も止まる。
「?」
ノアが不思議そうに、心配そうに首を傾げる。
しかしアイズはそれどころではない。今のアイズはそれどころではない。アイズが見つめているのは彼ではなく、彼の顔ではなく、彼の手の方だ。彼の右手、よく知る右手。
それが、握られている。
レフィーヤによって、握られている。
アイズがそうしていたように、そうし始めていたように、両手で優しく、包み込むようにして、握られている。
……それこそまるで、あの物語のお姫様のように。
「…………………………………………ずるい」
「「え?」」
そこは、そこは自分の席だったはずなのに(そんなことはない)。そこに座って彼の手を握っていたのは、自分だけの特権だったはずなのに(そんなことはない)。
アイズは何とも言えないモヤモヤを胸の内に感じる。これがどういう感情なのかは自分でもよく分からない。ただ少しずつ左の頬が膨れ上がり、額に皺が寄っていくのが分かる。
「あの、アイズさん……?」
レフィーヤも心配そうにアイズのことを覗き込む。けれどアイズの目が自分の両手に留まっていることにまでは気付かない。
自分が居ない間に、彼は目を覚ました。
レフィーヤが今は、その彼の手を握っている。
自分はその間ダンジョンに行っていた。
立ち会えなかった。関われなかった。
……レフィーヤが手を握っている時に、彼は回復した?自分の時には目を覚さなかったのに?自分では回復しなかったのに?レフィーヤがこうして手を握ったら、目を覚ましたということなのか?
……つまり。
彼のお姫様は、自分ではなくレフィーヤだった?
「むぅぅぅううう…………」
「え、あの……え?」
「ア、アイズさん?なにをその、そんな、怒って……?」
「怒ってない」
「いや、でも……怒ってますよね?」
「怒ってないもん」
「お、怒ってるじゃないですか……」
「怒ってない!」
「「…………怒ってる」」
ずるい、ずるいずるいずるいずるいずるい。
そんなのずるい。
自分の時には何度呼びかけても答えてくれなかったのに。好きって言って、側に居るって言ってくれたのに。……その人は、私の英雄なのに。
「ノア」
「は、はい!?……あ、あの、アイズさん?か、顔が……近……」
「ノアは、わたしのこと……好き?」
「「えぇ!?」」
「………なんでレフィーヤも驚くの」
「い、いえ!それはその!……ま、まさか目の前でそんな会話をされるとは思ってなくて」
「むぅ」
「だ、だからどうしてわたし睨まれてるんですかぁ!?」
レフィーヤとは反対側から、アイズはノアに迫る。怒った顔のまま。そしてどうしてレフィーヤが睨まれたままかと言われれば、それはレフィーヤが未だに彼の手を握ったままで居るからに他ならない。
しかしレフィーヤからしてみれば、彼が起きた直後のあの様子を見ているのだ。夕方まで彼を落ち着かせるために色々と話し、安心させるためにずっとこうして彼の手を握っていた。それが今更悪いことだとは思ってもいなかったし、むしろそうしている時間が長かったので、特に意識もしていなかっただけである。あと彼女はそこまで思い至れるほど恋愛の知識などない。
「ノア」
「は、はい……」
「わたしのこと、好き……?」
「………………………………す、すき……です……」
「なんで躊躇うの」
「は、恥ずかしいからですよ!?でも好きなのは本当です!!」
「…………そう」
「………え、それだけですか?」
「うん」
「「えぇ……」」
レフィーヤもノアも混乱するばかりである。
これがもしもう少し恋愛の機微に聡い人間がここに居れば何かしら分かったかもしれないが、非常に残念なことに。ここに居るのは恋愛経験ゼロのお子ちゃまばかり。
アイズの奇行にノアもレフィーヤも困惑し、アイズは額の皺を和らげてレフィーヤの反対側に椅子を持って来て、そこに座る。そちら側のノアの手に自分の手を重ねて、相変わらず左の頬だけを少しだけ膨らませて。
「あ、あの……心配をおかけしてしまって」
「ううん、偶に見に来てただけだから」
「あ、ありがとうございます」
「……偶にじゃない、毎日見に来てた。……最近は」
「!そ、そうだったんですね」
「うん、話してた」
「ご、ごめんなさい。返事出来なくて……」
「手も握ってた」
「そ、そうなんですか!?」
「嬉しい?」
「す、すごく嬉しいです!!」
「そう……」
「……………」
ここまで来ると、なんとなくレフィーヤも空気が読めて来る。
なんというか、こうやって質問をして、自分はこんなことをやっていたんだぞと言って、その想定していた通りの返答に満足しているというか。最初の頃は毎日来ていなかったことを思い出して、でもそれを少し後ろめたく思っていて、小声で付け足すところとか。正直すごく子供っぽい。
これは恋とかではないんだろうなぁと思いつつも、しかしアイズはアイズで彼に対して何らかの執着を持っているということか。つまりはアイズはこうして隣で手を握って仲良くしていた自分を見て、彼を取られてしまったのではないかと思ったのかもしれない。勿論それも恋愛的なところまでは至っておらず、自分の物を誰かに取られた子供のように。
(これ、どうなんだろう……)
アイズの彼に対しての執着が生まれたのを喜ぶべきなのか、それとも何だか変な方向に向かっていることを心配すべきなのか。しかしどちらにしてもレフィーヤのすることは変わらない。この空間に取り敢えず自分は不要だ。
「えっと、それでは後はアイズさんにお任せしますね。ノアさんが何処かに行ってしまわないように、しっかりと見張っておいて下さいね」
「うん、任せて」
「………レフィーヤさん」
「はい?」
「その、ありがとうございました。レフィーヤさんのおかげで私、なんとか頑張れそうです」
「!……いえ、また何かあれば相談くらい乗りますから。無茶だけはしないでくださいね」
彼の手をゆっくりと離し、レフィーヤはニコリと笑いかける。
……本当に、運の悪い人だなぁと思ってしまう。恋をした相手がアイズさんでさえなければ、きっとその想いはそれほどの苦労もなく叶っていただろうに。けれど、そういうことが上手くいかないからこその恋愛とでもいうべきなのか。ままならないものだ。
「……他の人に変えたりとか、考えたりしないのかな」
部屋を出て廊下を歩きながら、考える。そんなことを容易く言えるのは、自分が単に恋愛をしたことがないからなのか。けれどやっぱり、1人の女性のためにこんな滅茶苦茶な無茶をして。レフィーヤには理解の及ばない気持ちであるし、そこまで思われているアイズのことが素直に羨ましくも思ってしまった。