【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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17.妖精の○○

「な、なな、なんで私がそんな役を!?」

 

突然部屋に呼び出されたレフィーヤ。

しかしそれとすれ違いになるように、ノアはアスフィによって連れて行かれてしまう。ノアはこんなことに巻き込んでしまって申し訳ないと一度謝罪をすることは出来たが、しかしそれだけだった。そうするように、リヴェリア達は仕向けていた。……なぜならここからの話は、ノアに対しては聞かせられない。

 

「何故と言われてもな、正直に言えばお前以外に適任者が居ない」

 

「私それアイズさんに嫌われませんか!?この前だってすごく怒ってたのに!!」

 

「だからこそでしょ。アイズに怒らせないと意味がないの、他の人が今更ノアに言い寄っても怪しまれるだけでしょう?」

 

「言い寄るって!」

 

「それにお前はノアのことを憎からず思っているようだからな、だからこそアイズも強く危機感を抱くことだろう」

 

「なっ、なっなっ……!!」

 

「なんだったかしら?確か……『私も、ノアさんのこと……応援、してますから!』」

 

「うぐっ」

 

「『だから、私、ノアさんのその努力が報われて欲しいなぁって』」

 

「うぐぐっ」

 

「あの時のレフィーヤ、本当にかっこよかったなぁ」

 

「うぐぐぐぐっ」

 

どんどん逃げ道を塞がれていく。

というか普通に考えてこの2人から口で勝とうだなんて無理がある、少なくともレフィーヤでは絶対に無理だ。それにアキの言う通り、レフィーヤもあんな風に大口を叩いてしまった手前、このまま何もせずに見ているだけという訳にはいかないだろう。レフィーヤだって事情を知ってしまって、もうこの問題には盛大に顔を突っ込んでしまっているのだ。無関係ではいられない。

 

「……それにな、レフィーヤちゃん。この作戦にはもう一つ、重要な意味があるんだ」

 

「ヘルメス様……?」

 

それまで口を瞑って3人のやりとりを見ていたヘルメスが、息を大きく吐きながら指を一本立ててレフィーヤに話す。

ここからが重要なのだ。

むしろここからが本題なのだ。

 

「この作戦には裏がある」

 

「裏、ですか……?」

 

「ノアが本当に剣姫に振られてしまった時のための対策だ」

 

「……!!」

 

レフィーヤの背筋が伸びる。

 

「知っての通り、ノアの精神はもう限界だ。最近は以前にも増して弱って来ている。魂の状態に心が引き寄せられているんだろう。……単純な話、もし剣姫に拒絶される様なことがあれば、唯一の支えを失ったノアは本当に破滅する」

 

「そ、そんな……」

 

「だからこそ、ここで1つ保険を掛けておきたい訳だ。……剣姫にノアが居ると思わせると同時に、ノアにも他の誰かが居ると思わせる」

 

「他の、誰か……?」

 

「ああ、ここは敢えて悪い言い方をしよう。レフィーヤ・ウィリディス、俺は君にノアの保険になって貰いたい」

 

「!!」

 

それがこの話の、そしてこの作戦の肝であった。

 

 

 

「……つまり、私はノアさんを密かに狙っている役を演じながら、けれど実際にノアさんに寄り添って、少しずつ、自然と……その、そういう関係になっていくことを目指す……ということですか?」

 

「ああ、そうだ。仮に剣姫に拒絶されたとしても、他に支えてくれる人間が居ると知れば、ノアは耐えることが出来るかもしれない。……そこでしっかりと支えてやれば、なんとか持ち堪えることが出来るかもしれない」

 

「もちろん、無事に成就するのが一番であることに間違いはない。だが……」

 

「……そこで、アイズさんの運命の相手っていうお話ですか?」

 

「そうだ。前にそれとなく、アイズにそういう相手が居るかもしれないという話はしたな。そして、もし仮にそれほどに強い運命であるのなら、そもそもアイズがどう頑張ってもノアに対して恋心を抱くことは出来ないのかもしれない。……神ヘルメスにその可能性を示唆されて、私も妙に腑に落ちてしまったところがある。そしてこれがもし、本当にそうだった場合」

 

「ノアの恋は元よりどうやったって勝ち目のない勝負だった、ということになるのさ」

 

「そんな……」

 

アイズがあれほど努力していても、2人の関係は縮まらないし、アイズ自身も未だにノアに対して特別な感情を抱けないでいる。それがもし本人の問題ではなく、所謂運命的な問題であるとするのなら。

……そんな最悪な可能性がもし本当にあるのなら。それはもう何より救いがなくて、何よりノアに深い絶望を抱かせる事実であるだろう。こんなことを可能性すらも彼に伝えることは絶対に出来ないが、しかしその可能性を前提として動くことくらいは可能だ。少なくとも、周りに居る自分達くらいは、その可能性を考慮して、保険くらいは作っておくことが出来る。

 

「あの、どうして私なんですか……?それこそ他に適任が居ないというのは、まあ、なんとなくは分かるんですけど」

 

「……これも正直に言ってしまうが、本当なら別に誰でも良いんだ。別に君が引き受けてくれないのなら、俺や九魔姫が他に良さそうな人物を見つけて来る。もちろん今からそんな人物を探すのは相当大変な作業になるが、見つからないなら別の方法で保険を考える。……それでもやはり、誰かを側に付けるという方法が一番なのは変わらないだろうが」

 

「そうなると我々も、出来る限り信頼出来る相手に任せたい。その点、お前は私に直接ノアの事情を聞きに来るほど熱心だった。……あいつのことを憎からず想っているということも、さっきの反応を見るに、私達の気のせいではないのだろう」

 

「それは……でも……」

 

簡単に頷けることではない。

簡単に飲み込める話でもない。

だってこんなの、絶対におかしい。絶対におかしな話だ。こんなこと、こんな風に始まる恋愛なんて聞いたことがない。それにこれは……

 

「レフィーヤ。分かってると思うけど、これは本当にノアのために自分の人生を賭けて欲しいって言ってるのと同じこと。……さっきはああして囃し立てたけど、正直、断るのは当然の話だと思う。実際、私は断ったわ」

 

「アキさんも……」

 

「それに結局、どちらにしても喜べない立場になる。ノアが拒絶されないと目的は果たせないし、ノアが受け入れられたら抱えた気持ちを持て余してしまう。……そうでなくとも、支えになれずにノアがそのまま壊れてしまう可能性だってある」

 

「…………」

 

「どちらにしても、笑顔のままで居られる立場じゃない」

 

決して良い役ではない。

むしろハズレ役とも言える様な役割だ。

アイズに嫌われる可能性、自分の無力を実感させられる可能性、生まれた想いを持て余してしまう可能性……その全てを乗り越えたとしても、手に入るのはアイズに拒絶されて壊れかけているノアだけだ。むしろ、それすらも手に入らないかもしれない。

 

……あまりにも得る物が無さ過ぎる。

 

アキの言う通り、本当にノアのために自分の人生を賭けられるような人間でなければ、こんなことを引き受けることはないだろう。

確かにレフィーヤはノアのことを憎からず想っている。けれどそれは別に恋心ではない。まだ恋心にまではなっていない。今のままであればノアとアイズの関係を心から祝福出来る、この一歩を踏み出さなければまだ自分は単なる"事情を知る人間"の1人で居られる。

そもそも、ノアのために自分の人生を賭けられるかと言われたら、レフィーヤは申し訳なくとも『無理だ』と言うしかない。彼のために自分の全てを費やすなんてことは、レフィーヤには絶対に出来ない。

 

 

 

 

「………やります」

 

 

 

「「「!!」」」

 

 

だがレフィーヤは、そう言っていた。

 

 

「レフィーヤ、本当にいいのか?何度も言うようだが、これは……」

 

「………私は、エルフですから」

 

「?」

 

「私はこれから先、何十年も、もしかしたら何百年も生きるかもしれません。そんな私にとっては、これは、ほんの少しの時間の話に過ぎません」

 

「レフィーヤ……」

 

「でも、ノアさんは違います。あの人は本当に今を懸命に生きていて、きっと……そんなに先も、長くない。それは私だって、見ていれば分かります」

 

「…………」

 

「……別に報われなくても良いんです。ただ、私のこの長い長い人生の中の、ほんの少しの時間を費やすだけで、あんなにも頑張っている人を助けることが出来るかもしれない。私が少し辛い想いをするだけで、あの人の人生を、何の意味も無いものにせずに済むかもしれない。……それって、素晴らしいことじゃないですか」

 

それは長い時を生きるエルフの中でも、未だ15歳という若さの彼女だからこその言葉だった。そして、必死になって努力をし続ける彼の姿に心打たれて、だからこそ、その努力が誰よりも報われて欲しいと、そう願ったからこそ選んだ選択でもあった。

 

「確かに、アイズさんに嫌われるのは怖いです。でも今はそれより、ノアさんみたいな人が報われない様な世界で生きる方が、よっぽど怖い……あんなにも努力した人が絶望しながら消えていくところを見る方が、私はずっとずっと怖いんです」

 

彼のために人生を賭けることは出来ない。

だがエルフの長い人生の一瞬を賭けることくらいなら、レフィーヤにはすることが出来た。

 

苦しい思いをするだろう。

悲しい思いをするだろう。

もしかしたら酷く後悔してしまうこともあるかもしれない。

だが、それだけなのだ。

もしかしたらアイズの運命の相手は決まっているかもしれないが、ノアの未来が決まっている訳ではない。だからきっとこの選択をした自分は、今のノアの現状よりも、よっぽどマシなところに居るはず。

 

「そうか………ありがとう。レフィーヤ・ウィリディス、俺は君の献身に心からの敬意を示そう」

 

「いえ、その……私が自分で決めたことなので」

 

「ふふ、やっぱりレフィーヤはカッコいいわね。……私は情けないけど、そこまで腹は括れなかったから」

 

「そ、そんなことは……」

 

「いや、アキの言う通りだ。もしお前が断ったのなら私がその役割を担おうかとも考えていたのだが、やはりお前の方が適任だろう。……私は流石に歳が離れ過ぎているからな」

 

「そ、そうだったんですか!?」

 

「頼んだぞレフィーヤ、それに私達も全力でお前の手伝いをする」

 

「ちゃんと私達も責任を持って負担は受け持つから。だからレフィーヤも、続けられそうになくなったら早めに言うこと。不信感を抱かせちゃったら意味がないから」

 

「は、はい……!」

 

「ああ、俺も精々頭を捻らさせて貰うよ。……元々は俺達神の不始末でもあるからな」

 

様々な思惑が交錯していく。

ノアの知らぬところでも、多くの変化が起き始めている。

ただ1人の団員として大人しく慎ましげに過ごしていた以前の時とは異なり、この変化はあまりにも大きい。それが未来にどう繋がっていくのか、どのような変革を齎していくのか。

 

舞台は歪に変化した。

 

 

 

 

 

私がロキ・ファミリアに入って少し経った頃に、彼はここにやって来た。

その時の彼はまだレベル1で、それはこのファミリアにおいては唯一の存在だった。見た目は本当に小さな女の子という感じで、どうしてこんな子が探索系最大派閥のロキ・ファミリアに入ることが出来たのかと、その時は素直に不思議に思ったものだった。

"あの子の熱意に負けた"とロキは言っていたけれど、実際にその熱意を知ることになったのは入団して半年ほどが経った頃のことだったか。

彼はそこでレベル2となり、それでもまだと努力を重ね、そこから更に2年近くをかけてレベル3になった。それこそ魔法という強い武器のあった自分と同じか、それ以上の速度で成長を重ね、アキさんから教えを受けていたこともあって、いつの間にか2軍メンバーの仲間入りを果たしていた。素直にすごいと思った。そしてそんな彼が自分より1つ年下なだけだと知った時は、それ以上に驚いた。

……基本的にロキ・ファミリア内での自分の立場は後輩で、色々なことを教えて貰う側。そして世話を焼かれる側。レベル自体はあってもダンジョンに関する知識はまだまだで、経験なんてありもしない。そもそも戦闘自体がそこまで得意ではなく、色々な失敗をしては怒られたりもしたものだ。

けれど彼はそんな自分にとって唯一年上として慕ってくれる人で、なんとなくそれが嬉しくて、私もお姉さんぶって彼の世話を焼こうとした。だが勿論その殆どが空回って、失敗して、リヴェリア様から怒られているところを逆に彼にフォローされてしまったりもしたのだから、今思い出しても本当に情けない。

……それでも、そんな情けない私を見ても決して見下したりせず。普段通り変わらず接してくれる彼に、一体何度救われたことか。

 

だから私は本当に彼のことが大好きだった。

弟とか、妹とか、仮にも男の人にあれほど気安く接触していたのは、親を含めても彼くらいだと思う。それくらいには気に入っていた。

 

彼はアイズさんのことが好きだと言っていた。

アイズさんに追い付くために努力をしているのだと言っていた。

それを聞いた最初の頃は『可愛いなぁ』と思っていたけれど、次第にそれが本気のものだと分かってしまった。彼は本気でアイズさんに並ぶために努力をしていたし、そのためには一切の妥協をしていなかった。

彼は別にそれほど才能に恵まれた冒険者という訳でもなく、むしろその身長と体格故に向いていないと言ってしまってもいい。特に便利な魔法も持っていなかったし、剣の才能だって無い。団長ほどに優れた頭脳も持っていないし、大抵のことが平凡かそれ以下の出来。

……それでも彼はそれに腐ることなく、勉強も鍛錬も、容姿でさえも、凡人の出来る100%の努力を続けていた。ロキが言っていた『熱意に負けた』という意味が分かった。自分の弱さと欠点に向かい合い、それを補うために懸命に毎日を生きていた。

自分の女性染みた容姿や低い身長に、何より強い劣等感を抱いていることも知った。だからそれからは『可愛い』だとか『小さい』という言葉は言わないようにした。その容姿のせいで自分の言葉が本気で見て貰えないことに、彼は本気で悔しがっていたから。自分の言葉を改めた。

 

……だからこそ、私はベル・クラネルが嫌いだ。

 

嫉妬もある。

 

反発もある。

 

でも何より、ベル・クラネルがその名をオラリオに広めていくに連れて、ノアが自分の努力を疑うようになってしまったから。

 

いつの間にかアイズさんと仲良くなり、ミノタウロスとの戦闘で団長達にも認められて、ほんの数ヶ月で2つも3つもレベルを上げていく。

……それを実現するために、ノアがそれまでどれだけの努力を積み重ねて来たことか。それを見て来たからこそ、「ふざけるな」と言ってしまった。

 

ベル・クラネルが活躍する度に、アイズさんと仲を深めていく度に、ノアは顔色を悪くしていく。他の人が居る前では普段通りに振る舞っていても、自分の部屋やダンジョンの中では焦燥感に追い詰められていく。

「どうすれば巻き返せるのか」「努力の仕方が間違っていたのか」「早くしないと追い付かれてしまう」……そんなことを、部屋の中に居る彼が呟いていたのを耳にしたことがある。

 

誰がどう考えたって、おかしいのはベル・クラネルだ。彼は悪くない。けれどアイズさんの興味が向いていくのは、ベル・クラネルの方。

たった3ヶ月でノアの3年分の成果を出して、結果と名声を積み重ねていく。

 

にも関わらず、相変わらずアイズさんはノアの気持ちには気付かない。闇派閥の件もあって、誰もノアのことを気にしていられる余裕もない。私も出来る限り彼の話を聞いていたりもしたけれど、彼の状況は悪くなる一方だった。

 

……そんな折に、アレは起きたのだ。

 

 

 

彼が死んだ。

 

 

クノッソスと呼ばれる人工迷宮の中で、敵幹部であるヴァレッタ・グレーデによって惨殺された。

分断された各部隊の中で、最も負傷者が多かった部隊と歩を共にしていた彼は、生き残った2人を守るために死を覚悟して一騎討ちを仕掛けたのだという。

 

……酷い有様だった。

人としての原型を、殆ど保っていなかった。

誰より酷い死に方だった。

誰より苦しんだ死に方だった。

 

恨んで、憎んで、吐いて、泣いた。

 

取り乱した。

 

我を失った。

 

誰も彼もに酷いことを言った。

 

そして長く引き篭もった。

 

……今手元に残っているのは、彼がいつも鞄に付けていた小さな飾りだけだ。黄色の大輪の飾り物。彼が以前の主神である女神様に貰ったと言っていたそれを、私は荷物を整理していたアキさんから手渡された。

私はそれを肌身離さずに持っている。

何より大切に背負っている。

それこそ、一生を懸けて共に歩いていくつもりだ。

 

……そうだ。

この世界は酷いくらいに不平等なんだ。

彼の努力は彼にだけは報いてくれなかった。

彼の願いは何一つとして叶わなかった。

あれほど直向きで努力家だった彼は、誰より苦しんでその命を終えた。

 

……こんなことになるくらいなら、アイズさんへの恋なんて応援しなければ良かったのだ。そんなことをするくらいなら、無理矢理にでも彼のことを奪ってしまえば良かったのだ。無理矢理にでも彼のことを、連れて行ってしまえば良かったのだ。

 

憎い、全てが憎い。

彼を追い詰めたベル・クラネルも、彼の気持ちに気付かなかったアイズさんも、オロオロとしてばかりで最後までただ傍観していただけだった自分も。彼があんな死に方をしても何事もなかったかのように振る舞う人も街も世界も何もかも。

このまま彼を忘れようとしているみたいで、許せない。

 

……もし次があるなら、きっと上手くやる。

もし次をくれるのなら、絶対に彼を奪ってみせる。

アイズさんにも、他の誰にも渡したりしない。

彼の人生を幸福にしてみせる。

彼の努力を意味あるものにしてみせる。

 

 

……だから。

 

 

だから、どの神様でもいいから。

 

 

 

私にもう一度だけ、機会をください。


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