【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「前衛!!密集陣形を崩すな!後衛組は攻撃を続行!!ティオナ!ティオネ!左翼支援に急げ!!」
凄まじい闘争の中、鋭くフィンの指示が飛ぶ。
49階層、大量のフォモールが押し寄せる大荒野。50階層の休息地帯へ向かうには、このフォモール達を攻略していかなければならない。
「うわぁあ!?!?」
「え、詠唱はまだなのかぁ!?」
……とは言え、基本的には大魔法頼りである。
これほどの力を持った大量のモンスター、一体一体をまともに倒していたらキリがない。いつかは必ず押し潰される。故にロキ・ファミリアが使う戦法は、いつものようにリヴェリアによる最大火力の殲滅だ。
詠唱が終わるまでなんとか攻撃を凌ぎ続け、詠唱完了と同時に前衛は撤退し、ぶっ放す。単純明快、ただそれだけ。
(だが……不味いな、詠唱が少し遅れているか)
フォモールはレベル3程度の冒険者では敵わない。ただの一振りで大楯を持った前衛であっても吹き飛ばされる。つまりは単純に、戦闘が長引けば長引くほどに犠牲が出る可能性が高くなる。レベル5であるアイズ達も懸命に戦っているが、それでも全員を守り切るなど到底出来ることではない。
ヒリュテ姉妹に命じた左翼側、既にあちら側から前衛が崩れ始めている。このままでは近接戦闘では全く勝ち目がない後衛の方までフォモールが雪崩れ込んでしまい、陣形も崩壊してしまうが……
(まあ、だが、今回はそれほど気にするところでもないか……)
フィンは恐らくティオナとティオネが間に合わないだろうことも加味しながらも、そちらから目を離す。2人を向かわせはしたが、それは単なる保険に過ぎない。
なぜならこちらには、新たに加わった後衛の"守護神"が居るのだから。
「きゃあっ!?」
「おっと」
「っ………ノ、ノアさん……!」
「大丈夫ですか?レフィーヤさん」
レフィーヤに襲い掛かったフォモールの棍棒による一撃を、ノアは自身の"腕"で受け止める。
ゴンッと鳴り響く打撃音。しかしノアは直ぐ様に受け止めた棍棒を蹴り飛ばすと、一瞬でフォモールに近付き、その頭部を蹴り飛ばした。
……剣も抜いていない、抜く必要もない。
何故なら彼にとって剣とは武器であり、決して防具ではないからだ。剣の才能のない彼にとっては、なんなら素手戦闘の方がよっぽど強い。彼が剣を抜くのは、単純に攻撃力が足りない時だけだ。彼は基本的に自分の肉体以外の耐久力というものを、それほど信用してはいない。故に自分の肉体より、剣の耐久力を心配する。その剣自体も、今やそれほど脆い物は使っていないというのに。その癖だけは、今でもまだ抜けていない。
「だ、大丈夫ですかノアさん!?そ、そんな私のために……う、腕で攻撃を受け止めるだなんて!!」
「?……あ、なるほど。ふふ、大丈夫ですよ?私こんな見た目をしてますけど、ステイタス的にはガレスさんの下位互換ですので」
「え……」
「いつも最初にD評価に到達していたのは耐久でしたから。それに……」
ゴンッ!!と、再びフォモールの一撃をノアは腕で受け止める。
レフィーヤの髪を揺らすような衝撃、しかしノアはその一撃を絶対にレフィーヤの元へは届かせない。
「……正直、そこまで痛くはないので」
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ノア・ユニセラフ 14歳 男
Lv.6
力 : H101
耐久:H145
器用:I34
敏捷:I58
魔力:I21
拳打G、魔防F、耐異常 F、防護 H
《魔法》
【ダメージ・バースト】
・付与魔法
・爆破属性
・『耐久』のアビリティ値の効果影響。
・詠唱式『開け(デストラクト)』
《スキル》
【情景一途(リアリス・フレーゼ)】
死亡しない。懸想が続く限り効果持続。懸想の丈により回復速度向上。
【絶対不諦(ノー・ライト)】
逆境時における判断力低下、全能力の高強化。
【再起堅壁(レイ・ゼラフ)】
耐久のアビリティに高補正。治療後、発展アビリティ『防護』の強化。
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振り向き様にフォモールの顔面を殴り飛ばす。
あれほど前衛達が苦戦していたフォモールの頭が、玩具のように飛んでいく。その様子に一瞬動きを止めてしまう他のフォモール達。集団の中に、明らかに格が違う相手を見つけたからだろう。
ノアは転んでしまったレフィーヤに手を差し伸べ立たせてあげると、自分の指で顔の汚れを拭ってやり、一度ニコリと笑ってからその背中を向けた。
「さて、私はこのままちょっと前線を押し上げて来ます。支援をお願いできますか?レフィーヤさん」
「……!は、はい!任せてください!!」
「ふふ、流石ですね。頼りになります」
そんな2人の様子を見て、フィンは小さく微笑んだ。
……本当に。
いや、本当に。
本当にあの2人がくっ付いてくれた方がフィンとしても物凄く助かるというのに。どうしてそうなってはくれないのか。頼むから何か間違ってそうなってくれないものかと、フィンは心からそう思ってしまう。
というか、ガレスの下位互換とは言うものの。
割と単純な耐久力だけで言えば、新たなスキルが発現した時点で、ノアの耐久力はほぼガレスである。というかガレスのステイタスが攻撃力にも存分に振られている反面、ノアは普通に防御特化。再生力も含めて考えれば、今の時点で防御性能はノアの方が高い。
本人の好みで防具はそれほど付けてはいないが、フィンとしてはガレスがもう1人後ろに控えているようなものである。あまりにも心強いのだ。
……それと。
「むぅぅぅ………」
アイズがあまり前に出ようとしないこともまた、フィンにとっては喜ばしい状況に違いなかった。その辺りの恋愛事情については、彼はリヴェリアに全部投げるけれども。
その後、一向は無事にフォモールの群れを退け、49階層を突破することが出来た。
リヴェリアの詠唱は遅れたものの、ノアの存在やレフィーヤの活躍もあって、それほど大きな被害が出ることはなく、問題なく休息地帯に辿り着いた。
「……なんだか、あまり綺麗な風景ではないですね」
「うん……今は暗くて見えないけど、明るくなると綺麗だよ」
「ふふ。なんというか、もう少し良い雰囲気だと良かったんですけど。せっかくこうしてアイズさんと話せるのに」
「……うん、そうだね」
団員達がテントを張ったり食事の用意をしたりと忙しくしている一方で、ノアとアイズは少し離れた場所でこの階層全体を見渡す。
基本的に雑用は2軍以下の団員達が担当することになってはいるが、別にアイズ達とてその手伝いはしてもいい。ただ余計なことをするなと言われてしまったのだから、仕方がないというもの。そしてそんなアイズ係として、ノアも側に付けられてしまったのだから、これもまた仕方がない。
まあもちろん、そこにリヴェリアやアキによる思惑はある。
故にノアはただ2人に感謝をしていた。
「……アイズさんは、私のことをどう思いますか?」
「!……どうしたの?いきなり」
「いえ。いつもアイズさんは私に聞きますけど、私が聞いてもアイズさんは答えてくれませんから。今なら答えて貰えないかなぁって、そう思っただけです」
「……そっか。そうだよね」
まあ、多分自分の望んだ答えは返ってこないだろうけれど。
そう分かっていながらも、しかし何をどうすれば彼女の心を動かすことが出来るのか。今日まで必死に必死に考えても分からなかったノアには、とにかく言葉を交わすしか手段がない。
アイズは考える。
以前のように『分からない』と答えるのか、それとも『好きだよ』と答えるのか。別にアイズとてこの数週間をただ無意に過ごしていた訳ではない。何も考えずに今日まで過ごして来た訳ではない。……ただ。
「……側に居て欲しい」
「!!」
「でも、多分……それだけ」
「………」
「ずっと側に居てくれるって、助けてくれるって、そう言ってくれたのが嬉しかった。……ノアが私の英雄なんだって、そう思った」
「……アイズさんが、それを望むのなら。私は」
「でも、私はノアに何も返せない」
「っ」
「ノアの気持ちに、応えられない……ノアは好きって言ってくれるのに、私にはそれが分からない……」
「アイズさん……」
「……同じ感情を、持てない」
アイズとて苦悩はしていた。
リヴェリアに言われなくとも、誰に言われなくとも。彼に側に居て欲しいのであれば、同じように自分も彼に愛を返さなければならないと。それは分かっていた。
だって物語に出てきた彼等はそうしていたし、そうしていたからこそ幸福を得ていたから。……愛が無ければ側に居ても幸福になれないと気付いてからは、アイズだって必死になってはいたのだ。
「なんでだろう……」
せっかく自分の英雄になってくれる人が見つかって、その人はこんな自分を愛してくれた。だから後は自分が彼を愛するだけで良いというのに、何故かそれが出来ないのだ。
……最後の最後に、自分に問題があった。
それが認められなくて、どうにかしようと思って、努力した。それでもやっぱり、駄目だった。そんな自分に、失望した。
「……ノア、少しいい?」
「はい?どうかし……」
「ん」
「っ!?」
突然、アイズがノアに向けて寄り掛かる。
別に腕を組むとか抱き付くとか、そういうことはないけれど。
ただ寄り掛かり、身体を預ける。
ノアはそれに驚いたが、かけられた体重を一身に受けて、色々な感情を頭の中で回らせながらも、その嬉しさに唇を噛む。夢にまで見た場所に居る今の自分に。込み上げる感情をなんとか抑えながらも、少しの涙が目から溢れる。
「……好きって、どんな気持ち?」
「……幸せです」
「こうやってる、だけなのに?」
「はい……泣いてしまいそうになるくらい、幸せです」
「……そうなんだ」
だから物語の人達はあんなにも幸せそうなんだなと。アイズはそれでも分からない感情を羨ましく思いながらも、体重を預けたままに階層の空を見る。
……どうして、上手くいかないのだろう。
自分がノアを愛しさえすれば、それで全てが上手くいくのに。それで自分は幸せになれるのに。それで全部が上手くいくのに。
こんな風に、ノアを悲しませないでも済むのに。
「ごめんね、ノア……」
やっぱり自分では駄目なんだと。
自分は駄目なんだと。
自分の前に英雄は現れなかったと、ずっと思い込んでいたけれど。たとえ英雄が現れたとしても、自分はこうして、その人を愛することが出来ない。だから今日までも、これからも、自分は1人で戦い続けるしかないのかもしれない。
こんな風に彼に身体を預けながらも、その温かさに安堵感を得ながらも、それでも本で読んだような気持ちにはなれない自分を自覚して、絶望した。彼を愛することが出来たのなら、こうしている時間も、もっともっと楽しいものであったに違いないのに。
自分にはもしかしたら、幸せになる権利などないのではないかと。そんな風にも、考えてしまう。
「……諦めないで、欲しいです。アイズさん」
「え?」
震える彼の声が聞こえて来る。
何かを啜るような音と共に、彼の縋るような声が聞こえて来る。
「私を、好きになること……諦めないで、欲しいです」
「でも……」
「もう少しだけ、頑張ってくれませんか?アイズさんにとっては、辛くて、苦しいことを、強制してしまっているかもしれませんが……それでも、もう少しだけ。もう少しだけ、私に、希望をくれませんか……?」
ノアは懇願する。
みっともない姿だと分かっていても、泣きながらでも縋り付く。
……まだ、まだ結論を出すには早い。
だって、だってまだ、そんなに多くのことを話せていない。まだ全然いっしょの時間を過ごせていない。まだ模索していない可能性もある筈だ。その結論は、その結論は絶対に、今出す必要のあるものではない。
「きっと……きっと私、アイズさんを惚れさせてみせますから」
「ノア……」
「……もし、もしアイズさんが諦めてしまっても。私は絶対に諦めませんから。いつかきっとアイズさんに振り向いて貰えるように、私は努力し続けますから」
それは別に、今までと何も変わらない。前の時とも何も変わらない。違うのは前の時よりもレベルを上げる努力を減らして、よりアイズに振り向いて貰える努力を増やせるということ。
だからノアは絶対に諦めない。前の時よりも可能性はあるはずだから、諦める理由なんて何処にもない。たとえベル・クラネルとアイズが出会ってしまっても、以前と同じように過程が進んでしまっても。それでもだ。最後の最後まで、決定的なその瞬間が訪れるまで、ノアは絶対に諦めない。諦められない。
「……辛いんだよ?また、泣いちゃうよ?」
「構いません」
「私より、レフィーヤの方がいいよ。私なんかより、幸せにしてくれると思う」
「……好きでいたら、駄目ですか?」
「……そんなこと、ないけど」
そんなことはないけれど、ないけれど。
何より、誰より、自分よりもよっぽど辛い思いをする筈のノアが、こうして願って来る理由が、やっぱりアイズには分からない。分からないからこそ、分かり合えない。
「簡単には、止められないんですよ……そんなに簡単に止めることが出来たら。私はこんなにも、努力はしなかった」
「…………」
アイズには、分からないけれど。
分からないだろうけれど。
でもノアは、ただそれだけのためにもう6年以上も只管に努力をして来たから。
「これが、私なんです」
「私の願いは、それだけなんです……」
「だからどうか……好きになる努力を、やめてしまっても。好きでいることだけは、許してください」
ノアとの会話は、それきりで。
途絶えた。