【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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21.○○の時間

 

「……アイズさんとレフィーヤさん、大丈夫でしょうか」

 

「ふむ、まあ出発する時の2人は特段問題はなかった。心配は不要だろう」

 

「……普段と何も変わらないっていうのも、それはそれで少しショックですね」

 

「あ、ああ。まあ、なんだ……お前も少し立ち直れたようで私は安心した」

 

「レフィーヤさんが慰めてくれたので。昨日のまま引き摺ってたら、それは夜遅くまで付き合ってくれたレフィーヤさんに失礼ですから」

 

「……そうか」

 

主戦力が51階層に向かっている間、ノアとリヴェリアは拠点にて防衛のため待機していた。他にもアキを含めた二軍メンバーも待機しているが、彼等は彼等でこの後に控えている59階層への攻略に向けた準備をしている。

ノアの仕事はない。

良くも悪くも、皆が彼に仕事を回さないようにしてしまっているから。

 

「なんとなく、アイズさんの気持ちが分かった気がします」

 

「?」

 

「レフィーヤさんが、私のことを本当に心配してくれて。すごく嬉しくて。……でも、私なんかのためにどうしてあそこまで言ってくれるのか、分からなくて」

 

「ふむ………」

 

「多分、アイズさんもそうだったんだと思います。だからその理由を、知りたかったんでしょう」

 

嬉しかった。心の底から。

でも、どうしてあんなにも自分に寄り添ってくれるのか分からなくて、困惑もした。つまりは素直に受け取ることが出来なかった。本当にその優しさを受け取ってもいいのか、戸惑った。

だからきっとアイズも、同じ気持ちだったのだろう。その言葉は嬉しかったけど、どうしてそこまで言ってくれるのか分からなくて……困らせてしまった。

 

「……私が思うに、本来そう言った理由を優先して聞く必要はない。どのような理由があろうと、好ましいという感情に変わりはないからな。故に必要なのは、その感情に最初にどう向き合うかだ」

 

「どう、向き合うか……?」

 

「そういう意味では、アイズはようやく自分に向き合えたと言える。…‥お前の気持ちは嬉しいのに、自分の心がついて行かないと。そうして一先ず、今の時点での結論を出すことが出来た」

 

「………」

 

「自分が今どう思っているか。それを認識することが始まりなんだ。……理由なんて物は、その後に積み重ねて、次の結論に繋げるためにある」

 

ノアはその言葉を反復する。

……だとしたら、確かに自分は間違えていたのかもしれない。中途半端にしておかずに、仮にその時に振られたとしても、最初に彼女の想いを聞いておくべきだったのかと。怖がって聞かずに、先延ばしにしていたから、彼女は自分の結論に向き合えず、ノアについて、そして恋愛について知ろうとした。結論の上に積み重ねることが出来なかった。

 

……だってこれは本来、もっと簡単な話だったのだから。

いきなり現れた人物に好意を伝えられた。嬉しかったけど、流石に出会ったばかりで好意までは湧いていない。だから貴方のことを教えてください、どうして好きになったのかを教えてください。そうして時間を積み重ねて、また次の結論を出させてください。

たったこれだけ。

 

それを変に捻くり回して、余計な要素を入れて、互いに考え過ぎた。英雄なんて話は要らなかった。魂が砕けるほどの無茶なんて要らなかった。焦るような状況を作るべきではなかった。……もっと、もっと普通の、単純な好意を、単純な状況で伝えていれば。

ノアはそう考える、反省する。

 

……とは言え、仮にそうだとしても。

英雄になってくれないような人間を相手に、今日までのアイズが今ほど興味を持ってくれるかどうかは絶望的、と言う現実だって当然にある。そのノアの反省が合っているのか間違っているのかは、彼がそれを口に出さなければ誰にも判断することは出来ないし、口に出さない限りは誰も間違いに気づくことも出来ない。

 

「むしろ私は安心しているくらいだ。アイズがお前を引き止めるためだけに、未だ感情が出来てもいないにも関わらず、お前を受け入れてしまわないか。それが心配だった。……そんなものは、お前も嬉しいところではないだろう?」

 

「……はい、その通りですね」

 

「ノア、まだ終わってなどいない。むしろ、ここからが始まりだ。お前達はようやく一歩を踏み出せたんだ」

 

「まだ……間に合いますか……?」

 

「間に合わなかったら、諦められるのか?」

 

「……無理です」

 

「なら、間に合わせるしかないだろう。……なに、大丈夫だ。お前はこれまで努力を重ねて来た。それはいつか必ず、お前を救ってくれる」

 

「……ありがとうございます、リヴェリアさん」

 

リヴェリアとて、今こうして偉そうに話した内容の全てに筋が通っていると思っている訳ではない。これは単にノアを励ますために作った説得であり、実際のところ状況はかなり悪いだろう。

アイズが既にノアとの関係を一度諦めかけてしまったことや、自分よりレフィーヤと居た方が幸せになれると言葉にしてしまったこと。きっと彼女はこれから何かに付けて、他の女性と自分を比較するようになってしまう。そしてノアを好きになれないことを気にして、自分は元より幸せになどなれないのではないかと思ってしまうかもしれない。

一方でノアもまた、傷跡は深い。レフィーヤがなんとか立ち直らせてくれたとは言え、アイズがノアを好きになるために本気で努力していて、それが実らないことをアイズ自身も気にしていたことを知ってしまった。アイズが何も考えていなかったのならまだしも、彼女は必死だったのだ。前者と後者とでは、まるで意味が違う。ノアの心の中にも、本当は何をしても自分と彼女は結ばれないのではないかという疑いが生まれてしまった。これはあまりにも大きい。

 

(……この子達が、何か悪いことをしたのか?)

 

なぜ、年端も行かない彼等がこんなにも辛い経験をしなくてはならない。彼等の歳での恋愛なんて、普通はもっと甘くて酸っぱい、未熟で可愛らしくとも真剣な、そんなものでいいはずなのに。どうしてこうも自分ですら目を覆いたくなるような悲惨なことになる。

 

正直リヴェリアはもう、そのうち現れるというアイズの運命の相手に対して、素直に受け入れられる気がしなかった。その人物がどれだけ優しく、優れた人間であったとしても、きっと心からの笑顔を向けることなんて出来ない。

 

……それでも、きっと。

この遠征が終わった辺りくらいに、その人物は現れるのだろう。

どのような形かは分からないが、どの時点の話になるのかは分からないが、ノアの反応を見ていればそれは明らかだ。その詳細を本人に直接聞くことをロキに止められているのが、本当に歯痒くて仕方ない。

 

その人物を止められるか?

アイズと出会わないように仕向けられるのか?

 

……いや、それは無理だろう。

そんなことが出来るのなら、ノアもそちらにもっと全力を出す筈だ。2人を会わせないように、もっと大々的に動いている筈だ。彼は誠実ではあるけれど、穢れがない訳ではない。それに3年という制限を最初に決めて、あれほど死物狂いになるくらいには、その人物のことを警戒して恐れていたのだから。特に余裕のない今であれば、きっとそれを躊躇わないだろう。

 

……だからつまりは、ノア自身がもうどうしようもないと確信しているのか、そもそもその人物に関してもう殆ど記憶に無いのか、若しくは最初から知らなかったのか。そのどれか。

 

(運命の相手、か……)

 

厄介なものだ。

本来は喜ぶべき存在な筈なのに。

ノアのように敵対する立場になれば、途端にどうしようもなくなる。きっと最初の出会いを潰しても、別の機会に出会ってしまうのだろう。何故なら、運命の相手なのだから。否が応でも、運命と、世界と、敵対することになってしまう。

 

(だからこそ、私はお前を応援したくなる。……運命と世界に争ってまでも、あの子を欲しいと言ってくれるお前が。たとえそれが神に導かれた結果であったとしても、ここまで来れるのはお前くらいだ)

 

狂っていても、狂気を秘めていても。それでも誠実さを忘れずに、真面目にここまで来たからこそ、応援してくれる人間が居るのだ。

 

 

……フィン・ディムナは言っていた。

 

『女神フレイヤが彼には一切興味を示している様子がない。僕個人でそれとなくオッタルに探りを入れてみたけれど、大凡間違いなかった。認識はしているが、触る様子はない。……つまり彼はレベル6になるほどの逸材であったにも関わらず、神々にとっては手元に置きたいと思うような存在ではないんだろう』

 

 

『……けれど』

 

 

『僕個人としては好きだよ。それが何であろうと、1つの目的のためになりふり構わず走り続ける。僕にとってそれは、何より共感出来ることだからね。下手な人間より、よっぽど信頼している』

 

リヴェリアも同感だ。そんなの誰もが好きだ、好きに決まっている。そういう人間の元に、背中に、人は見惚れて、集まる。集まりたくなる。フィンに集ったロキ・ファミリアのように。

だからリヴェリアだって、ここにいるのだから。

応援してしまって、いるのだから。

 

 

「……ノア」

 

 

「はい……?」

 

 

「私はお前を応援している」

 

 

「………!!!」

 

アイズの保護者として、本当は良くないのだろうけれども。

それでも。

リヴェリアはノアを心から応援している。

 

 

 

 

 

 

ノア・ユニセラフにとって、この遠征というのは実は2度目になる。その時は雑用をこなす下っ端だった。しかし既にノアの記憶は虫食いの穴だらけになっており、覚えていることは本当に部分的なものでしかない。

それでも覚えているのは、この遠征ではロキ・ファミリアは撤退を余儀なくされるということ。今回と同じようにキャンプに残っていたところを、緑色のモンスター達に突然襲われ、自分の武器を溶かされてしまったこと。

何も出来ずに退避することしか出来なかった自分を、後から駆け付けて来たアイズ達に助けられてしまった時の、あの無力感。ノアはそれを忘れてはいない。……アイズを1人ここに取り残すとフィンが決めた時のあの無力感を、忘れてなどいない。

 

「痛いなぁ……」

 

ズルリと、爛れた腕を引き抜く。

握った奇妙な色の魔石を握り潰すと、直ぐに場所を変えて別に控えていた別の個体に自分の腕を突き刺す。グジュリと伝わる嫌な感触、徐々に肉体を溶かされていく焼けるような痛み。しかし別に、今更こんなものはそれほど驚くような痛みでもない。

 

「っ、ノア!!」

 

「リヴェリアさんは詠唱をお願いします!時間は私が稼ぎますので!」

 

「………っ、分かった!!」

 

緑色の芋虫のようなモンスター達。これは肉体そのものが溶解液の爆弾であり、攻撃した武器が容易く溶かされるだけでなく、倒してしまっても爆発して、結果的に溶解液を撒き散らす。そんな厄介なモンスターだった。

故に対処法は遠距離攻撃か不壊属性の武器でしかなく、それを知らずに既に団員の何人かが負傷してしまっている。これはタイミングが分からずに出遅れたノアの責任だ、と本人は思っている。

 

だからノアがやっているのは、その習性を利用した同士討ちである。

適当に見つけたモンスターの身体に腕を突っ込み魔石を破壊すると、それを放置するか、そのまま投げ捨てて集団の中で爆発させる。このモンスター達は間抜けなことに、自分達の溶解液を完全に無効化出来る訳ではないのだ。故に同士討ちが非常に有効的に働く。加えて……

 

「結局、攻撃方法は溶解液だけですからねっ……!!」

 

処理する余裕がなくなって来たら、もうそのまま適当な場所に投げたり蹴ったりする。溶解液は避けて、避けれないようなら他の個体を盾にして、跳ね返る溶解液など気にすることなく、とにかく押し寄せるモンスター達を処理する。

……まともに動ける前衛は自分だけ。しかし自分がこうして動いているからこそ、後衛の魔導士達による援護を受けることが出来ている。

 

「っ、痛ぃ……」

 

避けきれなかった溶解液を、左手を犠牲にしてなんとか防ぐ。

溶解液のせいで自分の付けていた防具なんて殆どが溶けてしまっているし、衣服もボロボロだ。……本当に、こんな姿を彼女に見せたくない。

しかしノアの身体は一定以上の損傷を受けることがなく、溶解液による侵食は一定のところで停止する。どころか溶解液よりも自身の再生力の方がよっぽど上回っており、着弾した瞬間は溶けるが、直後に再生が始まるような有様だ。問題はその一瞬の痛みくらい。だがそれも一瞬であるだけまだマシか。

普通の人間ならば痛みに悶え苦しむほどのそれでも、数多の苦痛を経験して来たノアにとっては顔を歪ませる程度のものでしかない。特に耐異常と高い耐久も作用して、ダメージは誰よりもマシなのだ。この役割は誰より自分にも適している。それほど器用に立ち回ることは出来なくとも、ステイタスに任せたゴリ押しだけでなんとかなる。

 

「ノア!下がって!!こっち!!」

 

「アキさん……!」

 

気付くと、リヴェリアの魔法が完成していた。きっと最前線で身体を張る自分のために、全速力で魔法を用意してくれたのだろう。

合図をしてくれたアキの声に従って、ノアは陣地へと走る。

 

「!?あぐっ……」

 

「ノア!!」

 

「だ、大丈夫です……!!」

 

走り出した背中を溶解液で狙われる。それは確かにまともに直撃してはしまったが、そもそも自分には溶解液は効かない。直ぐに再生を始めて、問題なく走り続ける。

……本当に、こういう時に自分の未熟さを自覚させられる。同じレベル6の他の冒険者であれば、こんな風に情けなく背後から攻撃を受けたりはしないだろうに。結局自分には才能はなく、ステイタスとスキルで強引にここまで来れただけなのだ。技術という面で言えば、レベル6相応のものなんて持っていない。

 

「良かった!……リヴェリア様!!」

 

 

【レア・ラーヴァテイン】!!!

 

 

階層ごと焼き払うような灼熱の炎が、全てのモンスターを焼き払う。最早美しいとも表現出来るような爆炎の大波。もしあの場に残っていれば、レベル6にまでなったこの身体があったとしても、相当に苦しかっただろう。ヘル・ハウンドに焼かれた日々が懐かしい。

 

なんとか陣地に飛び込んだノアは、アキに手渡されたポーションを飲みながら、新しい服を羽織らされる。それなりに見た目に気を付けて選んできた服であったのに、こんなにもボロボロにされてしまった。防具だって剣だって、結局溶けて無くなってしまったし。

……そうでなくとも、やはり被害は大きい。

 

「ノア!!………また無茶をしてくれたな」

 

「まあその、私にしか出来ない仕事でしたから……」

 

「……ああ、そうだな。今回ばかりはお前に感謝するしかない」

 

複雑な表情をしながら、リヴェリアは彼の頭を撫でる。本来ならば無茶をしたことを怒りたいところではあったが、彼がああしていたからこそ団員達の被害が少なく済んだのは間違いない。そうでなければ完全に消耗戦で負けていただろう。少なくとも自分がこうして詠唱をする時間を稼ぐことは出来ていなかった筈だ。

 

「だが……こいつらは一体何者だ?どこから湧いて来た?」

 

「……一先ず、撤退の準備はした方がいいかもしれません。今のが第一陣の可能性もありますし、ここから更に親玉が現れる可能性もありますから」

 

「……なるほどな、分かった。アキ!撤退の準備をしろ!フィン達が戻り次第、直ぐに地上への帰還を始める!!」

 

「え?は、はい!分かりました!!」

 

リヴェリアは服を着替えながらそう言ったノアの言葉を信じ、撤退の指示を出す。ノアはまだ知らないだろうが、リヴェリアはノアが時間をやり直しているであろうことを知っている。つまりは今の言葉も、そういうことなのだろうと想像が付く。

そしてノアが焦っていないということは……

 

「リヴェリア!!」

 

「フィン!」

 

51階層に向かっていた彼等もまた、無事に帰ってくるということ。

その様子を見るに彼等も自分達と同様のモンスターに襲われていたらしいが、少なくとも怪我人はラウル1人。なんとか突破は出来たらしい。

 

「ノアさん!?その姿……!」

 

「え?あ、あはは……大丈夫ですよ?ほらこの通り」

 

「………ノア」

 

「なるほど、また無茶をしたみたいだね」

 

「あまり責めてやるな、今回はその無茶のおかげで何とかなった。……それとフィン、直ぐに撤退の準備を始める。第二波が来る可能性が高い」

 

「ふむ……分かった、そういうことか。幸いにも物資の損害はそれほど多くないみたいだし、確かに撤退するなら今のうちだろうね」

 

リヴェリアの視線とその意図に気づいたフィンは、彼女の意見を肯定する。

すっかりと服は着替えたものの、元の服の酷い有様になった残骸を見て顔を青くしているレフィーヤと、何となく気まずそうに、けれど確かに心配そうな顔をしているアイズに見られて弁解をしているノアは、もちろんフィンとリヴェリアのその視線に気付くことはない。

 

……ノアは未だに戦闘の準備をしている。

鞄の中身を入れ替えていて、予備の剣を腰に付けていた。

だからつまりは、来るのだろう。

そして自分達は、それを見逃せない。

ノアはそれと、戦うつもりなのだと。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!!

 

 

 

 

「………なに、あれ」

 

ティオナが呟く。

 

「……あれも、下の階層から来たっての?」

 

ティオネの顔が引き攣る。

 

「あれが親玉、か……」

 

リヴェリアは目を細めた。

 

 

 

「………さあ、約束を守る時間です」

 

ノアは剣を握り締める。

この遠征最後の機会である、この瞬間を前にして。




今のところ28話まで書き貯めがあります。
28話も自分で自分の作品に泣かされながら書きました。
今後も読んで頂けると幸いです。

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