【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
ああ、なるほどな。
フィンはそう思いながら、ノアからの視線を受ける。
突如として50階層に出現した、大樹のように大きな異形のモンスター。それは明らかにそれまで戦っていた芋虫のようなモンスター達と同類で、同じ性質を持っているようだった。その上、そのモンスターは爆粉による広範囲爆撃を得意としており、恐らく倒してしまえば芋虫型と同様に大量の溶解液を撒き散らしながら爆発する。何をするにも厄介な、尖兵として何より向いた要素の詰め込み。
……きっと、それを見て未来の自分もこう考えたのだろう。
このモンスターに対しては、アイズを1人で打つけるしかない。そして他の団員達は、アイズを残してここから距離を取る必要があると。そして実際にそれを実行して、成功したのだ。だからこの世界においても、きっと同じことをすれば成功する。だってそれほどに、このモンスターとアイズの能力の相性は良い。アイズが負ける道理がない。
(だが、それでは駄目なんだろう?)
だってそれでは、アイズが1人で戦うことになってしまうから。
必ず側に居て、必ず助けると言った彼の言葉が、約束が、嘘になってしまう。だから彼は戦う準備をしていたし、フィンに対しても絶対に退かないという意志を伝えている。
……勿論、あのモンスターとノアとの相性は良くない。そもそも使い勝手の良い魔法など持っていないし、攻撃手段も限られているからだ。
だがそれでも彼はやるのだろう。
彼にとってその約束は、他の何より優先すべきものであるから。
「……アイズ、ノア。君達2人であのモンスターを倒してくれ」
「「!」」
「他は全員撤退だ、急げ」
「なっ!本気で言ってんのかフィン!!」
「そうですよ団長!そんな、2人だけなんて!」
「時間がない!2度も言わせるな!全員撤退だ!急げ!!」
ノアは静かにフィンに対して頭を下げる。
リヴェリアもその様子を見て、なんとも言えない顔をして撤退の準備を始める。他の団員達も納得した様子はなくとも、渋々といった様子でフィンの指示通りに動き始めた。
……分かっているとも、これは合理的な指示ではないと。だから納得出来ない団員も居ることだろう。しかしそれでも、ある意味ではこれ以外の指示などあり得ないのだ。それこそ、"団員全員"を"無事"に帰還させるためには。これ以外には。
「ノア、分かっているね?」
「はい……ありがとうございます」
素直に頭を下げられる。
仮にノアをここから無理矢理に撤退させてしまえば、きっと彼は腹を抉られる以上に大きなダメージを受けてしまうだろう。彼の心に致命的なダメージを残すことになってしまう。だから多少の危険は覚悟してでも、彼をここに残す以外の選択など、そもそも存在してはいなかった。
これはこれで、フィンの中では最善の選択だったのだ。
団員を守るための、最善の。
「ノア………大丈夫……?」
「ええ。大丈夫ですよ、アイズさん。……さて、どう料理しましょうか。先ずは皆さんが距離を取る時間を稼がないといけませんね」
「……私がやる」
「分かりました。それでは、私はアイズさんの援護をしますね。……私にはアイズさんのような速度はありませんが、好きなだけ全力でやってください。余波で死んだりなんかしませんから」
「……うん、分かった」
なんとなく、なんとなくぎこちない会話。
あの夜からなんとなく話し難い雰囲気があって、それはアイズとて感じている。しかし対してノアの方はと言われれば、最早それどころではない。なぜならこの瞬間、この場所こそが、この遠征における最後とも言っても良いチャンスであるからだ。そしてベル・クラネルに出会う前の最後の機会。ここが分かれ道と言っても良い。……ここで失敗し、約束を破り、彼女に見放されてしまったら。もう巻き返すことは不可能に近い状態になってしまう。
「アイズさん」
「?」
「大丈夫です。……私はアイズさんのこと、ちゃんと助けますから」
「!」
ノアは剣を引き抜く。
アイズもまた剣を抜く。
その剣を持つ姿それでさえ、風格が違う。
才能も無く、ただ攻撃力を求めてそれを振るってきたノア。一方で才能に恵まれ、モンスターを引き裂くためにそれを振るって来たアイズ。
ステイタスだけで言えばノアの方が上だ。
しかしステイタス以外の何もかもがアイズの方が上だ。
きっと剣を打ち合えば、ノアに勝ち目など一切ない。
……それでも。
「っ、ノア!!」
死角から触手が振るわれる。
2人を薙ぎ払うように放たれたそれは、アイズより先にノアに向けて着弾する。アイズが気付いたその瞬間には、既にノアには手遅れだった。棒立ちしていたノアにそれは直撃し、アイズの元まで衝撃と豪風が伝わってくる。
……けれど、別に手遅れでも問題はなかった。
「ノア……?」
「……治療しましたので。今の私はさっきよりも、ずっと堅いですよ」
アイズであれば吹き飛ばされていたそれを、ノアは全身で受け止めて笑う。僅かに口端から血を1滴流しながら、確かに痛みと苦しさを感じながらも、それを誤魔化すように拭いながら笑う。
スキル【再起堅壁(レイ・ゼラフ)】。
それはノアがレベル6になった時に発現したもの。否、実際には半年の昏睡状態から目覚めた時に生まれたものだ。
単純に耐久のアビリティに高補正を与えるだけでなく、何らかの手段で治療を行った後、発展アビリティ『防護』が強化される。そして発展アビリティ『防護』は、自身の物理耐性と魔法耐性を向上させるものだ。
アキに手渡されてポーションを飲んだノアは、自慢の耐久力を更に増している。それこそ敵の触手による攻撃を、フォモールの時と同じように受け切るくらいには。そしてこの瞬間のノアの防御力は、明らかにガレスを超えていた。
「ふぅ……さ、頑張りましょう?どんな攻撃が来ても、私は必ずアイズさんのことを守りますから」
この日、アイズは初めて彼の強さを感じた。
それこそ一瞬胸が跳ねたくらいの、小さくとも大きな衝撃を。
「……すごい」
もう、本当に。
何がすごいかと言われたら、とにかく堅い。
爆粉による広範囲爆発に耐えるどころか、殆ど煤と皮膚の赤みが付くくらいに抑えているのは当然として。単純な物理攻撃なんて当然のように防いでしまい、そのまま敵の身体の一部を掴んでしまうと、本当に筋力だけで引き千切る。攻撃力に自信はないと言いつつも、確かにガレスほどはなくとも、十分な力が彼には存在していたのだ。
こんなにも可愛らしい女性のような容姿をしているのに、その実ステイタスはゴリゴリの重戦士型。そのギャップにアイズも思わず目をパチクリさせて、殆どヘイトを取れていない自分の働きを今一度戒める。
一緒にダンジョンに潜っていた時にはこんな防御力をお披露目する機会など無かったし、それこそ精々フォモールを相手にレフィーヤを守っていた時にチラと目にした時くらいのものだ。あれも後から考えて気のせいだったのかとも思ったが、それは全くもって気のせいでは無かったということ。
「【目覚めよ(テンペスト)】!!」
「っ、ありがとうございます。アイズさん」
「うん……!」
ただし、腐食液だけは別だ。
それだけは、彼にも効果があった。
……とは言え、受けた直後にすっかり元通りに回復してしまうけれど。そちらの方がアイズにとっては信じられなかったけれど。それでも腐食液を受けた時に彼が辛そうな顔をしていたから、アイズは積極的に腐食液を自身の風で撃ち落とすようにして立ち回る。
そしてアイズが攻撃されそうになった時には……
「っ!!!」
「ノア……!」
「ちょっと潰されて来ますね」
攻撃の線上からアイズを追い出し、敵モンスターのヒレのような腕による攻撃に思いっ切り叩き潰される。アイズが食らっていたのであれば、大きなダメージになってしまっているであろう一撃。……しかし勿論、その程度の攻撃でノアにまともなダメージなど与えられる筈もなく。どころか彼はそのヒレを掴むと、強引に腕力でそれを引き千切った。
響き渡る悲鳴。ノアは順調に敵からのヘイトを集め、攻撃を集めていく。決して足を止めることなく、徹底的に敵の懐に攻め入り、その肉体を斬り付け、突き刺し、引き千切り、抉り取り、掘り進める。
……彼はこれしか知らない。
こういう倒し方ばかりをして来た、こうして敵を削り続けて来た。溶解液があろうが何だろうが、削り続ければ敵は弱くなる。
とても単純な話だ。
アイズのように剣を使って綺麗に敵を殺すなんて、そんなことは今更出来ないから。泥臭く、かっこ悪く、みっともなく。けれど才能がないなりに必死にやる。今日までも、これからも、ノア・ユニセラフにはそれしか出来ない。
「っ!」
「撤退完了の信号!!」
「アイズさん!私が隙を作ります!!」
「!……うん!」
そしてノアにはたった1つだけ、魔法がある。
それはとてもではないが使い勝手の良い魔法ではなく、ノアとて最後の手段でしか使わない。しかしそれは敵にハメられることの多いノアにとって、非常に重要な魔法であり、何より攻撃方法に乏しい彼にとって、唯一のまともな攻撃手段でもあった。
【開け(デストラクト)】
アイズと同じ付与魔法。付与する属性は爆破。
どうしようもなくなった状況を打開するため、そのためにヘルメスから与えられた魔導書によって発現した、彼の唯一の魔法。
そしてその魔法が付与する対象は、武器か。
……若しくは、自身の肉体。
「『ダメージ・バースト』!!」
潜り込んだ敵の懐に、自身の剣と腕に付与した魔法を思いっきりに叩き付ける。瞬間、生じるのは巨大な爆発。叩き付けた本人すら巻き込むような、大爆発。単純ではあるが、単純だからこそ威力のあるその一撃。
足元の肉体は完全に爆ぜ、支えるものを失ったモンスターは、大樹のように聳え立つその身体を悲鳴を上げながら傾かせた。抵抗するように周囲になりふり構わず爆粉を撒き散らし始めるが、しかしその攻撃はアイズにもノアにも通用しない。
「はぁ、はぁ………アイズさん!」
「うん……!!」
……ダメージ・バーストの代償は、これも単純。
付与した対象の破壊。
当然ながらノアの持っていた剣は砕け散り、ノア自身の両腕も爆散する。しかし、ノアの体はスキルによって一定以上の損壊はしない。つまりそのギリギリまでの破損はするものの、本来払うべき代償をまともに払う必要が無かった。
勿論そのせいで本来より魔法の威力は落ちているが、だが単なる苦痛を代償にこれほどの攻撃力を得られるのなら、彼の中では本当に安い物。ノアがこうして気軽に何度も使用してしまうのも仕方がない。
……だって実際にこうやって。この魔法がなければ、アイズの手助けをすることなんて出来なかったんだから。こうして何度も成功体験を得てしまった結果、ノアはこの魔法ありきでの作戦を立ててしまうようになったのだ。
「リル・ラファーガ」
最大出力の風を纏った最高速の突きが、倒れ無防備になったモンスターの頭部を刺し穿つ。
アイズの必殺技、文字通りの必ず殺す技。それは正しく閃光のように駆け巡り、モンスターが講じたあらゆる防御策を打ち破り、その核でもある魔石を一瞬で貫き、破壊した。ロキによって『必殺技は名前を叫ぶと攻撃力が上がる』という言葉を信じて今もこうして放ったそれは、結局のところ、そもそもの攻撃力が高過ぎて本当に上がっているのかどうか自分でもよく分かっていない。
「っ……!!」
……そしてノアは走り出す。リル・ラファーガを使用したことにより、地面に滑り込んでいるアイズの元に、未だ修復途中の肉体の悲鳴を無視して、折れていようが砕けていようが、強引に走り跳んでいく。
確かに、あのモンスターはこれで倒せただろう。だがあのモンスターは倒しただけで全てが丸く収まる訳ではない。それは戦う前から予想されていた。あの緑色のモンスターに共通する、死に際の爆発。その親玉ともなる最後っ屁は、果たしてどれほどの威力を持っているというのか。
「アイズさん!こっちに!」
「う、うん……!」
アイズの手を取り、一心不乱に抱き抱えると、近くの木の幹に隠れるようにして、背中越しに爆発を受ける。溶解液や爆粉、そして衝撃などの諸々が混ざり合った強大な爆発。周囲一体を荒野に変えるようなそれから、ノアは自分の身体を盾にしてアイズの身体を守り切る。
……もちろん、こんな事をしなくとも、アイズならば風魔法で生きて帰ることは出来るだろう。ダメージも受けるだろうが、それは致命傷になるほどではない。だがしかし、ノアはアイズを守ると約束した。ならばここでこうしない理由が存在しない。アイズが1%でも死んでしまう可能性がある以上は、ノアは絶対にこうする。アイズを守るために、死力を尽くす。
「っ」
「ぅっ……ふ……ふふ、なんとか耐えられましたか。アイズさんはどうですか?怪我はありませんか?」
「う、うん……ノアは?大丈夫?」
「ええ、そのために努力した身体ですから。これくらい、なんてことはありませんよ」
「……すごいね、ガレスみたいだった」
「ステイタスだけですけどね」
再生し始めた腐食液による背中の傷跡を、アイズにはバレないように会話で誤魔化す。血に濡れた衣服が腐食液によって溶かされることを、今だけは心の底から感謝する。折られて、焼かれて、溶かされて。けれど彼女の前ではなんてことないように振る舞った。我慢して、痩せ我慢して、笑みを作って、守り切る。その身体も、その心も。
「かっこよかったよ」
「……!!!」
けど、だとしても。
それは卑怯だと、思う……。
「私……アイズさんのこと、助けられましたか……?」
「うん」
「側に、居られましたか……?」
「うん……約束、守ってくれた」
本当に、涙腺が緩くなってしまった。
こんなにも簡単に。みっともないのに。
本当に、姿勢的に見られていないのがマシなくらいで。無理矢理に涙を拭いて、心を落ち着けて……
「ありがとう」
「………私こそ、ありがとうございます」
もっとかっこいい所を見せて、かっこいいままに終わる予定だったのに。
アイズさんは、ずるい。