【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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23.○○の周り

「ノアさんって、どういう人なんすか?」

 

「?なによ、いきなり」

 

隊列の前の方で、何故かアイズにまた姫持ちされて顔を覆っている彼を見ながら、ラウルはアキに話し掛ける。

あまりにも可哀想なその様子に隣に居るレフィーヤも苦笑いを浮かべているが、あれはあれでアイズなりの愛情表現なのだろうなと思いながら、一先ずリヴェリアも見て見ぬふり。まあ何にせよ、こうして触れようとするのは普通に良い傾向だから。ただ……

 

「なんというか、結構話してるアキとかはまだしも、他の団員からしてみれば何も分からないじゃないっすか?それこそ、突然レベル5で移籍して来たかと思ったら、半年も昏睡して、起きたらレベル6になってて、アイズさんもレフィーヤもあんな感じだし……」

 

「それはまあ……確かに」

 

事情を知っている者からすれば分かることではあるが、何も知らない団員からすれば彼のことについては本当に何も分からないだろう。

ノアとて積極的にコミュニケーションを取るタイプではあるが、最近はそれすらも難しい状況にあった。それこそノアと一度も会話をしたことのない団員も、ここにはそれなりに居ると言えば居る。

 

「あ、それ私も気になるわ。教えてよ」

 

「私も私も〜、気になる〜」

 

「2人も……」

 

これ幸いにと話に乗っかって来たのは、ティオナとティオネであった。実は2人もノアとはそれほど話したことはなく、精々少し言葉を交わしたくらい。丁寧な口調の大人しい人間かと最初は思っていたが、半年気絶して蓋を開けたらこの様だ。流石にアホみたいな速度でレベルを上げて来ただけはある。

そうでなくともレフィーヤの反応然り、アイズの反応然り、2人が興味を持ってしまうのは仕方のないことだろう。よく一緒にいる友人たちがあの様子なのだから、その相手の素性が気になるのは当然。

 

「あんなに美人なのに、男性なんすよね?あとアイズさんのことが好き、ってことくらいしか分からないんすけど」

 

「ん〜……歳はアイズより1つ下よ?」

 

「え!そうなの!?」

 

「まだまだ全然子供じゃない!」

 

「あんなに大人っぽいのに……」

 

「見た目だけよ。本人は割と妹気質というか、弟気質というか……」

 

「へぇ、なんか意外ね」

 

「まあ、個人的にはそんな感じで可愛がってるわね」

 

よくあることではあるが、レベルが高いというだけでその人物が如何にも恐ろしい人に思われてしまうということがある。まあもちろんノアは世間的に見たら十分に恐ろしい人間の部類に入るようなことをしているが。しかしそこに偏見があることは間違いなく、それでもレベル6になるような人間は何処か頭がおかしいというのまた悲しい事実。

とは言え……

 

「でもなんか意外よね」

 

「何がっすか?」

 

「ベートが突っ掛からないの。ここまでアイズのことが好きって広まってるのに、あいつ何も言わないじゃない?」

 

「それはまあ……ちゃんと強いし、努力してるし」

 

「ああ……」

 

「雑魚って言えないもんね〜、比べたらベートの方が雑魚なんだし」

 

「オイ!クソ女共!!聞こえてんぞ!!」

 

「やばっ」

 

どうやらベートも少し離れた場所からとは言え、この話を聞いていたらしい。確かに彼としても、ノアに関しては知りたいことが多いだろう。なにせ彼だけはノアが不死であることを知っている、そしてそれほどに異常な努力をしていたのだと理解している。同じ女性を狙う相手として、認めているどころの話ではない。

 

「でも凄いよねぇ。いくらアイズのためとは言っても、絶対ヘルメス・ファミリアの中核だったはずなのに。どうやって説得して来たんだろ?」

 

「確かに、あんまり無い話っすよね」

 

「アキはなんか知らないの?」

 

「……えと、あの子は3年前はまだレベル1だったんだけど」

 

「何回聞いてもおかしい話よね……」

 

「元々ヘルメス様と話してたみたいなのよ、ロキ・ファミリアに行きたいって」

 

「なるほど、それなら………ん?」

 

「あの子は基本的に1人でダンジョンに潜ってたから、ファミリア内での連携とかそもそも勉強してなかったみたいで。抜ける時も大きな問題はなかったみたい。むしろファミリアの等級が下がって良かったとか」

 

「ああ、そういう問題があるんすね」

 

「遠征は流石にねぇ、1人突出した奴がいると逆に大変になるのよねぇ」

 

実際、当時のヘルメスとしては本当に肩の荷が降りたという感じであった。ノアのせいでせっかく団員達のレベルを報告せずに等級を下げていたのに、その意味が無くなってしまったからだ。ある意味では健全な立場になったとも言えるが、ヘルメス・ファミリアの活動方針的にはそれはなかなかに厳しい。

……もちろん、その分の税金なりはノアの稼ぎで充てていたし、遠征も基本的にはノアが1人で行っていたので大きな問題は無かったが。それでもやはりヘルメスは苦労していた。

 

「……ねえ、それってもしかしてさ。ノアはアイズに追い付くためだけにレベル6まで上げたってこと?」

 

「え」

 

「……そう、なるわね」

 

「やば……」

 

「………」

 

やば、とか言わないであげて欲しい。

いや、間違いなくヤバい人ではあるのだけれど。やっていることは女神フレイヤのために鍛錬し続ける猛者オッタルと同じ……どころか、本人からの褒美どころか認識も無かったことを考えると、よりヤバい。

いくらあんなスキルがあるからと言って、改めてこうして一般人的な感性で見ると、本当に凄まじい執念と言えるだろう。頭オッタルどころか、頭ノアと言われても仕方のない案件だ。彼ならフレイヤ・ファミリアでも十分にやれていたと、アキは普通に思う。まあ向こうにアイズが居ない時点で無意味な仮定ではあるが。

 

「なんか、それを踏まえて考えると……アイズのことが好きって言葉もかなり重く感じるわね……」

 

「でも、ちゃんと誠実にやってるのよ?悪いことはしないで真面目にやって来たからこそ、アイズもレフィーヤも、私やリヴェリア様だって認めてる訳だし」

 

「でも、たった3年でレベル6なんてあり得るんすか……?」

 

「そうよね、アイズでさえそれなりに時間掛かったんでしょう?」

 

「でも、ロキも受け入れたんだし。ズルとかしてないんだよね?」

 

「……してないわ。うん、ズルなんてしてない」

 

チラと、今も顔を真っ赤にしながらアイズと何かを話しているノアを見る。彼は今もアイズに抱かれたままで、しかしそれは最初の時とは違い、少しは様になった抱き方だった。だからしっかりとノアを腕だけでなく身体を使って抱えているし、だからこそ互いの身体同士がしっかりと接触してしまって、ノアは大きく慌てている。

 

……そうだ、あんなのはズルではない。

あれは確かにレアスキルであるだろう。死なないという内容はあまりに大きな利点でもある。けれどアキはどうしても、彼の努力をズルとは呼びたくない。事実としてそのスキルによってここまで来れたけれど、そのスキルの"おかげ"だなんて言うのには酷い抵抗感がある。彼にとっては救いの手であったかもしれないけれど、客観的に見たそれはどう考えても悪魔の手だから。それほどの代償を支払って手に入れた力、それをズルと呼ぶのは、アキには出来ない。

 

「あまりあの子のことを誤解しないであげて。確かに普通じゃないけど、良い子なのは間違いないから」

 

せめて恋愛以外は、出来るだけ報われて欲しい。どうやっても上手くいかない恋愛以外には、苦労して欲しくない。それに、その辺りくらいなら、アキにだって助力出来るから。

 

「……なんかアキ、本当にお姉さんみたいだね」

 

「え?」

 

「まあ、確かに意外よね。背丈とか、見た目は普通に同い年かそれ以上に見えるのに。アキってば本当に自分の妹みたいに言うんだもの」

 

「………!」

 

「まあ、確かにアキにしては過保護気味っすよね。普段はそこまで団員に贔屓はしないっすけど、ノアさんにだけは結構気に掛けてるっていうか」

 

……3人の言葉に、アキ自身も確かに自分のこの強い拘りに気付く。

ラウルの言う通りだ。普段はなるべく団員全員とそれなりに上手く付き合い、精々特別扱いしているのはラウルくらい。ノアのように、ここまで深く長く、そして早く入れ込むのは珍しい。

もちろん、彼が可愛い後輩気質だということはある。自分のことを慕ってくれているということもある。……だとしても、それはここまで強く"幸せになって欲しい"と思うほどのことなのか。もちろん彼の状況を知って、同情してしまっているところはあるけれども。それにしても。

 

「っ」

 

アキの鞄に入っていたであろうそれが、突然地面に落ちる。

慌ててそれを拾い、確認してみれば……アキは眉を顰めて首を傾げた。

 

…‥こんな物を、自分は持っていただろうか。

 

真っ白で何も書かれていない、けれど決して新品には見えないような。そんな見覚えのない、黄色の手帳。

当たり前のように自分の鞄に入っていたそれに、なんだか強い親しみを感じると同時に、明らかに自分の好みではないその手帳に、どうしようもない違和感を抱いてしまった。

 

 

 

 

 

「なあヘルメス、実際何処まで残っとると思う?」

 

「残る?」

 

「痕跡や、神の力の」

 

「ああ、なるほどな……」

 

フィン達が遠征に行っている間、ヘルメスと共に行使された神の力について探っていたロキが、休憩がてらに入った茶屋で疑問を呈す。

未だにそれらしき場所は見つかっていない。街の中に詳しいガネーシャ・ファミリアや、都市内外の農作物に関わっているデメテル・ファミリアにも話を聞いてみたというのに、未だにそれらしき手掛かりは欠片程度も見つかりはしない。

ウラノスを通じて、ノアを起こした花弁が間違いなく神の力によるもので、同じ神の力で時間が巻き戻っているであろうことも、証拠は少ないものの殆ど確定であると結論付けられた。しかし発動された場所も分からず、発動した神についても分からない。徹底的に、何処にも痕跡が残されていない。

 

「ロキ、お前はこの状況をどう思う?予想でいいから言ってくれ」

 

「……ぶっちゃけ、行使した神は殆ど死にかけやろ」

 

「……というと?」

 

「干渉が少な過ぎる、本当にノアを救いたいんならもっと使うべきタイミングがあった筈や。それに……」

 

「?」

 

「恐らく、神の力は時間逆行以外にも、もう一つ使われとる」

 

「なっ、もう一つだと?」

 

「自分の存在の抹消や」

 

「!!」

 

「この黒幕さんは恐らく、意図的に自分の存在を抹消しとる。そうやないと、ここまで相手さんの正体を予想出来んなんて状況があり得へん。ウチとヘルメスとウラノスやぞ?なんぼ上手いことやるにしても、証拠どころか関係した痕跡1つ見つけられへんなんて有り得へんやろ」

 

「……なるほどな」

 

一体どこの神がこんなことをやっているのか。そもそも男神なのか女神なのか、何処の出身の神なのか、本当にその何もかもが分からない。

極め付けは花とノアの恩恵。

ヘルメスがノアの恩恵に刻まれていたそれを全く気にすることなく、漸く思い出しても花という大まかな要素だけ。しかしあのヘルメスがそんなミスを起こすはずがない、本来ならば。

 

「自分の存在を、記憶からも記録からも抹消したってことか……いや、そもそも自分が存在しない前提で世界を作り替えた?」

 

「そこまでは流石に無理や。自分の存在を抹消して、世界が勝手にそれを埋め合わせた。せやから微妙にちょいちょいおかしなとこがあるやろ。ヘルメスがノアの恩恵を認識せんかったのも、そのバグの1つや」

 

「………なるほど、だからお前は俺達にノアに過去の記憶について直接聞き出すことを禁止したのか。ノアにそのバグを発生させないために」

 

「あの精神状態でバグなんて起きたら、マジで次は崩壊するやろうしな。最初は可能性程度にしか考えとらんかったけど、段々現実味帯びてきて寒気がするわ。やっぱ橋は叩いて渡るもんやな」

 

「だが、あらゆる存在から自分という認識を消す、それは俺達"神"という存在にとっては致命的だぞ」

 

「だからこそ、死にかけとるんやろ。せやけど、これ以上に他の神から逃れるんに最適方法もあらへん」

 

「………」

 

つまりは、黒幕が誤魔化した神の力の行使は、あくまで最初の1回のみ。2回目以降の行使は、確かに多少の隠蔽はあっただろうが、実際には本人の存在そのものが全ての認識から消えているために、隠蔽する必要さえなかったということ。

その神は既にあらゆる存在の記憶と記録から消えている。故に本人そのものも神の力の行使も相まって消失しかけている。既に行使出来る神の力も最小限。それを感知出来る者は少なく、感知したとしても相手が分からない。何処にいるのかも分からない。……痕跡があったとしても、認識出来ない。

 

「とは言え」

 

しかしそうなると、不味いのは地上で神の力を行使出来る方法があるということくらいで。その本人に関しては……

 

「放っといても死ぬわ」

 

「………」

 

本当に、似た者主従だったと言うのか。

愛した存在のためなら、自分が死ぬ可能性すらも躊躇わない。そうして走って、走って、なりふり構わず走り続けて、最後は共に砕かれ消える。

ノアはもう輪廻の輪に戻れない。今世で死ねば完全に世界から消失する。ノアの元の主神もまた、数千年は転生することは出来ない。むしろ神々の判断によっては、その数千年後の自由さえも保障されないかもしれない。似た物主従にはお似合いの、最悪の最後。

そうでなくともアイズがノアを受け入れなければ、そこまでした1人と1神の努力は無に帰すことになるのだから。何の意味も無かったことになる。余計に下界を引っ掻き回して、何の爪痕も残さず帰ることになる。

……本当に、馬鹿な真似をした。そう思わずには居られない。

 

「せやけど、不思議やな」

 

「うん?」

 

「そないなアホみたいな献身が、変に綺麗に見える」

 

「………」

 

「天界に居た頃のウチなら笑い飛ばしとったわ。心底馬鹿にしとったはずなのにな」

 

正直、探す必要はもうないだろう。

地上においても神の力を使える方法は聞き出すべきかもしれないが、しかし逆に聞き出さなければ広まることもないとも言える。その神は既に自分を抹消していて、その方法が広まることもない。もう碌に力を使うことも出来ないだろうし、放っておいても問題はないはず。むしろ先のことを考えるなら、そっちよりもよっぽどノアとアイズの関係の方に力を入れるべきで。

 

「なあロキ。仮に時間超越が起きているとして、であれば俺達は今ほとんど同じ2度目の時間を過ごしている訳だ」

 

「……まあ、ノアの行動で1度目とはかなり違っとるやろけどな」

 

「だとしたら、1度目の記憶や記録も、何処かに残っていたりすると思うか?」

 

「……普通に考えたら、無い」

 

「普通に考えなかったら?」

 

「ある」

 

「なるほど」

 

「どっかに影響はあるはずや。そうでないなら、やり直す意味がないからな」

 

窓の外を、一際目立つ白い髪の少年が走っていくのを見る。何の変哲もない普段のオラリオの姿。確かに見覚えはあるけれど、しかしそれはヘルメスが話していることとは違う。

 

「あ〜!次は何処探しに行くかなぁ!ノアなんて例外を作って、自分の存在まで抹消して、そんでまともな改変なんか出来るかいな。せやから絶対どっかにあるはずなんや、その痕跡が。認識出来んくとも、予想は出来る。閃けウチの虹色の頭脳……!」

 

「おいおい、まだ探すのか。お前の推測が正しいのなら、神の力による改変はもう起きないんだろう?」

 

「探す。消えるんなら最後にノアに顔くらい見せたる。それくらいの責任は果たさせてやらんとな」

 

「……そうだな」

 

誰もが幸せになることなどできない。

しかし自分の周りの人間くらいには、幸せでいて欲しい。仮にその願いが叶わなかったとしても、それでも……せめて、その人生の全てに後悔をしてしまわないように。

ロキはまた、探し始める。


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