【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
別に努力でどうにかなることじゃない。
どれだけ好意を注いでも、どれだけ献身的に尽くしても、どれだけ自分を犠牲にしても、それが結果として返ってくる訳ではない。100を注いでも50が返ってくることもあれば、200が返ってくることもある。反面、1000を注いでも1すら返ってこないこともある。だからこそ恋愛というのは残酷で、趣深い。
今日まで自分の出来る最大限を積み重ねて来た。
半年間、最も大事な期間を寝過ごしてしまうというトラブルもあったが、それでも可能な限りのことをやって来た。そして最後の最後に、交わした約束を守って、しっかりと心の距離を詰めることが出来たと思う。
「……あの」
「ん?」
「どうかしましたか?ノアさん」
「その、両手が……」
「「?」」
「いえ、嬉しいです……」
右手をレフィーヤに、左手をアイズに握られながら、ダンジョン17階層を歩く。
あれから物資を失ったロキ・ファミリアは可能な限り付近のモンスターからのドロップ品を集めると、そのまま地上へ向けての帰還を始めた。途中からは2隊に分かれての帰還となり、特に先頭隊であるノア達は適度にモンスターを狩りながらも順調に歩を進めている。
……というか、動けないんですけど。
モンスター狩も、全部ティオナ達に任せてしまっている。本人達は50階層以降で暴れ足りなかったようで、むしろ張り切っているくらいであるが。しかしそれにしても、なんとなくこの状況は申し訳ない。あと普通に恥ずかしい。他の団員達から変な目を向けられているのが、ありありとわかる。
(でも、正直この状況は好ましいんですよね……いや、嬉しいのは確かにそうなんですけど。それ以前に)
実のところ、ノアはアイズとベル・クラネルがどうやって出会ったのか、それについての記憶が殆ど飛んでしまっている。唯一分かっているのは、この遠征の最後の辺りで何かしらのトラブルが起きてしまい、そこで2人が偶然に出会う……というところくらいだ。
それでは一体何処でそれが起きるのか?一体何が起きるのか?どうすればそれを阻止出来るのか?重要なそこが全く分からない。
しかし、こうして一緒に手を繋いでいるのであれば、彼女とはぐれることは早々ないだろう。少なくとも自分が立ち会えば、2人の出会いを阻止出来る可能性がある。仮に阻止することが出来なかったとしても、別の形にしてしまえば何とか……
「進行方向!!……ミノタウロスの大群です!!」
「「っ」」
前方を歩く団員達からの報告を受ける。
確かに進行方向には群れになっている大量のミノタウロス達が居り、それ等はこちらを認識して戦闘態勢に入っていた。下級冒険者には1体でも脅威だというのに、これほどの量だ。中層とは言え、放っておくのは非常に危険である。もし自分がまだLv.2の頃にこんな群れと遭遇していたら、本当に2週間くらい地獄を見ていたのではないかと思うくらい。
……しかし別にこの程度であれば、ロキ・ファミリアなら難はない。むしろ下の団員に経験を積ませる良い機会として利用するくらいだろう。故にアイズもレフィーヤもそれほど焦ることなく、むしろ自分達の出番はないとばかりに今もノアの手を握っている。
……これもトラブルと言えばトラブルなのだろうか?
ノアもまた恐らく自分に話は回って来ないのではないだろうかと思い、他の団員達から一歩引いた位置で様子を見守るが。別にモンスターの大量発生くらいはここに来るまでも何回かあったし、仮にもここは17階層。ベル・クラネルが居るであろう階層までは随分と距離が離れているし。
「……………あれ?」
「………?レフィーヤさん?大丈夫ですか?」
その瞬間、右隣に居たレフィーヤが何かに反応した。
急に頭痛でもしたかのように右手で頭を押さえ、その場で少し動きを止める。ノアもアイズもそのレフィーヤの様子に心配になって覗き込むが、しかし彼女の様子は普通の頭痛とは少し違うらしい。
「ミノタウロスが、逃げる……?」
「「え?」」
『ブモォォオォォォオオオオ!!!!!!!』
「えぇ!?ウソ逃げたぁ!?」
「お、おい!テメェら怪物だろうが!!」
「「「っ!?!?」」」
レフィーヤのその謎の予感が、的中する。
これだけの数がいたミノタウロス達は、目の前で同類達を軽々と屠り始めたベート達に怯えてしまったのか、急に錯乱しながら一心不乱に逃げ始めたのだ。驚くのは当然、だってこんなことは滅多に起きない。ノアとて3時間殴り合ったミノタウロスがもうなんか嫌になったのか、そそくさと逃げ始めたことくらいしか記憶にない。まあ当然そのあと後ろから殺したのだが……今はそんなことを思い返している場合ではない。
「追えお前達!!パニック状態のモンスターは何をするか分からんぞ!!」
「「「っ!!!」」」
ノアとレフィーヤとアイズは、反射のように走り出す。それぞれに自分のすべきことを理解したから。……もちろんノアだけは少し違って、これこそが例のトラブルであると確信したから。
もちろん3人は手を離している、離してしまっている。そうでなければアレを追うことは出来ない。だからこそ、ノアの表情は険しい。ここからは速度では勝てないアイズについて行かなければならない。……着いていかなければ、2人の出会いを阻止出来ない。
「なっ!上層への階段に……!!」
「17階層は私に任せなさい!!上を追って!!」
「ミノタウロス止まりません!更に上層に!?」
「各階層に1人ずつ残れ!!」
「1匹足りとも取り逃がすな!!殺し尽くせ!!」
「退けぇ!!」
ミノタウロス達は一心不乱にダンジョンを駆け上がっていく。それも正しく導かれるように、17階層から大凡10階層以上も上へ上へと登っていく。
……こんなこと、本来あり得るのだろうか。
知能の低いモンスターが、一級冒険者達が必死になって追いかけているにも関わらず、10階層以上も上へと逃げることなど。特に中層の階層はそれなりに複雑だ、人間ですら迷ってしまうことがある。だがこのミノタウロス達は迷わない、迷うことなく適切なルートを辿って登っていく。もちろん彼等がダンジョンに住んでいるから、そのルートを知っていたという可能性はあるだろう。
だが、だとしても。
(レフィーヤさんも、ティオナさんも、他の階層に残った……けどやっぱり、私の足では、アイズさんとベートさんには追い付けない……!)
既に彼等2人とは気を抜いたら見失ってしまう距離まで引き離された。ノアは一緒に走る団員達を適切に各階層に振り分けるよう指示を出しながらも、必死になってあの2人のあとを追いかける。
……出会ってしまう。
このままでは出会ってしまう。
なぜ、なぜこうも的確にミノタウロスは駆け上がっていくのか。どうしてこうも2人を結び付けるに適切な状況を作り出すのか。まるでアイズを導くようにして、ミノタウロスは恐らく上層に居るであろうベル・クラネルの元へ向かっている。
……これは偶然か?それとも必然か?
あり得ない。
あり得ないだろう。
ロキ・ファミリアだって馬鹿ではない。
ミノタウロスを追っている間にも、どうにか上層への階段部へ行かせないように様々な措置を講じているのだ。魔法を撃って、走るルートを変えるように努力もした。それでも奴等はそれすら無視して階段へ向けて走るのだ。
ならばお前達は何から逃げている?何に怯えている?何を目的に走っている?そもそもどうして逃げ出した?あのリヴェリアですらその行動に驚いたくらいには、普段であればあり得ない行動なのに。どうして今日ばかりはそれが起きた?
どうして?
どうして??
どうして。
どうして……
「………ノア………さん………」
「………全員、この場から撤退して下さい。下の階層に戻って、他の団員達を呼んできて下さい」
「で、でも……」
「いいから行ってください!!!」
「は、はい……!!」
ふざけるな。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……!!
巫山戯るな!!!!!
そうまでして私の邪魔がしたいか。
そうまでしてあの2人を合わせたいのか!
それほどまでに運命というのは大切か!?
「運命なんてクソ喰らえだ!!」
『ブモォォォォォォォォオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!』
目撃した。
その瞬間を。
ダンジョンの壁に大きな切れ込みが入り。
ゆっくりと。
けれどはっきりと。
黒色のミノタウロスが、生まれ出る。
その瞬間を。
「…………ふざ、けるな」
そのミノタウロスは、普通のミノタウロスと変わらない。
普通より身体が大きく、強靭で、ただ肌が黒いというだけ。
知性も並、武器すら持っていない丸裸。
……しかし、それが正に今目の前でダンジョンから生み出されたのを見た瞬間に、ノアの後ろを共に走っていた団員達は確信してしまったのだ。身体が震え、それほど話したことのない彼に思わず助けを求める目線を送ってしまうほどに、分かってしまったのだ。
これは怪物であると。
自分達ではどうしようもない、抗うことすら出来ない、力の化身であると。
だからノアは彼等を逃した。
そして何となくであるが、想像も出来てしまった。これは他ならぬ自分を足止めするためのものではないかと。本当にそうなのかどうかはさておき、仮にそうであった場合、彼等をこれに巻き込むのは違うだろうと。
『ゴォォアァァア!!!!!!!!』
「ごっ……『開け(デストラクト)』!!」
『グッォオッ!!!?』
殴り、殴り、殴り合う。
その渾身の力を、武器のない双者は互いに、ただその拳に込めて殴り合う。最も単純で、最も原始的な命の奪い合い。技術も才能もなく、そこには単純な力しか存在しないからこそ見ることの出来る。泥試合。
「退け!退け!!退けぇえ!!!」
『ブモォォォォォォォォオオオオオオオ!!!!!!!!』
血飛沫が舞う。
爆炎が爆ける。
痛みも、苦痛も、何もかもを受け入れた上で、目の前の存在に拳を叩き付ける。
殴り飛ばされても立ち上がり、殴り飛ばしても立ち上がられ。前傾姿勢となって、互いに血塗れになりながらも目線だけは切り離さない。
「がぁっぐっ!?!?………わ、たしは……わたし、は……なん、の、ために……何のために……!!」
分かっているとも。
もう手遅れだと。
きっともう、あの2人は出会ってしまっている。
今更それをどうにかすることなど、絶対に出来ない。
『ブモォォオォォォオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!』
血に濡れる。
涙に濡れる。
ほんの少し前まで彼女と握っていた筈の左手が、今は酷く悍ましい血に濡れている。あの温かさすら塗り潰すように、冷たく汚い血が染み込んで来る。
「そんなに私のことが嫌いなのか……!!ダンジョンまで私が憎いか!!」
ああ嫌いだろうとも。憎いだろうとも。
年がら年中通い詰めて、馬鹿みたいに潰されても生き残って。たった1人で階層主を削り殺したかと思えば、ダンジョンの防衛機能たる存在すらも糧とするために呼び出して殺した。そんな自分のことをダンジョンが嫌っているのは当然のことだ。そんな自分のことをさっさと始末したいと思っていても不思議にすら思わない。
……だがそれでも、そうだとしても。
「お前達まで!!ベル・クラネルの味方をするのかァア!!!」
『ゴガァッ!?!?!?』
出力を最大限まで引き上げたダメージ・バーストを、ミノタウロスの顔面に向けて叩き込む。
腕どころか肩口付近まで吹き飛ぶような一撃。爆発の衝撃で右腕は表皮から3cm程度までの肉が全て吹き飛ばし、剥き出しになった肉が大量の血を吐き出し続けた。それでもそれを、ミノタウロスに頭部を殴られながらも、それでも気合いと意志だけで堪えて叩き付けた。もうこんなことは今更だから。こんなことは少し前までは当たり前のように繰り返して来たことだから。今更躊躇する理由もない。
吹き飛ぶミノタウロス。
再生が始まりだす右腕。
次第に赤く染まり始める視界と思考。
……ああ、また血塗れだ。
この感触も、なんだか少し懐かしい。
以前はずっとこんな感じで全身の衣服が赤色に染まっていて、鞄にも髪にも何もかも、自分とモンスターの血がべっとりとこびり付いていた。
それを誰かに見せるのが嫌で、噂でさえもアイズ・ヴァレンシュタインの耳に入るのが嫌で、可能な限り早くにそれを落として処分するようにもしていたのに。今日というこの日は、そうすることは出来ないだろう。どうやったって、見られてしまうだろう。そしてきっと、また彼女との心の距離は開いてしまうのだ。ああ分かる、分かるとも。この世界は自分にとって都合悪く作られているから。この世界は自分のことが大っ嫌いだから。そんなことはもう嫌というほど思い知らされたとも。
「死ね!死ね!死ね!!死んでしまえ!!」
ミノタウロスも、モンスターも、運命も。
邪魔する全て、立ち塞がる全て。
全部、全部、全部……!!
『グォオォォォォォオオオオ!!!!』
付与魔法を治り掛けの右手に付与し、倒れたミノタウロスの胸部に向けて叩き込む。何度も、何度も、何度も突き込む。突き込んで、爆発させ、その先に向けて掘り進んでいく。
抵抗は強い。
顔面にも、腹部にも、攻撃を喰らう。
爆破の衝撃が自身の身体をも傷付ける。
けれど、ノアは適当なポーションを飲んでスキルを発動させた。
『防護』のアビリティを強化するスキル。
何度攻撃を食らっても、何度反撃を食らっても。仰け反りはしても、吹き飛ばされることはない。だから痛みも、苦しさも、その苦痛だけは受け入れて、ただ只管に魔石に向けて掘り進めた。なりふり構わず、自分の肉体を破壊し続けた。
悲鳴は大きい。
焦げ臭い返り血が本当に不快だ。
自分の身体の変に破損した状態に違和感が酷い。
血が目に入るし口に入る。けれどそれを今更拭ったり吐き出したりすることもしない。身体の外も内も、血によって染まっていく。
「早く、早く、早く、早く……終われ、終われ、終われ、終われ……!」
殴り続けるほどに抵抗は弱くなり、魔石に近付くほどに悲鳴は小さくなっていく。とうの昔に人間の腕の形をしなくなっていた自分の両腕は、しかしそれでも止まることはない。だってまだ死んでいないから。武器はない、増援も来ない、ここに居るのは自分とモンスター。けれどそれでいい。もうそれでいい。誰も見ていない、誰も聞いていない。
彼等の出会いはもう止めることは出来ないけれど。それでもせめて、せめてこんなにも醜い自分の姿を、彼女に見られることがないのなら。……もう、それでいい。
もう、それで。
『ーーーーーッッ』
バキンッ、と。
魔石が割れる音がする。
振り下ろした拳に、その破片が突き刺さる。
ミノタウロスは一度大きく身体を震わせ、ノアの顔面にまで迫った最後の抵抗となる拳を跳ねさせると、直後に力なく自身の全てをその場に落とした。そうして一瞬の空白の後、それは他のモンスター達同様に灰へと変わって消失する。
「…………」
残ったのは、そんな怪物の灰と血に塗れた、汚らしい人間が座り込んでいる姿だけ。結局何も成すことが出来ず、ただ血と灰しか得ることの出来なかった、哀れな愚か者の姿だけ。
「…………弱かったですね、ほんと」
だが、そんな弱い存在に足止めされた。
そんな弱い存在に、塗り潰された。
「血に塗れているのがお似合いだとでも、言いに来たんですか……?」
ああ、確かに自分は綺麗ではないだろう。
ベル・クラネルのように白くない、アイズの隣に立つに相応しい綺麗な心の持ち主ではないかもしれない。今だって怒りに任せてこのザマだ。汚れている。美しくない。醜い。悍ましい。気持ち悪い。こんな風に血に塗れて、それを改めて自覚しろとでも言うつもりか。
「分かってる。分かってたんですよ、そんなこと……」
でも、まだだ。
まだ、どうにかなるはず。
まだ出会っただけだ、まだ手遅れではない。まだ何もかもが終わった訳ではない。だからもう少し、もう少しだけでも身体に力をいれて、普段のように振る舞わなければ。
……そう、思っているのに。身体に力が入らなくて。
心を泥水の底から、引き戻すことが出来なくて。
俯き、目に映る血の池から、どうしても、目と心を引き離すことが出来なくなる。血と灰に塗れながら再生している自分の腕が、人間のそれには見えなくなる。
あぁ……ぽつり、ぽつり。
また飽きもせず涙が溢れる、またみっともなく心が割れる。
またどうしようもなく、笑みは崩れる。
「ノアさん!!」
ああ、血が冷たい。
灰が鬱陶しい。
どうしてこんなにも自分は、美しくあれないのだろう。
どうしてこんなにも自分は、嫌われているのだろう。
そんなにも許されないことなのだろうか。
そんなにも重い罪であるのだろうか。
だったらさっさと、殺してくれればいいのに。