【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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25.二重の○

「ノアさん!!」

 

一心不乱に走った。

その人が居る元まで、必死に。

 

担当していた階層の処理が終わって、上層へ向けて走っている最中に、引き返して来ている団員達を見つけた。

……黒いミノタウロスが出たと。そして今、それと彼が1人で戦っているのだと。そう聞いた瞬間に既に自分は走り出していた。

 

何故1人なのだろう。

何故こんな上層でそんなものが出て来たのだろう。アイズさんは何処に行ったのだろう。どうして自分はまだここに居るのだろう。

 

51階層でカドモスの泉へ泉水を取りに行く時も、その後に奇妙なモンスターに襲われた時にも。自分はそれなりに上手く立ち回れた筈だ。

魔法による火力支援も出来たし、広範囲魔法による殲滅だってやった。以前よりも自分に落ち着きがあって、咄嗟の対応にも戸惑うことがなくなったように思う。それが彼のおかげかは分からないけれど、少なくとも彼を助けるにはそれくらいのことが出来ないといけないと思ったのは確かだ。

 

……それに不思議と、少しずつ並行詠唱の感覚も掴めて来た。身体に馴染むように、思い出すように、それが身に付いているのを感じる。

だから役に立てるって、嬉しくも思った。きっとあの人の手伝いが出来るって、そう思った。

 

けれど、理解させられる。

どれだけ力を付けたとしても、それは状況が許してくれなければどうにもならないと。本当に助けたい人がいるのなら、何をどうやったって、まずは側に居なければ意味がないのだと。……そうやっていたとしても、努力したとしても、正しく今の彼のように、求める人の側にいられないこともあるというのに。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「………レフィーヤさん」

 

泥と、灰と、血と、涙に濡れて。

呆然とダンジョンの床を見つめる彼に走り寄る。

 

何を見ているのだろう、彼は。

何を思っているのだろう、彼は。

どうして泣いているのだろう。

どうして泣かされているのだろう。

一体何に、泣かされているのだろう。

 

「……黒い、ミノタウロスは……」

 

「……倒しましたよ。まあ、階層主ほど、強くはありませんでしたから……」

 

「……比較対象が、おかしいですよ」

 

取り出した手拭いで、彼の顔を拭う。

けれど全身に返り血を浴びた彼のその全てを、自分は拭ってあげることは出来ない。彼の抱えるその全てを、自分は理解してあげることは出来ない。

こうして彼を拭うたびに汚れていく手拭いを見て、なんだかそれすら恨めしく思う。彼に関わるほどに、お前もこうして暗い気持ちを移されていくのだと。そうまでしても、彼の全てを拭える訳ではないのだと。まるでそう言われているみたいで。気に食わない。

 

「なぜ、こんなところに強化種が……」

 

「……さて、本当にただの強化種だったのか何なのか」

 

「え……?」

 

「いえ。ただ、その様子だと……他の階層は、問題無さそうですね」

 

「は、はい。私の担当していた階層も、問題なく処理出来ました……」

 

「そうですか……レフィーヤさんも、なんだかカッコよくなりましたね」

 

「……まだまだ、そんなことないです」

 

なんだか力の抜けた状態で無理矢理に立ちあがろうとする彼を支える。

……アイズさんは戻って来ない。こんなことが起きているということも知らないのだろう。当然だ、こんなこと自分も偶然下って来た団員達から聞かなければ知らなかった。

 

それでも別に、彼がここを移動する意味はない。

時間が経てば他の団員達も登ってくるだろうし、誰も登って来ないことに気付けばアイズさん達だってここに来る筈だ。

けれどノアさんは、今も上の階層へ行こうとしている。そこに行かなければならない理由が、あるように。

 

「ノア!レフィーヤ!!」

 

「リヴェリア様……!」

 

「……っ!!何があった!?」

 

幸いにも、リヴェリアの行動は早かった。

彼女は団員からその報告を受けると直ぐに処理を終えた団員達をまとめ上げ、全速力でこの階層まで走って来た。それはそうすべき程の緊急事態だと判断したからだ。

そうして駆け付けたところに、見てしまったのは血塗れのノア。彼が仮に不死の身であったとしても、焦るのは仕方ない。そんな彼の姿を見て、何も知らない団員達はより焦りを増す。

 

「ちょ、大丈夫なのアンタ!?」

 

「あ……その、全部返り血なので……」

 

「いや、返り血って……」

 

「……黒いミノタウロスというのは、倒したのか?」

 

「はい、なんとか……」

 

「……アイズはどうした」

 

「…………ここより上の階層に、行っています」

 

「…………そういうことか」

 

ノアがこの遠征に拘っていた理由。それはアイズとその運命の相手が出会うのが、この遠征の後であるからだとリヴェリアは予想していた。故にそれに備えて、遠征が終わった後にアイズとノアにちょっとした休暇でも出してやろうかとも、そう考えていた。

……だが、実際にはそうでなかったらしい。

今この瞬間こそが、その時であったということだろう。正直少し悠長にし過ぎていた。ノアとアイズを取り敢えず2人にさせておけば問題ないと、そう思っていた。

そういう意味では、今回の大量のミノタウロスの逃走劇というのは、リヴェリアが用意したその状況を壊すのに最適な物だったと言えるだろう。あんな風に他の探索者が巻き込まれる可能性を提示されてしまえば、速度に優れたアイズを走らせるしかなくなるのだから。ノアとアイズを引き離すには、それしかないというくらいの最適な状況だったのだから。

 

「……お前達、一先ずこのまま地上に戻る。その間、レフィーヤはノアを頼む。フィン達と合流はするが、お前は先にノアを本拠地に連れて行け」

 

「わ、分かりました!」

 

何にせよ、今は少しでもノアの精神的なケアをする方が先だ。アイズに話を聞く必要はあるが、その結果がどちらにせよ、今のアイズとノアを一緒にさせるのは良くない。

……本当に、そういう意味ではレフィーヤは自分の役割を全うしてくれているし、彼女の存在は非常に大きい。

 

 

 

 

 

自分を見た。

 

否、昔の自分を見た。

 

昔の自分によく見た、少年を見た。

 

その少年はミノタウロスに襲われていて、それを助けた自分を見て一目散に逃げてしまった。血に濡らしてしまったし、差し出した自分の手も血に濡れていた。彼は自分の手を取ることもなく走って行ってしまって、ベートさんはそれを自分が"剣姫"だからと言った。

 

落ち込んだ。

 

悲しく思った。

 

 

……けれどその直後に、そんな少年や自分なんかよりもよっぽど血に塗れた彼を見てしまった。

レフィーヤに肩を担がれ、他の団員達からも心配され、フィン達が来るまで待機していた自分達より先に拠点へ戻って行った彼。妙に疲弊した顔をして、けれどアイズには一度歪な笑顔で笑いかけてから帰って行ってしまった彼。

 

あの大樹のようなモンスターの攻撃を受けてもビクともしなかった彼が、たかがミノタウロスの相手をしていて、あそこまで疲弊するとは思えない。ただミノタウロスを討伐するというだけで、リヴェリアやレフィーヤがここまで焦ることなどあり得ない。

 

……自分の知らないうちに、自分より後ろにいた筈の彼が、何かとてつもない者に襲われたのだと分かった。

そしてそれはつまり、自分がこうして少年に逃げられてしまったことに落ち込んでいる間に、彼は他の団員を逃して、たった1人でそれと対峙しなければならない状況にあったということに違いなくて。

 

「レフィーヤ……」

 

「あ、アイズさん」

 

「……あの、ノアは……?」

 

「部屋に居ますよ。特に大きな怪我とかはなくて、今は休んでいるだけです。……食欲がないみたいなので、さっき飲み物だけ渡して来ました」

 

「………そっか」

 

彼の部屋に向かっている途中に顔を合わせたレフィーヤに、そう教えて貰う。

……やっぱり、レフィーヤは凄いと思った。自分にはそんな気遣いは思い付かなかったし、今もこうして何も持つことなく、ただ顔を見に行こうと考えていた。以前にもこんな感じのことを考えたことがあるというのに、自分はそれを全く反省出来ていない。

それでも彼はレフィーヤではなく自分を選んでくれているということに、嬉しさと、申し訳なさを感じてしまう。こんなにも足りないところだらけの自分を、そんなにも。

 

「あの、アイズさん……」

 

「なに……?」

 

「……ノアさんのこと、お願いしますね」

 

「?……うん」

 

一瞬何かを戸惑ったレフィーヤは、それだけを言い残すとアイズの前から去っていく。アイズにはレフィーヤが何を言いたかったのか分からない。レフィーヤがもしかしたらノアのことが好きかもしれないと、それくらいはアイズでも分かるけれど。だからレフィーヤが何をしたいのかなんて、アイズにはそこまで分からない。

 

「……ノア、入ってもいい?」

 

『っ!……構いませんよ、アイズさん』

 

「うん、入るね」

 

ガタガタっと、慌てるような音が中から聞こえてくる。

アイズが一拍置いて中に入ると、彼は相変わらず少し顔色の悪い様子で、けれど変わらぬ優しい笑みで、自分のことを迎え入れてくれる。

 

「……もしかして、心配させてしまいましたか?」

 

「うん……無事でよかった」

 

「すみません。最近少し疲れやすいというか、精神的に弱くて。でも今はもう大丈夫なので、ほら」

 

ベッドに腰掛けていたであろう彼が立ちあがろうとしたところを無理矢理に押し込んで、自分も同じように彼の隣に座る。

……疲労しているのは知っている、自分のためにわざわざ起き上がる必要なんてない。どうせ自分は彼のために何もすることは出来ないのだから。せめて彼を疲れさせないように、気を遣うくらいは努力する。

 

「ごめんね」

 

「え……?」

 

「ノアは大変だったのに、置いていっちゃった……」

 

「いえ、それは……アイズさんは悪くないですから」

 

「ううん……ノアの手、離しちゃったから。私のせい」

 

彼は自分の側に居てくれると言ってくれた。彼は自分のことを助けてくれると言ってくれた。そして彼はそれを言葉だけでなく、実際にそれを行動でも示してくれた。

……それなのに、自分は彼の手を離してしまった。彼を置いて行ってしまって、彼を1人にしてしまった。彼が交わしてくれた約束を、彼が守ってくれた言葉を、自分の方は無視してしまった。最低だ。

いくらなんでも、そこで彼の足を責めるということはしない。彼は自分を追って来てくれたし、自分は彼を1人にすることに気を向けてすら居なかった。別に自分が行かなくとも、あの少年はベートが助けていただろうに。自分は考えなしに、走り続けてしまった。

 

「……ねえノア。ノアは私のこと、怖い?」

 

「え?」

 

アイズは尋ねる。

 

「どうしたんです?いきなり」

 

「……ダンジョンで助けられた子に、逃げられちゃった」

 

「…………」

 

「昔の自分みたいに弱くて、純粋な子。……でもその子は私のことを見て、凄い勢いで走って行っちゃって」

 

「……そうですか」

 

ノアの顔が曇るが、しかし顔を俯かせているアイズはそのことには気が付かない。ノアが何を思ってその話を聞いているのか、アイズがそれに気付くことは当然にない。

 

「他の団員の人達も、私には遠慮がちで……私、怖がられてるのかなって……」

 

「……なるほど」

 

「仕方ないって、思うの。強いってことは、怖いってことだから。……でも私は、強くなりたいから」

 

それはあの少年と出会ったことによって、表面に浮かび上がって来たアイズの悩みだった。なんとなくでも気付いていた、自分が避けられているという、その意識。……アイズがノアに直接好意を伝えられて、動揺してしまったその理由でもあったりする、根深い根深い、積み重なってしまった悲しい重みだ。

 

「少なくとも私は、アイズさんのことは怖くないですよ」

 

「……ノア」

 

「むしろ好きですから」

 

「!……うん」

 

「それに多分、世間的に見たらアイズさんより私の方がよっぽど怖がる人多いですよ?私の方がよっぽど無茶してるんですから」

 

「……ふふ、それはそうかも」

 

「あ、そこはフォローして欲しかったです」

 

「でも……うん、ノアは無茶するから」

 

「そうかもです」

 

そうだろうとも。

アイズよりもノアの方が、よっぽど周りからは不審がられている。比較にならないくらいの無茶をしている。その執念とかは、普通の人から見れば普通に恐ろしいとも。 

それに……

 

「少なくとも、ティオナさん達には友人として愛されているでしょう?」

 

「……!」

 

「誰からも好かれることなんて出来ませんよ。それでも、自分の好きな人に好かれているなら。それでいいじゃないですか」

 

「……自分の、好きな人」

 

「最後に信じられるのは、そういう人達です。自分も好きで、相手も好きで。だからこそ、その人に自分の全てを任せられる。……そんな人達と一緒に、生きていきたいでしょう?」

 

「………うん」

 

「それなら、その人達を大切にすることです。そういう誠実さを知って貰えれば、きっと怖がる人も減っていきますよ。……少なくとも私はそう思って生きています。万が一にも好きな人に嫌われてしまわないよう、なるべく誠実に生きるようにしています」

 

「……そっか」

 

言われてみれば、それが彼の拘りなんだろうなと納得した。人は誠実にばかり生きることは出来ないけれど、出来る限り誠実に生きていくことは出来る。その不誠実は誰かに不審を抱かせるし、その誠実は誰かに信頼を抱かせる。自分の1つの行動が何処でどうやって伝わるか分からない。……その相手が好きな人間であれば、余計にだ。自分の不誠実を塗り潰そうと、必死に誠実を求めることだってあるのかもしれない。

……彼のその生き方が恐らくは自分に対して向けられたものだと思ってしまうと、そんなに気にしないでいいのにと思ってしまうが。それでも実際に不誠実なところを見てしまえば幻滅してしまうのだろうから、やはり彼のその考えは間違っていないのだろう。

 

「……ん?」

 

……そういえばと、ふと思い出す。

どうして私は彼の様子を見に来たのに、逆にこうして悩みの相談なんてものをしているのだろう?

彼は疲れていて、顔色も悪くて、自分はそれを心配してここに来たというのに。むしろこうして彼を起き上がらせて、彼に気を遣わせて、彼にこんなにも言葉を使わせて……

 

(……またやっちゃった)

 

こういうところだ。

こういうところが駄目なのだ。

アイズは心の中で自分の頭をポカポカと殴る。

自分の都合ばかりを優先させてしまって、自分は彼の気持ちに応えないのに、都合の良いように彼を利用しているみたいで。こんなのはそれこそ不誠実だ。……レフィーヤなら、ちゃんと彼のことを思って行動するだろうに。

 

「あ、あのね……」

 

「?」

 

「ノアは、その……私にして欲しいこと、ある……?」

 

「………………………………え?えぇ?それは、その、どういう」

 

「……私は、その、分からなくて。ノアのために何かしてあげたいって、思うんだけど……何をしたらいいのか、分からないの」

 

「アイズさん……」

 

「ごめんね。でも、私もノアに……返したいから」

 

もしこの場にリヴェリアが居たのなら、『だからお前はそれを本人に直接聞くな!』と言うのだろうが。しかしアイズは相変わらずそれを本人に聞いてしまう。

それにそう言われると、ノアだって困ってしまう。自分のために何かをしてくれるとは言うけれど、何をどこまで許してくれるというのか。その線引きも、例えも分からず、今直ぐに適切な答えというのは思い浮かばない。

 

「え、と…………」

 

「………思い浮かばない?」

 

「い、いえ、もう少し時間を下さい。こんな機会、勿体無くて手放せませんもの」

 

「ふふ、言ってくれればいつでもするよ?」

 

「……そんなに嬉しいことばかり言われると、私の頭が爆発してしまいそうです」

 

顔を真っ赤にさせて、それを隠そうとして手で口元を覆って、『どうしよう、どうしよう』と必死に頭を回しているであろう彼が少し可愛く見える。

50階層ではあんなにも頼もしく敵の攻撃を引き付けて代わりに受けてくれた彼は、こうしていると本当に弟みたいというか、女の子みたいというか、それはそれで彼に失礼なんだろうけども……

 

「じゃあ、お預け?」

 

「え"」

 

「じゃなくて、取っておく?」

 

「……それはつまり、保留ということですか?」

 

「うん。思い付いたら、また言って?」

 

「……分かりました。私もじっくり考えたいので、そうさせて下さい」

 

「うん、待ってる」

 

相変わらず、思い付きで、行き当たりばったりで、知識の無さが足を引っ張ってしまっているけども。なんとなくではあるが、50階層で一緒に肩を並べて戦ってから、少しずつ彼への見方が変わって来ているのを感じている。

このまま順調にいけば、もしかしたら彼のことを愛せるようになれるかもしれない。そんな期待も湧いて来て、アイズはなんだか嬉しくなる。

少しずつではあるが、アイズの中で状況は良い方に向かっていた。少なくともアイズの中では、喜ばしい状況に向かっていた。

 

 

……その日、アイズは夢を見る。

遠い昔の記憶。

優しく輝かしかった父と母と共に過ごしていた頃の幸福な記憶。

 

【いつかお前だけの英雄にめぐり逢えるといいな】

 

果たしてそれは、父の語ったその英雄になってくれる人物を見つけたからか。それとも、かつての自分によく似た少年に出逢い、あの日の自分と再び向き合うことが出来たからなのか。

目覚め、思い返し、思い至ったその時。アイズは嬉しげに笑っていた。


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