【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「なんや色々あったけど!とにかく今日はカンパーイ!!」
「「「乾っ杯ーー!!」」」
遠征終わりのいつもの宴会。
今日は豊穣の女主人という店で、ロキを中心に皆が大いに盛り上がっている。今日ばかりは団長のフィンですらもお酒を飲み、酔っ払ってしまうほどの有様。けれどそれもまた一興というものだろう。そういう時間があるからこそ、団長への親近感も上がるというもの。
(……でも確か、この時って……あれ?居たよね?記憶が薄れ過ぎて曖昧なんだけど、確か彼も居たよね?)
つい先程、ディアンケヒト・ファミリアにて軽度の鬱病と診断されてしまったノア・ユニセラフ。彼は取り敢えず飲み薬を処方されてここに居るが、彼の僅かに残った前回の記憶がそれを告げている。
(……あ、見つけた)
そしてどうやら、その記憶は正しかったらしい。
カウンターの席で、こちらを見ている白髪の少年。こちらというか、主にアイズを見ながら顔を赤くしているその少年。
……あ〜あ、ついにこうして顔を見てしまった。
別に彼は何も悪くないし、むしろ悪いのは自分の方であるのだろうけれど。出来ればやっぱり出会いたくはなかった。言うなれば彼は、ノアにとってのトラウマだから。
「……?ノア、どうかした?」
「え?あ、いえ、何でもないですよ」
「ノアさん、最近食欲が無いんですよね。何か食べられますか?」
「え、ええ。それならこれとこれを……」
「……ノアはお酒、飲む?」
「その、まあ付き合いで無理矢理飲まされたことはありますけど、どちらにしても今日はやめておきます。リヴェリアさんと同じ果実絞りが飲みたいです」
「ん?そうか。レフィーヤ、注いでやってくれ」
「はい!任せてください!」
アイズとレフィーヤに挟まれて、何故かノアは女性側の席に座っている。しかも対面に居るのは本当に何故かベートである。一体どういう意図でこの席順になってしまったのか。目の前のベートも微妙な顔をしているというのに。どんな顔をして向き合えばいいというのか。
……それに、お酒を飲めないのも薬を飲んでいるからだ。宴会の席でお酒を飲まないのは申し訳ないけれど、年齢が年齢だし、アイズやレフィーヤ、リヴェリアだってお酒を飲まないのでそれも助かっているところはあるだろう。むしろこうして気に掛けて貰ってしまって、申し訳ないくらいに思っていて。
「にしても!こうやって見ると美人揃いでほんま目にええわ!真正面のベートやって眼福やろ!」
「その真正面に座ってる奴が男じゃねぇか……」
「そう言えば聞いたこと無かったんやけど、ベート的にはどういう認識なん?ノアのこと」
「あ?どういう意味だ?」
「恋敵やろ?」
「「「「ぶっ」」」」
アイズ以外の全員が吹き出した。
「ごほっ、ごほっ……」
「なっなっなっなっなぁっ!?」
「……ノア、"こいがたき"って何?……恋?が滝?」
「えぇ!?あ〜、ええっと……こ、好敵手ってことです!ラ、ライバル的な!そういう!!」
「そうなんだ……いつの間に"こいがたき"になったの?」
「さ、さあ?い、いつだったでしょうか。ねぇベートさん……?」
「そ、それを俺に振るんじゃねぇ!!クソ!!」
ベートは思いっきりにお酒を飲んで、その場の空気を誤魔化そうとする。彼のいつもの常套手段と言ったところだろうか。単純に一気飲みは心配になったものの、まあ彼ならよっぽどのことがない限りは大丈夫だろうと思える。
ノアもレフィーヤに果実絞りを注いで貰って、アイズに素早い動きで料理も取ってもらえて、なんだか嬉しく楽しくなってきた。食欲自体はやはり無いけれど、こういう場は素直に楽しいと思える。
(………そういえば)
この後、何か起きなかっただろうか?
………記憶にない、全然思い出せない。ベル・クラネルがここに居ることを自分が覚えているくらいには何かがあった筈なのだろうけれど、しかしそれが何かまでは覚えていなくて。彼は今もまだこちらを見ているし、そんなこちらの視線に気づくと変に姿を隠そうとしてしまったし、果てさて一体何が起きるというのか。挙動不審な彼に酔っ払いが絡みに行く、なんてのは十分にありそうだけれど。それをアイズが助けたりしたのだろうか。だとしたら代わりに自分が助けに行こう、ということは出来なくもないけれど。
「ぷはぁっ!!……そうだアイズ!!お前のあの話を聞かせてやれよ!!」
突然、ベートが叫び出した。
やっぱり一気飲みは流石の彼でもお酒が回ってしまったらしい。
ノアはそそくさと彼の手元にあったお酒の瓶をガレスの元へやって、座り直す。今更な手遅れ感は否めないけれど、それでも一応。
「?」
「あれだって!帰る途中で逃したミノタウロス!最後の1匹をお前が始末しただろ!?そこに居たあの……トマト野郎のことだ!!」
つまり"彼"のことですね。
「あ、ノアさん。口元についてますよ」
「へ?あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
当たり前のようにレフィーヤに世話を焼かれてしまう。
恥ずかしく顔を赤らめる様子までなんだか嬉しそうに見られてしまって、ちょっと目を逸らしながらも口元を拭かれた。ベートの話の方はどんどん勢いを増しているというのに。
「あのヒョロくせぇ冒険者!兎みてぇに壁際へ追い込まれちまってよぉ……可哀想なくらい震えがっちまって!」
「へぇ、そんでどないしたん?助かったん?」
「アイズが細切れにしてやったんだけどな!けどそいつ、あの"ミノタウロスの臭ぇ血を浴びて"、"全身真っ赤"になっちまったんだ!!マジで綺麗にぶっ掛けられちまって!"綺麗なトマト"みたいだったぜ!!くはははははっ!今思い出しても腹痛ぇ!!」
「「「「「……………………」」」」」
………あれ?もしかして空気悪いですか?
ベートの言葉の直後、急に場が冷えてしまった。
なんだか皆が気不味そうな顔をして、そのいきなりの変化にベート自身も困惑している。ノアももちろん困惑している。あと何故かノアの方にもチラホラと視線が集まっている気がする。
あまりヒートアップするようなら止めようかなとノアも思っていたのだけれど、なんだか違う方向に話が進んでいるというか……
「………あ、そういえば私も同じ頃にトマトみたいになってましたね」
「「「「……………………」」」」
あ、場の空気がもっと沈んだ。
ベートの顔がなんだか凄いことになっている。
え、これどうすればいいんですか?
もしかして私は間違えてしまいましたか?
オロオロとして周りを見渡すが、しかしこれにはアイズもレフィーヤも目を逸らすばかり……食事の時分にあんな悍ましい光景を思い出させてしまったのが良くなかったのか、とノアはおかしな方向に思考を働かせるが。こんな時に頼りになる人物もいる。
みんなのママことリヴェリアさんである。
「はぁ……いい加減にしておけ、ベート。飲み過ぎだ」
「ぁん?」
「ミノタウロスを逃したのは我々の不手際であり、巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれど、酒の肴にする権利はない。あと空気を読め」
いつものように、手慣れたように、リヴェリアが沈んでしまった場の空気を整えてくれる。彼女のこういうところが凄いと素直にノアは尊敬している。空気の読めない自分と違って、状況に応じた適切なことが出来て言葉にもしてくれるからだ。いつか自分もそうなれたらいいのに……と思うこともあるが、しかし今日のベートはそれでも止まることが出来ないようで。
「チッ、ならアイズはどう思うよ?自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎を」
「……あの状況では仕方なかったと思います」
「あぁ?違ぇよ!あの軟弱野郎に好きだの抜かされたら、受け入れるのかって聞いてんだ!」
「それは……」
「そうだろう!ああ、そんな筈がねぇ!気持ちだけが空回りしてる軟弱野郎に、お前の隣に立つ資格なんざねぇ!!それは他ならぬお前が認めねぇからなぁ!」
「ちょっと、あんたそろそろ落ち着きなさいよ。私達が恥ずかしいんだけど」
「うるせぇ!!雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇんだ!!そんな奴はそもそも必要とされてねぇ!!」
「お、おいベート。君もそれくらいで……」
「さあアイズ!言えよ!!あのガキとオレ、ツガイにするならどっちがいい!?」
「…………………ノア」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ごめんなさい、ちょっと泣いてきます。
「クッソがぁぁぁあああああ!!!!!」
「ベートが暴れ出した!?全員押さえ付けろ!!」
「落ち着いて下さい!当たり前の結論です!」
「そりゃそうなるでしょ!!」
「なんでノアに勝てると思ったのよ!この馬鹿狼!」
「ノ、ノアさん?大丈夫ですか?」
「ノ、ノア?どうしたの?大丈夫……?」
「い、いえ、その……はい……大丈夫です」
「ベ、ベルさん!?」
「お、食い逃げか?」
「この店で食い逃げとは、根性あんなぁ」
「………あれ、今のって」
「ア、アイズさん!そっちの布巾取ってください!」
「え?あ、うん」
一瞬で、一瞬で宴会の席はとんでもないことになってしまった。
ベートは暴れ始めてティオネ達に締められてしまうし、ノアは嬉しさのあまりに普通に涙が溢れてしまって周囲に心配をかけてしまう。あとベル・クラネルは食い逃げをした。
(………え?食い逃げ?)
ノアは涙を流しながら二度見をした。
ほんとに食い逃げをしていた。
ベートが色々言ってたことが突き刺さってしまったのだろうか?……でも確かにあの言葉は、前回の自分が聞いたら、自分にも深く突き刺さってしまうような言葉だったとノアは思う。あんなことを言われたら、今とは別の意味で泣いてしまうだろう。というか記憶にはないが、実際にないたのだろう。だから記憶にも残っていたのだ。
それにそういう意味では、彼はこの場で自分が酒の肴にされて笑われているのを聞いていたことになる訳で。逃げ出したくなるのも仕方ないことというか………まあ、実際に笑っていたのはベートだけだったが。そういう問題ではなくて。
やっぱり自分の弱さを改めて他人に突き付けられると、人は本当に辛くなってしまう。ノア自身もそれについては身をもってよく理解している。だからこうして彼が食い逃げをするくらいに逃げ出したくなってしまったことも、また仕方ないと言えよう。良いことではないが。
「ノアァァア!!!俺はテメェにだけは絶対ェ負けねぇからなぁぁあ!!?」
「ふぇ……?」
「強ぇ癖に泣いてんじゃねぇぇええええ!!!」
ベートは縛られた。
そしてそのまま吊るされた。
何もかもに負けた、哀れな狼の末路である。
最近、ノアさんとアイズさんがなんだか凄く良い感じだ。
ノアさんが、というよりは、アイズさんの方が変わった気がする。
もちろん恋愛感情どうこうはまだ無いのかもしれないけれど、それを得るに十分な土壌が出来上がっているというか、いつ芽生えてもおかしくないのではないかというか、むしろどうしてまだ芽生えていないのかというか。まあなんにせよ、前よりずっと良い状況になっているのは間違いない。
……ただ、問題はノアさんの方だ。
アイズさんがそうして徐々にノアさんの方に意識を寄せ始めているのに、肝心のノアさんがなんだか不安定な状態に見えるのだ。
「おはようございますノアさん」
「あ……おはようございます、レフィーヤさん」
「大丈夫ですか……?なんだかまた顔色が悪いですよ?」
「そ、そうですか?……一応眠ることは出来たんですけど、最近なんだか朝が弱くて」
「温かい飲み物取ってきますから。あ、これも羽織っていて下さい」
「すみません……お手数をおかけしてしまって」
「これくらいいですから」
神の恩恵、それは本当に人間の肉体を飛躍的に強化する。それがレベル6ともなれば桁が違う。リヴェリア様やガレスさんが体調を崩しているところなんて殆ど見たことがないくらいだし、耐異常のアビリティを持っている眷属なら尚更だ。
……だから、本来なら耐久にステイタスが偏っている彼がここまで不健康である筈がない。だというのに彼は最近は毎朝こんな感じで、流石に心配になってしまう。変に世話を焼いてしまうのも仕方ない。
「治療院には行ったんですよね?」
「ええ、精神的に少し疲れているのだと言われました。睡眠不足を改善する薬も頂いて」
「その、あまり無理をしないでくださいね?寝不足ならもう少し寝ていてもいいんですよ?」
「いえ、それは流石に時間が勿体ないので……」
「………」
少量の朝食を、少しずつ少しずつ食べる彼。なんだか最近は以前にも増して女性らしいというか、萎らしくなってしまって。儚さをも伴ってしまっている。それでも容姿には気を遣っている分、その姿は本当に綺麗だ。
……こうして見ていると正に病床の令嬢というか。
「おはよう、2人とも」
「アイズさん」
「おはようございます、アイズさん」
「うん」
そしていつものように、アイズさんも起きてノアさんの隣に座る。一時期は何となくアイズさんと居づらい時もあったけれど、今はこうして特に何事もなく以前のように話すことが出来ている。
……それに別に、私もアイズさんの邪魔がしたい訳ではない。アイズさんがこうしてノアさんの方を向いてくれるのなら、私はむしろそれを応援する立場なのだから。昨日の宴会の時のようにノアさんを喜ばせてくれるのなら、ノアさんのことを選んでくれるのなら、私から言うことは他には無くて。
「……?アイズさん、なんだか顔色が優れませんね」
「そうかな……ちょっと、眠れてないかも」
「悩み事ですか?」
「うん、少し……」
いつもより元気がない。……とは言っても、確かにアイズさんも今日はいつもより沈んでいるように見えるが、それは彼ほどではない。他人の心配をしている状況なのかと、他人が見たらそう言うだろう。
しかしアイズさんが元気のない理由は、私も気になる。少なくとも昨日の宴会の時はまだ元気だったはずだからだ。たった一晩で何があったというのか、昨日はあの後も特に出掛けたりはしていない筈だが。
「……あのね、昨日の話」
「……ベートさんの話ですか?」
「うん、私が助けた男の子のこと」
……ノアさんの表情が曇った。
アイズさんは気付いていない。でも私には見えている。少しトーンが落ちたその声で、嫌でも分かる。だからぎゅっと、机の下で彼の手を握る。驚かれても、笑いかけて。
「その子が、もしかしたら、昨日あそこで食い逃げをしていった子かもしれなくて……」
「……つまり、あの会話を全部聞いていたということですね」
「うん……ダンジョンで怖がらせちゃって、それなのに悪口まで聞かせちゃって。すごく、その……悪いこと、しちゃったなって」
「……なる、ほど」
私はその時、ノアさんのその反応を不思議に思った。いつも優しいノアさんが、その話に、その話に出てきたその少年に、言葉はともかく、実際にはそこまで同情していなさそうだったからだ。
淡々と話を聞いていて、アイズさんの話だというのに、それほど興味を持っていないというか、むしろ拒絶しているようにも見えてしまう。その話について、その少年について、あまり話したくないというような……
(………もしかして)
彼が?
アイズさんが助けたと言うその少年が、アイズさんの運命の人?
そんな想像が、妙な納得を持って頭を過ぎる。
「どうしたら、いいかな……」
「えっと……あ〜、そうですね……」
「……下手に謝りに行くのは、良くないと思います」
「レフィーヤ……」
「レフィーヤさん……?」
だとしたら、もしそうなのだとしたら。自分のすべきことは一つだ。今こうして彼が困っているように、敵に対しても誠実さを捨て切れない優しい彼のために、自分がその悩みを引き受ける。たとえその言い方が少しばかりキツイものになってしまっても。ちょっとした悪役を引き受けることになってしまったとしても。
「だってその、弱いって言われたのに。殺されそうなところを助けられたのに。それなのに相手に謝らせたりしたら、自分には何も残らないじゃないですか」
「……でも、私は怖がらせて」
「状況的にも、彼が怖がったのは間違いなくミノタウロスに対してです。そのミノタウロスをけしかけてしまったのはアイズさんではなくロキ・ファミリアで、謝罪するならファミリアとして行うべきかと」
「でも、宴会の時も……」
「あれこそ悪いのはベートさんじゃないですか。アイズさんはむしろフォローしてましたし、謝りに行くのはベートさんです」
「………そう、なのかな」
「そうです」
正直なことを言うと、私はもうこの時点で嫌な予感がしている。だって言い方は悪いかもしれないけど、ダンジョン内でアイズさんを見て怖がって逃げた冒険者なんて、別に他にも過去には当然に居る。宴会の場でのベートさんのああいう発言だって、別に今に始まった話でもない。仮に罪悪感を抱くとしても、もっと抱くべき事柄はあるはずだ。
……それなのにアイズさんは、この件に固執している。
その少年に固執している。
つまりは、その少年に"何かしたい"と思っている。
謝ることを口実にして、会おうとしている。
たった1度出会っただけなのに。
ノアさんのために何かしようとアイズさんが思い始めたことなんて、それこそ最近の話でしかないのに。
「……アイズさんは、その少年のことが気になるんですね」
「!!」
「気になる……うん、そうかも」
「たとえ自分が悪くないとしても、謝りに行きたいんですね」
「………うん」
「ノアさん……!」
彼はそう目を閉じながら話す。口元は笑みを描いているけれど、目を閉じていると言うことは、きっとそういうことだ。……でも、だからってここでアイズさんに優しくしてはいけない。たった一度顔を合わせただけで、ここまで興味を持たれてしまうような相手に。せっかく少しずつ、状況は良くなっているのに。
「……私達は冒険者ですから。ダンジョンに潜っていれば、いつかは嫌でも顔を合わせることになるでしょう」
「……!」
「っ」
「その時にでも、声を掛けてみるといいかもしれません。あくまでファミリアとしてではなく、個人としての謝罪として」
「!……うん、そうしてみる。ありがとうノア」
……でも、多分。彼の方がよっぽど私なんかより、このことについて知っていて考えていたんだろうなぁと思わされた。
きっと彼はもう、諦めていたんだ。
その少年とアイズさんが出会ってしまうことについては。
アイズさんがその少年と出会った時点で、きっとアイズさんが興味を持ってしまうことまで知っていて。どう止めても会いに行ってしまうことまで含めて予想していたんだ。
……実際、なぜノアさんがアイズさんの運命の相手のことについて知っているのかまでは、私はまだ教えられていない。それだってリヴェリア様の想像で、ノアさんには直接聞いたり話したりしてはいけないと言われている。でもそれをこの話の中で確信した。ノアさんは私なんかより、誰なんかより、その少年について警戒していたのだと。当たり前のことではあるけれど、実感が伴うと感じ方もまた違って。
「……あの、アイズさんは今日はどうするつもりですか?良ければみんなで買い物とか」
「ん、ダンジョンに行こうかなって」
「あ……そう、ですか。ダンジョンに……」
「ノアは?一緒に行く……?」
「っ!?」
「え?……そ、そうですね。……えと、はい。良ければ私も一緒にダンジョンに」
あ〜…………
えっと……
……………あの〜。
う〜ん……
どうしよう、これ。
これは良くない兆候だ。
良くない兆候だって分かるけど、ちょっと止められそうにない。
……どうしよう。
少し前の自分なら、こんなこと考えられなかった。
だから今、自分でも割と動揺している。
ここまで変われるものなのかと、自分のことながら。
「アイズさん………ノアさんのこと、ちゃんと見てますか……?」
「え?
「ちゃんと、見てますか?」
「……………………………………………っ!」
自分のことに必死になってしまっても、仕方がない。考え過ぎて、周りが見えなくなるのも、誰にだって良くあることだ。調子の悪いことを可能な限り隠そうとする人だって、私は悪いと思う。
……でも、だからって。
「ご、めん……私、その……寒いのかなって……」
「い、いえ、言わなかった私も悪いので。それにこんな風に体調を崩すような上級冒険者なんて滅多に居ませんし、仕方ないですよ」
仕方なくなんてない、仕方なくなんかない。
そう、言いたかった。
……ううん。でも、やっぱり仕方ないことなんだろう。これはきっと、自分が過剰に反応してしまっているだけ。主観的な思い込みで、判断してしまっているから。これはただ、タイミングが悪かっただけだ。私が思うほど、怒る必要のないことなのかもしれない。
アイズさんが一つのことに集中してしまうと、他の何かが抜けてしまうことは、今までだって何度もあったことだ。前までは私だってそれを『可愛い』と言っていた。それと同じ。それと変わらない。
それに彼の言う通り、こうして上級冒険者の多いロキ・ファミリアに居れば、身体の不調なんて相当な怪我でもしない限りは無縁のものだ。だから気付かなかったのも仕方ないし、実際にアイズさんだって気付いてからはこうして、ノアさんのことを心配している。寝不足で、見落としていただけだ。そうに違いない。
…………でも。
(気付いて欲しかった)
そう思っているのは、きっと自分だけではないだろう。
それは確かに身勝手で、自分本位な願いではあるかもしれないけれど。それでも。それでもどうにか、ならなかったのか。こんな失望を抱くようなことが起きないで済む選択は、出来なかったのか。
「あの……本当に、多分今は寒いだけなので。もう少し暖かくなる昼頃になれば、ほんとに。なんでもないので。だからそんなに気にしないでください。普段からの体調管理が出来ていない私が悪いんです」
「………その、本当にごめんね……」
……ああ、そうだ。
勝手に期待したのは自分達だ。
普段の生活で、宴会の中で、アイズさんがノアさんのことを望むような発言があったから。だから少しは2人の距離が近づいて、アイズさんもノアさんのことを見るようになってくれたと、勝手な期待をしてしまった。
でも、それは間違いだった。
何も変わってなんていなかった。
アイズさんからして見れば、宴会の中でのあの発言は、決してノアさんを選んだという訳ではなく、単にその択の中でなら彼の方が良いという意志を示したに過ぎない。それは『そうなりたい』ではなく『選ぶならそれがいい』だ。消去法だ。即断即決した訳ではない。
(アイズさんは……まだ、ノアさんが欲しい訳じゃない)
今1番苦しくて辛いであろう彼は、逆にアイズさんのことを慰めている。アイズさんも、こんなことにも気付けなかった自分に、酷く後悔しているように見える。それくらい後悔してしまうくらいには、ノアさんのことを大切にだって思っているのだろう。
……でもアイズさん、気付いていますか?
きっと悪気はないのかもしれないけれど。それが悪いことであるという意識もないのかもしれないけれど。ただノアさんを、断り切れないだけなのかもしれないけど。アイズさんは本当に何も分からずに、ただただ振り回されているだけの被害者なのかもしれないけれど。
そうだとしても。
……中途半端な好意が、1番相手を傷付けるんですよ。
アイズさんがファンブル出しまくってます。
目星で致命的失敗まで出しました。
リヴェリアママの出番です。