【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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感想でベルくんの運命力に関する意見が多いので、1つ補足します。
個人の感想的にもこの作品的にも、本来はベルくんの運命力はそれほど強くないはずです。特にベルくんとアイズさんを結び付ける運命力は、むしろリューさんより低いと思います。
……ただし、この作品においては別です。この作品におけるベルくんの運命力はクソ強です。運命くんの力が激強です。
その辺りについても今後の話の中で出て来る謎の一つなので、『あ……分かっちゃった』となってしまった方も、今は内緒でお願いします。
どうぞこれからもよろしくお願いします。


28.母親としての○○

その日、結局アイズはダンジョンに行くことはなかった。

ダンジョンに行くことなく、本拠地の中庭にあるベンチに座り、ぼ〜っと静かに噴水を見つめる。やりたいこと、やらなければならないことは沢山ある筈なのに、不思議と身体が動かない。動かそうとしても、まるで鉛のように重くなっていて、心まで沼に沈んだようだ。

 

 

【アイズさん………ノアさんのこと、ちゃんと見てますか……?】

 

 

ズキン、と胸が痛む。

レフィーヤのその言葉が、何度も何度も頭の中で反響する。

 

「………見て、なかった」

 

見て、改めて、彼がどんなに酷い顔をしていたのか、初めて気が付いた。

自分がああして一方的に悩みを相談している間、彼がどんな顔をしてそれを聞いていたのか、全く見ていなかった。自分はただ、言葉を聞いて、俯いて、考えて。自分のことだけを言葉にして。自分のことしか考えていなくて。

……また、彼に頼っていた。

分からないことを聞けば教えてくれる彼に。知らないことも優しく教えてくれる彼に。嫌な顔ひとつせずに笑いかけてくれる彼に。甘えてしまっていた。あんなにも疲れた顔をしている彼に対して、甘えて頼ってしまった。性懲りも無く。

 

「……どうした、アイズ」

 

「リヴェリア……」

 

そんな風に落ち込んでいたからだろうか。遠征終わりの忙しい時期であろうに、リヴェリアが見兼ねて声を掛けに来た。アイズがここまで明確に落ち込んでいる姿は、それこそリヴェリアとて滅多に見たことがない。そんな姿が見えてしまえば、それは仕事を止めてでも降りてきてくるのも当然だろう。2人の関係は、それくらいには強い。強い筈だ。

 

 

「………………白い少年、か」

 

「うん、その子について相談しようと思ったんだけど……また、自分のことばっかり、喋っちゃった」

 

「………」

 

「ノアは、疲れてたのに……」

 

やはりな、と。

リヴェリアは心の中で溜息を吐く。

報告を受けた時点で、恐らくその少年がアイズの運命の相手であろうことは、既に推測できていたことだ。そしてここまでアイズが興味を惹かれている時点で、それは確定したと言っても良い。

しかしそうなると……本当に酷な状況にノアは晒されていたのだなと、リヴェリアは少し同情する。自分の恋敵との関係をどうしたらいいのかと、本人からそう聞かれていた訳なのだから。よくまともに答えることが出来たものだと、その心中を察した。

 

「謝った、んだけど……」

 

「ああ」

 

「レフィーヤも、怒ってた……」

 

「……そうか」

 

そしてやはり、レフィーヤを彼の側に置いたことは間違いではなかったと再認識もさせられる。レフィーヤが普段から甲斐甲斐しく世話をしているということは聞いているし、今も彼女は彼を治療院に連れて行っている。自分の役割を十分に果たしてくれているだろう。ノアのためにアイズに怒ってくれたのも、リヴェリアとしては素直に誉めたい。それは勿論、アイズのためにもなっているから。色々な懸念点はあるとは言え、レフィーヤの成長は喜ばしいことだ。

 

「……アイズ、これは恐らく私の責任で教えなければならないことだろう。だからこそ、これから少し厳しいことも言う。いいな?」

 

「うん……」

 

 

「無知は時に罪にもなる」

 

 

「……っ」

 

「いいか。分からないのは仕方がない、それは誰にでもあることだ。だが、いつまでも分からないままにしておくのは違うだろう。……確かに、お前とていつまでも諦めてくれないノアに困惑しているところもあるかもしれない」

 

「そんなことは……」

 

「だがお前はそれを許しているにも関わらず、あいつに期待と失望を与え続けている。悪い言い方をするのであれば、飼い殺しにしている」

 

「飼い、殺し……」

 

「お前は無意識なのかもしれないが、やっていることは世間で悪女と呼ばれる者達と同じだ。自分を好いてくれた男を飼い殺しにし、利益だけを吸い続ける。……違いはそれが金かどうかの違いくらいだろうよ」

 

「そんな……」

 

敢えて厳しい言葉を使っている。

だが言葉が厳しいというだけで、それは紛れもない事実には違いない。そしてそれを教えるべきは自分だった。これはリヴェリアの罪だ。

 

「そしてお前はノアに対してその少年のことを相談したと言っていたが、それはすべきではないことだ。何故か分かるか?」

 

「…………分からない」

 

「好きだと言ってくれた男に対して、お前は"他の男と仲良くする方法"を聞いたんだ」

 

「ち、違う。私はただ、どうやって謝ればいいかを……」

 

「本当にそれだけか?」

 

「っ」

 

「謝るついでに少しでも話せればいいと、本当にそうは考えなかったのか?」

 

「………」

 

「謝る方法を知ることは、本当に主題だったのか?」

 

「………ううん」

 

「お前がノアに聞いたのは、少なくともノアからして見れば、"誰かに謝る方法"ではなく、"他の男に会う方法"だ。……言葉にしなくとも、お前のことを良く見ている人間であれば、それくらい容易く分かる。それがお前を心から好いているアイツなら、当然に気付かない筈がない」

 

「………難しいよ」

 

「そうだな、だが私達は皆そんな難しい世界で生きている。ならば順応するしかないだろう」

 

聞けば分かることもあるが、聞いたらいけないこともある。

相手を気遣うというのは、とても難しいことだ。考えることはたくさんあるし、突き詰めればキリがない。そのために自分を磨耗させてしまっている人間も居るし、そんなことは馬鹿らしいと鼻で笑い飛ばす人間も居る。

……けれど、たとえ疲れることであっても、最低限の仁義くらいは通すべきだ。"好いてくれていた人の前で他の男の話をしない"程度の思いやりくらいは、持って然るべきだろう。本人にそれを聞くなど、言語道断だ。

 

「……正直、宴会中にお前がノアの名前を出した時。私はお前を叱ろうと思った」

 

「……どうして?」

 

「お前がノアの存在を利用したからだ」

 

「っ」

 

「お前は選べない選択肢を突き付けられて、自分を誤魔化すためにノアの存在を使ったな?その気持ちを受け入れることもしていないのに。お前は消去法でノアを選び、その名前を何も考えず簡単に口に出した」

 

「……うん」

 

「だがそれはすべきでないことだ。あんなことを言われたノアは、確かに涙を流すくらいに嬉しく思っただろう。……何故か分かるか?」

 

「……………私は。ノアと一緒になりたいって、言っちゃった」

 

「そうだ。だがそんなノアに対してお前は今日、何をした?」

 

「……あの子と仲良くなる方法を、聞いた」

 

「ノアはどう思ったと思う?」

 

「…………昨日の言葉は、嘘だったんだって……」

 

「だがあいつは優しく聡い。お前が消去法で自分を使ったことも、結局は自分の恥ずかしい勘違いだったことも直ぐに理解したことだろう。飲んではいないとは言え、酒の席だったからな。……そしてお前は何も悪くないと、勝手に勘違いした自分が悪いのだと、そう締めくくった筈だ。決してお前を責めることなどしない。そうするくらいなら、あいつは自分を責める」

 

「………………そう、なんだ」

 

今、思う。

もしかしたら彼の顔があれほどに疲労していたのは、単に身体の具合だけではなかったのではないかと。自分が来るまでは、もう少し良かったのではないかと。だからこそ、最初に朝の挨拶をした時の自分は、彼に違和感を持てなかったのではないかと。そんな言い訳を、思う。

 

「………私、あの子の話に夢中で。ノアの具合が悪いの、気付けなかった」

 

「……そのことも、アイツは当然に気付いている」

 

「ノアは……どう、思ったのかな……」

 

「どう思ったと思う?」

 

「………………自分よりも、あの子の方が大事なんだって」

 

「それで?」

 

「それ、で……」

 

 

 

 

【アイズさん………ノアさんのこと、ちゃんと見てますか……?】

 

 

 

 

「っ。自分のことなんか、見てないって……!」

 

「そうだろうな。……本当に、どういう気持ちだったのか」

 

だって、見ていなかったのは事実なのだから。彼の調子が悪いことに気が付かなかったのは、どころか常に隣に居てくれると思い込んでダンジョンにまで連れて行こうとしていたのは、他ならぬ自分なのだから。彼を自分の物のように扱っておきながら、目を向けていなかったのは、言い訳の出来ないアイズ自身の罪なのだから。

 

 

「さて、アイズ。……お前はようやくそこまでに辿り着くことが出来たが、しかしまだ気付けていないことが1つある」

 

「………まだ、あるの……?」

 

「辛いだろうが目を背けるな、お前のしたことだ。………話の流れを予想するに、そのことについてはノアがお前をフォローするために一度は口にした筈だ。あいつなら間違いなくそうする」

 

「ノアが、説明……」

 

「思い出せ。それは本来、お前があの場で気付いていなければならなかったことだ。……そして、それを考慮した上でお前が今反省していなければならないことだ」

 

リヴェリアにそう言われて、アイズは必死に今朝の会話を思い返す。……こうして思い返してみると、確かに自分は相談している時、俯いてばかりいてノアの顔を見ることが出来ていなかった。昨晩から考え続けていたことに夢中で、それ以外のことはどうでもよくて、相談に乗ってくれた相手にさえ、感謝すらなく、それが当然のように接して。

……あの会話の時、果たして彼はどんな顔をしていたんだろう?これを聞いていた時、彼は何を思っていたんだろう?それがアイズには分からない。だって見ていなかったから。アイズが見ていたのは、彼ではなく、自分だけだったから。

 

 

 

「………………………………っ!?」

 

 

「思い当たったか?」

 

「ノアはなんで、体調を崩してるの……!?」

 

「そういうことだ」

 

 

体調が悪い事に気がついても、それに気付けなかった自分を責める事に精一杯だった。むしろそれはミスをした自分を守るための自傷行為で、つまりその時になってもまだ、自分は自分のことしか考えていなかった。彼の顔色を見てもまだ、自分は彼のことを見ていなかったのだ。

 

上級冒険者は強い恩恵によって滅多に体調を崩すことはない、それは彼も言っていた。だから本来、レベル6になった彼は毒でも食らわない限りはアレほどに衰弱する筈がないのだ。彼はそれを、"そんな珍しいことだからアイズが気付けなかったのも仕方ない"という理由で使っていたけれど。

 

「理由は精神的なものだと言われているが、まだハッキリとは言えん。だが今のアイツが薬を飲んで生活しているのは確かだ」

 

「精、神………薬………」

 

「……無茶が祟ったんだろう、この件については半分は自業自得とも言える。昨日今日で発覚した話だ、お前が知らなかったことも無理はない」

 

リヴェリアの言った通り、知らなかったのは仕方ない。

だからそこは別に責められるべきではない。

単にタイミングが悪かっただけと言えば、それまでだ。

 

……だが、それを聞いて本人が感じるものは別。その話を聞いて本人が何を思い、どう考え、どのような結論を出すのかまでは、他人が干渉することではない。そしてリヴェリアはそれこそ、この話を聞いてアイズがどのような結論に行き着くのかを知りたかった。

 

「………………わたしの、せいだ」

 

一気に、それまで何とか抱えることの出来ていた物の重みが増す。抱え切れなく、否、抑え切れなくなった罪の意識が、グッとアイズに向けてのし掛かる。アイズはそれを、自分の罪であったという結論に行き着いたのだった。

無知は罪になるとは言うものの、それは実際に認識出来た時に初めて罪になるものだ。認識さえ出来なければ、それは一生罪にはならない。積み重なっていくだけで、重さは感じない。……しかしだからこそ、認識した時が怖いのだ。認識出来てしまったら、それは形になる。見知らぬ間に積もってしまった罪の山を、認識してしまう。膨れ上がったその罪は、1人で持ち堪えるには……少々重過ぎる。

 

「わ、わたし………リ、リヴェリア………あの、ノアは、その……ど、どう、どうしたら……わたし、あの……」

 

「答えは出さない」

 

「………っ」

 

「それはお前が考えるべき事だ。お前が考え、お前が悩み、お前が苦しむべきことだ。……逃げるな、アイズ。仮にお前が今更ノアのことを全てレフィーヤに丸投げするなどという選択を軽々しく取った場合、私はお前を一生軽蔑しなければならん」

 

「!?」

 

「逃げるなよ、アイズ。お前が考えるんだ。他でもないお前自身が生み出した結論にこそ、意味が生まれる。……たとえそれが間違った結論であったとしても、無いよりマシなんだ」

 

「い、み……」

 

「意味のない結論など、間違っても誠実に向き合ってくれた人間に叩き付けるな。お前がどんな結論を導き出すにせよ、それが意味あるものなら、私はお前を支持する。……悩み、学んでくれ。お前はこれから、成長するんだ」

 

そうしてリヴェリアは席を立つ。

泣きそうな我が娘を背にして、歩を進める。

 

愛すべき娘だ、幸福になって欲しい。

けれどノアの件で、自分の娘がどれほど無知であるのかが分かった。きっと何かを後悔するその日まで、大切な物に気付けないのではないかという危機感を得た。

少しでも強くなって欲しい、けれどそれは戦闘に関しての話ではない。人として強くなって欲しい、それは母親としての願いだ。

 

辛くても、苦しくても、悲しくても、その胸の痛みの積み重ねこそが、人としての厚みとなる。そしてそれを積み重ねた人間が、本当の意味で大人になれる。そうして大人になってもまだ他者に優しくあれるのなら、それは本物だ。

自分の娘にそういう人間になって欲しいと願うのは、母親として当然のことだと思う。

 

「これくらいのことで潰れてくれるなよ。……お前なら出来ると、私は信じている」

 


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