【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「そうか、アミッドの診断も精神的な疲労だったか」
「はい。……ただ、身体の症状の割に精神疾患自体は軽度で済んでいるのが不思議だと」
「……ロキ、どう思う?」
「分からん、ウチかて一回魂が砕けて生きとるような子供は初めて見るしなぁ。いくら全知でも前例のないことまでは分からんわ、神の力が関わっとるなら余計にな。ちと例外過ぎる」
その日の夜、リヴェリアはいつものメンバーを呼び集めて今後のことを話し合う事にした。一先ずノアは気分転換のために大浴場にぶち込んで来たが、アイズは今も自分の部屋に引き篭もっている。
……色々と状況が停滞している。
50階層での謎のモンスターに関してはフィンとガレスに丸投げし、自分達は今のうちにノアに関して解決していこうという狙いだ。……まあ、解決できる目処など正直何処にもないのだが。
「ではアキ、先ずは調査をお願いしていたことについて報告してくれ」
「はい、分かりました。……今日一日、アイズの運命の相手と思われる少年について調べてきました。名前はベル・クラネル、レベル1の新人冒険者です。所属はヘスティア・ファミリア」
「ゲッ、ドチビの眷属かいな」
「?知り合いか、ロキ」
「気に食わんチビ女神や。……まあ、善神ではあるんやけどな。単にウマが合わんだけや」
「ファミリア自体は新興のものですね、眷属もベル・クラネル1人です。今は街外れの廃教会を拠点にしているようです。素行も至って真面目な新人冒険者という感じで、ギルドの担当職員からの評判も良好でした」
「なるほどな……」
特には問題はないということか。
しかしこれだけ聞くと、ノアがあれほど警戒するような相手には見えてこない。いくらアイズが気に入ったとしても、力も裏もない弱小ファミリアの新人冒険者。脅威になるような要素は今のところ特に見当たらないが。
「……これだけだと何もわかりませんね」
「そうだな……すまないアキ、悪いがもう少し調査を継続してくれ。何かはあるはずだ」
「分かりました」
「そんならウチは明日のガネーシャのパーティで、それとなくドチビに話聞いてくるわ。どうせ来るやろ、タダ飯やし」
「ああ、頼んだ」
3人が何も分からないのは当然、なぜならベルはまだスキルを発現させてから数日程度しか経っていないからだ。しかしあと数日もすれば、それは分かることになるだろう。あまりに早く成長する、彼のその異常性を。
「次にロキ、黒幕の神の方はどうだ?何か分かったか?」
「それが全然や、何の手掛かりもない。こっちはもうアカンかもなぁ、多分探しても意味ないわ」
「……それにしても、信じられません。時が巻き戻っているとか、ノアさんが2周目を過ごしているとか。現実離れしているというか」
「悪かったなレフィーヤ、お前には黙っていた。その方がお前の立場的には良いと考えていたんだ」
「いえ、それは私もそう思いますから。……それに、だからこそ今は余計に、ノアさんに幸せになって欲しいと思うようになってます」
最近の件で、リヴェリアからのレフィーヤに対する信頼度は非常に高くなっている。故に今回、彼女にはノアに関する現時点で知り得ている全ての情報を公開することにした。
それとなく情報を小出しにしていたこともあって、彼女自身それをそこまで驚くことなく受け入れることが出来たので、やはり土台を作っておいて正解だったと言ったところか。それに……
「その神のことについてなのですが、レフィーヤ」
「え?はい」
「貴女、黄色の花の飾り物を持っていたわよね」
「は、はい……でも、どうしてアキさんがそれを……?」
「ごめんなさい、50階層で貴女がティオナ達と話しているのを聞いていたの。あの時はレフィーヤがその神の支配を受けているんじゃないかと思って警戒していたんだけど……」
「な、なるほど……」
「ん?どういうことや?話が見えんのやけど」
それはまだロキの知らない話だ。何故ならその変化がより顕著に現れたのが、遠征が始まってからであったから。それまでは確かにレフィーヤは積極的であったにしろ、単に役割をこなしていると思える程度のものだった。だからロキはレフィーヤの変化について、まだ何も知らない。
「……私、ノアさんが好きなんです」
「うぇっ!?ふ、フリやなかったんか!?」
「そのつもりだったのだがな」
「レフィーヤ、貴女それは夢が原因って言っていたわよね?それにいつの間にか花の飾り物も持っていたって」
「は、はい。確かにその、ノアさんのことを強く意識し始めたのは夢が原因です。……それと花の飾り物も、これのことなんですけど」
そうしてレフィーヤが鞄から取り出したのは、アキも以前に見た黄色の花の飾り物。それだけでなんだか不思議な心地良さのあるそれは、しかし確かに誰もが見たことのない花が彫ってあって。
「っ!?………なんやこれ、微かに神の力を帯びとるわ」
「えっ!?」
「本当かロキ!?」
「マジや、せやけど本当に帯びとるだけって感じやな。詳しいところまでは…………いや、待てよ?」
「な、なんだ?」
「……………………この神威、ウラノスの血縁か?」
「っ!ギルドの創設神ウラノスか!?」
僅かにのこった残り香を、ロキは薄ら目を開けて解読する。この辺りは流石に名のある神といったところか。僅かな証拠であっても、彼女は確実に何か一つの手掛かりを持ってくる。
「いや、あんま大した手掛かりちゃうで?ウラノスなんて大神言われるくらいには血縁多いしな。ゼウスにヘラ、ヘルメスにデメテル、ヘスティアにアポロンかてそうや。……せやからまあ、あの辺の同郷の神って言い方の方が分かりやすいんかな」
「だが、ようやく見つけた手掛かりの1つだ」
「そうやな。……となると」
「あの、もしかして……私が見ていた夢は」
「黒幕の神がレフィーヤに見せていた『以前の世界の記憶の一部』ということか……」
その発信源となっていたのが、この花飾りということ。つまりレフィーヤが黒幕の神の感情を受けていたこと自体は間違いない。……だが、想像していたこととは質が違う。なぜならこうなってくると、最早これ以上に先のことを考えるのも気の進まない話になってくるからだ。
「………ノアのため、だろうな」
「まあ、そうやろうな」
「……いえ、多分違うと思います」
「ん?どういうことや?」
「その、もちろんノアさんのためでもあると思うんですけど………夢の中の私は、本当に後悔していたんです」
「…………」
「それこそ夢の中では、自分が自分だったので。その未来の自分?がどんな感情を抱いていて、どれくらい苦しんでいたかが分かるというか、なんというか」
「……つまり、未来のレフィーヤもこれを望んでいたということね」
「はい……そういう意味では、私も願いを叶えて貰った1人になるんじゃないかなって。もちろん私は夢の中の自分の感情しか分からないので、状況とか記憶までは分からないんですけど」
ロキの中で、最悪の想像が積み重なっていく。
それはつまり、確かにこれを引き起こしたのは黒幕であるその神であるかもしれないが、その神に賛同した協力者が他にも相当数存在したという可能性だ。
そして恐らく、レフィーヤはその賛同者の1人だったのではないだろうか。それとも、その神から信頼されていたのか。そうでもなければ余裕のない神の力を使ってまでも、ここまで干渉したりはしないだろう。実際にその目論見通りに、こうしてレフィーヤはノアを支える役割を担っている訳で。
「…………あの、ロキ」
「ん?なんやアキ」
「……もしかしたら私も、レフィーヤと同じかもしれない」
「何……?」
「この、手帳が……その。いつの間にか、私の鞄の中にあって……」
「!!!」
アキが恐る恐ると取り出した黄色の表紙の手帳を見た瞬間に、ロキの目が見開く。それだけでもう分かる。それもまた、神の力を帯びているということが。
……だからそう、つまりレフィーヤの監視をしていたアキもまた。
「最近、変な夢も見るようになって……夢の中の私は、常に心に空白を感じているんです。空間に空いた小さな人型の穴を、胸を痛めながらずっと見詰めていて……」
「……リヴェリアは、どうや?」
「い、いや。私は特にそういった夢を見てはいないが……持ち物が増えていたということもない」
「……容疑者は他でもない、自分達やったってことか」
こうなるともう、未来のロキ自身もその計画に参加していた可能性すらある。未来に関しての情報が少しでもあれば良かったが、ない以上は誰を信じられるか以前に、自分自身も信じられない。
それにもしロキ自身が参加していたのなら、それは黒幕を見つけられるはずがない。天界一のトリックスターの全力の仕込み、そんなもの自分自身ですらも解けるかどうか。五分五分もないだろう。それも未来というアドバンテージが敵にある以上は、余計に。
「……悪いんやけどアキ、その手帳貸してもらうことは出来へん?色々試してみたいことがあるんやけど」
「それは、えっと、後で返して貰えるのなら……」
「……大丈夫や、ちゃんとこのままの状態で返す。変に破いたりもせえへんよ」
そして自然と植え付けられている、パーツとも言えるこの物品への執着。……否、もしかすればこのパーツ達も以前の世界での彼等にとって、とても大切な物であったのかもしれない。実際、レフィーヤの方は絶対貸してくれそうにないから、ロキはアキに願った訳で。あれは誰かに一時的に手渡すのも嫌だというくらいだ、仕方がない。
一先ずはヘルメスに見せて、次にウラノスか。自分では分からないことであっても、同郷の大神であれば別だろう。何かしらの手掛かりは見つけ出してくれるはず。
「後はその花やな。……せやけどウチも見たことないなぁ、なんや変な形しとるし」
「ロキ、その花については私が模写しておいたから。これで聞き込みして」
「おお、助かるわ。……ん〜、一気に手掛かりが出て来たんはいいけど、まだまだパーツ散らばっとりそうやなぁ。なんや謎解きしとるみたいな気分になって来たわ」
「黒幕を見つけたところで、というところはあるがな……」
「……それはまあなぁ」
今更元に戻せとも言うつもりはないし、捕まえたところで罰しようにも直ぐに消失すると予想される。天界に送る間もないだろう。本当に嫌味を言って、ノアに会わせて、それで終わりということに成りかねない。
労力の割に得られるものはそれほど多くはないと思われる。だからこそ嫌らしいと、ロキは思うのだが。
「それと、あの、リヴェリア様?アイズさんは……」
「あー、そういえばそっちもリヴェリアが叱ったんやっけ?夕食にも出て来とらんかったけど、良かったん?」
「叱った、か………まあ、そうだな。叱ったのか」
「?」
「だが今は放っておけ、あれもアイズには必要な時間だ。今は自分でもどうすればいいのか分からないだろうが、それは本来今日までに学んでおかなければならなかったことを、一度に詰め込まれたからだ。下手に手を貸してやれば、アイツのためにならん」
「おお、今回は厳しいんやなぁママも」
「ママと言うな」
それこそいつものように、考えに行き詰まったらダンジョンに行って忘れるという手段も取っていない。それだけでリヴェリアは満足している。
今こうして真面目に目の前のことに向き合っているアイズ、それを邪魔する者はたとえロキであってもリヴェリアは許さない。1人で考えるからこそ意味があるのだ。誰かに依存して、甘えて頼って出した意見など、リヴェリアは決して許さない。
「ま、そういうことなら一先ずはアイズ待ちやな。その間はレフィーヤにノアのことを見といて貰って……なんやったらほんまに取ってしまってもええんやで?」
「もちろんそのつもりでは居ますけど、私の目的はノアさんの幸福なので。ノアさんが私を見てくれるようになるまでは、私はアイズさんの邪魔をするつもりはないです」
「おお、おお、レフィーヤがなんやめっちゃ強くなっとるわ」
「……ああ、言い忘れていた。レフィーヤ、そういえばお前はもう並行詠唱が使えるぞ」
「え?」
「え?」
「恐らくは未来の自分と統合した影響だろうな、無意識に半歩の並行詠唱が出来ていた。あれほどの練度であれば、普通の並行詠唱も少しの鍛錬で出来るようになるだろう」
「そ、そうなんですね……」
「おお、そんな利点もあったんか……」
「ノアを助けるのであれば必要になる技術だ。励めよ」
「あ、ありがとうございます!」
まあ実際のところ、並行詠唱よりもレフィーヤ自身の精神的な成長の方が影響は大きいのだが。指示されるまで魔法を使おうとせずアワアワとしていて、指示されても戸惑って出遅れる……そんな魔導士どころか冒険者としても致命的な状態だったものが、今や51階層で突然新種のモンスター達に襲われても冷静に対処出来るまでになっている。
(未来の精神状態を先取りした結果、か)
良くも悪くも、しかしレフィーヤに関してはそれが特に良い影響になったということ。ならば素直に受け取るべきだ。ノアの問題に向き合うには、たとえそれが黒幕が用意した要素であったとしても、レフィーヤの存在は必要不可欠なのだから。
「ま、なんやったら怪物祭まではレフィーヤがノアのことを連れ回してやり。アイズは暫く出て来んやろうし、会わせるのも良くなさそうやしな」
「そうだな。体調次第にはなるが、なんなら私からアイツにお前の並行詠唱の練習に付き合うように言っておこう」
「お、お願いします」
「ノアのこと、頼むわよ」
「はい……!」
各々の努力で、徐々に状況が改善しているように見える。もちろん進行中のそれぞれの役割が必ずしも成功するとは限らないだろう。たとえ全てが上手く成功したとしても、それで解決するという訳ではない。
……だが、もし何も知らない誰かが今の状況を聞けば、もしかして笑われてしまうのではないだろうか。天下のロキ・ファミリアがたった1人の恋愛ごとに必死になって走り回っているのだから。
「ま、神の力の大戦争にはならなさそうなところだけは安心やな」
本当に。
レフィーヤさんのターンに入ります。