【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
やはり普通以上の無茶をすると、ステータスの上昇効率がとても良い。
そんな当たり前のことに、しかし改めてレベル2となった自分のステータスが写された紙を見て、驚き、感心する。
ギルドでリヴェリアさんと会ってしまった時には酷く動揺してしまった。まさかあんなところで顔を合わせることになるなんて、心の準備をしていなかった。……ただまあそれにしても、やはり今のロキ・ファミリアに僕は受け入れて貰えないらしい。それどころか今の僕にはアイズさんを会わせたくもない、という感じだった。
だがそれも仕方がない、全く見合っていないのだから。まだまだ努力が足りていない。
もっと容姿に時間を使って、自分の雰囲気も直していくべきだろう。次に会った時に警戒されないように、抱いている混乱や焦燥を気取られないようにしないといけない。話していて安心感を相手に与えられるような立ち振る舞いを勉強する必要がある。なんなら容姿も女性に近いように変えていってもいいかもしれない。実際ベル・クラネルも容姿は可愛い系と世間的に言われるようなものであった。この路線で行くのは、それほど間違ったことではないだろう。以前のように自尊心がどうこうというのはない、そんなものは願いのためには邪魔なだけだから。
……そんなことを考えながら、18階層へ向かう道を進んでいく。
今日でダンジョンに潜り始めて5日目であるが、18階層へ行く前に一度ギルドで換金をして半分の金額をヘルメス・ファミリアに届けた後、物資の補給もして来た。装備も万全である。
今のレベルでは普通であれば無茶なことをしているが、だがベル・クラネルはレベル2の時点で18階層到達を成功させている。ならばそれ以上の偉業である単独到達をしなければ、彼を上回ることなんて永久に出来はしない。それにこれもまだ通過点だ。
……正直、死ぬほど苦しい。
次から次へとモンスターが出てくる上に、ヘルハウンドが厄介過ぎる。この世界に来てから発現していたらしい新しいスキルを持っていなければ、既に何百回も死んでいるくらいの無茶をしている自覚はある。けれど毎回毎回出てくる全てのモンスターを殲滅しているので、ステータスの伸び幅は相当なものになっているだろう。
‥‥もちろん、それでも満足はしていないが。もっともっと頑張らなければ。それこそ今回の探索でステータスを総合計で500以上は上げられるくらいにやらなければ、3年後までにレベル5以上なんて夢のまた夢だ。本当の夢は更にその先にあるというのに。
「ーーーーーーーーーーぁごぇっ」
視界が消えた。
世界が真っ白に染まり、意識が飛び掛かる。
………手を動かす。
感覚は残っている。
崩れた壁、叩き付けられた。
左後頭部、ぬるぬるとした感触。
叩きつけられた。
否、殴り飛ばされた。
回復し始めた耳に聞こえる唸り声。
……敵はミノタウロス。
隠れていたのか、偶然なのか。
「ゆだ、ん……あぇ……?」
舌がまわらない。
恐らく頭を思い切り殴られたことで全身の感覚が滅茶苦茶になってしまっているらしい。視界も徐々に戻って来てはいるが、正直ほとんど何も分からない。ただ少しずつ敵がこちらに近付いて来ているのは分かる。それに幸いにもダメージが大きいのは頭だけで、あと左腕が折れているくらいか。……それだけだ、ならまだ全然やれる。
「ぁあ……ん、たてうから、らいじょうぶ……」
衣服なんてとうの昔にボロボロだ、今更破けようが何しようがどうでもいい。剣だけは頑丈な物を持って来た、流石に大金を出しただけはある。未だに刃は脆くなっていても、割れたり折れたりするような気配は全くない。
『ォォォオオオオ!!!!!!!!!』
「……たぶん、こっち?」
どうせ見えないので、取り敢えず勘と音を頼りに向かって左方向へ前転する。
「ぁがっ……!?」
しかし、その賭けは失敗した。
再び殴り飛ばされ、元々折れていた左腕が粉砕されるような音を聞く。そしてまた壁に叩きつけられ、回復しかけていた感覚が悪化した。
『ーーーーーッッ!!!!!!!!!!!』
「ぁっ!?がっ!!ぉぐっ!?」
1発、2発、3発……何度も何度も、ミノタウロスはその拳を僕の身体に振り下ろす。その度に僕の身体は悲鳴を上げ、痛みと苦痛に意識とは無関係に声が出る。骨が砕かれ、筋肉が引きちぎれ、内臓が破裂し、五感が欠損する。砕かれた骨が破れた内臓に突き刺さり、かき混ぜられ、押し潰される。身体の内側が液体になったようで、それが気持ちの悪いほど感じられて、死にたくなる。
いくらレベル2になったとは言え、正直僕の才能ではミノタウロスに正面から勝つことなど出来はしない。既に剣も鞄も遠く離れた場所にあり、この状況を打開出来る策も手段も僕の中には一切ない。
「かっ……ぁっ………ぃっ……」
10発、11発、12発………
「ぅ……っ………ぁ………」
18発、19発、20発………
「ぉっ………ぃっ…………ぅぐっ……」
32発、33発、34発……
「っ、ぁっ………ぃひっ………」
48発、49発、50発……
「ひっ、ひひっ………ひひひひっ………」
72発、73発…………
……………々…74発目は、来ない。
「くひ、くひひひひっ………!!ぃぎひっ!!」
『グッ!?オオォォォォァァア!?!?!?』
"左手"で握った石を、ミノタウロスの眼球目掛けて抉り込む。
突然の反撃、理解不能の行動。ミノタウロスは大きく身体を反り返すと、勢いよく背後に倒れ込み、苦痛に踠き苦しみ出す。
「………いはかっは。……ん、ほんろに、くるひかった…………しにたかった。74はつもなぐるなんて、酷いなぁ」
肋骨が全て破壊されている。
内蔵が全て滅茶苦茶にされている。
顔面も何発か殴られて、けれどそれは視覚と聴覚、そして思考が正常に働く程度のダメージ。
痛みに耐えながら無理矢理に身体を立ち上がらせて、歩く。拾い上げたのは、殴られた直後に捨ててきた剣。腹の中から何か液体が満たされて揺れている感覚を感じるけども、そんなものだってもう"慣れてきた"。
「ぁぐっ……ふ、ふふ、痛いですか?疲れましたか?でも、ここからですよ?ここが開始地点です。ここからようやく、しのぎ合うんですよ」
『ゴァァァアッ!!!!!』
「ぉぐっ……!!!」
死に物狂いといった様子で放たれたミノタウロスの足が、僕の左腕に直撃する。そして響く骨が割れる音。
………痛い、本当に痛い。頭が割れそうになるくらいに全部が痛い。顎が震えるし、床に膝を尽くし、蹲り、歯を食い縛る、けれど。
「ぅっ、ぐ…………の、のりこえないと、いけないんです………乗り越えないと、取られちゃうから……」
こんな痛みに負けてしまったら、届かないから。今の自分には、もうこれしかないから。だから血と涙で滅茶苦茶になった顔を拭って、無理矢理に笑顔を作って、痛みも恐怖も全部投げ捨てて、剣を振り上げる。
魔法なんてない、だからこれで突き刺すしかない。僕にはこれしか、手段がない。
「死んで、ください!!」
『ァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!』
「ぁ、ぅがっ……!?!?」
潰した眼球に向けて、再び剣を振り下ろす。突き刺さる剣。そして発狂したミノタウロスの拳が、今度は僕の頭を叩き付ける。
…‥軽々と飛んでいく僕の身体、けれど痛みは少しずつ弱まっている。腹部と、左腕の激痛は、少しずつ我慢出来る程度のものになっている。こんな痛みと衝撃は、もう何十回も何百回も味わった。こんな物よりキラーアントの群れに永久に噛まれ続けていた方が、よっぽど地獄だった。あの時の方がよっぽど、死にたいと思ってしまった。
「………がまんくらべ、です」
『ァアッ!?』
「僕が先にこの恋を諦めるのか、それとも貴方が先に死ぬのか………我慢比べ、始めましょう?」
5日かけても、18階層に辿り着くことが出来ない。
……その理由を、目の前のモンスターに教えてあげるのだ。
その敗因は単独で向かって来たこと。もし複数で来ていたのなら、3日くらいは足止め出来ていたかもしれないのに。
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ノア・ユニセラフ 11歳 男
Lv.2
力 :I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
《スキル》
【情景一途(リアリス・フレーゼ)】
死亡しない。懸想が続く限り効果持続。懸想の丈により回復速度向上。
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「この服と剣と、あと食料を多めとなるべく頑丈な袋と鞄も……魔石はこれだけあれば足りますか?」
「お、おおう、それはいいが……だ、大丈夫か?坊主、よかったらそこの水使ってけ。サービスしてやる」
「本当ですか?ありがとうございます」
18階層:リヴィラの町に、全身血塗れで裸同然の姿の少年がたった1人でやって来た。
その噂はきっと直ぐにこの町に広がり、地上にまで伝染していくだろうと。そんな彼に注文された物を用意しながら町の顔役であるボールズは思う。
……見たところ、身体に大きな傷があるわけでもない。であれば全てモンスターの血なのだろうが、しかしそれにしてもそれは人間の血にしか見えないし、流石に全てが返り血だとは思えない。
(……傷が、塞がってんのか?)
チラと見えたのは、背中に付けられた1つの小さな傷跡。しかしそれが彼が水で身体を拭いていると、いつの間にか消えている。
……正直、それだけでボールズの頭の中に嫌な想像が浮かび上がる。そしてそれと同時に、この子供にはあまり深く関わってはいけないという冒険者としての勘がガンガンと警告を鳴らしているのを感じている。
こんな子供のことはボールズは知らないが、確実に数日もすれば色々と噂が出回ってくるとも確信していた。これはそういうタイプの冒険者だ。それこそ例の剣姫のように。普通の人間とは違う、底知れぬ何か。
「……坊主、これからどうするんだ?なんなら知り合いの宿を教えてやるぜ」
「いえ、補給が済んだら帰ろうかと思っています」
「なに?今来たばっかだろ、宿泊していかねぇのか?こんだけ買ってくれたんだ、値段の交渉くらいしてやってもいいんだぜ?」
「お気持ちは嬉しいのですが、時間が勿体ないので。今回の目的はここに来ることでした、目的を果たしたので粛々と帰ろうと思います」
「…………」
ここまで来たのに、身体を休めない、睡眠もしない、食事もしていかない。物資の補給だけをして、帰っていく。……そんな冒険者など居るものか。たとえ簡単に18階層まで来れる冒険者であっても、ここに来れば多かれ少なかれ休息くらいはとっていく。しかしこの子供は言葉の通り、ボールズから物資を受け取ると、そのまま出口の方へと歩き始める。
イカれている。
頭がおかしい。
だがどうしてか、そんな彼を妙に嫌いになれない自分もいた。それこそ関わってはいけないタイプと知りながらも、こうして宿を勧めてしまうくらいに。
……しかしボールズは知らない。
彼がダンジョンに潜り始めてから既に7日が経っており、これから地上に帰る途中にもまた3匹のミノタウロスと出会ってしまい、2日間もの間、殴り潰され続けてしまうということを。そしてそれを受けてなお、彼は最後には生き残り、より酷い状態となって地上へ帰っていくということを。
……という報告を聞いたヘルメスとアスフィは、珍しく普通に狼狽えていた。
というより、ドン引いていた。
表情を歪めて、言葉が出てこない。
そしてそれを伝えてくれた団員は、彼が18階層に辿り着いた時点で監視の任務を終えて帰って来たがために、彼の帰りの分の報告についてはここにはまだ存在していなかったりもする。アスフィには他にやるべきことがあったため、他の団員にお願いをして監視をさせていたが、誰がこんな報告が戻って来ると思うのか。事前にスキルの内容については知っていたとは言え、まさかこんな方法でミノタウロスを倒していたとは誰も思うまい。
徹底的に抵抗して、徹底的に殴らせて、疲労したところを反撃して、反撃され返して、それを敵が死ぬまで永久に続ける。確かに理論上は可能かもしれないが、しかし常人の精神がそんな拷問にどうして耐えられるものか。報告によれば普通に苦痛は感じているということなのに、それなのに。
「……ヘルメス様、よかったですね。これは飽きないで済みますよ」
「いや、飽きないっていうか……えぇ……まさかそこまでするとは思ってなかったし、18階層まで本当に行くとは」
ヘルメスが最初に恩恵を更新した時、そのステータスの伸び幅はハッキリ言って異常なものだった。殆ど初期状態に近い数字が、一気にランクアップ可能な数値にまでなっており、恩恵昇華に必要な偉業も達成しているという有様。まるで数年ぶりに恩恵を更新した眷属のようではあったが、彼はダンジョンに入ってからまだそれほど時間は経っていなかったという。そのことに単純に疑問を抱いていたが、それも今この瞬間にようやく解けた。彼は本当に只管に戦い続けていたのだ。眠る時は気絶するように、むしろ本当に気絶して。起きる時はモンスターに攻撃されて。そしてそこからまた気を失うまで只管にモンスターを狩り続ける。
彼はダンジョンの壁に傷を入れてモンスターの出現を防ぐということすらせずに、時には完全に意識が飛んでしまったのかブツブツと何か同じことを言いながら、自分の腕の肉まで食い始めていたという。それを見た時には流石に監視役も止めに行こうとしたものの、直後に彼の傷が回復し始めたところを見て、同じ人間とは思えず恐怖を抱いてしまったらしい。……それは仕方のない話だ、誰にも責めることはできない。
「いったい何が、彼にそこまでのことを……」
「……これが本当に懸想のためだなんて言われたら、俺は子供達についてもう一度考え直さないといけないぜ?」
彼のスキル、それはこれまでヘルメスやアスフィが見たこともない類のもの。そもそも"死亡しない"などと、既に世界の規則に反している。神の作った摂理に逆らっている。
それに彼のスキルは死亡しないだけでなく、致命傷になるような破壊は受けないようにも思えるとのことだった。それは即ち、頭を殴られても破裂することはない。腕を攻撃しても千切れることはない。首を狙っても刎ねることは出来ない。しかし致命的でない損傷は受けるらしく、そういった損傷は回復もされるらしい。
……つまりは、彼は彼のスキルで回復出来る範囲でしかダメージを受けない。そう言い換えることも出来る。
「つまりどのような手段を用いても、彼は起き上がるということですか。それこそ同じ強度での破壊を続けない限りは」
「いや、正しくは彼の想いをへし折らない限りだ。彼が懸想する相手のことすらどうでもいいと思えるくらいまで痛めつけないと、殺すことは出来ない。……そしてどんな物であろうと、摩耗と疲労は存在する。つまりはどうやっても最終的には我慢比べになるのさ」
「……なんて人物を引き入れてくれたんですか、ヘルメス様」
「俺だってまさかここまでとは思わなかったんだ。というか、こんなことを続けていたらいずれ精神どころか魂まで砕け散る。神としては絶対にやめさせないといけない案件だ」
もちろん、策がないわけではない。
彼がこうして生きているということは、そこにはやはり並々ならぬ懸想が存在しているということ。彼のこれほどの努力は、間違いなくその懸想に結び付いている。ならば話は簡単だ、その想いを叶えてやればいい。それだけでこの問題は解決する。
「いや、そんな簡単にいく話じゃないですよね?彼がここまでの努力をするということは、かなり厄介な事情がそこにはありますよね?」
「あ、あはは……なんか暇潰しどころか、むしろ厄介ごとを引き込んじまったかな」
「恋愛なんて私には無理ですよ、手伝えません」
「ま、まあそこは俺がなんとかするさ」
「……むしろ不安なのですが」
「いや、流石に俺だってそこは真剣に…………ん?」
「どうしたんですか、ヘルメス様」
「…………なぁアスフィ。もしかして彼の想い人って、剣姫ちゃんのことだったりしないよな?」
「……………………」
「いや、だってほら。この前なんか挨拶がしたいとかどうとか……」
「…………」
「…………」
「じゃあもう無理じゃないですか……」
むしろあのダンジョン狂いが恋だの愛だの知っているのかと、そこからの問題である。
3年間こちらで引き取るという約束はしたが、もうここまでになると3年と言わず直ぐにでもロキ・ファミリアに引き取って貰いたい案件である。こちらから了承したのに申し訳ないという気持ちはあるけれど。
「い、いや!まだ結論付けるのは早いぞアスフィ!彼はただのダンジョン狂いではないかもしれない!事前の情報だと容姿に気を使うような仕草はあっただろう!?」
「まあ、それは確かにそうですね。ただ肝心の剣姫の方が絶望的だと思いますけど」
「し、仕方ない、俺の方からロキに事情を説明してみるか……あんなことを九魔姫に言った手前、少し情けないが」
「大丈夫なんですか?女神ロキは剣姫のことをかなり可愛がっていたと思いますが、素直に話せば間違いなく断られますよ?」
「そこはもう、徹底的に良い面を押し出すしかない。一度押し付けてしまえばこっちのものさ」
「はぁ……まあ私の方でも色々とやってみます。女神ロキに好印象を与えるのであれば、多少容姿を女性に寄せた方がいいと思いますから。そういう方向で彼の無茶を抑制してみます」
「ああ、助かる。化粧の勉強とでも言って数日連れ回してあげてくれ。…………やれやれ、こういう英雄もありなんだろうか。どっちにしても無理矢理引き留めて話を聞くか」
最初の日は勢いに押されてダンジョンに行くのを許してしまったけれど。やはり放っておくことは出来ないというか、したくない。中立とは言え、一応は善神という立場でこの街に居たいのなら。この件を放置しておくことなんて流石に出来ない。