【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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30.知りたい○

朝、レフィーヤは蒸したタオルと朝食を持って、彼の部屋へと入っていく。

食堂での朝食の時間は既に終わっていたが、彼女は自分の食事の時間に事情を説明し、1人分を取り置きして貰っていたのだ。内容も朝に食べ易い物を中心にお願いした。もちろんその全ては彼のために。

 

「うん、今朝は顔色良いですね。やっぱりお薬が効いたんでしょうか」

 

「そう、かもです。流石はアミッドさん特製ですね、久しぶりによく眠れたというか。身体が少し軽いです」

 

「ただ、ちゃんと厚着はしてくださいね。それと……もし調子が良かったら、お昼から少しお出かけしてみませんか?気分転換にもなると思うんです」

 

「……その、ありがとうございます。私のためにこんな風に付きっきりで」

 

「もう、気にしないでください。私が好きでやってることなんですから。……申し訳ないと思うのでしたら、わたしの並行詠唱の練習に付き合えるくらいに、早く元気になって下さいね」

 

「……ええ、分かりました」

 

流石にアミッド・テアサナーレが直接その手で調合した薬は効果があり、ノアの症状は幾分か良くなっていた。顔色が戻っているのもそうだが、身体の症状が落ち着いているのが何よりレフィーヤを安堵させる。

しかしここで油断しないようにと、レフィーヤは彼に上着を羽織らせ、ゆっくりと食事を摂るのを見守った。

 

「………あの」

 

「アイズさんなら、今はご自分の部屋に居ますよ。……リヴェリア様とお話ししてから、ずっと何か考え事をしていて」

 

「……そうですか」

 

「アイズさんも、成長しようとしていると。だからその邪魔をしてやるなと、そう言われました」

 

「成長……」

 

レフィーヤは実際、ここに来る前に同じようにアイズの部屋にも朝食を届けに行っていた。昨夜の夕食はともかく、朝食まで取らないとなると流石に身体に悪いと。部屋の鍵は開いていたから、声を掛けて食事だけを置いて、そっと部屋を出た。

その間もアイズはずっと自分のベッドの上で膝を抱えて、黙りこくっていただけだが。『ありがとう』と一言もらえただけ、少しキツイ物言いをしてしまった自分としては救われた気持ちだった。

 

……正直レフィーヤとて、確かに昨日のアイズは流石に思いやりが欠けていたとは思ったが、あれほど深刻に落ち込むことになるとは思っていなかった。けれど彼女は今、これまでの自分を振り返っているのだと思えば、確かにリヴェリアの言う通り時間がかかるのだろうと想像することも出来る。

その思考の果てに、彼女がどんな結論を出すのかは分からないけれど。その出した結論ではなく、その過程が大切なのだと。そう言う話なのだろう。

 

「ご馳走様でした」

 

「っ!……それでは、私はこれを食堂に返してきますね。ノアさんはどうしますか?お風呂で汗を流してきてもいいですよ?」

 

「……それじゃあ、お言葉に甘えて。お昼は一緒に外で食べましょう?私が奢りますから」

 

「ほ、本当ですか?ふふ、ありがとうございます。嬉しいです」

 

今日は2人きり、絶好のデート日和。

彼も色々と考えているのだろうけれども、ただ笑っていられる状況でもないのだろうけれども。それでも今日は互いが素直に楽しめる日にしてみせる。

変わらぬ日々の一部とは言え、レフィーヤは気合が入っていた。

 

 

 

 

さて、デートである。

いくらなんでも、普段のダンジョンにも着ていくような服で行くのは違うだろう。こっちは仮にも全力で彼を落としにいくつもりなのだから、自分に出来る限りのお洒落をしていくのは当然である。それこそ今日この日のために、レフィーヤは昨日の夜から着ていく服を選んでいた。

髪はいつものポニーテールを解いて下ろし、大きな三つ編みでまとめて前に出す。衣服はリヴェリアと色が被ってしまうために着ることは少ないが、以前に衝動買いしてしまった薄い緑を基調としたお気に入りのそれを選んでみた。なんとなく肩と足が出ていることだけが恥ずかしく思っていたが、しかし今日ばかりはそれは悪いことではないだろう。少なくともそういう大胆さも、こういう時には必要だ。

 

「へ、変じゃないかな……」

 

その場で服に変なところがないか、もう一度身体を捻りながら確かめる。値札なんて付いていたら最悪だから、そこだけはもう一度確認をした。変な恥はかきたくないし、彼にもかかせたくないから。

……それに、個人的には良いんじゃないかと思っているが、しかしそれを相手がどう思うかは別である。好きな色とかもあるだろうし、髪の形の好みなんかもあるだろう。それを的確に当てることは難しいけれど、せめて好印象を持って貰えるようにと。とにかくレフィーヤは祈りながら望むしかない。

 

「お待たせしました、レフィーヤさん」

 

「ひゃ、ひゃいっ!?」

 

本拠地の前、後ろから声を掛けられたレフィーヤは体を跳ねさせて振り向く。待ち合わせ時間の30分も前、正直もう少し余裕があると思っていた。まだ心の準備がそれほど出来ていないというのに、あまりの驚きに少し取り乱してしまって……

 

「………ぁ」

 

声が漏れる。

 

「綺麗……」

 

思わず呟く。

 

「そう、でしょうか……?折角の機会ですから、少し気合を入れてみたのですが」

 

元々、容姿には気を遣っている人だ。衣服だって自分で勉強して色々と試行錯誤しているし、普段からしても綺麗な人だとレフィーヤは思っていた。……でも、今日はそれが一段と目を惹かれてしまう。

水色を基調としておきながらも、所々に黄色やフリルが混じっている、極東のドレスに近い生地で作られたそれは、普段の彼の服装とは方向性が全然に違っていて。言うなれば日の光を浴びる海の精の様。女装とも男装とも言い難く、中性的(+女性寄り)な彼にはそれが良く合っている。

だからカッコいいでも、可愛いでもなく、綺麗だと。色の薄い黒髪を今日は後ろで纏めていて、花の髪飾りを付けているだけでなく、毛先も少し青色に染めている。化粧だって薄くしてくれているのだろう。お昼まで時間があったとはいえ、数分程度でここまで作り上げるのは不可能だ。

……つまり。

 

「そんなに、準備してくれたんですか……?」

 

「ふふ。個人的には自分の容姿で、可能な限り男性らしさと見栄えの良さのバランスが良いところで取ったつもりです。……これを見せるのは、レフィーヤさんが初めてですね」

 

「!!!」

 

……どうしよう。

どうしようもなく、嬉しい。

嬉しくて嬉しくて、鼻がツーンとする。

心臓がバクバクしている、その音が妙に五月蝿い。

 

「レフィーヤさんも、すごく準備してくれたんですね。なんだかいつもと雰囲気が違って、少し驚きました」

 

「あ、え、あ……へ、変でしたか!?」

 

「まさかそんなことは。その髪型も、その色も、とても良く似合っています。……ふふ、むしろ個人的には今のレフィーヤさんの方が好みでしょうか」

 

「!?!?」

 

「ありがとうございます、レフィーヤさん。こんな風にお洒落をして貰えて、私は幸せ者ですね」

 

そんなことはない。

自分の努力など大したものではない。

だって自分は昨日思い付いて、昨日考えて、昨日準備したものだ。けれど彼のそれは違う。彼のそれは、ずっと隠していた物で、長く考えて来たもので、準備自体もずっとずっと前からしていたものだ。……それも間違いなく、アイズとの特別なデートのために。

そんな隠し球を、切り札とも言えるものを、彼はこうして自分なんかのために出して来てくれた。その事実を、その理由を、分からないほどレフィーヤは愚かではない。

 

「ど、どうして……」

 

「?」

 

「どうして私のために、そんな……」

 

「……もう、レフィーヤさんの方が私のために色々してくれてるじゃないですか」

 

「だ、だって……」

 

「レフィーヤさんには、情けないところばかり見せてしまっていますから。それでも見捨てずに居てくれるレフィーヤさんに、今日は私も全力でお返ししようかなと。……だから手始めに、格好から。私の1番のお気に入りを持って来たんです」

 

「〜〜〜!!!」

 

本当に、本当にこの人の誠実さに、生真面目さに、心を打たれる。

だってこの姿は、この切り札は、彼はもう使えない。少なくともこの人は、女性とのデートで使用した衣服を、他の女性とのデートでも使うようなことは絶対にしない。彼はそれまで隠していた1番の姿を、本命である彼女との特別なデートで使うはずだったであろうそれを、あろうことか自分へのお返しの1つとして使ったのだ。

その意味が分かるか。

その重みが分かるか。

 

「レフィーヤさんには本当に、感謝しているんですよ……?」

 

それくらいには自分は、感謝されているのだと。この衣服を、この姿の彼を、自分は貰えているのだと。レフィーヤは自覚して、震える。

思わず一滴、涙が流れるくらいに。嬉しい。

 

「レフィーヤさん、今日の予定はありますか?」

 

「い、いえ……その、適当に回ればいいかなって……ご、ごめんなさい」

 

「謝らないでください、私のために誘ってくれたんじゃないですか。……でしたら、今日は私にエスコートさせてくれませんか?」

 

「い、いいんですか?」

 

「ええ、もちろん。今日の私は、全力ですから」

 

スッと、差し伸べられた手を、恐る恐るに取る。

顔が熱い、ニコリと笑うその表情に見惚れる。

ずるい。ずるいずるい、ずるい。こんなの好きになるに決まってる。むしろどうしてこの人の恋が実らないのかが、レフィーヤには心底分からない。強くて、優しくて、綺麗で、誠実で、努力家で……これ以上何を求めるというのか。

この人以上の男の人が、一体何処に居るというのか。

こんな思いは、自分が恋してしまっているからなのかもしれないけれど。それでも。

 

「今日は私、レフィーヤさんのことを、世界で一番幸せだと思って貰えるように頑張りますから。期待していて下さいね?」

 

……もう、なっている。

これ以上の幸せなんて、そんなもの。

もう、怖くて怖くて仕方がないくらいに。

 

 

 

 

 

 

少し冷めた朝食を食べる。

頭はぼーっとしたまま、途方に暮れている。

思い返して、反省して、思い返しては、反省して。それでも分からないことはたくさんあって、考えて、考えて、考えて、分からなくて。自分がどれほど物知らずであったかを、自分がどれだけ周囲に助けられて来たのかを、思い知らされる。

この考えは合っているのだろうか?

世間的には普通の考えなのだろうか?

それが分からない時点で、本当に今まで自分は自分のことしか見て来なかったのだなと、落胆する。

 

「レフィーヤは、すごい……」

 

強くなりたいと願った。そう願って、それだけを突き詰めて来た。でもその代わりに、多くの物を取り零して来てしまったのだと感じる。年下のレフィーヤはあれだけ周囲に気遣いを回しているのに、自分は近くの人間の顔色にすら気付けない。

 

リヴェリアは言った。

『仮にお前が今更ノアのことを全てレフィーヤに丸投げするなどという選択を"軽々しく"取った場合、私はお前を一生軽蔑しなければならん』

 

……正直なことを言えば、あの瞬間。その思考は真っ先に自分の頭の中に浮かんで来た。そして今でも、その思考は何度でも浮かんで来る。

 

何故リヴェリアはああ言ったのか。それは単純にリヴェリアがノアの味方だからとか、自分を困らせるためだとか、色々考えたけれど。……結局は、『逃げるな』という言葉が全てなのだと、一晩考えた今は思う。

そう、自分は逃げようとしていたのだ。

だからリヴェリアは、『軽々しく』という言葉を使った。それが本当に自分が考えて、自分の中に理由があって、自分がそれが正しいと決断したことなら、それはもう仕方がないと。そういうことなのだろう。

 

「………でも、どうしたらいいか分からない」

 

ノアのことを取られたくない、その気持ちは今もある。好きだとも思う。けどその好きがノアの求めているものとは違うということも、分かる。それでもやっぱり彼の求めている感情が今の自分の中には無い。

 

どういう選択肢があるのだろう?

どういう選択が正しいのだろう?

それを考えず、今日まではずっとなあなあに済ませて来た。いつか自分の中にも気持ちは生まれるだろうと、それまで彼に待っていて貰おうと、そんな言い訳をして先延ばしにしていた。知るための努力はしてきたつもりだったけれど、僅かにも実を結んでいない時点でしれたものだ。

 

本気で考えるのは難しいことだ。

そしてとても疲れることだ。

普段している勉強のように明確な答えがないからこそ。その答えを自分で作らなければならないからこそ。それは余計に難しい。

 

「やっぱり私は、誰でもいいんだ……」

 

以前にもそう言った。その時はリヴェリアが『そうではないんじゃないか』と言ってくれたが、今改めてそう思う。確かに条件は色々と作ってしまうけれど、その条件を満たしてくれる人なら、自分は誰だって良い。それこそ恋愛感情を抱いていなくても、英雄にさえなってくれるのなら。誰でも良い。

 

「………最低だね」

 

もし仮にノアを選んだとして、それより条件の良い人を見つけてしまったら?自分はどうするのだろう。

もし仮にノアを選んだとして、その過程で死んでしまったら?自分は彼に何と言うのだろう。

 

……嫌な想像ばかりが頭を巡る。

きっとそうなった時の自分を縛るのが、恋愛感情と言われているものなのだ。彼よりも条件の良い人を見つけても、それでも彼が良いと、そう思わせてくれる何かが必要なのだ。彼が死んでしまっても、それを素直に悲しむことが出来て、自分の孤独より彼の死に打ちのめされる。そうさせてくれるのが、今自分に無いものなのだ。

 

「ん………」

 

ふと、カーテンの隙間から外を見る。

そこに居たのは、2人の女性……いや、片方は女性では無い。ノアとレフィーヤだ。2人はなんだかお洒落をしていて、レフィーヤは今にも泣きそうな顔をしているのが見える。そんなレフィーヤに手を差し伸べているノアの姿は、やっぱりすごく綺麗で。

 

「……私とお出掛けした時、ノアはどんな格好をしていたかな」

 

それすら思い出せない。

あの時もあんな風に、着飾ってくれたのだったか。なんとなく、普段着ていた物とは違った記憶はある。けれど一緒に出かける度に変わっていたから、正直あまり覚えていない。

 

「……一緒にお出掛けした時、私はいつもの服だった」

 

レフィーヤのように、新しい服を出して来たり、着飾ったりなんかしなかった。それが普通だと自分の中では思っていたから。

 

「レフィーヤに、取られちゃう……」

 

そうなるのは嫌なのに、こんなにも苦しい思いをするくらいならあげてしまえ、と思ってしまう自分も居る。

……だが、これから先。ノアほど自分のために努力してくれる人は現れるのだろうか。彼ほど自分を求める人が現れてくれるのだろうか。それを考えると、途端に危機感が湧いてくる。

少なくともレベル6まで上がって来れる人なんて殆どいないし、そこまで来れた人が自分のことを求めてくれるかどうかは別の話だ。自分より良い女性などいくらでも居る。それに求めてくれたとしても、それが自分の求める人柄でなければ、何の意味もなくて。

 

高い理想に、高くしてしまった理想に、それでもと食らい付いてくれる人なんて、滅多に居ない。だからこそ見つけたら、現れたなら、何より大切にしないといけないはずなのに。

 

「……ノアを取られちゃったら。私はこれから、一生自分の英雄とは会えない」

 

そうと決まった訳ではないが、その可能性は高い。

 

「ノアは私のことを、守ってくれた」

 

50階層のあの時、守ってくれた彼に。素直に嬉しいと思うことが出来た。あの時の彼はなんだか、輝いて見えた。レフィーヤから見たら、彼はいつでも輝いているのかもしれないけれど。

 

 

 

「………でもきっと、今の私じゃ。ノアのことを、幸せに出来ない」

 

 

 

それが真理だった。

 

「私は、何も分からないから……自分が幸せになるだけなんて、それはきっと違うから」

 

一緒に居るだけで幸せだと、彼ならそう言うかもしれない。でもレフィーヤなら、彼のことをもっともっと幸せに出来る。

自分が幸せになるだけでは駄目なのだ。

相手と一緒に幸せにならなければ意味がない。

少なくとも物語の中の彼等はそうしていたし、自分の両親もまたそうだった。自分はあの両親達のようになりたかったのだ。あんな風に手を取り合える相手が欲しかったのだ。

 

……そして今、自分は正にそうなれるであろう数少ない機会を捨てようとしている。ただ感情が付いてこないという理由で、最後かもしれないこの機会を、手放そうとしている。

 

 

 

【アイズさん………ノアさんのこと、ちゃんと見てますか……?】

 

 

その言葉は今でも頭に残っている。

見ていなかった。

何も、見ていなかった。

その答えしか出せない。

これまで自分なりに努力はして来たけれど、相手を見ていないにも関わらず、好きになることなんて出来る筈がない。見ていない人を、どうやって好きになればいいというのだ。そんなものは好きになれなくて当然だ。確かに努力はして来たけれど、その努力は間違ったものだったのだ。今ならそれが、なんとなくでも分かる。

 

「……ノアのこと、ちゃんと見ないと。見て、考えて、理解しないと」

 

分かっている。

自分の無知さは。

ちゃんと見るだけでは、自分は本当に彼のことを見るだけで終わってしまう。見ようとして、見るだけで、ジッと見て、リヴェリアにまた『そうではない』と呆れられてしまう。彼をまた失望させてしまう。

見て、考えて、理解するところまでが必要だ。

そこまでして、ようやくだ。

もう同じ過ちは、繰り返さない。

 

 

「……君は、何処から来たの?誰に育てて貰ったの?どうして冒険者になろうとしたの?どうしてそんなにも、悲しそうな顔をしているの?」

 

 

 

「どうして……」

 

 

 

「私のことなんかを、好きになってくれたの?」

 

 

思い出せる彼の顔は泣き顔ばかり。

そうしたのは自分だ。

 

今も脳裏に浮かぶ彼の青い顔。

そうさせたのは自分だ。

 

もう彼を、傷付けるようなことはしたくない。

 

アイズは思考を深めていく。

 

反省を進めていく。

 

分からないことを、分かるようになるために。




次回は丸々1話、レフィーヤさんとデートをします。

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