【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
率直に言おう。
隠さず言おう。
今日ばかりは、遠慮せずに言ってしまおう。
心の中で叫んでしまってもいいだろう。
というかもう叫んでしまいたい。
だからアイズさん、聞いてください。
聞かなくてもいいんですけど、聞いてください。
……彼とのデート、ものすごく楽しいです。
「お、美味しいです……!」
「ふふ、それは良かった」
「ど、どうしてこんなエルフ御用達のお店を知ってるんですか!?私だって知らなかったのに!?」
「ヘルメス・ファミリアに居た頃に、ダンジョン休めの日にはお店探しもしていたんです。オラリオ内の店という店は粗方調査しましたから、お店選びにはちょっとだけ自信があります」
「す、すごい……」
「以前からレフィーヤさんが好きそうなお店だなぁと思っていたんですよ。こうして紹介出来て本当によかった」
「〜〜!!あ、ありがとうございます!」
例えば、レフィーヤだって女の子らしく、恋愛物の物語を読んで、理想を思い浮かべたことだってある。素敵な恋物語を読んで、それに憧れたことだってある。理想の男性、理想のデート、今思い返せば本当に甘過ぎて羞恥に悶えそうになるような妄想も、数多くしたことがある。
「ふふ、偶にはこうしてふらふらと街を見回るのもいいですよね。食べ歩きをしたり、こういう小物を見つけたり」
「た、確かに……なんだか行儀が悪い気がして、あまりしたことなかったんですけど。でもこういうのも、なんだか良いですね」
「ふふ、広場の方でパフォーマンス大会?っていうのをやってるみたいですよ?飲み物を買ったら見に行ってみましょうか」
「は、はい!是非!」
オラリオに来た時も、そういう期待が全くなかったかといえば嘘になる。そういう素敵な出会いがあったりしないかなぁと、恋物語を読むたびに、実は今でも密かに思っていたりする。
「あ、あの……バベルのこのカフェって、確か会員制だったような……」
「ええ、でも素敵でしょう?」
「か、会員なんですか……!?」
「勿論です。もう2年くらいになりますかね」
「に、2年も会員費を!?」
「こういう時のためですから。さ、少し休憩していきましょう?」
「は、はひ……」
けれど彼とのデートは本当に、レフィーヤがずっと甘く夢見ていたそれに、非常に近かった。
典型的なエルフであったレフィーヤの幼い頃の理想の男性像。それは中性的で優しく、容姿が綺麗で、自分を守ってくれるくらいに強くて、誠実で、真面目で、律儀で。それでいて引っ込み思案だった自分を引っ張っていってくれるような、愛してくれるような、そんなスーパーマンだった。
ある程度大きくなって現実を見るようになってからは、流石にそんな夢を見るのは自制し始めたけれど。それでも今こうして目の前には、正にその夢見た人が優しく自分の手を引いている。その夢見た人と一緒に、白昼堂々デートをしている。
「あ、あの……やっぱり私、こんなところ場違いなのでは……」
「?こんなに綺麗な人を場違いだなんて言う人はここには居ませんよ。もしそんな人が居たのなら、その人こそ、ここでは馬鹿にされるでしょうね」
「き、綺麗……そ、そそ、そうでしょうか」
「自信がありませんか?」
「そ、それは……その……」
自信なんてない。そんなのは昔から。
目の前の人の隣を歩くに相応しい人間だと、心から言える気はしない。そうなりたいとは思うけれど、少なくとも今の自分はまだそうなれていない。だからずっとソワソワとしているし、だからずっと遠慮が取れない。あくまで自分は連れて来てもらっている側で、彼に貰っている側だから。それもあって申し訳なくて、情けなくて。
「……それでは、そんなレフィーヤさんに私から自信をプレゼントしちゃいましょうか」
「え?」
「これをどうぞ」
そうして差し出されたのは、小さな青い箱。
高級そうな材質のその箱は、とてもではないがこんなにも軽々しく手渡されて良い物ではない。レフィーヤにだってそれくらいは分かる。
……けれどこの状況、受け取る以外の選択など確実に存在しない。
息を飲んで、おっかなびっくりそれを受け取り、見つめ、もう一度彼の顔を見て、頷かれる。開けてもいいのだと、貰ってもいいのだと、彼はそれを眼だけで語る。だからレフィーヤも、緊張で表情を固まらせながら、ゆっくりそれを開けていく。中に爆弾でも入っているのではないかと、何も知らない人が見たらそう思ってしまうくらいに真剣な雰囲気と手つきで。
「………すごい」
そこにあったのは、翠玉の嵌め込まれた銀の髪飾りだった。
細かく加工の施されたそれは、宝石などに殆ど知識のない自分でも、かなり値の張るものであると分かってしまう。何故ならそれほどまでに美しい代物だから。陽の光を神技とも言える技術で複雑に屈折反射させ、その鮮やかな翠をより鮮明に輝かせる。眩しいほどのそれなのに、決して不快な眩しさはない。思わず目を惹かれ、思わず目を奪われる。そんな明らかに普通ではない、とんでもないレベルの髪飾り。
「…………はっ!じゃなくて!こ、こんなの頂けませんよ!?」
「いえ、受け取って下さい。私には似合いませんから」
「で、でも……!!」
「恥ずかしながらこれ、かなりの衝動買いでして。街で偶然見かけた時に、『絶対今日のレフィーヤさんの服に似合う!』と思って買っちゃったんですよ。……お手洗いに行ってくる〜、なんて嘘まで付いてしまって」
「ぁ……あの時に……」
「ですから、どうか貰ってあげて下さい。そして私の目が間違っていなかったことを、今ここで見せて貰えると嬉しいです。……見せて貰えませんか?レフィーヤさん」
「は、はぃ………み、見せます……」
「良かった」
………あの。
狡くないですか?こんなの。
こんなの好きになるに決まってるじゃないですか。
こんなの好きになるに決まってるじゃないですか!!!
物に釣られたとそういう話じゃなくて!こんなん好きにならない方が絶対におかしいじゃないですか!!むしろこれで好きにならないのなら今直ぐ治療院に投げられるべきですよ!!アミッドさんに頭の中を診てもらうべきですよ!!これ以上の何を求めるんですか!!!これ以上の何が存在するっていうんですか!!!我儘にも程がありますよ!!
レフィーヤは心の中で暴れ狂う。
アミッドに頭の中を診られるべき女が自室に閉じこもっていることを良いことに、心の中で好き勝手に言い捨てる。だってレフィーヤの心臓はバクバクだ。顔が真っ赤になっているのも分かっている。でも彼女からしてみれば、こうならない方が絶対におかしい。
「こ、これで………どう、でしょうか……?」
「!…………素敵です、レフィーヤさん」
(心の底からそう思ってくれてるのが分かるのが本当に狡いぃ……)
「宝石とレフィーヤさんご自身の調和が完璧に取れていて、私の想像していたより何倍も綺麗に見えます」
(追い討ちを掛けないでくださぁあい!!)
密かに宝石の美しさにも負けていないくらいに綺麗だと言われて、その言葉の意味が分かってしまったレフィーヤは「ぁ……」とか「ぅ……」とか言えなくなってしまう。
「本当に、衝動に任せて良かった。なんだか私まで誇らしくなってしまいそうです」
「あ、あの……もう、本当に……というか、ノアさんはもっと誇らしくしていいんですよぅ」
「では……その美しさの一助になれたことを、心から誇らしく思います」
「うぅ」
周囲の人達からもなんだか温かい目線を送られているのが分かる。
正直、自分には過ぎた代物だ。けれどこうまで言われては素直に受け取って大事に大事にしておくしかないし、今更半額出しますなんてことも彼の面目を潰してしまうから言えない。……仮に恋人であったとしても、ここまで高価な贈り物はそうそうしないだろうに。一体どうやってこの分をお返しすればいいのだろうか。それほど手持ちのないレフィーヤとしては、今は返せるものが言葉しかないのに。
「ノ、ノアさん……」
「?」
「そ、その……すごく、う、嬉しいです……」
「!」
「ありがとう、ございます。大事にします……ずっと」
「……いえ、私こそ。ありがとうございます、受け取ってくれて」
なんだかもう目を合わせるのも恥ずかしくて、出来なくて。レフィーヤは前髪を整えるフリをしながら飲み物に口を付けた。
昼食を食べて、街中をふらふらと歩きながら買い食いをして、広場で行われていたパフォーマンスを一緒に見て、会員制のカフェに入れて貰ったと思ったら。こうして贈り物まで貰ってしまった。ここまで来ると本当に、急な話だとしても髪まで整えて軽く化粧までしておいた朝の自分を、心の底から褒めたくなる。おかげで恥をかかなくて済んだと。おかげで綺麗と言って貰えたと。本当の本当に安堵する。
「レフィーヤさん」
「え?は、はい」
「時間もいいところではあるのですが、これからある場所に向かおうと思っています。そしてそれに関して、私は最初に一つ謝っておかないといけないことがあります」
「へ?な、なにかあるんですか?」
「……これから向かおうと思っているところは、正直レフィーヤさんの好みに合うかどうか分かりません。ただ単純に、私がこのオラリオで1番に好きな場所というだけなんです」
「っ!!」
「それでも、いいですか……?」
もう少ししたら、きっと日は落ち始め、空は赤くなり始めるだろう。きっと普通のデートであれば、この髪飾りを贈られるのも、こういう雰囲気の良いお店に入るのも、日が沈んでからの筈だ。けれど彼はそうしなかった。代わりに彼が入れ込んだのは、その予定。
「……………………行きたいです」
「!」
「私も、行きたいです。私もその場所のこと、知りたいです」
「……よかった」
断るはずなんてない。
むしろこちらが知りたい。行きたい。教えて欲しい。
ノア・ユニセラフという人物が、このオラリオにて最も好きだと言い切るほどの場所。彼という人物の、好きが少しでも分かる場所。彼のことをもっともっと深くまで知りたいと願うレフィーヤに、それを断る理由など存在しなかった。
街の中央たるバベルから離れ、行先はダイダロス通りへ向かう方向。
基本的にそれほど治安の良くないであろうそんな場所であるが、しかしレフィーヤは特に警戒することはない。なぜなら彼のことを信じているから。彼と一緒なら、地獄だって着いていく。それくらいの想いがある。
それに、そうして辿り着いた場所は、結局のところダイダロス通りではなかった。そこの手前の路地を入り、一本隣の通りにある大きな建物。レフィーヤは当然そんな建物のことは知らない。大きな建物であるにも関わらず、雑な看板が一枚立っているだけの不思議な場所。それにその建物はオラリオでも比較的静かなこの付近で、妙に水の音を出していた。
「魚、館………?」
「さ、こちらですよ」
「は、はい」
看板に書かれた文字はそれだけ。
レフィーヤにとってもあまり聞き覚えのないその言葉。
取り敢えずノアに手を引かれるがままにその建物の中に入っていくが、入口付近で彼は思い出したかのように自分の上着をレフィーヤに掛ける。……そういえば確かに、この建物は少し肌寒い。中は妙に暗いし、話し声がないどころか、人気すらそれほどなくて。
「うん?おやノアかい、久しぶりじゃないか」
「お久しぶりです、今日も良いですか?」
「勿論だよ、アンタはウチの貴重な常連だからね。……おや?そっちはお友達かい?」
「こ、こんばんは……!」
「どうも、揃って別嬪で羨ましいもんだ」
「今日はデートで来たんです」
「デッ……!?」
「ほぉ、若いってのはいいねぇ。まあ楽しんでいくといいさね」
受付に居たお婆さんと、彼は慣れたように会話をし、流れるように2人分の料金を払って歩を進める。お婆さんは1つ小さく照らす魔石灯の下で何かの本を読んでいたようだが、やはりそれほどお客さんが来ずに暇をしていたのもしれない。……だが、それも当然だ。あんな看板一枚だけを建てて、立地も悪くて。宣伝すら見たことないし、流行る訳がない。あの様子では、それを特に改善するつもりもないのかもしれないけれど。
「……元々ここは、あのお婆さんの趣味だったそうです」
「趣味……?」
「ええ、かなりお金持ちのお婆さんで。趣味で始めたものを見せびらかすために公にしたそうなんですけど、あまりお客さんが集まらなくて。今は偶に来る私みたいな物好きと会話をするのを楽しみにしているんだとか」
「……あの、魚館っていうのは?」
「直ぐに分かりますよ、この扉の先ですから」
魔石灯が点々と照らす廊下を歩き、突き当たった両扉を彼が開ける。少し寒いくらいの室温、より鮮明になる水の音。いつもよりその背中が大きく感じられてしまう。……そうしてそんな彼の後ろを歩き、開けられた扉を潜り、青く照らされた部屋の中に入ってみれば。レフィーヤの心に灯ったのは小さな興奮であった。
「ふわぁ……!!」
「ふふ、すごいでしょう?」
「な、なんですかここ!?こんな……海の中みたいな!!」
「隠れた名所、という感じです」
それは、それほど大きな部屋ではない。けれどその部屋は壁の代わりにガラスがあって、ガラスの先には海が広がっていた。
履物を脱ぎ、目を見開き、その青色の世界に足を踏み入れる。
本当に海の中に居るのではないかと錯覚するような光景。魚達が直ぐそこかしこを自由自在に泳いでいる。疑似的な海中の環境が作り込まれている。こうして見渡す空間の光景自体も計算され尽くしている。
……レフィーヤはこんな美しい場所を、光景を、生まれて初めて見た。こんなにも綺麗な場所がオラリオにあるなんてこと、今日の今日まで知りもしなかった。聞いたことすらなかった。本当にロキ・ファミリアの誰もが知らないのではないかと、そう思うくらい。
「レフィーヤさん、こちらに」
「?……これは、布団ですか?」
「常連特権ですね、私用の敷物を置かせて貰っているんです。こうやって寝転んで見るのが私のお勧めでして……さ、どうぞ」
「そ、そうなんですね。……あの、失礼します」
「ええ」
彼の隣に、自分も仰向けになるように身体を倒す。
肩の当たる距離。
息遣いすら聞こえる距離。
しかしそうしてみると、なるほど、これは確かにまたこの空間が違って見える。それこそさっきも海の中に居るようだと表現したが、こうして仰向けになるとその没入感が全然違う。自分が貝や魚になったような。自分が海の一部になったような。少しの肌寒さも、その感覚をより強くしてくれて。
「……海が、好きなんです」
「……そう、なんですか?」
「はい。そして、海に包まれているようなこの感覚が好きなんです。母なる海と言うだけあるんでしょうか。なんだか温かい気持ちになれて」
「……今日のノアさんの服装を見て、海の精みたいだなと思いました」
「そう見えていたなら、本当に嬉しいです」
チラと、彼の横顔を盗み見る。
今も手は繋がったまま。
仰向けに天を見つめる彼の顔は、なんだかとっても解れていて。
「……まだ私がヘルメス様のところにいた頃。レベルを上げるために必死になってダンジョンに潜っていた頃」
「!」
「時間がないと分かっていても、ついついここに来てしまいました」
「…………」
「私が今日までなんとか正気を保てていたのは、ここの存在が大きいんです。もしここを見つけることが出来ていなかったら、私はとうの昔におかしくなっていたでしょう」
「……どうして、そんな場所を私に」
きっとこの場所は、あのエルフ御用達の店より、あの会員制のカフェより、この翠玉の装飾品より、それこそ今日見せてくれた彼の衣服よりも、彼の中では大切な物だろう。誰にも教えたくない、自分の物として秘密にしておきたかった、ある意味で彼の唯一の依存先と言って良いほどの場所かもしれない。
それはそれこそ、彼の想い人であるアイズに最初に教えるべき場所だろうに。他の誰よりも先に、先ず彼女と共有しなければならない場所の筈だろうに。……どうして、自分に教えたのだろうか。どうしてここに連れて来てくれたのだろうか。レフィーヤにはそれが分からない。けれどそんなレフィーヤの思いすらも、もしかしたら彼は見抜いていたのだろうか。
「これが全部です、レフィーヤさん」
「え?」
「……これで、全部なんです」
「全、部……?」
「全部なんですよ。……私からレフィーヤに差し上げられるものは、これで」
「………ノアさん」
彼もまた、自分を見る。
近い距離で見つめ合う2人。
これほど近い距離で、2人の目は互いに逃げることを許さない。
逃げる場所が存在しない。
けれどレフィーヤの眼に映る彼の顔は、少し悲しげで。
「レフィーヤさんには、本当に感謝しています。こんな私のことを支えてくれて、情けないところを何度も見せたのに、それでも見捨てずにいてくれた」
「……そんなの、当たり前です」
「それでも、私は救われた。私はレフィーヤさんに救われた。だから何かを返したいと、そう思ったのに。……私はそれを、返せない」
「……!!」
「だから思ったんです。それなら、今私の出せるすべての物を差し出そうと。私の出せる全てを、レフィーヤさんに贈ろうと」
水の音が優しく耳を叩く。
レフィーヤはただ、静かに彼の言葉を飲み込んでいく。彼の言いたいこと、彼の感じていること、それらを丁寧に咀嚼して飲み込んでいく。目も、耳も、頭も、心も、全てを彼に向けて。その全てを、理解することが出来るように。
「……でも、いざこうしてみると、意外とそれは多くはありませんでした。私は私が思っていたより、ずっと薄い人間でした」
「っ」
「私は、自分がどれだけ弱い人間なのかを知っている。ずっと他者に支えて貰って生きてきたから、自分1人では生きていけないことを知っている。……だからこそ、私は誰よりも支えてくれるその人のことを、大切にしないといけない」
くしゃりと、顔が歪む。
「それなのに、私はこんなにも支えてくれるレフィーヤさんに、こんなことでしか返せない。レフィーヤさんは本当に自分を捧げてくれているのに、私のために色々なものを犠牲にしてくれているのに、それなのに私からはこんなものでしか返せない。私は私の全てを貴方に捧げることが、どうしても出来ない。……ごめんなさい、レフィーヤさん。本当に、ごめんなさい」
彼は謝る。ひたすらに、その綺麗な顔が歪んでしまうくらい。
それが心の底からのものであると、分かるのだ。それほどに感謝をしてくれていて、それほどに申し訳ないと思っていたことも分かってしまう。
彼は真面目過ぎるから、レフィーヤのことをちゃんと見ていたから、自分の想いに気付いてしまって、それに応えられないことに病んで、今日までずっとずっと悩んでくれていたのだろう。ずっとずっと、どうしたら報うことが出来るのか考えていたのだろう。
それが分かった、分かってしまった。
……だからレフィーヤは、嬉しかった。
嬉しかったのだ。
「……馬鹿に、しないでください」
「っ」
「馬鹿にしないでください、ノアさん」
震える声でも、しっかりと言葉にして彼にぶつける。
自分の思いの丈をありったけに、彼の心にぶつけて叩く。
「今日、私は本当に幸せでした。人生で1番、ううん。これから先の人生を含めても、絶対に1番って言えるくらいに幸せでした。……だから、そんな私の幸せを、他でもない貴方が馬鹿にしないでください」
誰にもぶつけたことのないそんな強い言葉を、レフィーヤは敢えて口に出す。けれど、それは紛れもない本心だったから。偽りのない、心からの思いだったから。レフィーヤは躊躇うことなく、それを彼に叩き付ける。
「……レフィーヤさんの人生は、長いんですよ?1番なんてことは」
「だったら、これから先もこうして、私のことを幸せにしてくれますか?私のために、ノアさんの全部をくれますか?」
「っ、それは……」
「それが出来ないのなら、やっぱり私にとっては今日が1番幸せなんです。これ以上の幸せなんて絶対にない。……これ以上の幸福なんて、必要ない」
今日以上の幸せなんて。
彼以外から受ける幸福なんて、受け取りたくない。
「私だって分かります。今日ノアさんから受け取った物が、どれほど貴方にとって大切な物だったのか。それは本当ならアイズさんのために用意した物だったはずだったのに、敢えて私に使ってくれたその意味を」
「……だから、申し訳なかった。今日レフィーヤさんに渡した物の中に、レフィーヤさんのために準備した物なんて1つも無かったから。その髪飾りだって、それが申し訳なかったから、一生懸命に探して……」
「違いますよ。……だからこそ、私にとって価値があるんです」
「っ」
「私はノアさんがどれだけアイズさんのことを想っているのか知っています。そして知っているからこそ、そのために用意していた物を私に使ってくれたことが嬉しかった。それを使って良いと思えるくらい、自分が大切に思って貰えていることが分かって……心から嬉しかった」
何の見返りもないと覚悟して始めたことだ。得るものなど奇跡でも起きない限り存在しないと、そう思い込んで始めたことだ。……そうでもしなければ、確実に自分の心は耐えられないと分かっていたから。だからこそ、こうして彼の方から彼の大切な人生の一部を分けて貰えて、本当に嬉しかったのだ。こうして隣に居て、手を握って貰える今が、何より幸せだったのだ。
……もう隠せないほどに流れてしまっている涙が、言葉だけでは伝えきれないこの想いを彼に伝えてくれる。ぎゅっと握られた自分の左手も、自分の本気を彼に伝えてくれる。
「……あと3年間、私は貴方の物です」
「レフィーヤさん……」
「その3年間、私のことは好きに使って下さい。……着いて来いと言うのなら着いて行きます。何処かへ行けと言うのなら姿を消します。そうして私はただ、貴方を側で支え続けます。必要なら、いつまでも」
「……でも、それは」
「私は絶対に、後悔しない」
「!!」
それがレフィーヤの覚悟だった。
レフィーヤはそう決めたのだ。
……もしかしたらこれは自分の想いだけではなくて、未来の自分の思いも入ってしまっているかもしれない。けれど彼のためならば自分の全てを掛けても良いと言う思いは、きっと変わらない。彼を幸せにするためならば、自分はなんだってしてもいい。その場の勢いや空気に流されて、こんな決断をした訳ではない。どれだけ涙を流すことになっても、どれだけ胸を痛めることになっても、彼を支え続けると誓った。
「だから、私に謝罪なんかしないで。私に申し訳ないだなんて思わないで。……そんな遠慮は、しないで」
「……レフィーヤ、さん」
「貴方の幸福が、私の心からの願いなんですから。貴方の幸福を、私は心から願っているんですから。……だから、幸せになってください。幸せになってください、ノアさん」
互いに泣いていた。
拭うこともなく、滴を落とす。
涙で濡れて、化粧も落ちて。
互いに素顔を晒して、見つめ合っていた。
「それだけで……私はいいんです」
この静かな海に囲まれて。ただ、静かに。
心の全てを、分かち合っていた。
レフィーヤさんの髪型はダンメモの花魁妖精と蒼星妖精を混ぜたようなイメージです。服装は頌閃妖精と優美妖精を混ぜたイメージでお願いします。ソードオラトリア13巻のレフィーヤさんも本当にお綺麗でした。