【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「アイズた〜ん♪フィリア祭の日ぃ、ちょっと付き合ってくれへ〜ん?」
「嫌です」
「え"」
「嫌です」
「え、いや、でも……これ主神命令……」
「絶対に嫌です」
「………はい」
あれから数日が経ち、アイズはようやく自室から姿を現した。朝に朝食の場に出ると、そこに彼がいない事を確認して、落ち込み思考する。そんな彼女のことを見て、声を掛けにきたロキを、問答無用で(言葉で)ぶった斬る。
てっきり数日の引きこもり生活で大層に落ち込んでいるのかと思っていたのだが、しかし彼女の様子はむしろ非常に鋭かった。主神命令だろうとなんだろうと、強い意志をもって跳ね除ける。彼女のその様子に、その鬼気迫った様子に、ロキでさえもそれ以上に求めることは出来ないし、それこそこのフィリア祭について、彼女は一歩たりとも引く気はないようだった。
「………あの」
「……!お久しぶりですね、アイズさん」
「!……うん。ノアも、前より顔色良くなったね」
「ええ、おかげさまで」
「辛かったら、横になっててもいいから」
「ふふ、大丈夫ですよ。もうそこまでではありませんから」
ただ、そんな彼女の鬼気迫った様子も、こうしてこの場所に座ると、途端に姿を潜めてしまう。
あの日から睡眠薬によって朝の少し遅い時間まで眠ってしまっている彼は、当然ながら朝食の場には姿を出せない。時間になるとレフィーヤが食事を持って部屋に入り、お願いされた時間になってからゆっくりと起こされる。そんな風に病人さながらの生活をしていた成果もあってか、アイズの言う通り、アイズが見て分かる通りに、彼の様子はかなり改善しているようだった。
……それもこれも、アイズがこうしてレフィーヤに直接お願いをして、一緒にその朝の様子を見なければ分からなかったことだ。レフィーヤがこれほど献身的に尽くしていることも、実際に見なければ知らなかったことだ。改めて、見るということの大切さをアイズは思い知らされる。
「その……ごめん、なさい」
「え?」
「……駄目なところ。これからちゃんと、治していくから」
「……!」
「だから、その……ノアのこと、もっと知りたい」
「わたしの、ことを……?」
「うん……知って、理解したいの。……今の私が何を言っても、自分でも、信用ないって分かるけど」
「そんなことは……」
「……私きっと、変わるから」
「変わって、みせるから」
ジッと彼の目を見詰めてそういうアイズに、その変化に、ノアはもちろん、その様子を後ろで見ていたレフィーヤでさえも驚く。
……アイズの出した結論。
アイズがここ数日考えて出した、自分の気持ちの結論。それは結局のところ、『彼を誰にも取られたくない』というところに落ち着いた。最初と変わらず、同じ場所。けれど思考を重ねに重ねた末に、そこに辿り着いたのだ。それは着地した場所が同じであっても、最初と今では全く同じ意味の物ではない。
だから、手始めに。
「……わ、私が………食べさせて、あげるから」
「「…………えぇ!?!?」
「あ、あ〜ん……?」
アイズは開幕で切札を切った。
何の迷いもなく、初手から全力を出した。
この数日の思考の中で思い付いた幾つもの手札を、温存することなく使用した。
「あ、ああ、アイズさん……!?」
「そ、そんなことまでして貰わなくても……!」
「……でも、ノアは喜ぶと思った」
「うっ」
「嬉しそう」
「うっ」
「嫌がってない」
「ううっ」
「いい……?」
「は、はい………あ、ありがとう、ございます」
「うん」
さて、どうしたことか。さて、どういうことなのか。あまりに予想外の出来事に、ノアはもう言われるがままにその幸福を享受するしかないし、レフィーヤは普通に驚愕している。
突然に彼の隣に腰掛けたかと思えば、朝食を掬って彼の口元へ持っていく。しかもそれは以前の姫抱きの時とは違い、しっかりと彼の身体に密着しながらのものだった。
ノアの顔色は青色どころか赤色に染まっていく。アイズは明らかに"分かって"やっている。顔を近付ければノアが喜ぶとか、身体を密着させればノアが喜ぶとか、彼女はそれを今日ばかりは完全にわざとやっていた。
「なっ、なっなっなっなっ……!!」
狡い、これは狡い。
いくらなんでもこれは狡い。
だってこれは、エルフであるレフィーヤにとってはあまりにもハードルが高い。手を繋ぐだけでさえ未だにドキドキとしてしまうというのに。こんな、ここまで身体を密着させるなど。……勿論、その邪魔をする気はないにしても、しかしこんな物を目の前で見せつけられて、自分に一体どうしろというのか。自分はこの場から退散した方がいいのだろうか。
……それでもやはり、今のアイズは振り切れていた。
やるなら全力、その心意気は凄まじい。
「レフィーヤ」
「は、はいっ!?な、なな、なんでしょう……!?」
「ノアの隣に、座って」
「「…………えぇ!?」」
「その方が、ノアが喜ぶ」
「そ、そそそそそそんなことはあのあのあの!?!?」
「レフィーヤも喜ぶ」
「ぶふっ!?な、なななななななな何を言って!?」
「嘘はついたら駄目」
「「……はい」」
アイズ・ヴァレンシュタイン。
やると決めたらやる女。
過去を振り返って考え直せと言われたら、本気で振り返って何もかもを思い返す女。そりゃ出てくるまで数日掛かるだろうと、それくらいに徹底的に過去の自分とノアの反応を思い出して、思考を積み重ねた。
たとえば姫抱きをした時。2回したのにも関わらず、妙に焦って、けれど隠しきれない少しの嬉しさがあったのは、2回目の方だった。では1回目と2回目の違いは何だったのか?それは身体を当てていたかどうか。そしてアイズは聞いたことがある。『男なんておっぱい押し付けちゃえばイチコロよ』なんて、顔も名前も知らない通りすがりの女神様達が話していたことを。
(ど、どど、どうしてこんなにも急に積極的に……!?)
そして一方で、そうは言いつつも、レフィーヤはちゃっかり言われるがままに彼の隣に陣取る。陣取って、やっぱりちゃっかりと自分の身体を少し恥ずかしがりながらも押し付けてみる。アイズに言われたことだから、彼を喜ばせるためには必要なことだから。そんな言い訳を並べるのはあまりにも簡単なことだったから。これ幸いと自分の定位置を作り、アイズ同様に密着した。
……なお、当の本人はと言えば。
「ーーーーーーーーーー????っ?????」
思考が完全に停止していた。
処理しきれなかったのだ。
彼の平凡な頭では、これほどの情報量の多い状況は。
「ね……ノアのこと、教えて?」
「ひんっ」
「私と一緒に、フィリア祭……行こう?」
「い、行きます!行きますから……!」
「むっ」
こうして顔を近付けると、ノアが恥ずかしがって押されてしまうことを完全に理解したアイズは、本当に目と鼻の距離まで顔を近付け、身体を押し付ける。そうして顔を背けられたのをいいことに、丁度目の前に来た彼の耳の中に向けて、そんな乞い願うような言葉を囁き込む。
……完全に殺しに来ている。
しかしその反対側、ノアがアイズに押されることで余計に密着度の上がっているエルフも居た。彼女は確かにノアの幸福を祈っていて、アイズとの恋も応援している立場ではあるけれど、しかし人間である。恋する普通の女の子でもある。そんな2人の様子にちょっとくらいムッとしてしまっても、責められることではないだろう。
「ひうっ!?」
だからレフィーヤは、自分の頬を擦り付けた。
丁度いい具合に目の前にあった、彼の頬に。
「?どうしたの、ノア」
「いっ、いいいいいいいえ!な、ななな、なんでもありまっ、ひぇんっ!?」
「???」
前門の虎、後門の狼。
逃げ場はない。
互いの顔と顔に挟まれるようにしているノアは、最早涙目にすらなっていた。しかもこれがまたレフィーヤとアイズも、ノアとの距離が近すぎる故に、相手が何をしているのか分からないのが酷い。レフィーヤがどれだけノアの頬に自分の頬を擦り付けようともアイズには分からないし、アイズがどれだけ彼の耳に近寄って囁き掛けていようとも、レフィーヤには分からない。
「……恥ずかしがり屋だね、ノアは」
「こ、こんなの無理ですよぉ……」
「ちゃんと食べないと、駄目だよ」
「は、はい……」
「ほら、口開けて?」
「あ、あうあうあう……」
「ノアさん?逃げちゃ駄目です、ちゃんと食べさせて貰ってください?」
「うぁぁ……」
レフィーヤは見出した。
これだと。
アイズの手伝いをするという役割はしっかりと果たしつつ、こうして密かに彼と触れ合う。なんだかちょっと背徳的というか、割と不純なことをしているのかもしれないけれど。しかしこれなら自分の役割と欲を同時に満たすことが出来る。あわよくば意識して貰えるかもしれない。
そしてアイズもまた見出した。
これだと。
自分1人の時より、レフィーヤと一緒に囲んだ方がノアは冷静さを失うというか、なんだか素直な反応を見せてくれる。ぶっちゃけ考える余裕がなくなるので、口が軽くなるし、こちらの要求が通りやすくなる。……もちろんレフィーヤに取られてしまう可能性はあるが、しかし今の彼にレフィーヤの支えが必要なのは分かる。まだまだ未熟な自分だけでは彼のことは支えられない。だからきっと、今はこれが1番いい。こうして自分もレフィーヤから学んでいくのだ。他人を支える方法を。
「レフィーヤ、レフィーヤもフィリア祭に着いてきて。ノアが体調崩したら、私だと駄目だから……」
「はい♪任せてください♪」
「……え、この感じで行くんですか!?」
「……嫌?」
「嫌なんですか……?ノアさん」
「……………………………嫌、じゃ、ない、です」
「「よかった」」
互いの利害が一致した結果、ノアに勝ち目など何処にもなかった。なぜなら彼はもう既に、アイズは当然、レフィーヤの願いも断れない。
それはとても嬉しくて、幸福な状況ではあるのだろうけど。後で解放されて冷静になった時、ノアが凄まじいほどの自己嫌悪に浸ってしまったのもまた悲しい事実である。この辺りを素直に喜べる人間であれば、もう少し楽に生きられたろうに。
翌日、フィリア祭当日。
アイズはデートというものがよく分からない。
一応、したことがないということはない。ノアが意識を失う前に、デートという意識は全くしていなかったけれど、何度かしたことだけはあるから。……けれど、アイズはノアとレフィーヤがデートをしていたことは知っている。2人が拠点の前で待ち合わせしていたのを見て、デートの時にはおめかしする必要があると学習した。なので。
「ありがとう、レフィーヤ。わたし、お化粧とかよく分からないから……」
「いえ、本当に薄くしただけですから。とてもお綺麗ですよ」
「……そういうことも、勉強しないといけないんだよね」
「…………」
「強くなるだけだと、駄目なんだって……分かったから。ノアみたいに、いろんな努力をしないといけないんだって」
「……そう、ですね」
今日のために、アイズは自分から街に出かけ、自分の意思で新しい服を選んで来ていた。流石にまだお洒落に関する知識なんて無いので、前のレフィーヤとノアほどにしっかりとした装いは出来ていないけれど。しかしそれは単に外に出るくらいであれば十分に可愛らしいものであったし、アイズが自分で服を買って来たというだけで十分に驚かれる変化である。少なくともリヴェリアは素直に驚くだろうし、ノアは間違いなく喜ぶだろう。
「やっぱりその服、よくお似合いです」
「うん……レフィーヤも、流石だね」
「そ、そうですか?ありがとうございます」
「いつもと、また違う感じ」
「その……いろいろ試してみたいと思いまして、あはは」
それにレフィーヤも、今日は以前とは別の服を用意してきた。
レフィーヤにとって以前のデートで着ていたそれは、既に何より大切な物になっている。相当なことがない限りは、2度と袖を通すことはないだろう。だから今日はまた別の、白を基調としたものを身に付けているし、それはかなり控えめな物だ。あくまで自分は2人を支援する立ち位置であるから、それほど目立った物は付けないように気を付けた。
……ただし、今日のレフィーヤは髪を完全に下ろしてもきている。
普段は縛っているそれを、完全に解いてきたのだ。そこで生じるのは、普段とのギャップ。ノアには一度も見せたことのないその姿で、少しでも強く印象を付けようという作戦である。あと青色のリボンもチラホラと身に付けている。青色の入った衣服を選んで来たアイズに対抗して、自分にも青色を入れることで、海が好きだという彼の視線を独り占めさせないためだ。
これが知識の差、これが経験の差。レフィーヤは自分の役割はこなしながらも、同時にしっかりと彼の目を引く工夫をして来た。これもまたアイズがこれから学んでいかなければならないものの一つである。
「わぁ……!お2人共、それ新しい服ですか!?とてもよくお似合いです!最高です!!」
「あ、ありがとうございます!」
「うん、ありがとう。ノアもすごく似合ってるよ」
「ふふ、ありがとうございます。今日はこんな感じに少し落ち着いた装いにしてみたんです」
「す、すごく良いと思います……!」
「うん」
「それは良かった。私実はこういうお祭に参加するのが初めてなので、どういう物を着ていけばいい、の、か……………………………………はじめて?」
「「?」」
「い、いえ、すみません。何でもありませんよ。さあ行きましょう、時間は有限ですから」
「う、うん」
待ち合わせをしていた場所に向かってみれば、そこには少し暖かそうな服装をした彼の姿。秋のような装いと言えばいいのか。女装と言うほどではなくとも、しかし何も知らない人間から見れば読書好きな令嬢と言った雰囲気を出しているだろう。
会話の中でちょっとした違和感はあったものの、直ぐに気を取り直すと彼はいつも通りの笑顔で2人を迎え入れる。
まあ、実際ノアの中で今日は別にデートという位置付けではない。仲の良い3人で一緒に祭を楽しむ、そういう認識で強引に自分を納得させている。これは別に2人を侍らせている訳ではなくて、単にお出掛けをしているだけで、レフィーヤを蔑ろにしている訳でも、けど浮気している訳でもなくて。だからってアイズから誘って来たからと全てをアイズのせいにするのも違って、やっぱり最低なのは自分で……などという本当にクソ面倒臭い言い訳を自分の中で幾度も幾度も巡らせた挙句に、ここに居る。誰に責められる訳でもないのに、実に哀れなものである。
「っ……や、やっぱりこの姿勢なんですか……?」
「駄目ですか……?」
「だ、駄目じゃないです……」
「嬉しくない……?」
「すごく嬉しいです……!!」
まあ、いくら個人の中で反省しようとも。こうして両側からお手々を繋がれてしまえば逃れられないことであるし、彼自身がそれを普通の少年らしく嬉しいと思ってしまうのは、どうやったって逃げられることではないのだけど。
「それにしても……武器を帯刀して出掛けるようになんて、ロキ様はどうされたんでしょう」
「え?……何か起きるんじゃ、ないんですか?」
「そうなの?」
「?……ああ、神の勘のことですか。そうですね、ガネーシャ・ファミリアのモンスターが脱走したりするんでしょうか。それと、も……………………」
「ノア?」
「……………………………………ああ、今度はそう来ますか」
「え?」
「いえ、なんでもありません。ちょっと出掛ける前に忘れ物を取りに行ってもいいですか?直ぐに戻りますので」
「そ、それは大丈夫ですけど……」
「ノア?大丈夫……?」
「ええ、本当に問題ありませんよ。それでは」
そうして、ノアは何かを小さく呟きながら自分の部屋へ戻っていった。それから割と直ぐに彼は戻って来たけれど、何か特別に持ち物を増やしているようには見えなくて。
……この時、レフィーヤはまだ薄らとしか気付けていなかった。彼の身に起き始めた、表には決して見えることのない変化を。そしてその変化が、一体どれほど彼自身に影響しているのかということを。