【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
まだまだ冒険者としては初心者同然のベル・クラネル、しかし今の彼の頭の中はとある女性と少年のことでいっぱいである。
(ノア、ノア・ユニセラフ……一体どんな人なんだろう)
少し前に豊穣の女主人という場所で、ベルは自身の命を救ってくれたアイズ・ヴァレンシュタインという女性を見た。彼女はロキ・ファミリアという都市でも最大手の探索系ファミリアに所属しており、その中でもかなりの実力者だという。そんなロキ・ファミリアの遠征帰りの宴会に偶然にかち合ってしまった彼は、そこでミノタウロスに助けられた際の自分をネタにされていたことを聞いてしまった。
『雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇんだ!!そんな奴はそもそも必要とされてねぇ!!』
ベルが助けられた際に一緒に居た狼人は、そう言った。そしてそれに対して、アイズもまた否定はしていないようだった。……だからこそ、その言葉はベルに深く突き刺さった。
どうすれば彼女とお近付き出来るか、何をすれば彼女と親密になれるのか。そんなことを考えていた自分だったが、そのためには何をすれば以前に、何もかもを頑張らなければならなかったから。それくらいには今の自分は不足していたから。それに気付けなかった自分、そんな甘い考え方をしていた自分を酷く恥じた。
……そして。
『さあアイズ!言えよ!!あのガキとオレ、ツガイにするならどっちがいい!?』
『…………………ノア』
『っ』
そのやり取りが、更に自分の心に深く突き刺さった。
ノア……ノア・ユニセラフ。
エイナから聞いていた。自分と同じ年齢の冒険者でありながら、同じようにアイズ・ヴァレンシュタインに憧れて、今は彼女と同じ立ち位置に居るのだと。それほどに努力を積み重ねて、今はこうして彼女に名前で指名されるほどの立ち位置を得ていて、あの狼人でさえもそれを認めている。
……自分とはまるで違う。
こんな甘えた考えをしていた自分とは全く違って、同い年でありながらその少年は、何年も前から十分な努力をして来たのだということ。
あの宴会の中ではそれらしき少年は見当たらなかったし、もしかしたらあの場には居なかったのかもしれないが。それでもベルの中でライバルともなる彼の存在は、あまりにも強く頭に焼き付いた。
あの会話の内容からしても、まだアイズと彼はそういう関係にはなっていない。しかし彼女から認められているというだけで、今のベルとは大きく離れた位置に彼がいることは間違いない。
故にベルは焦っていた。
焦っていたが、しかし焦ったところでどうにもならない問題であるというのが、余計に彼を強く悩ましくさせる。故にベルに出来ることは、彼とアイズがくっ付いてしまわないことを祈りながら、自分の努力を積み重ねることだけ。
幸いにもヘスティア曰く自分は成長期ということらしいので、ただコツコツとそれを積み重ねていくだけだ。今の自分にはそれくらいしか出来ないと、情けないと感じながらも、彼は今日もヘスティアに捕まってしまうまではフィリア祭にも行かずにダンジョンに潜るつもりであった。少なくとも、それまではそのつもりで騒がしい街中を歩いていた。
「やれやれベルくん、君は今日という日もダンジョンに行くつもりだったのかい?流石にそれは僕としてもいただけないな」
「……すみません」
「いいかい?祭の日くらい楽しめるような心の余裕がないと、何事も上手くいかないもんだ。物事の効率を上げるには、やっぱり健全な精神が大切なんだから。……ということで、今日は一日ボクに付き合ってもらおう。拒否権はないよ、いいね?」
「は、はい。分かりました」
しかしそんなベルにとって幸いであったのは、正しく彼を引き止めたヘスティアの存在だったろう。ヘスティアはそんなベルの様子を見るや否や、多少強引にでもダンジョンに向かうのを引き止め、祭を楽しむことを"強制"した。ここでベルが止まれるだけの精神状態であったことも、また大きい。
「ノア・ユニセラフ?……う〜ん、ボクもあまりよく知らないなぁ。ベルくんはその男性冒険者のことを知りたいのかい?」
「はい、僕と同い年の冒険者みたいなんです。それなのにもうレベル6みたいで……」
「レベル6!?君と同い年で!?……はぁ〜、それは相当にすごい子なんだねぇ」
「エイナさんも個人情報だからってあまり教えてくれなくて……でも神様も知らないなら、やっぱり他の人に聞くしかないですね」
「そうだねぇ。でもあんまりボクは君に無茶をして欲しくないから、見習って欲しくはないよ」
「……でも」
「いいかい、ベルくん。普通じゃない速度で成長するってことは、普通じゃない経験をするってことなんだ。……君の神様としては、それはあまり喜ばしいことじゃないんだよ。少なくとも君が危険な目に遭いながら成長している姿を見ても、ボクは全然嬉しくない」
「……すみません」
「分かってくれればいいんだ。でも忘れないでおくれ、ボクには君しか居ないってことを。何度も言うようだけど、ボクを1人にはしないでおくれよ」
「はい……約束します」
正にヘスティアのこの言葉が、別れ道だったと言っても良い。これを言ってくれる相手が近くに居たかどうか。ノアには居なかったし、ベルには居た。ベルには間に合ったし、ノアには間に合わなかった。……それだけの違い。
けれどそれだけの違いで、ベルは元気を取り戻してヘスティアと祭を楽しむことを決めた。もちろん心の中に今も焦りはあるけれど、それでも今直ぐにどうにか出来る問題でもないから。だから切り替える。今はヘスティアを楽しませることを優先しようと。……そして、自分も楽しもうと。色々な未知が周りにたくさんあるベルにとっては、焦りと同様に、好奇心もまた強かった。
「……そういえば、アイズさんの隣にいた女の人も綺麗だったなぁ」
「ベルくん!?このボクと一緒に居るのにまた他の女のことを考えているのかい!?」
「ち、ち、ち、違います!ち、違いませんけど……ご、ごめんなさーい!!」
「……ロキ」
「……ま、座りアキ。どうせ戻って来んし、一回休憩しようや」
フィリア祭。そのお供としての役割をアイズに強く拒絶されてしまったロキは、最終的には若干強引にはなってしまったが、その代わりをアキにお願いすることになった。
そうしてロキが望んだのは、女神フレイヤとの会談の場。とは言っても近くの茶屋で少し話す程度のこと。故にそれほど大したことではなく、いつも通りに女神フレイヤが男目当てに何かを企んでいる……話はその程度のものだと思っていた。もちろんロキの予想通りに、話の本題はそこであったのだけれど。
『ねえロキ?貴女のところに居る彼、まだ元気にしているのかしら?』
『………それがどないしたんや』
『ふふ、そんなに怖い顔をしないで。だって気になるじゃない?あんなに滅茶苦茶な魂の状態で辛うじて生きてる子、私だって初めて見たもの』
『………』
話の途中、思い出したかのように出されたその話題。これまで一向に手を出すどころか興味すら見せていなかったフレイヤが、突然こんな話をし始めた。ロキはそのことに酷く警戒をしたが、しかしそれに対して彼女はただ首を横に振る。
『本当に単純な興味よ、流石にあんなものを引き取る気は無いわ。……だからね、ロキ。これは私からの善意の忠告』
『……善意の忠告?』
『これは私の予想なのだけれど……あの子、単に魂が砕けてるだけじゃないんじゃないかしら?』
『なんやと?』
『……少なくとももう1つ、今もあの子に干渉し続けているものがある』
『!?』
『それが何かまでは見えないけれど、彼の魂は今も何かの影響を受けて軋んでいる。……早くどうにかしないと、手遅れがより酷くなるわよ?』
女神フレイヤが彼について言及したのは、そこまでだった。しかしそれは普段から下界の子供達の魂を見ている彼女だからこそ分かることであり、それは確かにロキにとっては有益な情報だった。……有益ではあるが、また新たな悩みの種を生む要因でもあったが。
「……ロキ、こんな時だけど一つ報告して良いかしら」
「うん?なんの話や?」
「ベル・クラネルの話」
「……!!」
「彼、凄まじい速度で成長してる。それこそ明らかにおかしいって言って良いくらいの速度で」
先程までフレイヤが座っていた場所にアキは座り、彼女もまた沈痛な面持ちでそれを話す。今日まで彼女が見てきたベル・クラネルのダンジョン内での様子。彼のその異常とも言えるような、成長速度。
「1日のダンジョン滞在時間と、倒してるモンスターの数に対して、次の日のステイタスの上がり幅が異常過ぎる。少し前まで初期値同然だったのに、今はもう敏捷がLv.1の中位くらいはある」
「……アキの見立てでええんやけど、どんくらいでLv.2になると思う?」
「……………ステイタスがDに届くって話なら、もう数日もすれば満たすと思う」
「……なるほどなぁ」
「ノアが脅威に思うのも、仕方ないと思う」
あの女神ヘスティアが卑怯な手段やルール破りをするとは思えない。つまり考えられるのは、何らかのレアスキル。そしてアキが監視している間も特に怪しい動きをしていないということは、ノアのようなものではない。単純に何らかの条件下でレベルが上がりやすくなるような、そういう便利なスキル。
「まあ、そこまで分かれば十分や。ありがとなアキ、監視はもうええよ」
「……本当に良いの?」
「仮にその少年が死に掛けたら、どうするん?」
「………」
「どっちにしても楽しくないやろ。事情を知っとるからこそ、あんまり近付かん方がええ。……その少年に構っとる暇があるなら、ノアのこと構ったり」
「……分かったわ」
助けてしまったらノアの未来に影が差す。しかし見捨ててしまっても心に傷が残る。ならばそもそも関わるべきではない。相手の大凡の状態が分かったのなら、そこから先の情報収集は別にロキでも出来る。わざわざそんな辛い役回りを、眷属にさせる必要はない。
「それにしても……ノアの魂に干渉し続けている何かなぁ」
「神の力のことかしら……」
「いや、黒幕さんがノアにそんなことする必要がない。それにフレイヤのことや、どうせノアが何かしら神の力を受け取ることも気付いとる筈や。それとは違う何かがあると考えた方がええ」
「……他の、何か」
「だとしたら、どんだけノアは色んな物に雁字搦めにされとるんやって話や。せやけどフレイヤが嘘を吐いとる様子もなかった……また調べなあかんことが増えたわ」
「……手のかかる後輩を持つと大変ね」
「ほんまにな」
今更、何がノアのことを蝕んでいるというのか。あれほどに傷付いているというのに、これ以上なにを傷付ける必要があるというのか。今もノアの魂を締め付けているという何か、正直ロキも予想が出来ない。黒幕の神以外にも何かしら企んでいる輩が他にも居るのか、若しくはノア自体に問題があるのか。……どちらにしても。
(……そろそろ、手に負えんくなるかもしれん)
ノアに割くことの出来る時間や労力にも限界がある。今はまだどうにでもなるが、もし都市を揺らすような何らかの問題が起きた場合、本当に手に負えなくなるかもしれない。
……果たして、ノアの魂のリミットはいつなのか?当初のロキの予想では、それこそノアが半年振りに起きた際に他の神々と予想したリミットは、かなり先の筈だった。しかし仮にフレイヤの言う通り、あの時からずっとノアの魂にダメージが入っていたというのなら……
(最期のことを、考えるべきなのかもしれん)
せめて良き最期を、迎えられるように。
それは3人が出店を見ながら歩いている時のこと。
「ま、待て!!そこの……少女?いや、少年か?」
「はい?」
「え?」
「…………アポロン、さま?」
「君は……君は、もしかして……」
「?」
「ア、アポロン様!突然どうなされたのですか!?……ロキ・ファミリア?」
「今は少し黙っていろ、ヒュアキントス」
「っ!?はっ、出過ぎた真似を……」
「……少年、君の主神は?」
「え、と……ロキ様ですが……」
「そ、そうですよ。この人はロキ・ファミリアの大事な団員なんですから」
「……引き抜きは、しないでください」
「……………………………気の、せい、なのか?」
「?」
「……………すまない、君の名を教えて貰ってもいいだろうか」
「の、ノアです……ノア・ユニセラフ」
「そう、か……」
「あ、あの?」
「……………」
「アポロン、様……?」
「………………………ノア。身体は大切にするといい、あまり良い状態には見えない。だが、楽しい祭を邪魔してしまったことは悪かった。それだけは謝罪しよう」
「い、いえ、そんなことは……」
「行くぞ、ヒュアキントス」
「よ、よろしいのですか?」
「ああ……それではな、ノア」
「え、あ、はい………その、アポロン様も、お気をつけて……?」
「……………ああ、ありがとう」
祭の最中。
そんなやり取りが、小さくあった。