【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

35 / 60
35.○○揺らぎ

神の勘というものは、基本的に当たると考えて行動するべきというのが下界における一般常識である。それは実際に当たる確率が非常に高いことに加えて、何も起きないということがほぼほぼ無いからという理由が大きい。

 

……そうでなくとも今回は、ノアは何が起きるのか知っている。

 

この世界に来てヘルメス・ファミリアに入ったばかりの頃に作ったノートの中に、その時点で覚えていた大まかな事件なんかは最低限メモしてあったから。

勿論、この世界に来た時点で忘れてしまったことは何も書かれていないし、書いてあってもノートの存在自体をいつの間にか忘れてしまっていることも多い。それ等の文章、どころかノート自体も、異様な速さの劣化を見せており、ノアは机の上に置いてあるそれを見る度に思い出し、書き直し、模写した紙をいつも持ち歩きながら、結局また何もかもを忘れる……ということを今日まで密かに繰り返していた。これは彼がこの世界に来た時から繰り返している、悪いルーティンのようなものだ。

 

「っ……アイズさん、レフィーヤさん、やっぱり今日は何処かでモンスターが脱走するということを前提に動きましょう。ロキ様の勘が当たるなら帯刀している私達が動くべきですし、当たらなかったら当たらないでいいですから」

 

「ん……そうだね、そうしよう」

 

鞄から財布を取り出そうとした拍子に転がり落ちたメモ用紙。ノアはそれを拾い上げ、思い出し、2人に伝える。自分が忘れてしまっても、他の人にそれを伝えてしまえば問題ない。未来予測を誰かに伝えても今のところは相手側にも何の問題も起きていないが、一歩間違えればこの世界に来たばかりの頃に自分が味わったあの感覚を、相手にも味合わせることになってしまうかもしれない。

故にノアは、ある程度の納得出来る理由を付けて、なるべく自然な予想という形で2人に伝えた。……それにすら意味があるかどうかは分からないけれど。

ノアがなるべく自分が未来を知っているということを他人に明かそうとしないのは、そういう心配があったからだ。……自分の存在そのものを消されてしまうようなあの感覚に、強い恐怖心を抱いてしまっているからだ。

 

(でも……やっぱり、少しずつ覚えていられなくなってる。今はこうして気付いたら思い出すことが出来るけど、多分そろそろ……)

 

思い出すことも、気付くことすら、難しくなる。それまではまだ意識の中にあった『未来を知っている』という事実そのものが、自分の中から消えようとしている。

……過去のことを思い出せなくなるのはいい、まだ許容出来る。それはノートの中に普段から可能な限り書いているから。だがその認識そのものを消されるのは流石に許容出来ない。それが消えてしまったら本当に、あの世界のことが無かったことになってしまうみたいだから。

 

(……もう、覚えてることなんて、殆ど無い癖に)

 

それでも未だに、この世界に来たばかりの頃に書いた文章を読み返すと、心が揺れる。書いた当時は自分自身混乱していて、とにかくこれから起きるであろうことを片っ端から書き殴っていたけれど、その節々にある前の世界での記憶に触れて、心だけが反応する。その時点で既に穴だらけの記憶になっていて、そのことに恐怖していた自分の動揺が見ていて痛々しくて、それを何処か他人事のように感じてきている自分にも動揺する。

…‥この前の宴会での出来事だって、改めて読み返してみればその長い長い記述の中に小さく書き留めてあったりした。きっと自分はそれを何処かで読んでいた筈なのに、最初から抜けていた記憶だと誤認していた。これは最初から無かったものではなく、後から抜けた記憶だったのだ。

 

(まだ、まだ……もう少しだけ……あと数ヶ月、このままの状態が続くだけでいいから……)

 

とにかく今の話だ。

これからガネーシャ・ファミリアのモンスターが逃げ出して、アイズ達も襲われる。相手もなんだか強力なモンスターらしく、レフィーヤが怪我を負うことになるらしい。だからきっと、ここから2人を守らなければ。2人に傷一つ付けないこと、それが自分の役割だから……

 

 

 

「ノアさん」

 

 

レフィーヤに話しかけられる。

 

 

「っ、どうしましたか?レフィーヤさん」

 

「ちょっといいですか?」

 

「え?ええ……ひぅっ!?」

 

「……顔、強張ってますよ。警戒し過ぎです」

 

突然、抱き寄せられて頭を撫でられる。

思わぬその行動に驚愕し、赤面し、停止してしまう。……けれど。

 

「大丈夫です、ノアさんが何もかも背負い込む必要はありません。私達がいます」

 

「……レフィーヤさん」

 

「むっ……私も居るから、大丈夫」

 

「アイズさん……」

 

「私が殲滅するから」

 

「………そういうところなんですけどね」

 

「そうですね、そういうところです……」

 

「………???」

 

そういうところはまだまだ直りそうにないことに、ノアはレフィーヤと顔を合わせて苦笑った。

 

 

 

『うわぁああ!!!怪物だぁぁああ!!!!』

 

 

「「「っ!」」」

 

ただ残念なことに、そんな安らかな時間は、それほど長く続いてはくれない。3人が楽しむ筈だった祭の時間は、たった1柱の女神の我儘によって、いとも容易く破壊されてしまったのだ。神の勘は当たった。そして同時に、ノアの記憶も現実と符合した。

 

 

 

 

「レフィーヤさん!こっちです!」

 

「は、はい!」

 

フィリア祭の中に突如として発生したモンスター達の大脱走。これだけの恩恵すら持たない観客が溢れている中でのモンスターの脱走というのは、それこそなりふり構っていられないほどの大事態である。

 

『ごめん、ノア。一緒に居られない……』

 

『……いえ、悪いのは私の足の遅さですから。その代わり、私の武器を持って行って下さい。頑丈さだけが売りなので、予備の武器としても十分に機能してくれると思います』

 

『……!うん、ノアだと思って大事にする』

 

『ふふ、終わったらまた会いましょう』

 

高速移動と滑空を得意とするアイズは、この広い街中でモンスターを狩るに、これ以上にないほどに必要とされる人材である。そんな彼女を自分の拘りだけで拘束するほど、ノアも落ちぶれてはいない。

普段使っている武器を整備中であり、今は借りてきた剣を帯刀している彼女。普段は使わないであろうその細い武器に不安を覚えていたのは彼女も同じだったらしく、ノアの頑丈さだけが取り柄のその剣を手渡した時、アイズは確かに安堵したような顔をしていた。それだけでこうして武器を持ってきた甲斐があったというものだろう。

 

……さて、そんな中でレフィーヤとノアも別働隊としてモンスター狩をしている訳なのだが。

 

「アルクス・レイ!!」

 

既に並行詠唱を完全に会得したレフィーヤ。しかし今日の彼女はノアに姫抱きをされながら詠唱を行っている。民家の屋根の上を走りながら騒ぎのある場所へと直行し、遠距離からレフィーヤの追尾魔法によって撃ち貫く。アイズほどの殲滅速度はないものの、これだけでかなり効率良く敵を倒すことが出来た。

……そして同時に、レフィーヤもこれ幸いと良い立ち位置を得ることが出来た。姫抱きをされるなんて、アイズでさえ(したことはあっても)まだされていない事だ。しっかりと抱かれて、しっかりとしがみつき、この状況をしっかり楽しむ。逃げ惑う人達に申し訳ないとは思いつつも、こんな時でも無ければ経験出来ない事だから。

 

「ふぅ、粗方この辺りは片付けたでしょうか」

 

「そ、そうですね。……後は、シルバーバックがダイダロス通りの方に向けて逃げていったとか」

 

「それはまた遠いところまで…………ん?シルバーバック?」

 

「どうしましたか?ノアさん」

 

「……………………………………………………………………なんでしたっけ、何かあったような」

 

「???」

 

記憶の彼方、最早それについても思い出せない。またもやそれはノアの頭の中から消えてしまっていた。ノアの頭の中にあるのは、レフィーヤを守ることと、1人になったアイズの負担をなるべく減らし、彼女が怪我をしないことを祈ることだけ。そのことだけを考えていたからこそ、それ以外のことが消えている。……そのシルバーバックと戦っているのが何者なのか、思い出せないでいる。

 

「ですが、方向的に完全に逆方向なんですよね。これならアイズさんが既に対処しているんじゃないでしょうか」

 

「確かに……それなら、どうしますか?」

 

「そうですね、エイナさんに情報共有しに行きましょう。その後はこの辺りを巡回して……」

 

 

 

ーーーーーッッ!!!!!!!

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「……なんですかね、あの変な触手みたいなモンスター」

 

「……行きましょうか」

 

「はい……」

 

そして運命は、どんどんノアとアイズを引き離していく。彼女がダイダロス通りの住民達に見守られながらシルバーバックと立ち回る少年を目を見張って見つめている間にも、ノアはレフィーヤと共に正体不明のモンスター達の元へと走っていく。

……隣には居られないからこそ、狙われるのだ。本来は立ち会うことのなかった場所に、彼女は居合わせてしまった。まるで本来得られたはずの気持ちの埋め合わせをするかのように。開いてしまった興味の差を、少しでも埋めていくように。

 

「…………強くなってる、あの子」

 

単純な強さ、成長の速さ、そして戦闘のセンス。アイズ・ヴァレンシュタインの興味を引くのに、それ以上に有効なものはない。……ノアがそれと同じことをしたように。

同じ土俵で勝負をするのであれば、ノアが彼に勝てるはずもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

4月10日

昨日のアポロン・ファミリアによるパーティで、アイズさんとベル・クラネルが仲睦まじくダンスを踊っていたと、他のファミリアの女神様達が話しているのを聞いた。そんなことはアイズさんからもロキ様からも当然聞いていなかった。だからそれを聞いた時、妙な孤独感を感じてしまった。……ああ、また嫌な考えをしてしまう。どうしてロキ様は止めてくれなかったんだろう、なんて。僕の恋にロキ様は関係ない。僕はロキ様に拾われた立場だ。要求されることはあっても、要求することは間違っている。それに僕の恋が上手くいかないのは、他でもない僕自身の責任だ。それを他人のせいにしてはいけない。……それでも、どうすれば良いのかは分からない。僕は彼より3年も長く努力しているのに、アイズさんとダンスなんて1度としたことがない。そもそもパーティに出席したことすらない。きっとこの身長のせいで見栄えが悪いから、連れて行って貰えないんだろう。ロキ様だってアイズさんみたいな美人さんを連れて行きたいに決まっている。……だから、僕にはベル・クラネルと同じ経験は絶対に出来ないのだと思うと、この小さな身体が本当に憎らしい。羨ましい、羨ましい、羨ましい、羨ましい、羨ましい……ああ、本当に気持ち悪いなぁ。なんでこんなことを考える人間になってしまったんだろう。あんなにも優しい神様に育てて貰ったのに、どうして。

 

4月12日

どうやらベル・クラネルがアポロン・ファミリアに決闘遊戯を挑まれたらしい。負けたらアポロン・ファミリアに引き取られてしまうということだが、どう考えたってファミリアの規模的に勝てる訳がない。街の人達もそう言っている。……そんな話に少し嬉しくなってしまった自分が嫌いだ。それにロキ様から頼まれた買い物帰りに、アイズさんとティオナさんがベル・クラネルの稽古を付けているのを見てしまった。やっぱりそうだ、こんな考えばかりしているから追い抜かれるんだ。こんなことばかり考えているから、僕はアイズさんにああして稽古を付けて貰えたこともないんだ。……彼のように純粋な気持ちで努力が出来なければ、アイズさんが僕に振り向いてくれることはない。『負けてしまえばいいのに』って、その様子を見て一瞬でも考えてしまった自分のままでは、どうやったってこの願いが叶うことはないだろう。本当の本当に救いようのないクズだ、僕は。

 

4月19日

ベル・クラネルが勝った。

 

4月26日

ベル・クラネルに追い付かれた。Lv.3になったらしい。僕が3年間毎日ダンジョンに潜って得た位置を、彼はたったの3ヶ月で手に入れた。……彼はどんどん名声を増していく。彼はアポロン・ファミリアの拠点を手に入れて、弱小ファミリアから抜け出した。アイズさんも、ティオナさんも、団長も、みんな凄い凄いと言っていた。僕の時よりも喜んでるんじゃないかって、一瞬思ってしまった。でもそんなことない、僕の時もちゃんとレフィーヤさんやアキさんに褒めて貰ったから。……ああ、嫉妬ばかりが募る自分が嫌いだ。アイズさんが見たこともない顔で彼のランクアップの報を見ていた。それを見て凄く嫌な気持ちになった。彼女にまでそんな気持ちを持ってしまった自分が嫌いだ。

……結局、自分の努力不足が原因だと分かっている。僕はミノタウロスに1人で挑んだりしていないし、Lv.2の段階で18階層に行ったり、戦争遊戯に参加したこともない。いつも死なないように安全を取りながら、その微温湯で時間をかけて足掻いているだけ。僕のランクアップの偉業なんて、決して都市で噂になるほどのものではない。僕の唯一残した記録だって、今回の件で彼に塗り潰された。僕の努力の証はもう何処にも残っていない。……ああ、もう嫌だ。彼のことを考える度に、自分の心が真っ黒に染まっていくのが分かる。どんどん自分のことが憎く感じてくる。もう何も考えたくない。彼のことなんて何も聞きたくない。こんな風に嫌なことばかり考えたくないのに、どうして僕は。

 

4月27日

ダイダロス通りというところの調査に行くらしい。闇派閥の関係だとフィンさんは言っていた。もちろん僕も2軍の末端団員として同行する。……この調査が終わったら、この日記も捨てようかなと考えている。日記に書き殴っていれば心がスッキリするからと続けていたが、改めて読み返してみると本当に酷いことしか書いていない。自分で自分が怖くなってしまった。こんなものをアイズさんには読まれたくない。僕が胸の奥でこんなことを思っていたなんて、アイズさんにだけは絶対に知られたくない。こんな日記に逃げていたら駄目なんだ。僕自身の感情なんだから、僕自身で処理しないと。……そうだ、いつまでもこんな汚れたままの自分じゃ駄目だ。もっと、もっと、もっともっと努力しないと。足りない物だらけの、才能なんて微塵もない僕には、努力くらいでしか自分を主張なんて出来ないんだから。いつかアイズさんに認めて貰えるように。いつかみんなに頼って貰えるように。色んな人にすごいねって言って貰えるように。僕も早く、ロキ様が自慢出来るようなファミリアの一員にならないと。……僕もベル・クラネルみたいに格上の冒険者に勝てたりしたら、アイズさんに褒めて貰えるかな。

 

 

 

 

 

続きはない。

 

 

アイズはゆっくりと、その日記を閉じた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。