【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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タイトルで察して下さい。


36.壊○○後悔

フィリア祭は最終的に中止となってしまった。それは仕方がない、あんな状況の中で祭など続けられる筈もないから。それに……

 

「だ、大丈夫ですかノアさん……?」

 

「え?あ、あはは。服が破れてしまっただけですよ、怪我はありません」

 

「……ごめんなさい、私が油断していたから」

 

「いえ、魔力に反応するなんて誰も予想出来ませんよ。私が間に合ったのも偶然ですし。むしろ最後はレフィーヤさんの独壇場でしたから」

 

「そ、そんなことは……」

 

最後に出現した4体の蔓状のモンスター。その異様な硬度はノアの攻撃にも耐えるほどであったが、レフィーヤの魔法には滅法弱かった。他に戦闘の出来る者が居なかったために2人で対処するしかなかったが、基本的には全ての攻撃をノアが受け、その隙にレフィーヤが魔法で迎撃するという形で殲滅することが出来たのである。

……とは言え、流石に全てを防げる筈もなく。最終的にはノアはレフィーヤを抱えて背中で攻撃を受けるという強引なことまでする羽目になってしまったのだが。それでも大したダメージにはなっていない。ノアには足りない攻撃力を、レフィーヤが補ってくれる。むしろ彼としては普段よりかなり戦い易かったくらいだろう。

 

「それにしても、この魔石……」

 

「……変な色をしていますね」

 

「50階層で遭遇したあの芋虫型のモンスター、彼等もこれと同じ色の魔石を持っていました」

 

「!!」

 

「何かしらの関係性はあるのでしょうが、少なくともガネーシャ・ファミリアとは関係なさそうですね。これは団長に報告することにしましょう」

 

「そ、そうですね。……………それより」

 

「?」

 

この日のために用意して来た彼の衣服はズタズタになってしまって、妙に色っぽい様になっている。……というかそれ以前に、レフィーヤはなるべく彼に寒い思いをさせたくない。前より症状は良くなっているとは言え、そこは譲れない。故にレフィーヤは以前のデートで彼がしてくれたように、今度は逆に自分の上着を彼に掛ける。

周りの視線にも晒したくない。

そんな少しの独占欲も、少しはあったりして。

 

「……ありがとうございます、レフィーヤさん」

 

「い、いえ……その、守ってくれて嬉しかったです」

 

「……ふふ、ちゃんと守りますよ。傷ひとつ付けませんから」

 

そうこうしているうちに、ギルド職員達による現場検証が始まる。大抵の対応はレフィーヤが積極的にしてくれたとは言え、しかしそれほど説明が出来ることもない。見ていたものが全てであり、単に見ているだけならば、別に自分達以外にも野次馬はいくらでも居たから。

 

「…………」

 

そんなことよりノアが気にしているのは、未だにアイズが帰って来ないこと。

 

実際、敵の巨体やレフィーヤの魔法もあって、それなりに派手に戦っていたつもりだ。こうしている間にも少しずつ野次馬は未だに寄って来ているし、今更ながらも別で祭を楽しんでいたティオネとティオナの姉妹も飛んで来た。まさかあのアイズが気付かないとは思えない。

……何かトラブルに巻き込まれたのか、想定外の敵でも現れたのか。であるならば、こうしている暇もないだろう。彼女が今何処にいるのかは分からないけれど、探しに行かないより行った方が良いに決まっていて。

 

「ノア……!!」

 

「っ、アイズさん!!」

 

しかしそんな心配は、焦った様子で空中を高速で滑空して来た彼女を見た瞬間に吹き飛ぶ。見たところ特にダメージを受けているということはなく、精々が彼女の借りていた剣が何だか遠目から見ても欠けていたりヒビ割れたりしているだけ。どうやら自分の貸した剣は使って貰えたらしい。やはり剣を貸したのは間違いではなかったと、ノアはその様子を見てホッと胸を撫で下ろした。

 

「ノ、ノア……大丈夫……?」

 

「え?あ……だ、大丈夫ですよ。ちょっと変なモンスターが現れたんですけど、それほど攻撃力の強い相手ではなかったので」

 

「…………ごめん。私、また……」

 

「ほ、ほら、ほんとに大丈夫ですから。それにアイズさんが無事で本当に良かったです。少し時間が掛かっているようでしたから、変なトラブルに巻き込まれているんじゃないかと心配で」

 

「っ…………ほんとに、ごめん……」

 

……言えない、言うことが出来ない。

まさか彼がこんなことに巻き込まれている間に、自分は他の男の人の戦いに目を奪われていただなんて。そんなことは絶対に言えない。しかもこんな風に心配までさせてしまって、彼から武器すら奪ったのに役割すら果たさずに傍観していて。

 

「っ」

 

今もこうして自分を見て心から安堵してくれている彼の目を、まともに見ることが出来ない。今日は彼のことを知るために一緒に出掛けたのに、そんな彼のことを忘れて他の男のことを知ろうとした自分が、まるで不貞を働いたように思えて。凄まじい罪悪感を抱いてしまう。

 

「アイズさん……?」

 

「…………私、まだ反省してないんだ」

 

「え……?」

 

あれだけ反省したと思ったのに、まだしたりなかったのかと自分自身に失望する。本当に自分は誰でもいいのではないかと、一途に想ってくれる彼と、そんな彼を一途に慕うレフィーヤを見て、虚しくなる。

どうして自分はあの少年に気を取られてしまうのだろう。背後に過去の自分の姿が見えるから?彼が結果を出せば、それが自分の成功のように思えるから?……そうだとすれば、自分はあの少年のことすら見ていないのだろう。本当に、本当に自分のことしか見ていないことになってしまう。

 

「アイズさん」

 

「っ」

 

「私のこと、見ようとしてくれて嬉しいです」

 

「………!!」

 

「そんなに、難しく考えないでください。……私は、アイズさんが私のことを考えてくれているだけで嬉しいんです。そうやって真剣に向き合ってくれることが、何より嬉しい」

 

「………ノア」

 

「少しずつで良いんです。……少しずつでいいので。いきなり変わることなんて、そんなの出来っこないんですから」

 

こんな時でも、彼は優しい。

彼は自分が危険に巻き込まれる可能性をずっと考えていてくれたのに、自分は彼が危険に巻き込まれる可能性なんて少しも考えていなかったのに。それでも彼は、それでいいんだと言ってくれる。少しずつ変わっているから、それでいいのだと。……良いはずないのに。

 

「さ、帰りましょう?このままお店に夕食を食べに行ってもいいんですけど、流石にこんな格好でアイズさん達の横を歩く訳にもいきませんので」

 

「……ごめん、お気に入りの服まで」

 

「それこそアイズさんのせいじゃありませんよ。そんなに落ち込まないで。ほら、行きましょう?」

 

差し伸べてくれた、彼の手を取る。

……また、甘えてしまう。

彼のこの優しさに。自分はまた甘えてしまう。彼のことを知ろうと、見ようとしても、手を差し伸べてくれる彼の笑みを見ても、自分の中の罪悪感が働いてしまって。こんな最低な自分のことを彼が本当はどう思っているのか、それが分からなくて、それが堪らなく恐ろしい。

彼はどこまで自分のことが分かっているのだろう。彼とレフィーヤが戦っている間に自分が何をしていたのか、もしかしたら想像出来ていたりしていないだろうか。自分が何に対して落ち込んでいるのか、そこまで見抜かれてしまっていたりしないだろうか。……少し前までは想像すら出来ていなかったこの心配が、今はどうしようもなく怖く感じる。

 

「アイズさん……!良かった、無事だったんですね」

 

「っ」

 

そんな2人の、主にアイズの姿を見たからだろうか。割って入って来てくれたのはレフィーヤ。彼女はそれまで話していたティオネとティオナも連れて駆け寄って来た。

……しかしアイズは彼女のことも分からない。彼の武器を奪っておいて、結局最後までそれをまともに使うことのなかった自分に何を思っているのだろうと。怒っているのか、心配してくれているのか。自分にやましいことがあるからこそ、分からなくなる。

「アイズにしては時間掛かったわね、まあ何もしてない私たちが言えたことじゃないんだけど」

 

「気付いた時には全部終わってたもんね〜」

 

「レフィーヤ……ティオネ、ティオナ……」

 

「それにしても……レフィーヤも随分と活躍するようになったわよね。遠くからしか見えなかったけど、あの変なモンスター倒したんでしょ?4体も」

 

「へ?あ、あはは……ノアさんが守ってくれたおかげです♪」

 

「いえ、むしろ助けられたのは私の方ですよ。私では攻撃力が足りなかったので」

 

「ふ〜ん?やっぱりアンタのおかげなのかしら?」

 

「な、何がですか……?」

 

「こんな可愛い顔しておいて、罪作りよねぇ」

 

 

「……………………罪、作り」

 

 

「あー!あー!!そ、そんなことよりノアさん!!新しい服でも見に行きましょう!!破れてしまったのは残念ですけど!きっと私が似合う物を探して見せますから!!」

 

「は、はい……え、今からですか?」

 

「今からです!!……えと、ティオネさんもティオナさんもまた後で!アイズさんはどうしますか!?」

 

「え、あ………う、うん。行く」

 

「それじゃあ行きましょう!さあ行きましょう!直ぐに行きましょう!時間は有限ですよ!!」

 

「あわわ……」

 

罪作りという言葉に彼が変な反応を見せた瞬間に、レフィーヤは強引にノアを連れ出した。そしてアイズはそんなレフィーヤを素直に尊敬する。自分もそんな風に彼のことを気遣えるようになりたいと、思い付くどころか彼がどうして一瞬曇った表情をしたのかも思い至らなかった癖に思ってしまう。

……足りない、何もかもが足りない。

英雄になってくれる人を探す以前に、自分がその人の隣に立てるに相応しい人間になれていない。だってこんな風に本当に現れてくれるなんて、思ってもいなかったから。自分は1人で生き続けるのだと、強さだけを求めていればいいと、そう思っていたから。英雄が現れなかった自分は、自分で剣を持って戦わないといけないと思って来たから。

 

……だから、どうか許して欲しい。

何も返せないのに。拒絶することも受け入れることもしていないのに。ただ苦しませてしまっているだけの、最低な自分を。

 

……でも、そんなに時間をかけるつもりはないから。

せめて、せめてあと1年もくれれば。ちゃんと隣に立つに相応しい人間に、なれるような努力をしてみせるから。だからもう少しだけ、もう少しだけ。

 

待っていて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今でもずっと後悔している。

何もかもを。

 

何より後悔しているのは、任されたことを果たせなかったこと。任されたのに、守れなかったこと。結局は他人の子供だと、何処かでそう思っていたのではないかと、今でも過去の自分を疑ってしまうこと。そんなことしか出来なかったこと。その一歩を踏み出して、あの子の背中を押せなかったこと。

 

……彼の主神とは、彼がロキ・ファミリアに入ってからも個人的に会っていた。

"彼女"が天界に帰ることになったのは。その前に知人に会うためにオラリオを出て行くことになったのは、彼が移籍をしてから1年ほど後のこと。その1年の間で私達は、同じように子を育てて来たこともあって、それなりに良好な関係を築けていたように思う。

だからこそ彼女は最後に『あの子のことをお願い』と私に託してくれたのだと思うし、私とて彼が彼女にどれほど大切に育てられて来たか知っていたからこそ、その責任を強く自覚した。

 

……自覚していた、筈だった。

 

思い返す。

 

彼女は天界から、その小さな子供を見捨てることが出来ず、ただその1人を救うためだけに下界に降りて来たのだという。

最初は命を救うだけ、助けたら直ぐに他の人間か神に引き渡そうと考えていたとか。けれど実際に目の前にしてしまえば、なんだか手放すことが出来なくなってしまって、結局ズルズルとこうして育てて来てしまったと。困ったように、けれど何処か嬉しそうに語っていた。

 

自分は善神ではないから、あまり悪い影響は与えたくないと。自分には似て欲しくないから、早く良い人達の元へ行って欲しいと。彼女は常々そう言っていたけれど、少なくとも私は彼女を善神だと思っていた。自身の悪性を恥じて、それを愛した子供に写したくないというその親心は、明らかに善性のそれだと思った。

 

『昔ね、悪いことをしたの。だから私は早く天界に戻って、その罰の続きを受けないといけない。まだ許して貰っていないから。……そういう意味では罰って言い方も違うのかしら、今のままだと単なる自己満足ね』

 

今思えば、彼はその時点でもう手遅れなくらいにバッチリ彼女の影響を受けてしまっていたように感じる。少なくとも彼の異様に自罰的なところは、間違いなく親である彼女によく似た部分だろう。

他にも、ふとした時の表情や仕草、その何処となく寂しげな笑顔にすらも彼女の面影を見ることが出来る。それもそうだろう、あの子は彼女のことを母親として心から慕い愛していたのだから。それこそ彼女がオラリオを出る時に、最後まで泣きながら別れを惜しんでいたくらいに。最終的には彼女まで泣いてしまって、そんなことなら天界になど帰らなくてもいいだろうにと皆が説得したが、それでも彼女は自分への罰のためにも帰るのだと言って聞かなかった。

……そういう頑固なところも、よく似ている。

 

 

怒っているだろうか。

 

憎んでいるだろうか。

 

……いや、きっと自分自身を責めているだろう。

 

自分の都合を優先し、最後まで彼の側に居られなかった自分を。彼女はそういう女神だった。怒るには怒る、けれど内心では自分のことを誰よりも卑下して責めている。そうして他人に怒っていることすら、自分を責め立てる材料にする。そういう女神だった。

だからきっと、もし次に彼女に会うことがあったとしても、彼女は恐らく何も言わない。むしろ謝りさえしてくるかもしれない。怒ってくれたのなら、逆に救われるくらいだ。

 

 

…………本当に、何をしていたんだ、私は。

 

結局は他人の子だと、そう思っていたとしか思えない。

 

何故もっと寄り添ってやらなかった。

何故もっと話を聞いてやらなかった。

クノッソスに入れるべきではなかった。

常に側に置いておくべきだった。

 

託された子だぞ

幼い子だ

生きるべき子だ

これからの子だった

 

……謝りたくとも、謝る相手が何処にも居ない。

彼女があれほど愛した子を、彼女があれほどに涙を流したほどに大切に育てた子を、あんなにも無残な姿にしてしまった。

 

私がアイズを殺されたらどう思う?

アイズがあんな無惨な姿で帰って来たらどう思う?

それを想像する度に、自分のしてしまった取り返しの付かない間違いを自覚させられてしまう。一度も幸福と思わせてやれなかったことを、本当に愚かしく思う。

 

……ああ、そうだとも。

彼以外にももちろん、団員は他にも死んだ。

死んだのは決して彼だけではない。

けれどだからと言って、彼だけは自分にとっての立場が違う。そこに言い訳できる余地はない。託された自分だけは、幹部という立場を別にしても、彼のことだけは特別扱いすべきだったから。彼女が託したのは彼のことだけでなく、彼の母親としての役割もそうだったにちがいないのだから。心から頼れる相手が居なくなってしまった彼に、代わりとなって寄り添える立ち位置を自分は求められていたに違いないのに。

 

『あの子にね、幸せになって欲しいの。私と同じ間違いはして欲しくない』

 

出来なかった。

 

『私は何もかも間違えてしまって、何も成せなかったけど。母親としての幸せをくれたあの子にだけは、成功して欲しいの』

 

その想いすら無にしてしまった。

 

『お願い、リヴェリアちゃん。そんなに手の掛からない子だけど、しっかり見ていてあげて。自分の気持ちを抑えつけちゃうから、そんな時に話を聞いてあげて欲しいの』

 

 

……そんな願いすらも、自分は何処まで。

 

 

『幸せになって、ノア。……大丈夫、今日まであんなに苦労して来たんだもの。貴方はこれから、これから絶対に、幸せになれる』

 

 

……すまない。

 

 

『天界に戻っても、ずっと見てるから。……ずっとずっと、待ってるからね』

 

 

違う。

 

貴女は残るべきだったんだ。

私なんかを、信用すべきではなかった。

軽々しく、受け入れるべきでなかった。

 

……この罪は拭えない。

たとえどれほど命を救っても、どれほど世界を救っても。取り返しのつかないこの罪は、これから一生私の心に残り続ける。

 

貴女は後悔しているか?

そうだろうとも、後悔しているだろう。

お願いだ、後悔していてくれ。

間違いだったと認めてくれ。

そして2度と私に預けないでくれ。

同じ間違いを繰り返さないでくれ。

私を信用しないでくれ。

合わせる顔もない。

会うくらいなら死んでやる。

もっと酷い罰でも受ける。

無かったことにしてくれ。

戻せるならあの時に戻してくれ。

もうだめなんだ、頭がまとまらないんだ。

思考がまとまらないんだ。

毎日夢に見るんだ、貴女達の涙を。

それを何とも言えない顔で見る薄情な自分を。

だから何度も止めるんだ。

何度も叫ぶんだ。

行くな、と。

私なんかを信じるな、と。

どうして聞いてくれない。

どうして行ってしまう。

どうして信じてくれたんだ。

 

あぁ、憎い。

 

憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!!呑気に彼女に手を振っている自分が憎い!優しい顔をして彼を慰める自分が憎い!!軽々しく引き受けた自分が憎い!!死ね、消えろ、恥を知れ!全てお前のせいだ!お前が殺したんだ!お前が彼から全てを奪ったんだ!!お前が、お前が!お前が!!!

 

 

 

鏡が見れなくなった。

 

夜眠るのが怖くなった。

 

夢を口にすることがなくなった。

 

素直に笑みを浮かべられなくなった。

 

けれどまだ足りない。

 

まだ物足りない。

 

………もっともっと、もっと私に、後悔させて欲しい。

 

魂に刻み込むような、深い傷跡を。

 

心を握り潰すような、深い絶望を。

 

刻み込んで、切り刻んで、彼よりも酷く、深く、引き裂いて欲しい。


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