【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「こほっ、ごほっ……」
「ん〜?どうしたのノア?風邪でも引いた?」
「いえ、最近少し喉の調子が悪くて……そういえばティオナさん、アイズさんとレフィーヤさんは何処に?お手洗いに行っている間に姿が見えなくなっていたのですが」
「そういえば……あれ、何処に行ったんだろ。さっきまで2人ともここに居たんだけど……」
「……………」
街中の冒険者を集めて、さあこれから1人1人を調査していくぞ……となった正にその時。お手洗いから戻ってきたノアは、ティオナからそんな話を聞いて眉を顰める。
(お二人もお手洗いに……と考えるのは、少しばかり軽率ですかね)
であるならば、怪しい人物を見掛けて2人で追いかけて行った……という方がよっぽど納得出来る。それとも追って行ったアイズに、レフィーヤも心配で着いて行ったとか。少なくとも何も理由が無くフラフラと何処かへ行く2人ではない。
そしてもしそうだとしたら、自分がここに居るのは違うだろう。正直それほど誰かを探したり、探し物をする能力は持っていないが。しかしやりようだけならいくらでもある。
「ティオナさん、私はお二人を探しに行きます。大丈夫だとは思いますけど、もしものことがありますから」
「ん〜、わかった。ここは任せて、2人のことお願いね」
「はい、行ってきます」
ティオナとて、3人のなんだかちょっと複雑な事情は、理解は出来なくとも知っている。本当ならば自分も探しに行きたいが、しかし流石にここは彼女も空気を読んだ。そしてそんな彼女に、ノアも素直に感謝をしてその場を離れた。
……正直、全く居場所に心当たりはない。しかしレフィーヤの足を考えるとそれほど離れた場所には行っていない筈で、単純に街中か街から離れた場所にあるとされる資材置き場辺りが怪しいだろう。そして危険性を考えれば、先に見に行くべきは資材置き場の方。街中であれば何か起きても他の団員が駆け付けられるが、街から離れた場所ならそうはいかない。
「……単にお手洗いに行っているだけなら、それでいいですからね」
その方が何事もなくて嬉しいのだけど。
何事も最悪を想定して動くべきだ。
その人を守りたいと思うのなら、当然に。
……そして、ノアのその判断は決して間違っていなかった。
むしろ彼にしては珍しく、自分にとって都合よく運命が働いたとでも言うべきか。偶然が重なって、その場に居合わせることが出来たと言うか。まあどちらにしても、心配症な彼の性格は久しぶりに成果を上げることが出来たという訳だ。
そんな心配症も、臆病も、その光景を見た瞬間に一面怒気に塗りつぶされてしまったが。
「こんにちは、いい夜ですね。……と、ダンジョンの中で言うのは少しおかしいでしょうか」
「げほっ、ごほっ……」
「大丈夫ですか、レフィーヤさん。一先ずこれを」
「………あ、ありがと、ござ……」
「無理に話さなくても大丈夫です、今は私の後ろに」
この辺りで1番に高いところから、周囲を見渡していた。
よくよく考えたら、そもそも資材置き場があることは知っていても、その詳しい場所まではよく分かっていなかったから。そんな間抜けな理由で高いところに登って、辺りをとにかく見渡していた。
そうしていたら、自身の背後に広がるリヴィラの街に突如として出現し始めたフィリア祭でも見た数多の蔓状のモンスター達。しかしノアは聞き逃していなかった。そのモンスター達が出現する直前、少し離れた場所から聞こえてきた指笛の音を。
故にノアはそここそが自分の行くべき場所であると確信し、リヴィラの街ではなくそこに向かった。そうして見つけてしまった。全身鎧の人物に首を掴まれ、締め上げられているレフィーヤの姿を。
……そんな光景を、見てしまった。
「まあ、貴女が何者であってもいいんですよ。貴女が殺人犯であろうと、貴女がモンスターを呼び出した張本人だとしても、貴女が男の皮を被った女性であったとしても」
「……ほう、なぜ分かった」
「いくら体格や顔を隠しても、貴女の身のこなしは女性のそれなので。単に胸があるだけでも、人の動きは大きく変わります。……自己改造をする時に学びました」
「チッ、これはもう使えんな」
ノアが思いっきりに殴り付けて吹き飛ばしたその人物。身に付けていた鎧の頭部は粉々に砕け散り、顔に纏っていた人間の皮には穴が空く。体部の鎧も破損し、受けたダメージの大きさもそれだけでよく分かるというもの。……それほどにノアが本気で殴り付け、その人物がそれに耐えたということ。それだけで事の大きさは分かる。
「流石に結構怒っているので……無事に帰れるとは思わないで下さいね」
「……やってみろ」
ノアに遅れて、アイズが背後から走って来るのを見る。少し離れた所に跳ね飛ばされたのか、見知らぬ冒険者も苦しそうに呻いているのに気付く。しかし今はそれより、目の前の人物だ。レフィーヤを殺そうとしていた、この人間だ。どうやったってこの人物は普通ではないし、どうやったってノアはこの人物を許せそうにない。
「っ!!!!」
「!?腕で私の剣を……!!」
「この剣はもう2度と返しませんからね」
「なっ!再生能力………ごっ!?!?」
「がっ……さあ、剣を離すか殴り合うか。選ぶのは貴女ですよ」
鎧も皮も脱ぎ捨て、目にも止まらぬ速度で切り掛かってきたその女性の攻撃を、ノアは咄嗟に腕で受け止める。剣など抜いていない。抜く癖も暇もなかったから。だからその剣による攻撃を強引に受け止めると、右腕で剣の刃の部分を思いっきり掴み、再生を始めた左手で問答無用で彼女の喉元を殴り付けた。反射的に殴り返された顔面、零れ落ちる鼻血と口血。しかしそんなものに今更ノアは動じない。そんなものは彼にとっては擦り傷程度の認識でしかない。
……結局、ノアはこれしか知らないのだ。明らかに技術的に格上の相手と戦う時には、ならば技術の介在しない状況を作るしかない。頭のおかしいほどの至近距離での殴り合い。蹴って殴って打ち付けて握り潰す。自分のステイタスと再生能力を駆使して、馬鹿みたいに接近して、徹底的に削り合う。掴んで、殴って、速度の差など関係のない世界で削り尽くす。
「っ………!!いい加減に!!」
「!」
「しろ!!!」
「ぅぁがっ………きり、開け」
「!?」
「『ダメージ・バースト』」
普通であればその一撃だけで人間の身体など容易く破裂するような攻撃を受けて、ただ呻くだけで済ませたノア。それに対して彼が仕掛けた反撃は、両腕を起点にした大爆破。
ステイタス的に優勢ではあっても、しかしやはり単純な殴り合いですらも負け始めた状況を見ての、一先ず確実に武器を破壊するための捨身の行為。そしてまさかそんな魔法を持っているとは夢にも思わず、その女はノアによる爆破を避けることなど出来なかった。爆破の瞬間、女の剣と顔面を強引に掴んで来たノア。光り輝くその両腕に嫌な予感を覚えた頃には既に遅く、直後に吹き飛ぶ両者の身体。爆光、爆炎、爆風、普通の人間が相手ならば、確実に死んでいるような不可避の自爆。
「…………………まあ、武器を壊せただけ儲け物ですか」
「っ!!!!この異常者が!!!」
「今の爆破でも致命的なダメージを与えられないとなると、私の攻撃力では不足ですね。……不甲斐ない」
両腕を犠牲にしたその一撃は、掴み続けていた敵の剣を破壊することは出来ても、彼女本人の身体には火傷と皮膚の損壊程度のダメージしか与えることは出来ていない。とは言え、犠牲にしたこちらの両腕は、血を滴らせながらも直ぐに再生を始めている。……だからこそ、そんな目で見られても仕方がない。
再生する身体と、それを利用した自爆特攻。
そんなもの。
「………本当に人間か、貴様」
「っ……貴女も再生能力持ちですか」
「そういう意味では同類だがな。私とてそこまでイカれた真似はしない」
そう言われても、仕方がない。
それほどに悍ましいことをしている自覚は、かつてはあった。今はないが。同類である彼女からそこまで言われるということは、やはり人に見せるものではないのだろうとも、思い直す。
「ノア!!」
「ノアさん……!だ、大丈夫ですか!?」
「……すみません、多分私と彼女では千日手です。むしろ技術的に劣っているので、時間を掛ければ突破される可能性が出てきそうです」
「それなら……2人で」
「……いえ、3人です!」
「!」
だがそれでも、そんな気持ちの悪い姿を見せても、こうして心配して貰える。こうして少しも気味悪がることなく、味方をして貰える。その幸福だけは、今一度しっかりと噛み締めなければならない。
ずっとずっと1人で戦って来たのに、今はこうして隣に居てくれる人がいる。その心強さと安心感は、何物にも変え難いことだから。
「………想定していたより面倒だな」
「「「!!」」」
「奴が手負いの間に、お前から潰させて貰う」
「ぅっ」
「アイズさん!!」
しかしそれほどの数の差があったとしても、女の考えは酷く正しい。
これまでの戦闘の最中で、ノアが速度に長けた冒険者ではないと見抜かれている。それは勿論レフィーヤもそうであり、単純な速度で追い付けるのはアイズだけだ。
故に女は先ずノアの両腕の再生が終わらないうちに標的をアイズに定め、彼女に掴み掛かって力だけで強引に投げ飛ばした。群れになる前に引き離すために。そうして最初は、アイズから始末するために。アイズさえ倒してしまえば、速度で劣るあとの2人はどうとでもなるから。
「っ、目覚めよ(テンペスト)!!」
「なっ!?」
「レフィーヤさん!行きますよ!!」
「はい!!」
「クッソがァっ……!!」
「アルクス・レイ!!」
だがそれでも、アイズはそれほど簡単に倒されてしまうほど弱い冒険者ではないし。それにノアだって、Lv.6としての最低限の速度はあり、レフィーヤには強力な追尾魔法がある。
剣を失った敵に対し魔法を使ったアイズが引けをとる筈などなく。逆に風を纏った最大威力の攻撃によって叩き落とされながら、逆方向からノアに抱かれたレフィーヤによって放たれた極大の魔法攻撃を、無防備なその背中に叩き込まれる。狙い覚まされた一撃、避けることも弾くことも叶わない。
……アイズもレフィーヤも、2人の攻防を見ていた。だからこの程度の攻撃では相手は死なないという確信があった。それ故の全力攻撃。一切の容赦を切り捨てた、それほどの攻撃でないとむしろダメージすら与えられないという正しい認識。
「はぁ、はぁ……生きて、ますよね……?」
「少なくとも、立ち上がっては来ると思います。私の体感ですけど」
「……あんまり、切った感じがしなかった。気を付けて」
ノアとの肉弾戦闘、魔法による爆発、アイズの風魔法、レフィーヤの魔法射撃。普通ここまですれば、大抵のモンスターは力尽きる。それを耐え切ることが出来る者など、せいぜいノアとガレスくらいだろう。それくらいの耐久力が無ければ原型すら残すに難しい猛攻だった。
……それでもなお、立ち上がるであろうという想像が出来る。それがもうおかしいというのに。
「あぁ……探し物が1度に2つ見つかるとは」
「「っ」」
「とんでもないしぶとさですね……」
「……今の風、やはりそうか」
「ど、どうしてその怪我で顔色一つ……」
「………お前が『アリア』か」
「!?」
肉体を過座切りにされ、背部に重度の火傷を負い、普通ならばこうして立ち上がることすら困難になるような重傷。しかしそれでも痛みすら感じていないように立ち上がり、苦痛すら感じていないように無表情に、淡々と意味のわからないことを話している女の姿。
……そして、その女が発した『アリア』という言葉。それを聞いた瞬間に明らかに顔色を変え、身体を震えさせるアイズの姿。
ノアはそんな彼女の前に割り込むように立ち、剣を抜く。そして付与魔法を今度は剣に付与し、構える。真に代償を支払った、ノアの最大の一撃。それを叩き込むことを示す、灰色の光。
『アアアァァァァァアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!』
「「「!?」」」
「っ、目覚めたか……!!」
「2人とも伏せて!!」
「くっ」
しかしノアのその魔法が効果を発揮するその前に、事は起きた。4人の戦いから隠れていた犬人の冒険者が持っていた宝玉が目覚めたのだ。正しくは、その宝玉の中に入っていた、小さく歪な異形の生物。それが目覚めた。まるでアイズの風に呼応するように。
凄まじい悲鳴を上げながらその生物は宝玉から3人に向かって飛び掛かり、間一髪、アイズが2人を床に押し倒したことによってそれを避ける。……だがそれでも。
「チィッ!全て台無しだ!!」
宝玉から生まれ出た生物、それが飛び付いた先にあったのは瀕死の蔓型モンスターの半死骸。付着し、溶解し、沈み込む。……つまりは、寄生する。そうしてモンスターの肉体が異様な膨張と変形を繰り返し、巨大化していく様を、3人は驚きながらも見つめるしかない。
頭に過ぎるのは様々な可能性。
しかし仮にどの可能性が正解だったとしても、今すべきことは間違いなくこの場からの撤退だろう。それこそ爆発でもしてしまえば、3人まとめて御陀仏だ。今の彼等に、それを飲み込んだ上で危険を犯すことは絶対に出来ない。
「……まあいい、目眩しくらいにはなるだろう。収穫はないが、アリアの存在が分かっただけマシか」
「待って!貴女は……!!」
「次こそ取る、束の間の平穏を楽しむといい。……そこの化物と一緒にな」
「……否定はしませんよ」
モンスターは肥大を続けていく。
周囲の他のモンスターすら取り込みながらも、徐々に徐々に3人の見知った、あの姿へと変わっていく。50階層で討伐した大樹のようなモンスター。ここに来てようやくあのモンスターの正体が分かったのだ。
……そして、その誕生の余波に紛れて姿を消した女。最早アイズがどれほど目を凝らそうとも見つけ出すことは出来ず、むしろより暴れる勢いを増したモンスターのせいで、周囲に割くことの出来る意識すら持つことは許されなかった。ただこの場から撤退し、このモンスターに対処するしか。選択肢など存在すらしていなかったから。
その後、一連の騒動はそれほど時間を掛けることなく収束した。
黒幕の女を捕まえることは叶わなかったが、出現した巨大モンスターはそれほど討伐に難することもなく、魔法の集中砲火によって容易く攻略することが出来た次第だ。リヴィラの街を覆っていたモンスター達も所詮は烏合の衆であり、特に女と巨大モンスターが姿を消してからは、レフィーヤとリヴェリアの魔法によって一瞬で焼き尽くされる。
敵の戦力を考えるに、被害はかなり抑えられた方だろう。最善に近い事態の解決だったとも言える筈だ。もちろんリヴィラの街は壊滅状態に近いが、それもこの街ではそれほど珍しいことではない。そうして修復を繰り返して来た街と人々だ。ここに住む者達の誰もが、それほど大きく絶望している訳ではない。
「大丈夫ですか、アイズさん」
「……ノア」
「もう少ししたら出発するそうですよ。一度地上に戻って報告をするとか、後始末を終えたらまたダンジョンに潜れるそうですけど」
「……そっか」
アイズが落ち込んでいる、というより。どちらかと言えば悩んでいる、思考を巡らせているというのは分かる。そして彼女がどういう理由でこんな状態になっているのかも、ノアにはなんとなく分かる。
「『アリア』さん、というのが理由ですか?」
「……うん」
膝を抱えている彼女の隣に同じように座り、まだ暗いダンジョンの天井を見る。アイズが何か事情を抱えているのは知っているが、その詳細まではノアは知らない。強さを求めてきた彼女が、自分の英雄になって欲しいとも話した彼女が、どういう理由の元でそう生きてきたのか。今更で、とても恥ずかしいことではあるけれど、ノアはそのことについて本当に知らない。ここまで求めて来た、好きな相手のことなのに。
「教えて貰うことは、出来ますか?」
「……うん。ノアなら、いいよ」
だから、そうして『いいよ』と言って貰えた時。それほどの信頼を得ることが出来たのだと、嬉しく思った。なかなか踏み入ることが出来なかった、彼女の心の中に。入れてもいいと言われているようで、すごく。
「……お母さんの、名前なの」
「!アイズさんの……」
「うん、もう居ないけど……本当は、リヴェリア達くらいしか知らない話」
「……それなのに」
「そう、あの赤髪の女の人は知ってた……」
だから驚愕した。だから追い掛けたかった。何を知っているのか、何故知っているのか。聞きたいことはいくらでもあった。……それを成すことは出来なかったけれど。
「お父さんも、お母さんも、居なくなって……お父さんは、もうお母さんの英雄だから。私の英雄には、なれないって」
「…………」
「私は、1人で、独りだったから……素敵な人にも、私だけの英雄にも、出会えなくて……誰も、助けてくれなくて……英雄が、現れてくれなかったから。……だからは私は、剣を持って」
「強くなろうと……」
「うん……だから。ノアが隣に居てくれるって、助けてくれるって言ってくれた時。本当に嬉しかった」
「……今も、その意志は変わっていませんよ」
「うん、分かってる。今日だって来てくれたし、代わりに戦ってくれた」
「勿論です」
「だから……気になってはいるけど、そんなに落ち込んではいないの。ノアのおかげ」
それがアイズの中で明確に変わったと言える心情の変化だった。それまでずっと抱えていた心の闇も、彼が側に居てくれることを思い出すだけで、不思議とスッと晴れてしまう。どんなに思い詰めていても、それでも彼が居るから、彼が助けてくれるから、そう思えるようになった。その変化に気付いたのは、情けないことではあったけれど、自分の心のことではあるのだけれど、本当に最近になってからのことだった。
「ノア、お願いがあるの」
「はい、私でよければ」
「恩恵を、昇華させたいの……手伝って、欲しい」
「手伝います」
「助けてくれるって、ノアの言葉を、信用してない訳じゃないの。……でも、あの赤髪の女の人、凄く強かった。あの人から話を聞き出すためには、多分、もっと力が必要で」
「理由なんて、大丈夫です」
「………」
「それがアイズさんの本当に求めることなら、私は手伝います。それに私自身、まだまだ力が足りていないことは自覚していますから」
「……そんなことないよ。本当に、助けられてる」
確かに彼はまだまだ発展途上で、特別に強い魔法なんかも持ってなくて、剣の技術だってアイズにも達していないけれど。しかしそれでも、アイズは確かに彼の存在に助けられている。これから先も、自分の側にいるために、ずっとずっと努力をしてくれるということを確信させてくれる。ただ彼がそうして言葉を行動で示してくれるだけで、アイズは十分に救われているのだ。……彼の誠実さに、救われている。
「私は……ノアのこと、選びたい」
「!!」
「でも、まだ、私が足りてないから……」
「そんなことは……」
「ノアは、誠実だから……私も、もっと誠実な気持ちで、向き合いたい」
「……ふふ、意外とアイズさんは焦らし屋さんなんですね」
「……ごめんね」
「いえ、気にしないでください。『選びたい』って、そう言って貰えるだけで。私はすごく、報われています」
本当に、どうしようもないと思っていたあの時と比べたら。本当にもう、ゴール間近まで来られたんだなと思えるから。あと少し、もう少しで。自分の願いは叶うのだなと、希望が見えるから。
「………ねえ、ノア」
「はい?」
「私が仮に、ノアを選んだとして……」
「はい」
「……レフィーヤは、どうするの?」
「う"っ」
それ以上はいけない。
「レフィーヤは、多分、ノアのことが好き」
「……はい」
「ノアも嬉しい」
「は………はい……………」
「責めてないよ。悪いのは、私だから」
「うぅ、そんなことは……」
まあ実際、ノアがレフィーヤに落とされたのはついこの間のことである。半端なことをして傷付けていたアイズが悪いと言われれば、まあ割と普通に悪い。流れを考えれば『そりゃそうなるだろ』と大多数は言うであろうし、アイズもこれに関しては自分が悪いと自覚している。だからそこを責めるつもりはないし、アイズ自身もそれは当然のことだとすら思っている。そう考えられるくらい、アイズは成長していた。
「……………2人とも、取っちゃう?」
「そ、それはあまりにも不誠実では!?」
「なら、とりあえずは、現状維持」
「はい……」
「これから、考えていこう?」
「はいぃ……」
いや、流石にアイズとて分かっているとも。
ここで2人を引き離すようなことをしたら、自分は本当に救いようのない悪女になってしまうと。だから決して、そんなことはしない。だってどう考えても間違いなく、少なくとも現状の話をするのであれば。
……自分よりもレフィーヤの方がずっと、彼のことを好きなのだろうし。
ただそうなると"自分だけの英雄"だとか、父の語っていた"もう自分にはお前の母さんがいる"という言葉についても、アイズは考え直さなければならなくなるのだが。
どちらにしても、まだまだ容易く解決出来るものではない。
「こほっ、こほっ……」