【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
つまり現時点で47話まで書いてます、終わりは50話と少しくらいを想定しています。よろしくお願いします。
「こほっ、こほっ……」
「?どうした、砂でも吸い込んだか」
「いえ、最近少し喉の調子が悪くて……」
「大丈夫?」
「ええ、また時間のある時に治療院に行ってみますので大丈夫ですよ」
ウダイオスを倒した後、3人はそのまま地上へ向けて帰還していた。
ボロボロの服のままにアイズを歩かせるはずもなく、ノアの貸した上着を羽織り、大凡間違いなくLv.6になれただろうことを喜びながら3人で歩を進める。
これでノアは実質的に彼女に追い付かれた訳であるが、しかしそれは素直に喜ばしいことだ。自分の弱さは自分の責任なのだから、それで変に焦ったり、妬んだりはしない。好きな相手が目的を果たした時に、それを素直に喜べるような自分でありたい。だからこそ、こうしてそんな彼女のことを素直に喜べている自分を感じて、ノアは内心ホッとしていたりもしていた。そこまで落ちてはいなかったかと。そこまでクズにはなっていなかったかと。
心の底から喜ばしく感じているのを、嬉しく思う。
「ん……?」
「?」
「あそこ、誰か倒れていませんか?」
「なに?……不味いな」
「ちょっと行ってきますね、様子を見て来ます」
「ああ、頼む」
そうして上層を歩いていると、ノアは見つけてしまう。
他でもない彼自身が、それを見つけてしまう。
ダンジョンの中で倒れている1人の少年、そしてそんな彼に近づいて行くモンスター達の群れ。それは以前のノアであれば当然のように同じことをしていたことであるが、ノア以外の者がしていれば完全に死に直結する。ダンジョンで寝るなど、あまりにも死亡願望が強過ぎるだろう。
……正直、もしかすれば既に死んでしまっている可能性も否めないが、だからと言ってそれを見過ごすことはしない。ノアはダンジョン内で何度もバラバラになった冒険者の死体だって見て来た。仮に死んでしまっていても、死体は傷が少ない方が良いに決まっている。そういう思いがあったから、当たり前のようにその倒れている少年のことを助けに行った。
……それに、仮に事前にそこに居たのが彼であったと知っていても、ノアは助けていただろう。彼はそういう人間であり、そういう人物がアイズの隣に居るべきだと思っているから。
……まあ、そもそもそれ以前に。
「…………………っ、思い……出した」
「ノア?……どうしたの?」
「いえ……私のことはともかく、それよりも」
「っ、この子……」
「!」
「ええ、以前にアイズさんが仰っていた少年です……外傷はありませんし、単なる精神疲弊でしょう。息もしっかりしています」
「そう、なんだ……」
「………」
さあ、なんというかもう。
時期が悪い。
別に彼本人は何も悪くないし、むしろ懸命に努力しているところではあるのだけれど。もう本当に今はとにかく時期が悪い。ノアもアイズもリヴェリアでさえも、ものすごく微妙な顔をして立ち尽くすしかない。
「……うぅん」
しかもノアに関しては、ここ数日完全に頭から抜けてしまっていた事柄が、彼の存在を認識した瞬間に一瞬で全部蘇ったところだ。記憶を取り戻して鞄の中にしまっていた手帳を取り出して確認すれば、どうしてここまでというほどに記述していた部分が劣化している。だがこんなにも大切なことを当たり前のように忘れていた自分が少し恐ろしくも感じている。無表情を装ってはいるが、本当に心から動揺してしまっているのだ。それどころではない。
「え、と……」
そして一方でアイズもまた、触れ辛い。
もちろん今もこの少年に対しての興味はあるし、こうしている間にもなんとなく過去の純粋だった自分が重なって見えるくらい。色々とお話ししてみたい欲はまだあるし、こうして寝顔を見ているだけで懐かしさやら心地良さのような温かい感情が込み上げてくるのが分かる。
……しかし、仮にもノアに対して"あんなこと"を言ったのにも関わらず。彼の居るこの目の前で、そんなことを話す訳にもいかない。以前のミノタウロスのことについては、いつかどこかでこの少年に直接謝罪したくはあるものの、しかしそれは今ですべきではない。やはり今はあまりにも場が悪過ぎる。
「あ〜、取り敢えずこの場は助けるか」
「ええ、それはもう。……もしよければ、私がこのまま運んで行きますよ」
「……大丈夫か?」
「いえ、まあ……というよりはむしろ、私にやらせて欲しいというか……」
「……なるほどな」
「あ、えと……アイズさんも、謝罪がしたいんでした……よ、ね?」
「う、うん……でも、その、それはまた今度でも……」
「わ、分かりました……」
ぎこちない。
あまりにもぎこちない。
何だこの空気は、どうすればいいと言うのだ。
いくらなんでも彼を運んでいくなんて役柄をノアの心情的にアイズにはやらせたくないし、かと言ってそれをリヴェリアにさせるのはまた違う。複雑な心境はあれど、ここはノアが運んでいくのが1番丸い。
……それに、もしかすれば彼を見て自分の記憶がもう少し回復する可能性もある。そう思い、ノアは彼を姫抱きする。出来ればこれは女性相手にしたいものであるが、しかし今日ばかりは仕方がない。なるべくノアは優しく彼を抱き上げて、持ち上げる。流石に可哀想なので、あまり起こしてあげないように。ゆっくりと。
「えっと……それでは、私は先に行きますね。一先ずギルドにでも届けてこようかと思います」
「ああ、悪いが頼む」
「その……お願いね、ノア」
「ええ、任せてください」
空気を読んで、アイズとリヴェリアは少しその場で立ち止まって歩いていくノアを見送った。いくらなんでもノアが彼に危害を加えるようなことはしないだろうし、そんなことはしない人間だと知っている。だから別にその心配はしていない。ただノアのことが心配なだけである。
そして実際、ノアは可能な限り無感情を意識しながら彼を運んでいる。少しでも気を抜けば、嫌な感情が出て来てしまいそうだったから。……ノアはそんな醜い感情を出してしまうような自分を、なるべく理解したくない。なるべく知らずに生きていきたい。難しいことではあるけれど、やっぱり自分自身も嫌な気持ちになってしまうから。
「………お、かあ、さん……?」
「っ……私は、貴女のお母さんではありませんよ」
あのアイズが惹かれてしまうほどに純粋な彼。そんな彼の母親というのは果たしてどんな人だったのだろう。少なくともこうして寝言で呼び掛けてしまうくらいには、優しく誇らしい女性だったに違いない。
……そんな人と間違われるほど、自分は立派な人間ではない。
「…………幻覚?」
「幻覚ではありません。……こんばんは、気分はどうですか?」
「え……えぇ!?あ、あの、これ……えぇ!?ど、どどっ、どういう状況……!?」
「貴方はダンジョン内で精神疲弊を起こして倒れていました。私達はそんな貴方を見つけたので、一先ず助けてギルドにでも送ろうかと思いました。……説明は以上です」
「そ、れは……その、ありがとうございました」
「そうですね。このような時間にダンジョンに潜っているだけでなく、精神疲弊を起こすまで魔法を撃つというのは頂けません。私達が"偶然"にでも通り掛かっていなければ、貴方は今頃死んでいましたよ」
「は、はい……すみませんでした……」
「謝罪は貴方の主神様にでも。心配をしたのは私達ではなく、そちらでしょうから」
「………そう、ですね。帰ったらちゃんと謝ります」
「ええ、是非そうしてください」
……ああ、いけない。
どれだけ無感情に居ようとしても、どうしても普段より口調が冷たくなってしまう。本当に、こういうところに自分の醜さを感じてしまう。別に彼は何も悪くない。全ては自分の個人的な感情なのに。もう少し綺麗でいたいのに。なかなか上手くはいかないもの。
「……あの、あなたは確かロキ・ファミリアの」
「ええ、その節はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。ミノタウロスを取り逃してしまったばかりか、宴会の場で貴方のことを話のネタにまでしてしまって。アイズさんも貴方には謝罪をしたいと言っていました」
「い、いえ!そんな!……その、確かにショックではあったんですけど。自分が弱いことはその通りなので、むしろ自分の未熟さに気付けたというか」
「……であれば、ミノタウロスを取り逃したことと、今回あなたを助けたことで相殺ということでどうでしょう。飲みの場の席でのことは、まあ、貴方がそれでいいのならそれで」
「は、はい。問題ありません」
「……そうですか」
まあ相殺もなにも、通常この程度のことであればオラリオでは普通に揉み消されたり無かったことにされるような案件ではあるのだが。
とは言え、変に喚かれても困るので、世間体を考えればこうして解決しておくに限る。……もちろん、彼がそんなことをするような人間ではないということは知っているけども。知っているからこそ、というのもあるから。
「あ、あの……」
「はい?」
「も、もう降ろしてもらっても……」
「貴方の今の歩速に合わせるより、こうしていた方が早いでしょう。ダンジョンの入口までは我慢してください」
「す、すみません……」
「……いえ、私も少し口調が厳しくなってしまっていますね。申し訳ありません、あまり気にしないでください」
「そ、そんなことはないです。……こうして助けて貰って、その、優しくもして貰って」
「???……優しい?」
「え?だって、優しいですよね……?」
「優しくないです」
「えぇ!?」
「優しくないです」
「なんでそこだけ頑ななんですか!?」
「絶対に優しくありません」
しかし少年ベル・クラネルからしてみれば、まあ普通にどう考えても目の前の人はクールだけど実は優しい大人のお姉さんにしか見えないのだから悲しいこと。自分を抱える手つきも優しいし、なんだかんだで注意をしてくれながらもダンジョンの入口まで運んでくれる。それに本当に美人なのだ。それこそ容姿だけなら彼の想い人であるアイズ・ヴァレンシュタインにも負けないくらい。そんな人と多少関わりを持ちたいと思ってしまっても、まあ年頃の少年にとっては仕方のないことだろう。残念ながらノアはベルの好みの容姿はしていないけれど。クールなお姉さんというのは少年ならば誰でも憧れてしまうもの。
「ちなみに、お名前とか……」
「名乗るほどの者ではありません」
「助けてくれたのに!?」
「助けたのは私だけではありません、アイズさんとリヴェリアさんも居ました」
「僕倒れてたところアイズさんにも見られてたんですか!?」
「あまり耳元で叫ばないでください」
「あ、す、すみません……というか、あの、顔が近いというか」
「?」
「……そ、そうだ。僕はベル・クラネルって言います」
「そうですか」
「……あ、あの、貴女のお名前は」
「名乗るほどの者ではありません」
「あぅっ」
「諦めてください」
まあノアとしては、彼の人生とはなるべく交わらない方が良いに決まっているし。名前など教えて変に関わりを作りたくもない。最低限のことはするが、それ以上の付き合いをするつもりもないのだ。
もちろんベルからしたら、名前くらいは知りたいだろうけれども。しかし、どうせ否が応でもそのうちに分かることだ。今はエイナが意図的にノアに関する情報を止めているだけで、それでも何処かで必ず耳には入ることだろうから。
「さて、もう直ぐダンジョンから出る訳ですが……」
「……?」
「……まあ、今後はお気をつけください。この街の人間の約半数がLv.1でその生涯を終えます、その意味が分からない訳ではないでしょう」
「は、はい……」
「今回のように助けて貰えることが2度も3度もあるとは思わないことです。……まあ、実際に貴方はそうして助けて貰えるのかもしれませんが。もしもがあると私も寝覚が悪いので」
「……気を付けます」
「ええ、それではまた」
腕から下ろし、歩いていく彼を小さく手を振りながら見送る。
チラチラと何度か振り返り、何かを言いたそうにしているが、ノアとしてはこれ以上に彼と何かを話すつもりもない。
彼と話していると自分の記憶も少しは蘇るかと思っていたが、どころかマイナスな感情が湧いてくるばかりである。これ以上に一緒に居ると本当に自分のことを許せなくなってしまうので、早めに離れてくれると助かるというか。
「あ、あの……!!」
「っ……なんでしょう」
「ほ、本当にありがとうございました!このお礼はまた……!」
「……相殺と言ったでしょう。私のことなど忘れて自分のすべきことに励みなさい。新人冒険者」
「は、はい!それではまた……!」
「…………だから、"また"は無い方がいいのに」
最後までこちらの話は聞いて貰えず、彼は一方的にそう言って走り去っていく。分かっているとも、2度と会わないということなど出来っこないと。
しかし見たくない、見ていたくないのだ。どうせ分かっているから。彼を見るたびに劣等感を感じて、自分のことがどんどん嫌いになっていくのが分かるから。何度も何度も味わった筈のことだから。出来れば同じことは繰り返したくない。
「……私も、君のように強くなりたかった。結局、正反対の方法を取ることになってしまったけど」
これから辿るであろう彼の人生は、とても綺麗で、劇的で、感動的で。ただ泥と血に塗れながら生きてきた自分のそれとは決して相容れないと。そう思って、生きている。それが間違っているかどうかは、彼の人生を最後まで見てもいないノアには分かりっこ無いけれど。
それでも彼のようになりたいと思ったことだけは、本当だから。
「!?……???……っ………ただの、立眩みですか」
その日の翌朝、レフィーヤはいつものように彼の部屋を訪れていた。睡眠薬の影響で普段から少し遅めまで眠っている彼、今日もそんな彼のために朝食を運びながらここに来た次第である。
どうも昨日の夜にアイズがlv.6になったということで、レフィーヤもそれは一緒になって大いに喜んだものであるが、しかしやはり疲れもあってかアイズは今日はまだ眠っている。朝食にも出て来てはいなかった。
まあ、あのウダイオスと単独で戦闘をしたのだから、今日ばかりは仕方ないだろう。どうせ特に予定も何もないのだから、偶にくらい昼まで眠るということもするべきだ。むしろアイズにはそういう心の余裕こそ必要だろう、それはノアにも言えるかもしれないが。
「おはようございま〜す、今日も朝の準備を……」
「………ぁ。お、おはようごらいまふ、レフィーヤさん……」
「え!?」
いつものように彼の部屋に入って、普段は無いはずの返答が返って来たことにレフィーヤは驚く。この時間であれば普段の彼であれば間違いなく眠っているし、むしろ昨日は眠るのが遅かったはずなので、そもそも起きているはずがないからだ。
「っ!?ノアさん!!」
……だが、次の瞬間にレフィーヤが血相を変えて彼に駆け寄ったのは、なにも彼が起きているからというだけではない。
目に映り込んだのは赤と黒。
彼の枕元を中心に、起き上がった彼もまた血に濡れている。鼻を押さえて桶を抱えているが、最早それどころではない。
「ど、どうしたんですか!?大丈夫ですか!?」
「え、えへへ……鼻血が、止まらなふて……」
「っ……す、少し待っていてください!リーネさんを呼んできます!!」
「す、すみまへん………」
「謝る必要なんてないですから!!」
枕元に溜まった赤黒い血、彼の寝巻きにもそれは多く掛かっている。咄嗟に近くに置いてあったいつもレフィーヤがお湯を汲んで来る桶を見つけて使ったのだろうが、だとしてもあまりに異様で異常な量の出血。
レフィーヤは咄嗟に部屋を飛び出し、ロキ・ファミリアの治療師であるリーネを呼びに行った。今からアミッドの元に連れていくにしても、まずは止血をすることが優先だと思ったからだ。……そして他ならぬ彼が出血しているのだから、一般的な止血法は既に試してある筈で。
「……これで大丈夫の、筈です」
「何か分かったか?リーネ」
「は、はい。……でも、これは」
そんな騒ぎを聞き付けて来たのは、リヴェリアとロキだった。レフィーヤがリーネに助けを呼びに行ったついでに、偶然別件で通り掛かった2人は、レフィーヤのその慌てように嫌な予感を感じて着いてきたのだ。
リーネの魔法によって止血が完了したノア。顔色自体はそこまで悪くはなっていないものの、それにしてもやはり出血の量がおかしい。今も彼の寝巻きは大量の血で酷いことになっているし、布団もどうにかしなければならないくらいに血に濡れている。単なる鼻血にしては、異常が過ぎる。
「鼻の粘膜がかなり脆くなっています……それに血が固まり難くなっていますね。一度出血すると魔法か何かで強引に止血しない限り、自然治癒は難しいかもしれません」
「………どういうことだ」
「え?」
「ノアは自己回復するスキルを持っている、むしろ自然治癒能力は他の誰より高い筈だ」
「そう、ですね……だから血が止まらなくて、ちょっと驚いちゃって……」
「…………」
しかし確かにリーネの言った通り、ノアが出した血は普通のものと比べると大分空気に触れた後の凝固が遅いように感じる。レフィーヤが濡らした手拭いでノアの顔を拭いていくが、それすらまだ凝固していない。そしてノアの出血がリーネが止めるまで止まらなかったこともまた事実だ。これはどうやっても事実には変わりない。
「……ごめんなさい、正直私ではこれ以上のことは」
「ノ、ノアさんも心当たりはないんですか……?」
「え、ええ。私も朝に反射的に鼻血を吐き出しまして、そこからは自分でも何が何だか……」
「……取り敢えず。悪いがレフィーヤ、ノアをまた治療院に連れて行ってやってくれ。リーネ、すまないがお前にも事情説明のために着いて行ってやってほしい」
「わ、分かりました」
「す、すみません皆さん……」
「気にするな。布団と寝巻きの処分はこちらでやっておく、お前はとにかく行ってこい。こんな時くらい他人に甘えろ」
「……いつも甘えてばかりな気もしますけど、ありがとうございます」
それからノアは服を着替えると、普段通りの足取りでレフィーヤとリーネに連れられて治療院へと向かって行った。顔色や身体の動きに問題は見られない、本当にただ鼻血が出て止まらなくなっただけ。……客観的には、そうとしか見えない。彼のスキルを知っているからこそ、それがおかしいと思うだけで。
「……リヴェリア」
「?どうしたロキ」
「ちょっと話がある」
「………分かった、聞こう」
そしてリヴェリアは知ることになる。
救いのない、希望もない、あまりに残酷で無情な、彼に関する事実を。