【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
「未来が、確定している……だと?」
「……そういうことになる」
「馬鹿な!!そんなことが……!!」
「事実や」
ノアがレフィーヤ達と共に治療院に行っている一方で、リヴェリアはロキから彼女がウラノスから聞き出して来たという話を伝えられていた。出来れば聞きたくもなかった、けれど聞かざるを得なかった、何の救いようもない、そんな話を。
「恐らく。時間の巻き戻しが始まった辺りを基準に、未来は収束する」
「だと、したら……」
「前に話したやんな、ノアは前の周回で確実に死んどるって」
「……ああ、レフィーヤやアキの反応を見るにそこは確実と言っていい。……だがそれでは!!」
「ノアは近いうち、少なくとも数年以内には確実に死ぬ」
「そんなことが認められるか!!」
認められるものか、認められる筈がない。
ここまでやってきたのに、ようやくここまで来たのに。アイズもようやく向き合えるようになって、ノアもようやくレフィーヤを意識するようになって、少しずつではあるが未来に希望が見えて来た。……それなのに今になって。どうして。今更。そんなことを。
「……ノアは、そのことは」
「知っとる訳ないやろ。それを知っとったら、あの子はそもそもウチ等にも近付いとらん」
「なんとか、出来ないのか」
「なんとか出来んか考えとる、せやけど……」
「…………今日の、あれは」
「……少し前から、危惧しとったことはある」
「なに?」
「魂の状態が精神状態にも反映されるのなら、身体の状態にも反映されることもあるんやないかって」
「っ!!」
そもそも、それは考えてみれば当然の話。一般論として精神の不調が身体に不調を齎すのであれば、どうして魂の不調が身体に影響しないと考えられる。彼の魂の状態は、精神状態に例えるのであれば廃人1歩手前のようなものだ。こんな状態の人間が、どうしてまともに稼働出来ると思うのか。普通なら絶対に無理だ。
……それでは。それではどうして、彼が今日まで十分に動くことが出来ていたのかと言えば。
「っ、神の恩恵……」
「レベル6の恩恵、そんで不死のスキル。これがあって肉体を維持できていた……」
「違う!そうではない!……ノアのスキルは、アイズへの懸想が鍵となって不死を実現している」
「?」
「……ノアの気持ちは今、確実にレフィーヤにも向き始めている」
「!!!」
「まさか、それが……」
だとしたら、そうだとしたら。
(……酷い、あまりにも酷過ぎる)
ノアを救うためにと齎した保険の策が、むしろ彼を追い詰めるものになっていた。リヴェリアが彼の背中を押した行為は、むしろ死への引金を引く行為だった。
献身的に尽くしてきたレフィーヤの行いは、むしろ彼を死へと近付ける行為で。そもそも彼がレフィーヤを選ぶということは、彼の心情どうこう以前に、そもそも許されていない行いだったということで。
「どうにか、どうにかしなければ……!」
「どうにかする方法が、分からん……」
「何か方法はないのか!!」
「ノアの恩恵を昇華させれば、可能性はある」
「そんなこと無理に決まっているだろう!!」
ノアがLv.6になったのは、ここ最近のことだ。そうでなくともLv.6に上がるだけで相当な犠牲の上で行ったもの。Lv.7になるなど、リヴェリア達ですらまだ成し遂げていない。どころか不死のスキルは使うほどにノアの魂にダメージが入る、それでは本当に何の意味もない。
「……今更、あいつの気持ちからレフィーヤの存在を抜くことなど。出来る訳がないだろう……」
「……重要なのはアイズへの気持ちや。まあ、そこを解決したところで先延ばしにしかならんやろうけど。そもそもスキルの名前に"一途"が入っとる時点でな」
「根本的な解決をするには、魂を修復して元の状態に戻すしかない」
「……その手立てはない」
「神の力を使ってもか……?」
「たった1人の子供のために、誰がそこまでしてくれるんや。それをしてくれそうな唯一の神は、もう別のことに使っとる。そもそもそんな規則破り、本来なら成立せん。行使した瞬間に天界から邪魔されるわ」
「……本当に、どうにもならないのか」
「……すまん」
結局のところ、ノアの魂が砕けたあの瞬間。全ては終わっていたということだ。今日までの日々は、ノアの元主神が齎した延長戦に過ぎなかったというだけ。
幸いにもまだ鼻の粘膜が脆くなっている程度の話、それくらいしか症状は出ていない。このペースのまま進行していくとすれば、最低でも1年弱は時間がありそうではあるが……アミッドの力があれば、もしかすればもう少し伸びる可能性もある。
「どう、伝えればいい……」
「……伝えないのが、1番かもしれん」
「………………………………分かった、この話は私達の中だけで完結させる。ノアの魂を修復させる方法についてはこれからも探しはするが」
「表向きの理由は、魂の不調が肉体にも反映されて来たってことにする。それはスキルがあっても意味が無いってことにな」
「ああ……懸想に関しては絶対に口外しない。そもそも他者に話せることでもないのだがな」
だがそれは、半分諦めの気持ちが無い訳でもない。
……他のことならなんでも出来る。闇派閥が攻めて来たとか、かつての最強ファミリアの団員達と対立することになるとか。それは確かに恐ろしいことではあるけれど、それでもまだリヴェリア達は前向きに挑みに行く。行くことが出来る。なぜなら自分達で切り開ける問題であり、自分達で解決法を模索できる範疇であり、そこには可能性があるからだ。
……なればこそ、この問題は自分達でどうにか出来る範囲にあるのかと言われると。否、ある訳がない。最初に神の力によって始まった問題だ、その時点で子供達には理解そのものが出来ない。そして神々ですらどうしようもないという程の問題だ、そんなものをどうしろと言うのか。諦観が芽生え、最悪の場合を見据え、少しでも保険を用意しておく。自然と考え方がそっちに寄ってしまうのも仕方がないし、それはノアの時にもやったことだ。……組織の幹部として動く以上は、そうする以外に他にない。
「……何故、こうなる」
「………」
「あの子達が何をした……何故ここまでの仕打ちを受けなければならない……何をどうしたら、あの子達を助けることが出来る……」
「………」
「……そこまでして、ノアは幸福になってはいけないのか」
これまでの道のりは本当に善意だけで舗装されていた。決死の思いと努力で歩いて来た。しかしその向かう先は、どうしようもない地獄と絶望。決して幸福な結末は無く、誰もが涙を流す終わりが待っている。
してはいけない無茶をして、狡いことをして、そうしてステイタスを上げ続けてきた報いがこれだというのか。それはそこまで悪いことなのか。もっと報いを受けるべき悪い人間は、他にいくらでも居るだろうに。
……本当にこのまま、見ていることしか出来ないのか。
「ん〜、またお薬増えちゃいました……」
「ま、まあ、それくらいで済んで良かったじゃないですか。それにお薬を飲めばちゃんと治るみたいですし」
「お布団も新しくして貰っちゃって……流石に申し訳ないというか」
「仕方ないですよ、病気だけはどうにもなりませんから」
ガサガサと音を立てる薬をたくさん入れた箱を持ちながら苦笑いをする彼を、レフィーヤは安堵したような表情で見つめる。治療院ではアミッドは別件で席を外していたものの、他の治療師に見て貰ったところ、血液に異常が生じているということが分かった。話を聞くだけでは素人には正直あまりよく分からなかったが、しかし薬さえ飲めば治るものだというのだから、それで十分というもの。
しかしレベル6になっても自分の部屋にこれほどの薬を常備している冒険者というのも、非常に珍しい。それこそ彼くらいなのではないだろうか。割と健康とは仲良くしていたつもりではあったが、やはり不死を利用して好き勝手やって来た報いとでも言うべきか。段々と不健康になっていく自分に、ノアは1つ溜息を吐く。
「ノア!!!」バタンッ!!
「「ひぁっ!?」」
そんな風に安心感に浸りながら2人で温かいお茶を啜っていたところだった。扉が凄まじい勢いで開け放たれ、アイズが血相を変えて部屋に入って来た。それこそ目を見開いて、まだ髪に寝癖が付いている状態で。
「だ、大丈夫……!?そ、外の……布団……!血塗れで……!ノアのだって……!!」
「だ、だだだ大丈夫ですっ!?大丈夫ですから!!そ、そんなに頭を揺らされると……!」
「アイズさん!ストップです!!ストーーップ!!!」
昼前。疲れからか久しぶりにそんな時間に起きたアイズが最初に見たのは、部屋の窓を開けた際に見えた血塗れの布団である。一体何があったのかと思った直後、それが見覚えのある柄の布団であると気付き、アイズの意識は覚醒した。雑に適当な服に着替えると窓から飛び降り、その布団の処理をしていた団員に事情を聞く。そしてその後、ほとんど全速力でここまで走って来たのだ。
……とは言え、まあそれも仕方ない。あんな状態の布団を見れば、ノアが暗殺されたのではないかとすら思ってしまうのに、何が違ったのか下の団員達にはノアが喀血したということになってしまっていたのだから。鼻か口かの違いとは言え、そんな風に聞かされてしまえばアイズだって焦る。こうして拠点内を全力で走り、部屋の中に飛び込んで来てしまったりもする。
「ということで……その、ご心配をおかけしました」
「………よかった」
「私も朝は吃驚しました、次からはもっとちゃんと周りに助けを呼んでくださいね?」
「はい……その、直ぐ止まるかなと思っていたので」
「うう、ずっと寝てたから……ごめんね」
「そ、それこそ気にしないでください。むしろここまで色々とご迷惑をお掛けしてしまって私の方こそ申し訳なく……」
「まあまあ、一先ず今は」
このままいくとまた謝り合いになってしまうので、レフィーヤは2人を座らせる。ノアはまたチラッと一雫鼻血を出してしまったようで、それに気付いたレフィーヤは手拭いで拭いてみるが、この程度ならやはり直ぐに治るようだった。やはりこうして見る限りは、それほど大したものではないのだろう。
……もちろん、色々と併発している現状でレフィーヤが油断することはないが。かと言って治療師に相談しても問題ないと言うのなら、素人の自分がどうこう言うつもりもない。過剰な心配を見せることは、相手への圧にもなってしまう。見えないところで心配しておくのが1番だ。
「………ノア」
「は、はい」
「ノアは疲れてる」
「え?」
「……多分。でも間違いない」
「な、なるほど……?」
「???」
「なので……」
「はい……」
「い、癒しが……必要だと、思います」
「「…………?????」」
またアイズがよく分からないことを言い出した。
「レフィーヤも、そう思ってる」
「えぇ!?」
「そう思ってる」
「………は、はい。私も、ノアさんには癒しが必要だと思います……」
「そ、そうなんですか……?」
「間違いない」
「そ、そうかもです」
レフィーヤは乗った。
アイズのやりたいことはよく分からないけれど、なんとなく乗っておけば自分も良い思いが出来るような気がしたから。こういう時のアイズは強い。それに癒すと言っているのだ。それを断る理由など何処にあろうか、いや無い。
「なので……癒します」
「あ、ありがとうございます……?」
「レフィーヤ、こっちに来て」
「は、はい……え?これ本当に何するつもりなんですか、アイズさん?」
「大丈夫、任せて」
「わ、分かりました……」
アイズは何故かノアのベッドの上にレフィーヤを座らせ、その対面に自分も寝転がる。寝転がっているアイズを、レフィーヤが座って見下ろしているような形だ。
……本当に、彼女が何をしたいのかが分からない。勝手にノアの新しい枕を使っているし、なんなら上布団まで被ろうとしているし。
「ノア、レフィーヤの膝の上で寝て」
「「……………」」
「「はぁ!?」」
流石に2人は取り乱した。
「ひ、ひ、ひひ、膝って!膝!?膝ですか!?」
「お、おおおおお落ち着いて下さいノアさん!わ、わわわ私は別に問題ああああありません!」
「わたしが大丈夫ではないのですが!?」
「ば、ばっち来いです!!」
「私の心臓が全然ばっち来いではないのです!」
「ノア、早く」
「と、というかやるにしても!これどう寝転べばいいんですか!?」
「私の方を向く」
「アイズさんの顔が近過ぎるんですが!?」
「上向く?」
「そっちレフィーヤさんの顔ありますよね!?」
「うつ伏せ?」
「完全にアウトです!!」
「……じゃあ、レフィーヤのお腹」
「それは私の方が嫌です!!」
「最後の希望が!?」
「もう、はやくして」
「ひんっ」
アイズの圧に、ノアは負ける。
悲しいかな、こういう時にノアは口では決して勝てない。というかノアが口で勝てる相手なんて何処に居るというのか。
アイズはもう準備万端で、レフィーヤも既に覚悟を決めて自分の膝の上に彼を迎える用意を終えている。ノアに拒否権はないし、結局なんだかんだで拒否できないのが彼でもある。困るけど、恥ずかしいけど、嬉しいのだ。普通の少年ノア・ユニセラフ、なんだかんだと言いつつも断れない。申し訳なさそうな顔をしていざその場所へ。
「……斜め?」
「く、苦肉の策です……」
「レフィーヤ、これで耳掻きして」
「あ、はい」
「耳掻きされたら結局顔横向きじゃないですか!?」
「……ノアは、嫌……?」
「………………嫌じゃ、ないです」
「よかった」
そうして結局ノアくんの努力は無駄となり、1人用のベッドの上でアイズと向き合うようにして寝ることになる。恐ろしく近い距離、というかもう殆ど添い寝。あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にさせながら目を逸らすが、そうすると感じてしまうレフィーヤの優しい手付き。柔らかく、細く、それでいて少し冷たい指がノアの頭を撫でながら、軽い鼻歌を奏でつつも耳の掃除をされている。
……なんだこれは。
なんだこれは。
これはこれで普通に鼻血が出るのではないだろうか。しかしこういう時に限って出てこないのは、本当にうまくいかないノアの人生を表しているというか。まあ結局幸せなので問題はないのだが。それにしたってこう、流石に刺激が強過ぎるというか。視界には入っていないのに、レフィーヤの身体の感覚があまりにも感じ過ぎるというか。
「…………」
「…………」
「〜〜♪〜〜♪〜♪♪」
「……こっち見て、ノア」
「は、恥ずかし過ぎて……」
「布団掛けてあげる」
「う、嬉しいんですけど……余計にこう、なんというか……」
「ふっ」
「ひぅんっ!?」
「あ、ごめんなさい。驚かせちゃいましたか?」
「だっ、だだっ、大丈夫れす……」
大丈夫じゃないです……。
レフィーヤさん、突然に口を耳に近付けて"ふっ"ってしないでください。そこまで口を近付けてたらもうなんか耳垢ではなく意識の方が吹き飛ばされそうです。
最近は何故かいつものポニーテールではなく、毎日色々な髪型に変えている彼女。今日はなんとなく以前にデートをした時の髪型に似た形で纏めており、ノア的にはあの日を思い出してしまって余計に意識してしまう。あと普通にレフィーヤの息遣いが聞こえて、彼女の体に頭を包まれているような形なのに、そんな状態を直ぐ目の前に居るアイズに見られているという事実が本当にやばい。……こういうのを背徳感とでも言うのか。
めちゃくちゃに幸福な状況で、実際に幸福なはずなのに、なんとも言えない罪の意識がノアの頭を悩ませる。
「……レフィーヤ、向き変える?」
「そうですね、お願いします。……さ、ノアさんもこちらに」
「は、はい……」
「アイズさんは今日のご予定とかは?」
「ん……特に、ないかな。ダンジョンも明日からにしようかなって」
「でしたら、今日は1日こうしてゴロゴロしていませんか?飲み物やお菓子はそこに置いてありますから、今日は休息日ということで」
「………うん、そうしよう」
「………え?今日一日このままですか?」
「ノアさんは今日のこともあるんですし。明日からもアイズさんのダンジョン探索に着いて行きたいのなら、1日くらいしっかり休んで下さい。……私の膝くらいなら、いつまででも貸しますから」
「……ありがとうございます、レフィーヤさん」
「私も、側にいるから」
「はい。アイズさんも、ありがとうございます」
そうして3人は、その日は部屋の中で1人用の小さなベッドの上でずっとゴロゴロとしていた。
昼寝をしたり、話をしたり、なんとなく手を握ったりして、触れてみたりと。……つまりは世間で言う、イチャイチャと。
けれどそれは本当に優しく穏やかな時間で。アイズが思っていたようなレフィーヤに対する嫉妬とかも全然無くて。時間が経つにつれて警戒も解けて、見栄も落ちて、自然体になれて。温かく、安心出来て、心が満たされて、近くなって。
「ノア」
「?はい」
「その……お願いがあるの」
「いいですよ、なんですか?」
「……抱き締めて、欲しい」
「!!……良いんですか?」
「……うん、お願い」
「……分かりました」
そうして、ゆっくりと。
少しずつ、深めていく。
彼との距離を、彼との熱を。
(……落ち着く)
身体を丸めながら彼の腹部に潜り込む。軽く、優しく抱き寄せられて、背中をゆっくりと摩られて。誰かに守られている感覚を、この身を任せられる感覚を、温かさを……悩んで、苦しんで、選んだこの場所を。やっぱり自分は間違っていなかったのだと、そう思いながら。
「あ、それなら私はノアさんの頭を抱き締めちゃいますね」
「……えぇ!?」
「あ……レフィーヤ、後で代わって」
「ええ、もちろんです♪私も交代して欲しいですから♪」
なお、ノアが落ち着けることはない。