【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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44.静かな○

最近になって、ダンジョンの中を歩くだけでも以前とは全然違う心持ちで居られるようになったなと、アイズは思う。

以前は強くなることに必死で、とにかく焦りに駆られてダンジョンに潜り、朝から晩までずっと張り詰めたような心苦しさがあった。だからダンジョンにいる時は努力しているという安堵はあっても、常に何かに削られているような感覚を拭うことが出来なかった。……けれど最近は、もっと自然な気持ちで、もっと落ち着いた気持ちで向き合うことが出来ている。むしろこうして歩いているだけでも、明るい気持ちで居ることが出来る。

 

「……… ♪」

 

理由は明確だった。

それは今もこうして、自分の右手から伝わって来る人の温もりがあるから。その人が側に居てくれるから。その人を信じることが出来るから。

こうしてアイズの好きな時に手を握っても、彼は絶対に嫌がらない。むしろ喜んでくれるから、アイズも何も気にすることなくその手を握りにいくことが出来る。それでも物足りなくなったら、その腕を掴みにだっていく。……それが出来る人が居る。それを許してくれる人が居る。それをしても良い人が隣に居る。それだけで心に灯っていた黒い炎が、一瞬にして掻き消されてしまうのだ。それを優しく消してくれる人が、アイズの目の前に現れたのだ。

 

「ふふ、どうしたんですか?私の左手がアイズさんに取られてしまいそうですね」

 

「ん……痛かった?」

 

「いいえ、むしろ嬉しいです」

 

「……落ち着くから。一人じゃないって、思えて」

 

「ええ、ちゃんとここに居ますよ」

 

彼の腕は女性のように細いのに、しっかりと硬くて、こうして触れると意外と頼り甲斐がある。自分より温かくて、香水を使っているのかなんとなく心地の良い甘い香りがして、握り締めた手からは言い方は変かもしれないが、彼がちゃんとここで生きていることをアイズに教えてくれる。

 

「……あのね」

 

「はい」

 

 

「……キス、したら。ノアのこと、選んだってことに、なるのかな……?」

 

 

「っっつ!?」

 

「頬でも、いいのかな……?」

 

腕に抱き着きながら、上目遣いでそんなことを言ってくるアイズ。そんなもの最強に決まっている。

最初はレフィーヤに先を越されたかのように見えた彼女、しかし最近になってのその追い様は凄まじい。元よりあった小悪魔気質、そこに彼女の甘えたがりも加わって、彼女は完全に最強の存在と化していた。

……誰も指摘することがないだろうから言ってしまうが、こんなものは普通に考えて、もう選んでいるようなものである。実際そう思っているからこそ、アイズはこうして何の躊躇いもなく甘えている訳で。そこを既に割り切っているからこそ、あとはそのタイミングが欲しいだけで。

 

「な………なるんじゃ、ないでしょうか……?」

 

「そっか、なっちゃうんだ……」

 

「な、無かったことに……しちゃいますか……?」

 

「……ううん、しない」

 

「!」

 

「無かったことには、しない」

 

「そ、そうですか……」

 

「うん……約束は、守らないと」

 

「……はい、そうですね」

 

こんなもの、もう殆ど告白も同然だろうに。けれどそれは、一先ず今回の騒動が終わるまでお預け。そう約束したから、仕方がない。約束してしまったから、今はここまで。

 

「ノア……」

 

「は、はい……」

 

「…………今日、ゴライアス居ないね」

 

「そ、そうですね。まだ復活してないんでしょう」

 

 

 

「……誰も、いないね」

 

 

 

「……はい」

 

 

どちらともなく、足を止める。

背はノアの方が少し高いくらい、ノアにとってはこの背丈こそが前の時との何よりの違いだった。何よりこの異様な成長に感謝をしていた。だからこうして、彼女のことをしっかりと抱き寄せることが出来るから。一般的な男性よりは低くても、それでも求めていた必要最低限をなんとか確保出来た。……たったそれだけで、こんなにも幸福を得られることができる。たったそれだけで、彼女が自分を見る視線が変わっている。もちろん、理由はそれだけではないだろうけど。

 

「……こうやって甘えちゃうの、良くないよね」

 

「どうして、良くないんですか?」

 

「だって……いつも、だから……」

 

「私は嬉しいです、もっとして欲しいくらい」

 

 

「……私もずっと、こうしていたい」

 

 

「!」

 

「ノアと、レフィーヤと、3人で部屋で寝てた時……」

 

「はい」

 

「……すごく、幸せだったの」

 

「……私もです」

 

「あんな風に怠けてたのに、すごく心地良かった」

 

「………はい、すごく」

 

「帰ったら、またしようね」

 

「はい」

 

ぎゅ〜っと、アイズは彼の胸に顔を押し付ける。Lv.6になった自分が思いっきり抱き締めても、同じLv.6である彼は問題なく受け入れてくれる。むしろ嬉しげに、こうして包み返してくれる。誰かに包まれているというその感覚に、このまま溺れてしまいたくなる。

こんな幸せが続くというのに、どうして過去の自分はもっと早くに彼を選ばなかったのだろうと。今ではそう思ってしまうほどに、アイズは浸っている。……けれど、あの失敗があったからこそ今の自分があるとも、理解している。だから何も間違ってはいなかったのだ。自分は最善の道を歩むことが出来たのだと。今ならもう、そう思える。

 

「げほっ、ごほっ……んぐっ……」

 

「?」

 

 

 

「確か……18階層で協力者の方々と合流するんでしたよね」

 

「うん、『黄金の穴蔵亭』っていう酒場なんだって」

 

「なるほど」

 

さて、そんなふうにイチャイチャとしていた2人であるが、もちろん18階層に入れば切り替える。流石にここには普通に人の目があるので、ここからはちゃんとお仕事モードだ。その辺りの切り替えはしっかりと出来る、そこは流石に2人とも歴戦の冒険者としての気質か。

 

「いらっしゃい」

 

「どうも……」

 

「どうも、こんにちは………ん?」

 

 

「………ん?」

 

「え?」

 

「は?」

 

「おい……」

 

「おいおい、まさか……」

 

「え?なんでここに……?」

 

そうして入った小さな酒場。町から少し離れた場所にあるそこは、2人が入ると既にかなりの数の冒険者達が待機していた。一見しただけでは、特に共通点もない人の集まり。アイズも知った顔はそれほどなく、それでも間違いなくそれなりの強さを持っていると分かるくらいの雰囲気。……しかしなによりその冒険者達は、他でもないノアがその全ての顔を知っていて。

 

「あの……一応、一応確認させて貰っていいですか?」

 

「は、はい」

 

「……注文は?」

 

「ジャガ丸くん抹茶クリーム味……」

 

「よりにもよって貴方達ですか!!!」

 

「???」

 

アイズには何が何だか分からない。

しかしノアがこの場に居る全員と顔見知りであり、目の前の青髪の女性:万能者アスフィ・アル・アンドロメダが何やら激昂したということは分かった。……ただ、先も言ったがアイズの知っている顔もある。それは以前のリヴィラの街襲撃の際にアイズとレフィーヤが助けた犬人の少女。彼女はまたここに居て。

 

「ノア……どういうこと?」

 

「あ、えっと……ここに居る皆さん、全員ヘルメス・ファミリアの方です」

 

「え?」

 

ザッと見渡し、その全ての冒険者達が一様に頷くのをアイズは見る。……つまり、今回の件の協力者。それはアイズが想像していたような適当な冒険者の集まりではなく、ヘルメス・ファミリアそのものであったということだ。

それはノアも知っている筈だ。なにせ彼は元々ヘルメス・ファミリアに所属していたのだから。それがたとえ形だけのものであったとしても、決して何の関わりもなかった訳ではない。

 

「お、お久しぶりです。皆さん」

 

「いえ、まあ……はあ、とにかく元気そうでなによりです」

 

「ああ、そうだな。半年寝たきりって聞いた時は驚いたが、その様子だともう大丈夫そうだ」

 

「おっ、ってことは今日は久々に我等が元トップ様と冒険出来るってことだよなぁ?こりゃ気合が入るぜ」

 

「ま、まあ実際には2、3回くらいしかお供出来たことないんですけどね」

 

「気楽にいけていいじゃないか」

 

「これ、もしかして簡単な依頼になる?」

 

「分け前が減るなぁ、まあいいけど」

 

これも主神の影響なのか、それとも主神がわざわざ集めて来た人材だからなのか、好き勝手に話し始めた団員達に、ノアは困り顔で笑うしかないし、アイズは困惑するばかり。

……まあ実際、ノアが彼等と接したことはそれほど多くはないので仕方がないと言えば仕方がない。席だけはあるし、レベルアップの報告は受けているのに、その本人が1月に2〜3回程度しか地上に戻って来ないのだ。遠征だって殆ど彼が1人でこなしていたし、定期的にアスフィが一行を連れて疑似遠征を行っても、彼だけはそこに居ない。最後の方には何度かその疑似遠征にも着いてくることはあったが、その時も彼は全体の指揮には入らず、基本的には団員のフォローをしていたので、元同僚という感覚すら無い者も多いだろう。

 

「………」

 

「あ、お久しぶりです。スィーリアさん」

 

「………」

 

「あらぁ♡私には何もないの?ノア♡」

 

「あ、あはは……タバサさんも、お久しぶりです」

 

「むっ」

 

とは言え、こうして世話になった相手も居る。無口で基本的に言葉のないエルフの女性であるスィーリアに頭を撫でられると、今度は横から現れた獣人の女性であるタバサに彼は抱きつかれ、その頬を指で何度も弄ばれる。彼等2人はとある事情から、ノアがヘルメス・ファミリア時代にもとてもお世話になった。アイズはその様子に頰を膨らませるが、こうして顔を合わせるのも1年ぶり。半年も眠っていたという彼の話は聞いていたし、アイズが思っている以上にノアは心配されていた。

 

「あの、えっと……アスフィさん。それで、一体どうしてこんなことに?」

 

「ルルネがレベルを偽っていることを脅されました」

 

「あ〜……」

 

「め、面目ない……」

 

「脅された?……あの黒いローブの人に?」

 

「うぅ、そうだよ。くそぅ、あんなことに首突っ込むんじゃなかったぜ……」

 

「……ですが、協力者が貴方達となれば話は別です。最初はこんな厄介事と思っていましたが、貴方達が居るのでしたらかなり楽が出来るでしょう」

 

「そ、そそ、そうだよな!報酬も良いし!」

 

「ルルネ?」

 

「わ、悪かったよぅ……」

 

どうやらルルネという犬人の少女は、最初に宝玉の運搬を依頼してきたローブの人物に、ファミリアの弱みを握られてしまったらしい。まあ実際、ヘルメス・ファミリアはファミリアの等級を落とすためにかなりレベルの詐称を行なっている。これがギルドにバレれば、相当な罰金を支払うことになるだろう。それこそ詐称していた期間が長いだけに、とんでもない規模の。

そうでなくとも主神であるヘルメスの我儘に駆り出されることの多い彼等にとっては、特にアスフィにとっては、今回の依頼というのはかなり気の重い話だったはずだ。リヴィラの街が襲撃され、ロキ・ファミリアも関わっているほどの案件。しかも依頼して来た人物も如何にも怪しい様相。そこにノアとアイズが来たのは、正に渡りに船といった形か。

 

「ん〜……それなら、一先ず指揮はアスフィさんにお願いしたいと思います。私やアイズさんより経験がありますし、上手く使って貰えるとも思いますので」

 

「私も、それで構いません」

 

「そうですね……分かりました。そうしましょう。ノア、貴方のステイタスは以前と何か変わっていますか?」

 

「スキルで前より堅くなりました」

 

「……具体的には?」

 

「防御力だけならガレスさんくらいあります」

 

「エ、重傑(エルガルム)と同等……」

 

「嘘だろ……」

 

「それと一応まだ公表されていませんが、アイズさんもLv.6になりました」

 

「どうも」

 

「れ、Lv.6が2人……!?」

 

「……これ、俺たち要るのか?」

 

「一応これは私達の予想ですけど、恐らくこれから向かうところは私達2人だけではどうにもならないです。Lv.6相当が1人と、Lv.3相当のモンスターがウジャウジャと居る場所だと思うので」

 

「おいもう帰ろうぜ!!」

 

「ルルネぇえ!!!」

 

「そ、そそ、そんなとんでもないところだって知らなかったんだよぉぉおお!!」

 

「い、一応それは最悪の場合なので!違うかもしれませんから!!」

 

どちらにしても、ここまで来てしまったのだからもう仕方がない。それにここで逃げ帰れば、それこそ主神に怒られてしまうだろう。あのヘラヘラとした主神は、しかしそういうところはしっかりとしているものだ。それが分かっているからこそ、アスフィは困っている。本当にまあ、とんでもないものに巻き込まれてしまったものだと。

 

「はぁ……本当にお願いしますよ、ノア」

 

「はい、出来る限りのことはします。まあ最悪、私を置いて逃げてしまっても大丈夫ですから」

 

「……する訳ないでしょう、そんなこと」

 

「「「…………」」」

 

まあ、こんなでも一応は元団員だから。

過去の疑似遠征の際に、実際に彼1人に殿を任せて逃げてしまった経験があるからこそ、この場に居る団員達は心に決めている。もうあのようなことは絶対にしないと。全身を血塗れにさせながら笑顔で帰って来た彼を見たからこそ、もう2度と。

 

 

 

 

○ヘルメス・ファミリアでのノアのイメージ

 

・団長:アスフィ・アル・アンドロメダ

一番付き合いが長いが、ロキ・ファミリアに入ってから徐々に人間味が出てきたことに安堵している。不死のスキルを知ってはいるが、気を抜けば死んでいそうなイメージがある。ヘルメスの側に居ることが多いために彼の事情も深くまで知っているので、なるべく長生きして欲しい。戦闘に関しては信頼しているし、彼がファミリアに残してくれた財産については心から感謝している

 

・副団長:ファルガー・バトロス

副団長故に多少の関わりはあったが、正直良いイメージはない。これは悪感情的な意味ではなく、脆く儚いイメージが抜けないということ。特に単なる笑顔がいつも泣いているように見えてしまうので、完全に染み付いたその笑みを向けられる度に心を痛めている。それと一度彼が夜中にダンジョンからほぼ半裸で血塗れになって帰ってきたところに遭遇してしまったことがあるため、生来の世話焼き気質が覚醒している。

 

・団員:ルルネ・ルーイ

関わりは殆ど無く、最初に見た時にはダンジョン狂いという噂と彼の容姿のギャップに驚き混乱した。疑似遠征の際に自分のミスでパーティが危機に陥ったところを助けられ、血塗れになって帰って来た彼を見て、未だに罪悪感を抱えている。

 

・団員:スィーシア

当初ヘルメスとアスフィによってダンジョンに潜っていた彼の監視を任されていた。故に一番彼のして来た無茶を知っており、実はそれがアイズのためのものだということまで知っている。時には彼が気絶した際に影ながらモンスターを処分していたりもした。直接話したことは無口故に殆どないが、密かに妹のように思っている。ノアも何度か彼女に助けられていることを知っているため、定期的にお礼の贈り物をしていた。

 

・団員:タバサ

アスフィの紹介によって彼に化粧や美容等を教えていたため、実はファミリアの中でも特に彼との接触が多い。本人曰く、素材も良く素直で教え甲斐があるとのこと。隙あらば頬を触ったりして堪能していたので、彼の移籍に割と普通に落ち込んだ。今も自分の教えた化粧をそのまま使っているのを見て、密かに嬉しく思ったりしている。

 

・団員:エリリー

あの体型で自分より堅いのは心の底から羨ましいと思っている。

 

・団員:メリル

綺麗な女の人だなぁと思っている。

 

・主神:ヘルメス

剣姫に賭けている。


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