【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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それでは崩していきますね。


46.終わりの○○

ノア・ユニセラフは、かつてのこの時。この戦闘には参加していなかった。それこそダンジョンの中には居たし、いつものようにレベルを上げるために必死にモンスターを狩っていた。

……だから、仮に記憶があったとしても、ここでこれから何が起きるのかまでは伝聞程度の知識しかない。だがそれでも、なにか大変なことが起きるというのは雰囲気だけでも分かるというもの。

 

「……っ」

 

アスフィとアイズが、この緑の肉によって覆われた奇妙な空間について話し合っている。なんとなくあの蔓状のモンスター達を思い出させるような、食糧庫に広がるこの歪な緑。きっと2人は、ここから先で現れるであろう敵の存在について語っていた。

 

しかし、ノアにはその会話は聞こえない。

 

……いや、別にそれほど離れた位置に居る訳でもないので、当たり前のように聞こえてはいるのだが。

 

 

 

何を言っているのかが、分からないのだ。

 

 

 

知っている言葉なのに、それを脳が理解しようとしてくれない。

 

 

「ぅっ……」

 

頭から胸を通って背中に走っていくような奇妙な痛み。それまでずっと抱えていた小さな違和感がここに来て大きくなる。口の中でずっとしている血の味、少し前に咳をした時に血が混じっていたのを見てしまった。隠しはしたけれど、自分が一番に驚いている。

……ここから帰ってからアミッドに相談しに行こうと思っていたのに。この咳についても、ほかの医療師ではなく、彼女に直接見て貰おうと思っていたのに。

どうしてこんなにもタイミング悪く、不調が症状として出て来てしまうのか。これからが色々と、大変そうなところであるというのに。

 

 

「○○!!!!!」

 

 

「……え?」

 

瞬間、横向きに殴り飛ばされる。

 

驚く、止まる、痛みはそこまでない。

 

だが無防備に吹き飛ばされ、受け身も取れず地面を滑り、血を吐き出した。しかしその血は今の攻撃によるものでもない。それまでずっと口の中に流れていたもの。

そしてそこまでの衝撃を受けて、ようやく意識が引き戻される。思考は未だに曇りはあるものの、ようやく状況を理解する。敵に襲撃されたのだ。フィリア祭とリヴィラの街の時にも見た、あの蔓状のモンスターに。

 

「まっ……まほをつかわると、えらわられます!つかうるなら、わらひが……っ!?」

 

言葉が上手く出て来ない。

呂律が回らない。

だが今はそんなことを言っていられる余裕もない。

ノアは付与魔法を利用して、魔力を発揮することでモンスター達のヘイトを稼ぐ。何度かの戦闘で理解をした。このモンスター相手には、自分はこうして立ち回るのが一番周りのためになる。それにこれなら言葉による意思疎通が出来なくとも、周りとの連携が取れなくとも、最低限の仕事は出来る。

 

「っ……!!」

 

「ノア!!」

 

「らいひょぶれす!!」

 

モンスターの一体に食らい付かれ、そのまま持ち上げられる。そうして無防備になったところを、他の個体達が一斉に歯を立てた。

……とは言え、それでもそもそも攻撃力が足りていない。痛みはあるが、ダメージ自体はそれほどない。これに食らい付かれるよりも、今も体を走っている奇妙な痛みの方がよっぽど痛いくらいだ。

 

「そうなんろも、おなじろは……!!」

 

そしてこうして食らい付かれた時のために、ノアは今日は予備の剣だって持って来ている。本当はもう少し使うべきところがあるとは思うが、それでも今はそんなことを言っていられる余裕が自分の身体にはなくて……

 

「っ!?」

 

そうして、爆破魔法を使おうとした瞬間のことだった。

突然それまで食らいついていたモンスター達が動きを変えて、ノアをそのままアイズ達から引き離す様にして動き始めたのは。未だ乱戦の最中、ノアのその様子に気付けた者は……

 

「っ、待って!ノア!!」

 

「ぁ……ゃば……」

 

魔法を使って起爆しようとした間際、再び頭を襲う違和感。脳を掻き回されるように意識が崩れ、視線の先でこちらに手を伸ばす彼女の姿が暗く染まっていくのを見る。2人を割く様に天井から地面に向けて突き出された緑の肉壁。アイズの手はノアには届かず、意識を半分失った彼はそのままダンジョンの奥深くへと連れて行かれてしまう。

 

「○○!!」

 

アイズの言葉すらも、今のノアには届かなかった。深く、遠く、離れていく声。見渡す限り緑しか見えない様な視界の中で、まるで脳が半分崩れたかの様な感覚を抱きながら、意識を取り戻そうと抗う。

 

(…………ぁ、ぃ?)

 

夢見心地、そう表現するのが一番適切なのか。何もかもがふわふわとした状態、視界が半分機能していない。けれどその意識を起こすために、何をどうすればいいのかも分からない。それを考える思考の余裕すら存在しない。

 

「っ」

 

再びモンスターに投げ出される。

視界が周り、ゴロゴロと転がっていく自分の身体。緑の肉壁に打つかり、それでも聞こえてくるのはノイズのような自分の呻く声だけ。

 

……どうしてしまったのだろう、自分は。

 

……一体この身体に、何が起きているのだろう。

 

それが分からない。それを深く考えることも出来ない。ただ俯せになって倒れ、横に向いた視界に薄暗い緑の世界を映し込むだけ。口を動かす、言葉を出そうとする。しかしそうしても、動いているかどうかすら分からない。言葉が出ているかどうかも分からない。

 

自分の身体が、どこで、何をしているのか。

 

それすら全く、掴むことが出来ない。

 

 

 

 

 

「○○、○○○○○○○」

 

 

 

「………?」

 

 

誰かの声のようなものが聞こえる。

しかしやはり何を言っているのかは分からない。ただその人は自分の隣に蹲み込み、こんな場所であると言うのに、優しく声を掛けてくれているらしい。もしかしてヘルメス・ファミリアの誰かが追いかけて来てくれていたのか、それともここには他の誰かも潜んでいたのか。

どちらにしても危ないので、出来れば逃げて欲しいところだが……

 

「○○、○○○○○……………よし、これでどうかな。多少はマシになったんじゃないかい?」

 

「ぁ……え……?」

 

「お、いいね。思考も戻ったかな」

 

「ぁ、ぁり、がと……ござ……ます……?」

 

「うんうん、最初にお礼を言えるなんて良い子だね。いやはや、まさかこんな権能が下界に来て本当に役に立つ時が来るなんて思わなかった。何事もやってみるもんだ」

 

その人物に背中を触れられると、不思議と全身が温かくなり、思考が元に戻り始める。それと同時に身体の自由も戻り始め、視界も半分は未だに潰れていても、それでも現状認識をする程度ならば問題ないほどに体調は回復した。

 

「ごほっ、ごぼぇっ……」

 

「おおっと、すごいな。限界まで放置するとここまでになるのか。ごめんね、俺もここまで酷い子は初めて見たからさ」

 

肺の中にまで入っていたのか、意識が戻ると同時に凄まじい勢いで咳き込み血を吐き出し始めたノアに、その人物は驚きながらも引き続き彼の背中を撫でる。そうして撫でられる度に身体の感覚が戻っていくが、戻っていく度に自分の身体がどれほど酷いことになっているのかも理解させられる。

 

……傷が治らない。

 

いや、治ってはいる。

ただその治癒速度が普段見慣れているそれより、よっぽど悪いということ。加えて全身から血は止めどなく流れていて、固まる様子が一切ない。それは口の中から流れ出る血液も同じで、ノアは鞄から取り出した回復薬を身体にかけ、強引に口に含むと、血と一緒に無理矢理に飲み込んだ。

あまりにも普通ではない自分の身体、まるで本当に死が直ぐそこまで迫っている様な感覚。……恐ろしくなる。これほどまでに流れ出る血が。慣れている感覚の筈なのに。どうしようもなく怖くなる。

 

「ハッ、ハァ、ハァ……ごほっ、ごほっ……」

 

「落ち着いたかな」

 

「す、みま……ごほっ、げほっ……んぐっ」

 

苦しい、気持ちが悪い。

この感覚が、一向に治ってくれない。

不死のスキルが、機能していないのか。

もう一本の回復薬も飲み干して、強引に治療を進めていく。

鼻血も流れはじめ、苦しさを堪えて、回復薬を鼻の中にも入れる。

 

……きっと、見た目は本当に酷いことになっている。

けれど、そこまでしても心臓が凄まじい速さで鼓動している。

身体の内側が割れるように痛い。

濃い血の匂いに、血の味。

ただ生きているだけなのに、頭がおかしくなりそうになる。

 

「……分かってると思うけど。君、このままだと死ぬぜ?」

 

「っ………どう、して」

 

「そんなの、魂が砕けてるからに決まってるだろ」

 

「!!」

 

「魂は下界の子供達にとって、存在そのものと言っていい。それが砕けたら、消えるのが筋ってものでしょ。……それを君は無理矢理に生かされている。本来消えるべきはずのものが、消えずに残っている。これはどうしようもない異常だ」

 

「………」

 

「異常は正されなければならない。だから君の肉体は死ななければならないし、君の心だって本来はある筈がない。……順序が逆なのさ。魂の状態が肉体に反映される訳じゃない。消えるべき物が消えてないから、肉体の方から崩れようとしている」

 

「……それ、じゃあ」

 

「そうだ、君はもう死ぬしかない」

 

ごほっごぼっ……と、最後の血液を吐き出す。ようやく落ち着き始めた症状。回復薬を何本も使った。それでも未だに残る体内の違和感が、目の前の人物、いや神物の話に説得力を与える。

ふと見る自分の足元、まるで水溜まりのように溜まった自分の血液。真っ赤なそれを見るほどに、自分の死を自覚させられる。……どうしようもない終わりの姿を、頭の中に浮かび上がらせる。

 

「でも、俺なら延命措置くらいは出来る」

 

「っ!?本当でずか!?」

 

「ああ、もちろんだよ。俺はこれでも天界では子供達の魂の管理をしていたからさ、多少は融通が効くんだよね。……つまり、君にとって有益な権能を持っている」

 

「ど、どうずれば……!!どうすれば助けで……!!」

 

「闇派閥に入らない?」

 

「っ!?!?」

 

目の前に吊るされた希望。

与えられた可能性。

しかしその代償は……

 

「いやさ、俺これでも闇派閥やってんのよ。……それで、ちょ〜っと戦力的に物足りないところあるんだよねぇ」

 

「………!」

 

「ぶっちゃけ、君がこっち来てくれるだけで相当楽なのさ。まあこのまま死んでくれても好都合なんだけど、それってほら、勿体ないじゃん?」

 

「……そんな、誘いに、乗ると思うんですか?」

 

「でも君、このままじゃ死ぬぜ?」

 

「っ」

 

「俺以上に魂に干渉出来る神が他に居るのなら、そっちに頼ればいいけど。その辺はロキだってもう探してるだろうし……生き残りたいなら、乗るしかないんじゃない?」

 

「そ、れは……」

 

「死にたくないんだろう?」

 

「………」

 

「死にたくないなら、これ以外の選択なんて無いと思うけどなぁ」

 

「で、も……」

 

「ちなみに、この誘いはこれっきりね」

 

「っ!」

 

「俺も暇じゃないからさぁ。だからこの場で決めて欲しい。あ、当然だけど嘘は直ぐに分かるから。手伝ってくれるって言うなら覚悟は決めて欲しいよね、今この場で」

 

左目が見えない。

また口の中から微かな血の味がしてくる。

その神様の手が背中から離れる。

そしてその瞬間、再び背中に痛みが走る。

意識がまた徐々に暗くなっていくのを感じる。

それが堪らなく恐ろしくなる。

自分が自分でなくなる様な、この感覚が。

 

「なんだったら、別に変装して裏方で働いて貰ったっていいんだ。普段はロキのところに居たっていい。……俺だってそれくらいの融通は利かせるさ。悪い話ではないだろ?」

 

死にたくない、まだ死ねない。

だって自分はこれからで、自分はこれから彼女と仲を深めていくのだから。こんなところで死ぬことなんて絶対に出来ない。リヴェリアにだって言われたのだ。直ぐに死ぬことなんて許さないと。自分はまだ、色々な責任を取らなければならないのだと。

 

……だから。

 

 

 

「………………無理、です」

 

 

「!」

 

「…………そんなことを、したら。アイズさんに、レフィーヤさんに……嫌われて、しまいます」

 

「……なるほど」

 

「死にたく、ないです……まだ、死ねないです……でも、あの人達に、嫌われてしまうようなことをしたら。そもそも生きている、意味がない」

 

「……そう、それはちょっと予想外だったかな」

 

「…………だから、その提案は……………受け入れ、られません……」

 

「はぁ……つくづく厄介だなぁ、恋愛事っていうのは。まあ散々それを利用して信徒を増やして来た俺が言えることでもないけど」

 

目的がそれでなかったら、もしかしたら乗ってしまっていた可能性はあったかもしれない。それほどに死は今だって恐ろしいし、また暗くなって来た意識に酷く恐怖で身体が震える。

……けれど、それでは意味がないから。

あの2人に嫌われるようなことをしたら、それではそもそも生きている意味がないから。たとえ今この場所で死ぬことになったとしても、それでも。そんな風に生きながらえることだけは、絶対に間違っているから。だから……ノアにはこれしか、選べるものがない。

 

「……なら、これは俺からのプレゼントってことで」

 

「っ……え?」

 

「ま、これで普通には死ねるんじゃない?少なくとも人間らしくはさ」

 

「………どう、して」

 

「ん〜……理由は色々あるけど。一番は確実に戦力を削るため、かな」

 

「?」

 

「ま、その辺は嫌でもそのうち分かることだし。……それじゃあ俺はもう行くから。多分もう2度と会うこともないと思うけど、いや本当に。天界で会うこともないだろうし。君はこれから完全に消滅するんだから」

 

「……」

 

「じゃあね、可哀想な子。君はこの世界に絶望だけを残して消えるのさ。……感謝させてもらうよ、そこだけはね」

 

そうして暗闇に消えていく見知らぬ神を、ノアは震える足で立ち上がりながら見送る。少しずつ身体の感覚がまた戻り始める。意識は先ほどの様に暗くなることもなく、左目は未だに見えなくとも、それでも確実に状態が改善している。

……だが。

 

「絶望だけを、残して。消える……」

 

最後に残されたその言葉だけが、彼の心に深く深く突き刺さっていた。どうしようもないその事実を、どうにか考えないようにしていたその現実を、こうして目の前に突き付けられて。

 

「私、は……なんの、ために……」

 

 

 

 

 

「まあ、実際のところさ。本当に生き延ばせたいのなら、先ず何よりあの子をダンジョンに潜らせてたこと自体が間違いなんだよね」

 

魔道具越しに肉壁のダンジョン内で戦う剣姫とヘルメス・ファミリアを見ながら、神タナトスは呟く。彼が最後に慈悲を与えた少年もまた、今正に剣姫とレヴィスの戦闘に加勢しようと走り始めた。……本当に、この期に及んでも愚かなものだと、そう思わずには居られない。

 

「それがよく分かんねぇんだよなぁ、戦闘と魂ってのは関係あるのか?」

 

「そりゃあるでしょ、ヴァレッタちゃん。君達の恩恵は何に刻まれてると思ってるんだい?」

 

「あん?背中だろ」

 

「いやいや、確かに刻まれてるのは背中だけど、繋がってるのは君達の魂だよ?……つまり、俺達は恩恵を通じて子供達の魂に干渉してるって訳さ」

 

「ほ〜ん」

 

「だから、まあ、恩恵を触るってことは、魂に触ってるってことだからさ。割と毒にも薬にもなるんだよね、あの子にとっては」

 

さて、剣姫からは彼のことが一体どう見えているのか。いつも通りに自分と戦ってくれる彼。少し顔色は悪くとも、けれど変わらずこうして隣に居てくれる彼。……頼もしいだろうか、安心出来るだろうか。

だがタナトスからしてみれば、よくもまああんな状態で戦いに行こうとするものだと、そう思わずには居られない。自分の状態など、なんとなくでも分かっているだろうに。

 

「馬鹿だよねぇ……レヴィスちゃん、オリヴァスちゃんの魔石食べちゃったんでしょ?万全の状態でもキツイだろうに」

 

「ま、フィンの野郎がいねぇならあたしはどうでもいいけどな」

 

「いやいや、これから面白いことが起きるよ?……魂の損傷による肉体も含めた急激な連鎖的崩壊。俺の予想が正しいのならそれは……」

 

 

 

 

 

 

「恩恵の崩壊から始まる」

 

 

 

 

「!」

 

それは正に、タナトスがそう言葉にした直後に起きた出来事だった。

レヴィスが振るった剣。それに対して普段通りに剣を構えて迎え撃ったノア。

 

……飛んだのは、彼の右腕だった。

 

破壊されないはずの肉体。

不死のはずのスキル。

Lv.6のステイタス。

防御に偏った最高峰の恩恵。

 

今正にそれが、砕け散ったのだ。

 

「さ、これで"迷異姫"はおしまいだ。まあ仕方ないよね、仲間になってくれなかったんだし。……楽にする代わりに恩恵の崩壊を早めただけで済ませてあげたんだから、むしろ優しいくらいでしょ」

 

 

 

 

「ロキも判断が遅すぎるよね。魂なんか砕けた時点で終わりなんだから、ダメージを見つけた時点で殺してあげたほうがよっぽど優しいのに」


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