【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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47.一輪の○

ずっと、ずっと怖かった。

戦うことは、怖い。

1人で居るのも、怖い。

 

最初にダンジョンに入ったのは、少しでも生活を良くするためだった。

仕事の手伝いをするだけではお金は入って来ない、けれどこんな小さな身体ではいくら恩恵があっても雇ってくれるところは少ない。雇って貰っても、足元を見られてしまう。

そうやって何度も何度も酷い目に遭って、泣いて帰って、慰められて。それならもう冒険者になるしかないって、そう思った。

 

けれど自分には才能なんか無くて、戦いに秀でた何もかもが無くて。臆病で、怖がりで、勇気も無くて。ただ1匹のゴブリンを倒す以前に、1人で暗いダンジョンに潜ることさえ恐ろしくて泣いてしまいそうだった。だから最初の1日目は、本当にただダンジョンに潜って立っていただけで、魔石の1つすら持ち帰ることが出来ず。あまりの情けなさに泣きながら帰って、また慰められた。……そんな自分が嫌だった。

年齢を言い訳にすることは、いくらでも出来る。けれどだからと言って、そのままで居るのは絶対に違うから。だから自分を変えるために、頑張らないといけなかった。

 

……アイズ・ヴァレンシュタインという少女に助けられたのは、そんな時のことだった。

 

冒険者になって1週間が経っても、ゴブリンを倒すことにすら精一杯で。ようやく倒せたとしても他者の命を奪った事実と、眼前いっぱいに広がる血液、更にこの死骸の中から魔石を取り出さなければならないという事実に、毎回泣きそうになりながら戦闘を続ける。持ち帰れる魔石は、本当に1日に3つや4つ程度。端金にもならない。ギルドで換金していると、他の冒険者達にも笑われるような毎日。

 

……何もかもが怖かった。

冒険者は怖い、モンスターは怖い、戦闘は怖い。血は怖い、刃物は怖い、暗闇は怖い、ダンジョンは怖い。ずっとずっと怖くて、恐ろしくて、1週間続けても怖さは取れず、毎日帰ってはずっと抱き締められながら慰められる毎日。

それでも続けていたのは、やっぱり少しでも生活を良くしたかったから。少しでも楽にしたかったから。

 

そうしてダンジョンに潜っていたある日、私は3人の見知らぬ冒険者達にモンスターの大群を押しつけられた。所謂、怪物進呈(バス・パレード)というものだ。上層でたった一人で活動している様な弱小ファミリアの冒険者、餌にしたところで大して咎められることもない。そういう意味では私は、本当に絶好の対象であったのだろう。

上の階層では。少なくとも当時はまだ深くとも3階層くらいまでしか行ったことのない自分にとっては、見たこともないような大量のモンスター達。必死に走って逃げようとしても、ステイタスが未熟過ぎる上に身体も小さかった自分では満足に逃げ切ることも出来ず。体力も尽きて転んでしまい、囲まれて……

 

本当に怖かった。

自分の死を前にするという現実は、あまりにも恐ろしかった。

ダンジョンを舐めていた訳ではない、むしろ誰より恐怖していたくらいだ。だが実際の恐ろしさは、そんなものでは済まなかった。助けてくれる人は居ない、逃げる場所もない、周りも既に囲まれている。これから自分がどんな酷い殺され方をするのか。歯はガチガチと鳴り、持っていた剣も落ち、尻餅を付いて頭を抱える。死にたくない、死にたくない。助けてください。誰でもいいから。なんでもするから。なんでも言うことを聞くから。お願いだから。

 

叶うはずのないそんな願いを叶えてくれたのが……彼女だったのだ。

 

まるで流星の様にして現れ、あっという間に周りに居た大量のモンスター達を殺し尽くす金髪の少女。自分よりも少し背が高いくらいの彼女は、しかし自分よりも何倍も戦闘に慣れていた。この上層程度のモンスターでは、いくら数で優っていても容易く殲滅されてしまう様な、圧倒的な力と技能。

 

『大丈夫……?』

 

……彼女は、とても美しかった。

自分が何もかもを恐れていたダンジョンの中で、彼女だけが自分に『恐怖』ではなく『希望』を与えてくれた。恐る恐ると差し出されたその手が、とても綺麗なものに見えた。

 

戦うことは怖い。

 

それは今でも変わらない。

 

あれだけ戦い続けても、あれほどレベルを上げるために無茶を繰り返しても、自分の中に巣食っている根源的な恐怖が完全に消えてくれることはない。

戦わずに居られるのなら、そうしたい。

戦わずに生きていけるのなら、それがいい。

それがいいに決まっている。

 

……けれど、それでも今でも自分がこうして戦いの中に身を置いているのは。それでもと自分を奮い立たせてダンジョンに向かうことが出来るのは。

 

『その……地上まで、送っていこうか?大丈夫、私がちゃんと守るから』

 

あの時、そう言って本当に地上の光を見せてくれた彼女が居るから。地上の光を背負いながら、ぎこちない笑みを浮かべて手を引いてくれた彼女が居たから。……そんな彼女のことを、心の底から、どうしようもないくらいに。

 

好きに、なってしまったから。

 

 

 

 

 

「ぁ…………」

 

 

 

 

意識が戻る。

 

過去の光景が、途切れる。

 

 

「ノア!!!」

 

 

眼前に振り下ろされんとする鋼の大剣。

しかし既にもうそれすら見ることは出来ない。

何が起きているのか、視認することも出来ない。

 

アイズは疾る。

 

剣による一撃を前に、微動たりともしない彼を見て、必死になって。割り込む。

 

「ノア!!立って!!」

 

「ぇ……ぁ……」

 

「ノア!!」

 

様子がおかしい、そんなことは分かっている。けれどただおかしい訳ではない、何か取り返しのつかないことが起きている。それだけが、どうしようもなく分かってしまう。

 

「……無駄だ、そいつはもう立てん」

 

「何が……!ノアに何をしたの!?」

 

「別に何もしていない。問題があるとするなら、そいつと契約している神の方だろう」

 

「……!?」

 

「気付かなかったのか?そいつは今、私の剣撃にも。お前の動きすらも、目で追うことが出来ていなかったぞ」

 

「……え」

 

「お前、恩恵が消えているな?契約していた神でも死んだか?……どちらにせよ、私にとっては好都合だがな」

 

「くっ!!」

 

アイズは風を最大出力で放ち、強引に敵との距離を取る。しかし敵はそれを許すことなく、ノアを退避させる邪魔をする。アイズ達の背後で行われている戦闘も益々激しさを増している。レフィーヤにリヴェリア、ベートにフィルヴィスという援軍があるだけに上手く回れているが、"だからこそおかしいのだ"。

 

「あり得ない!!ノアは私達と同じ、ロキの恩恵を刻まれてるはず!!」

 

「私がそんなことを知るか。……だが事実として、その足手纏いを守りながら何処まで戦える?アリア」

 

「っ!!」

 

気を抜けば蔓状のモンスターがノアを狙おうとする、だがそちらを守ろうとすればアイズが不利に回る。しかし恩恵のないノアは何もすることは出来ないし、むしろこうして大人しくしてくれている方がマシなくらい。

 

……故に、アイズは決断する。

 

躊躇はない、こうするしかない。

 

 

『ベートさん!!助けてください!!!』

 

「っ、貴様……!」

 

 

アイズは大声で、叫んだ。

あちらの戦況が悪くなるのは分かる、だがこのままではノアを守ることが出来ない。自分も負けて全滅する。故に速度もあり耳も良い彼に助けを求めた。……そして、そんなアイズの声に応えない彼ではなかった。

 

「何してやがんだ馬鹿野郎!!!」

 

「ベート、さん……」

 

ノアに迫り寄ったモンスターを、最高速で突っ込んで来たベートが叩き潰す。背後で大量の未成熟の食人花が暴れている現状、ベートにすら余裕はない。しかしそれでも彼はアイズの言葉に応えて、自分の身体が傷付くことも恐れずここへ来た。……アイズが助けを求めるほどの状況、その深刻さを分かっていたから。

 

「ベートさん!!ノアを……レフィーヤのところに!!」

 

「何があった!!」

 

「……恩恵が!ノアの恩恵が!!」

 

「!?」

 

そこまで言われれば、何が起きているのか嫌でも分かる。しかしそんなことが本当にあり得るのかと、実際に起きている目の前の状況を見せられてもベートは信じられない。何が起きたらそうなる、ロキの方から契約を切ったとでも言うのか?……いや、そんなことはあり得ない。あの眷属想いの女神が、そんなことをする筈がない。それくらいの信用は、ベートの中にだってある。

 

「これを……アイズさんに……」

 

「っ、アイズ!使え!!」

 

「!」

 

彼がベートに差し出した自らの剣を、ベートはそのままアイズに向けて投げ渡す。投げ渡し、劣勢な彼女に背を向けながら、ノアを担いで走り出す。

……混乱しているだろう、困惑しているだろう。冷静では居られないほどに、恩恵のない状態でダンジョンにいる事は恐ろしい筈だ。しかしその中でも自分の武器をアイズに渡した彼のそれは、単に諦めなのか、それとも勇気なのか。

 

そんなことはベートには分からない。

突然こんな場所で恩恵を奪われた人間の心など、ベートには分かるはずがない。

……だが、それでも。

 

「ベート、さん……」

 

「っ、なんだ」

 

「魔剣、使って下さい……私が持っている、より。上手く、使って……」

 

「……ああ、使ってやる」

 

「……ありがとう、ございます」

 

ベートは彼のことを認めている。

こんな状況であっても自分のすべきことが出来る人間のことを、蔑むことは決してしない。知っているから、こいつが弱い人間ではないことは。直ぐに泣くし、女みたいな見た目をしていても、強くなるための努力の出来る人間であることは。知っているから。

 

「さっさと立ちやがれ、馬鹿野郎」

 

「……アイズさんの、こと……お願い、します」

 

「………ああ」

 

それは同じ女性を好きになった男同士の理解とでも言うべきなのか、歪な友情に近いものとでも言えるのか。ぶった斬られた右腕、回復薬で止血を試みてはいるが、しかし治療は難航しているらしく、未だに血流が完全に止まることはなく、少しずつその顔色は悪くなっていく。

 

「馬鹿エルフ!!」

 

「っ、ノアさん!?一体何が……!」

 

「さっさとこいつらを殲滅しやがれ!!俺はアイズのところに戻る!!」

 

「……もう直ぐリヴェリア様の詠唱が終わります!巻き込まれない様にだけ伝えてください!!」

 

「……さっさとしやがれ、クソ」

 

既にヘルメス・ファミリアの中でも数人の犠牲者は出ている。しかしレフィーヤとフィルヴィスによる援護射撃と、リヴェリアによる最高効率の長文詠唱。状況はそれほど悪くはない。

ベートは受け取った魔剣を使い、大群のど真ん中を突き進む。最短距離で、可能な限り多くを殺し尽くしながら。この魔剣で、誰より多くの食人花を焼き尽くしながら。

 

「ノアさ……!」

 

「今は!!」

 

「っ」

 

「今は、なにより……目の前の、ことを……!」

 

「………はい、分かりました」

 

肩口から先は無く、塞げない傷口を、ノアは苦痛に耐えながら焼き、強引に止血を行う。その上から回復薬を更にかけ、とにかく自分の命を繋ぐ作業を、自分の中だけで完結するように努力する。

……あんな治し方をしてしまえば、もう2度と治すことなど出来ないだろうに。仮に彼の右腕が見つかったとしても、元の形に戻すことは、アミッドでさえ難しいだろうに。恩恵もなく、ステイタスもなく、しかしそんな中でも彼は他者に迷惑を可能な限りかけないよう、自分の出来ることを精一杯にやっている。

ならばレフィーヤがやれることも、1つしかなくて。

 

『解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢』

 

 

ーーーーーアルクス・レイ!!

 

 

"光散(アリオ)"!!

 

 

自分の中で最も扱い易い攻撃魔法。それを最大威力でぶっ放し、爆散鍵(スペルキー)によって爆散させる。

殲滅はリヴェリアが準備している。ならば自分は敵の足止めをするために可能な限りこれを続け、可能な限り敵を弱らせ続ける。だがレフィーヤがこの役割を担うだけでも、ヘルメス・ファミリアの負担は大きく減っていた。

犠牲者は2名、キークスとホセの2人。その2人がこの場に居ないことは、ノアも既に分かっている筈だ。そのことについて、自分自身も責任を感じている筈だ。感じなくてもいい責任も。……だから、絶対にこれ以上の犠牲は出さない。これ以上に彼に負担を負わせない。そのためにレフィーヤは、魔法を放つ。

 

 

「リヴェリア様!!」

 

 

 

そうして間もなく、焔は放たれる。

 

本来この場にはいなかった筈の、都市最強の魔法使い。ノアという存在があってこそ、この場に駆け付けることの出来た2つ目の異常事態。

仲間が死しても、ヘルメス・ファミリアの者達の目に絶望が宿ることはない。それは自分達の役割を全うすれば、確実にこの場を切り拓くことが出来るという確信があったから。……彼女という大木を守り抜くことさえ出来れば、なにより犠牲を少なく勝利を得ることが出来るとわかっていたから。

 

【九魔姫】リヴェリア・リヨス・アールヴが放つ、紅蓮の炎による広範囲殲滅魔法。深層のモンスターすら容易く焼き尽くす無慈悲の猛火。

レフィーヤであれば3分は掛かるであろうそれを、リヴェリアは大凡1分と少しの時間で間に合わせる。殲滅するに必要な魔力量を、他のどの魔導士よりも正確に、最適に縫い合わせ、組み合わせる。

この戦乱に幕を引き、ことごとくを一掃する業火の化身は。本来ここで死ぬ筈だった者達に魔の手が及ぶより先に……放たれた。

 

 

ーーーーーレア・ラーヴァテイン!!!

 

 

緑の世界は焼き尽くされる。

まるで彼等を牢獄から解き放つように。

 

……しかし、それでも囚われたままの者も居る。

死という運命に縫い合わされ、決して逃げることの出来ない絶望に、遂に捕まってしまった者が。リヴェリアがそんな手遅れの彼のことに気がついたのは、悲しくも、牢獄を焼き払った炎が完全に消失した後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「運命を打ち破ることの出来る人間、か……」

 

「せや、教えてくれヘルメス。誰がそれに当たると思う?」

 

「真面目な顔をして来たと思ったら、突然とんでもないことを言い出すなロキ」

 

「ええから、教えてくれ」

 

「……………そうだな。これは完全に俺の主観になるんだが、大凡英雄と呼ばれる子供達には、その可能性はあるんじゃないか?」

 

「英雄……」

 

「その点、ロキのところの"勇者"や"九魔姫"、"重傑"にもその可能性はあるだろう。だからこそ今も生き残ってる訳だしな」

 

「………」

 

「だが、うん、そうだな……一番はやっぱり"剣姫"だろう」

 

「!」

 

「仮に運命を打ち破る必要があるとするなら、今のオラリオでは実力も含めて彼女が一番可能性があると俺は思う。……アストレアのところの子達は、もう居ないからな」

 

「……ノアは、どう思う?」

 

「……それを俺に聞くか?」

 

「……ウチかて分かっとるけどな」

 

「素質がない。そもそもあの子は本来、戦う側の人間ではないだろう。あの子の何もかもが、戦うには向いていない」

 

「…………やっぱり、そう思うか」

 

「あの子は本来、その辺りの小さな花屋なんかで穏やかに生涯を終えるべき子供だ。小さな世界で、小さな幸せを周囲に振り撒いているような、そんな子供だ。……俺も一度は英雄としての役を担ってくれないかと考えたことはあるが、知れば知るほどに、それがあの子にとってどれほど重荷になるのかを理解した。あの子は英雄にはなれないよ。あの子がなれるのは本来、精々が一輪の花だ」

 

「……せやから、器に見合わないことをした報いを受けんとあかんってことか」

 

「!……そうか、ロキも知ったのか」

 

「ヘルメス、協力してくれ。……ここからなんとかして引っくり返す。ノアが手遅れにならんうちに、せめて少しでも可能性を作っておきたい」

 

「……ああ、分かってる。俺とて今日まで何の準備もしていなかった訳じゃない。食人花の件もあるが、ノアの件は俺が一番責任が重い。むしろこちらから頼みたいくらいだ」

 

 

……これはノアが恩恵を失うより少し前の会話。

 

ロキがノアの恩恵が消えたことに気付くのは、この直ぐ後。

 

手遅れにならないうちに、ではない。

 

彼等は既に、手遅れだったのだ。

 

誰もが思っているよりも早く、絶望は舞い降りた。


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