【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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48.悲○

狡いことをしたのなら。

しようとするのであれば。

 

代償を、支払わなければならない。

 

……それは別に誰が決めたことでもない。単に生きていくだけならば、罪悪感という感情程度で済む話。しかしそれが世界を相手にした場合は、そうはいかない。

時間を巻き戻すという禁断の行為。偶然とは言え、不死という本来あり得てはならない、生物としてのルールを逸脱したスキルを持ち。剰え、それ等を利用して本来手の届かない場所に手を掛け、一度観測されたはずの未来を改竄しようなどと。そんなことを神々の作り出したこの世界は、何の代償もなく許してはくれない。

 

故に、前者に関しては存在そのものの修正という形で、後者については魂魄への負荷の蓄積という形で代償が求められた。

 

時を司る神は言うだろう。それは当然の措置であると。

死を司る神は言うだろう。それは当然の代償であると。

 

そしてそれほどの代償がありながらも、走り続けた。

 

……であるならば。

両者は口を揃えて、全く同じことを言う筈だ。

 

お前は滅びるしかない、と。

 

仮に彼が過去の記憶を手放していたら。

仮に彼が不死のスキルに頼っていなかったら。

力を手に入れてしまっても、それを悪用しなかったら。

 

願いは叶わなかったかもしれないが、もしかしたら、死の運命からだけは逃れることは出来たかもしれない。世界に何の影響も齎すことのない、ただ一輪の花程度として生きるのなら、許してもらえたかもしれない。

 

けれど、そうはならなかった。

 

そうはならなかったから、こうなってしまったのだ。

 

 

「ロキ!!」

 

「アミッドさん!ノアさんは……!!」

 

 

「「………」」

 

24階層での死闘。

それは最終的には死者2名という規模を考えれば最低限というくらいの被害で終幕した。死者の2人はどちらもヘルメス・ファミリアの団員であり、団長であるアスフィを守るために殺されたキークスと、リヴェリアを守る最中に敵の大群の中に引き摺り込まれてしまったホセだけ。

 

その犠牲をヘルメス・ファミリアの団員達は悔やんではいたものの、しかし責めることはしなかった。あれが最善の手段であり、むしろ全滅の可能性すら十分にあったから。それも分かっていたことだから。

 

これは、その上での話。

 

 

「……恩恵が、刻めん」

 

「「「!!」」」

 

「もう、恩恵を刻める状況やない。無理矢理にしようとすれば、強引に接着させとる魂が今度こそ本当に砕け散る。……触れることすら、簡単には出来ん」

 

「そん、な……」

 

 

「身体の方も、酷い状態です……」

 

「アミッド……」

 

「肉体の劣化、とでも言うべきでしょうか。全身のあらゆる部分が少しずつ脆くなっていました。……そして、恩恵を失ったことをきっかけに、その劣化速度が急激に加速しています」

 

「ど、どうにか出来ないのですか!?」

 

「……少なくとも、私の魔法でも完治させることは不可能です。治癒することは可能ですが、治ったところから再び崩れ始めます。そして、劣化速度は今こうしている間にも速まり続けている……延命処置以外に、方法はありません」

 

「そんな……!!」

 

ディアンケヒト・ファミリアの治療院。

夜も深く、既に往来にも人が歩いていないような時間。

けれどその一室にだけは、多くの人間が集まっている。

ロキ・ファミリアからは、ロキ、リヴェリア、レフィーヤ、アイズ、アキの5人。ヘルメス・ファミリアからはヘルメスとアスフィの2人。そこにアミッドが加わり、話しているのは異様な恩恵消失を受け、今は治療院の一室で眠っている彼のことについて。

 

「……治療院への入院は当然として、既に余命宣告をせざるを得ない状況であることは、皆様に理解して貰わなければなりません」

 

「「「っ」」」

 

「よ、めい……」

 

 

 

「………………長くとも、半月」

 

 

「!?」

 

「半月!?」

 

「嘘だろう!?そこまで時間がないのか!?」

 

「本来であれば、3日で生存が困難になるような状態です。私が定期的に完全治癒を施したとして、諸々の事情を考慮しても半月が限度でしょう。……もちろん、外出の許可も出来ません」

 

「……………ぁ」

 

「ど、どうしてですか!?昨日までは、それこそ今日だって!いつもみたいに普通に!!」

 

「恩恵の消滅が、1番の原因です」

 

「!」

 

「……そういう、ことか」

 

「はい、元より神の恩恵を求めて重い病を患った患者がこのオラリオに訪れることはあります。大凡の理解はこれと同じです。……元より抱えていた劣化が、恩恵を失ったことで表面化した。つまり彼は元々、恩恵と不死のスキルが無ければ、3日で死に至るような状況であったということです」

 

「そん、な……」

 

「……他の病であっても、発症するまで前兆が殆ど無い場合もあります。運の悪いことに、今回もそういう病であったということです」

 

レフィーヤは、その場に崩れ落ちる。

違う、前兆が何もなかったということなど決して無かったから。だって彼は最近は定期的に咳をしていたし、そうでなくとも鼻の粘膜が脆くなって鼻血が止まらなくなるようなこともあった。数日の休息で急激に身体の動きが悪くなったり、とにかく異様なことが多くあった。

……だから。もっと、もっと早くに、アミッドに見せていれば。他の治療師ではなく、アミッドに見せていれば、それが事前に分かっていたかもしれないのだ。レフィーヤはそれが出来なかった。それこそ彼が、今回の探索を終えたらアミッドに診てもらうとも言っていたから、だから。

 

「本当に!本当に、方法はないんですか……!?」

 

「……少なくとも現状、治療の方法はありません。私には魂の治療方法までは分かりませんので、根本の原因がそこにある以上は」

 

「ヘルメス様!」

 

「…………悪い、アスフィ。こればかりは俺達でもどうしようもない」

 

今回の件で、団員が2人も死んだ。

それだけで十分だ、それだけで十分にお腹いっぱいだ。これ以上の不幸など必要ない。……それなのに、どうしてこうなる。ヘルメスでさえも諦めかけている状況に、アスフィは顔を歪めながら下唇を噛む。

彼はまだこれからだ、これから幸せになっていくのだ。アスフィは行きの会話の中で、それを理解して、それを実感出来て、安心した。……それなのに、その矢先に。なんだこれは。どうしてこうなる。どうしてこんな酷いことになる。

 

「剣、姫………っ」

 

そうして見た、彼女の表情は。

 

 

 

 

「リヴェリア、さま……」

 

「……戻らないのか、明日も早いだろう」

 

「……リヴェリア様こそ、遠征の準備はいいんですか」

 

「……そう、だな」

 

アミッドの言葉を聞いた後、それぞれは各々に自分の行くべき場所へと向かった。

レフィーヤは迷うことなく彼の病室に向かい、今もその隣で彼の手を握り続けている。ヘルメスはロキと共に治療院を出ると、足を揃えて何処かへ向けて歩いていく。アスフィは何とも言えない顔で本拠地に戻っていき、アイズは俯きながら覚束ない足取りで誰も居ない大通りをフラフラと歩いて行った。

……リヴェリアは、そんなアイズを止めることはしなかった。アキと共に部屋に残り、十数分、ただ言葉を交わすこともなく、立ち尽くしていた。今この瞬間まで。

 

「……何処で、間違えたんでしょう」

 

「……私にも、分からない」

 

「何をしたら、良かったんでしょう……」

 

「……分からないんだ、私にも」

 

あの時、無理矢理にでもLv.6になるのを諦めさせておけば良かったのか。それとも、彼にレフィーヤをあてがおうとしたこと自体が間違っていたのか。……どんな例えを出しても、それで事態が良くなっていた光景が思い浮かばない。なんならロキ・ファミリアに来た時点で、既に手遅れだったようにすら思えてしまう。けれどそこに自分達のミスがあったことも違いなくて。

 

「だから、私達は……」

 

「……?」

 

「……受け入れるしか、ないのか」

 

「……無理です、そんなの」

 

「……ああ」

 

「あの日から……あの日からずっと、私は夢に見てるんですよ?ノアが死んでしまった、前回の自分を」

 

「……」

 

「無理ですよ……もう、無理です。もう、なんか、ほんとうに……無理なんですよ。ずっと、ずっと泣きたいのに、泣けないんです。泣かないで、いつも通りに振る舞って。そんな自分が嫌いで、嫌になって、苦しくて……」

 

「アキ……」

 

「……増えるんですよ、人型の空白が」

 

「……」

 

「あの子の穴が出来て、それをずっと見ていたら。他の穴まで出来始めて。……どんどん、どんどん自分の身体にも穴が空いていくんです。堪えていた気持ちが、もう、堪えられなくなって。全部全部、壊してしまいたくなって、全部全部、投げ捨てたくなってしまって。……自分自身を、壊したくなってしまって」

 

「もう、いい」

 

「少しずつ、その時の自分に近付いてる気がする……あの時の自分が、怒ってる。どうしてこんなことになっているんだって。どうしてこんな風にしてしまったんだって。……どうして、どうしてどうしてどうして!!」

 

「もういい!!」

 

……アキは、レフィーヤと同じだ。

以前の自分の感情を引き継いでいる。今回のやり直しで、ノアを支えるために用意された1人。だからこそ、受けているダメージも人一倍に大きい。

リヴェリアはしゃがみ込み彼女を抱き寄せると、震える背中を撫でる。

 

……自分ですら、取り乱しそうになっている。前回の感情を引き継いでしまっている彼女がここまでになってしまうのは、当然のことと言える。リヴェリアですら分からないのだ。自分がこれからどうすればいいのか。彼のために何が出来るというのか。……自分はそもそも、償いをするべきなのかどうかも。何も分からないから、立ち止まっている。

 

「リヴェリアさま……わたし、どうしたら……」

 

「…………」

 

リヴェリアは答えない。

答えることが出来ない。

その答えを持ってはいないから。

 

……けれど。

 

「それ、は……?」

 

リヴェリアは取り出す。

 

自分の鞄の中に収まっていた。

 

一冊の、古びた日記を。

 

「……地上に戻って来た時。代わりに持ってやっていたアイズの鞄の中に、入っていたのを見つけた」

 

「アイズの……」

 

「書かれていた持ち主の名前は、ノアだがな」

 

「!!」

 

「……読んでみるか?アキ」

 

それは、本当に自分達が触れてもいいものなのか。それすら分からないままに、しかし2人は特に迷うこともなくそれを手に取った。……そこに、僅かでも希望を見出すために。明らかに自分達を地獄に叩き落とす要素でしかないそれを。まるで自罰するかのように。進んで。その身を。乗り出すように。

 

 

 

 

 

「それで?当てはあるのか、ロキ?」

 

「無い」

 

「……だろうな」

 

「せやけど、もうこれ以外に方法がない」

 

「……仮に見つかったとしても、可能性はゼロに近いけどな」

 

「ンなこと分かっとる!!……それでも」

 

真っ暗に染まったオラリオの通りを、2柱は歩いていく。目的地はない、ただ手当たり次第に歩くだけ。……けれど、もう単純にそれ以外の方法がない。それ以外に縋れる要素がない。

 

「ノアの元主神が水の神であることは分かったが、神1柱をここまで匿える場所には限りがある」

 

「……それが分からん。それらしい場所は、もう大体見回った。せやけど見つからんかった」

 

「俺としても魂の管理をしていた神に手当たり次第当たってみたが、流石に砕けた魂を戻せるような権能の持ち主は居なかった。……仮にそれほどの持ち主が居たとして、祭壇の構築に果たして何ヶ月かかるやら」

 

「それなら、やっぱり神力の使い方を聞き出すしかない。……1回だけでええんや、あと1回だけでも使えるなら」

 

「自分が犠牲になるつもりか?他の眷属はどうする?天界からの干渉はどうするつもりだ?」

 

「………」

 

「……まあ、必要なら俺がやるさ」

 

「……ええんか、自分」

 

「あの子の無茶を増長させたのは俺だからな。俺が何処かで止めていれば、もう少しマシに……なったかも、しれない」

 

「さあ、それもどうだかなぁ」

 

「少なくとも、お前がやるよりは下界への影響は少なく済むさ。取るべき責任くらいは取れるだけの男気はあるつもりだぜ」

 

運命を変える手段、それは2つ。

単純に運命を打ち破れる人間が事を成すか、神が世界に干渉をするかのどちらかである。つまりは、神の力を使えば運命を変えることは出来るはず。

……ノアの元主神は、恐らくそれを時間を戻し、ノアに不死性を与えるという方法で成そうとしたのではないだろうか?そして保険として、運命を打ち破ってくれる可能性のある人間達に、花飾り等でそのきっかけを保持させた。

だがそれでも無理だったというのなら、それだけでは足りなかったということだ。ならば更に他の力で上書きをしてやればいい。……もちろんそれは、天界で監視をしている時の神々と全面戦争を行うことに繋がるかもしれないが。それでも、そうだとしても……このまま壊れていく自分の眷属達を見るくらいならば。

 

 

「悪いがその話、私も混ぜて貰えないだろうか?」

 

 

「っ!」

 

「……………………アポロン?」

 

「久しぶりだな、ロキ、ヘルメス」

 

「……?」

 

それは本当に、珍しいというか。珍し過ぎて、思わず身構えるというか。こうして神だけで夜中に歩いているところに、いくらファミリアの拠点の近くを通りかかったからと言って、あのアポロンが少し息を切らす程度に走って来て、声を掛けに来るなんて。……それに、彼にしては妙に、あまりにも妙に、真剣な顔で。眷属の1人すらも、付けることなく。

 

「……何の用や、こんな時間に」

 

「その様子だと……偶然会った、って訳じゃないな。眷属に付けさせでもしたのか?」

 

「まあ、そんなところだ……ノア・ユニセラフが治療院に運ばれたと聞いたからな、君達が出て来るのを待っていた」

 

「……何が目的や」

 

神アポロン、彼の神としての評判は決して良いものではない。好みの眷属を見つけると戦争遊戯や小細工を仕掛け、強引に奪っていく。彼のファミリアの眷属にはそういった者が数多く居り、元々天界でもそれほど評判は良くなかったにも関わらず、下界に来て更に敵を増やしているような有様だ。それこそ暇を持て余している神々にとっては彼の大胆な行動は喜ばしいことなのかもしれないが、大切に眷属を育てている者達からすればたまったものではない。

 

「はぁ……最初に言っとくけどな。あの子に手を出そうとしとるんなら、ほんまにお前んとこ潰すぞ」

 

「……いや、それは誤解だ。確かに私は彼に興味を持ってはいるが、それは決して自分のものにしたいからではない」

 

「?どういうことだ」

 

「…………ロキ、ヘルメス」

 

 

 

「彼の主神は、誰だ……?」

 

 

 

「「!」」

 

「今の主神がロキであることは知っている、ならばその前は誰だ?その前の……つまりは、彼の恩恵の基礎を担っているのは。一体、誰によるものだ?」

 

「……お前」

 

彼にしては、あまりにも本気で物事を考えている表情。周囲に眷属の気配はなく、彼が本当に神同士だけで話すためにここに来たということが分かる。……そして、アポロンのその様子にヘルメスはなんとなく勘付いた。彼もまた同郷の神。つまりは、そう。

 

「アポロン……誰の存在を感じ取っている?」

 

「!」

 

「……そうか、やはり関わりがあるのか」

 

「なんか知っとるんか!?」

 

「いや、何も知らない。……だが、何も知らないからこそ、違和感を感じている」

 

つまりは、そう。

この神アポロンこそが、ロキとヘルメスが探し続けていた黒幕の神と関わりがあったということだ。それはそれこそ。

 

「ずっと……違和感が抜けない。私という存在から、致命的な何かが抜け落ちたような、そんな感覚が消えない。何のしがらみもなく往来を歩いているこの身が、何故かどうしようもなく受け入れられない」

 

「……何処まで思い出せる?アポロン」

 

「……女神だ、それだけは間違いない。そして私は間違いなく。過去に、その彼女に……酷い仕打ちを、している……」

 

「……恋愛事か?」

 

「恐らくな……」

 

「……」

 

また、恋愛かと。

神も人も、どうしてこの恋愛という感情にここまで振り回されてしまうのか。……本当に、この件について知れば知るほどに、関われば関わるほどに、恋愛というものが恐ろしくなる。それはリヴェリアだって本当に自分がこれと同じことをして相手を見つけられるのかと不安にもなるだろうし、ロキも苦い顔しか出来なくなる。

 

「……ウチ等は、今その女神を探しとるんや。このままやと、ノアが死ぬ」

 

「!!」

 

「……まあ、見つけたところで助けられるかは微妙なところだが」

 

「何か手掛かりはないんか?アポロン、なんでもええんや」

 

「……正直、手がかりはない。だが恐らく、私は他の誰よりも彼女の気配を感じることが出来る」

 

「というと?」

 

「ノア・ユニセラフを見た瞬間に、彼女との関係性を感じられた。……役には立てると思うが」

 

「なるほど……それは良い、丁度そういうのが欲しかったんだ。ロキもいいか?」

 

「ま、便利なのは間違いないしな。……今はなんでもええ、手掛かりが欲しい。あと半月、手伝って貰うで、アポロン」

 

「ああ、是非手伝わせて欲しい」

 

それはノアとは関係のない、彼の元主神である女神の悲恋と愛惜の話。決して終わった話ではなく、今も続いているはずの報われない恋の話。

……だから、きっと。

 

彼等2人は、似た者主従だったのだ。

どうしようもないくらいに、悲しい運命を持った。

 


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