【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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恋愛要素が増すので60話くらいまで続きます。


49.○○の本音

「ノアさん……」

 

ぎゅっと、彼の手を握る。

もう何度握ったかも覚えていないくらいに、何度も何度も握った手。それほどに握ることを許してくれた、彼の手。……けれど、どうしてか。今日ばかりはそんな彼の手が弱々しくて、小さくて、少し冷たい。

 

「まだ……まだ起きたら、駄目ですからね」

 

恩恵を失った。

 

余命宣告を受けた。

 

その事実は、きっとこんなにも泣きそうで胸が張り裂けそうな自分なんかよりも、それを聞いた時の彼本人の方がよっぽど苦しいに決まっている。……だから、起きて欲しくない。

起きて欲しいけれど、起きて欲しくない。何も知らないままに眠っていた方が、もしかしたら彼は幸せなんじゃないかと。そう、思ってしまうから。

 

「好きです……好きなんです……貴方のことが……」

 

どうしようもなく、どうしようもなく、好きになってしまった。好きで好きで、たまらなくなってしまった。この人のためなら、自分の全部を捧げてもいいと思えた。こんなことは初めてだった。

彼の声が好きで、言葉が好きで、優しさが好きで、笑顔が好きで、誠実さが好きで、必死さが好きで、愚直さが好きで、抜けてるところも好きで、好きで、好きで、好きに、なってしまって……

 

「なんで……どうして、貴方なんですか……もっと、もっと他に悪いことをした人なんて、いくらでも居るじゃないですか……」

 

どうして。こんなにも好きになった人を、奪われなくてはいけないのか。彼のして来たことは本当に、本当にこんな仕打ちを受けなければならないほどに悪いことだったのか。

確かに彼の直向きさに振り回されて来た人は居るけれど、きっと自分もそのうちの1人だったのだろうけど。だからと言って誰が彼のことを恨んでいる。誰もが彼の幸福を祈っているはずだ。そしてもうすぐ、もうすぐ彼は、その幸福を掴めていた筈なのに。どうして今になって、こんな酷いことをするのか。時を遡ったことだって、不死性を手に入れたことだって。

……それだって別に、彼自身が望んだ訳ではないのに。

 

「ある物を、使っただけじゃないですか……」

 

強力なスキルや魔法を使う自分達と、何が違うというのか。

 

「こんなに酷いことをするくらいなら……最初から、止めていれば良かったじゃないですか」

 

それは誰に対しての恨み言か。けれど、それを許してくれないのなら、最初から駄目だと言っておけばいいのに。

 

この人はすごい人だ。

レフィーヤはそれをよく知っている。

こんなにも頑張れる人はいない。

こんなにも我慢出来る人はいない。

こんなにも自分に厳しく出来る人はいない。

……人の命だって救って来た。罪なんて犯してもいない。力だって私利私欲のためだなんて、せいぜい自分の恋のためくらいにしか使っていない。この人は本当に最初からそれしか求めていなかった。

 

「どうにか、ならないんですか……」

 

今やレフィーヤよりも弱々しいその身体は、思いっきり力を入れてしまえば、たとえLv.3の魔道士の筋力であっても、その手を握り潰してしまうことができるだろう。それがどうしようもなく悲しく思う。

 

「なんでもしますから、助けてあげてください……お願いします……」

 

誰でも良いから。

どうやってもいいから。

彼だけは……彼だけでもどうにか、幸せに、出来ないのか……

 

 

 

「……レフィーヤ、さん?」

 

 

「っ!!……起きちゃったん、ですか?」

 

「…………泣いているん、ですか?」

 

「……えへへ、泣いちゃいました」

 

ああ、本当に酷い。

起きてしまった、起こしてしまった。

彼をこの辛い現実に、向き合わせてしまった。

少し考えれば、分かるはずなのに。こんな風に隣で泣いていたら、彼が気付かない筈がないのに。自分がこうして泣いていたら、彼はきっと起きて、その涙を拭ってくれるんだって。知っていた筈なのに。

 

「……もう。駄目、なんですね……わたし」

 

「そんな、ことは……」

 

「狡いこと、したので」

 

「っ」

 

「仕方ない、です……」

 

彼はレフィーヤの涙を指で拭いながら、優しい笑みを彼女に向ける。それは自分の全ての気持ちを抑え込んで、レフィーヤを慰めるためだけにつくった表情。

もう残っているのは左腕だけ。利き腕を失い、彼からは冒険者としてだけではなく、普通の人間としての残りの人生すら難しくなる。少なくとも残り僅かな余命の間に、その左腕を自由に動かせるようにはならないだろう。慣れて来た頃には、動かなくなる。

……そうでなくとも、彼は。

 

「レフィーヤさん……」

 

「は、い……」

 

「………ごめん、なさい」

 

「!!」

 

「わたし、レフィーヤさんを……また、泣かせて、しまいました……」

 

「そんなこと!」

 

「…………これから先も、泣かせて、しまう」

 

「っ!!」

 

「レフィーヤさんは、優しいので……ずっと笑顔で、居て欲しかった、のに……」

 

本当に申し訳なさそうに、彼はそう言う。

自分の死が近付いてきていることよりも、これまで必死に叶えようと努力して来た恋が報われないことよりも。何より今こうして、レフィーヤを泣かせてしまったことを謝罪する。

想いの深い彼女が、自分が死んでしまうことで、深く、そして長く悲しんでしまうことになることを……心から悔やんでいる。

 

「……好き、でした」

 

「!!」

 

「好きになって、しまいました……レフィーヤさんの、こと」

 

「……ほんと、ですか?」

 

「はい……だから、悩んでました」

 

「ど、どうして」

 

「だって、好きな人が、2人なんて……酷いじゃないですか」

 

「………………そう、ですね。酷いですよ、ノアさん……酷いです」

 

「……ごめんなさい」

 

「本当に……本当に……」

 

こんな風に、こんなところで、こんな状況で……こんなにも嬉しい気持ちにさせるなんて。本当に酷い。今はただ、目の前の大切な人の不幸を、素直に悲しませて欲しいのに。

 

「……魚館で。レフィーヤさんに、奪われてしまいました。『幸せになって欲しい』って。言ってくれた、レフィーヤさんに」

 

「……今でも、変わってません。私は貴方に、幸せに、なって……欲しかった、のに……」

 

「でも……レフィーヤさんは、幸せに、してくれました」

 

「っ」

 

「ずっと、私の隣に……居てくれました」

 

彼は微笑む。

 

「朝、起きると……レフィーヤさんが、居て」

 

「……はい」

 

「夜、寝る時も……眠るまで、話してくれて」

 

「……はい」

 

「毎日、可愛らしく。髪型も、変えてくれて……」

 

「……気付いて、いたんですか?」

 

「気付きます。……好きな人の、ことですから」

 

レフィーヤの頬を一雫。

彼の目からも、それは流れていた。

皮肉にもそれは、あの最も幸福だった一時と同じように。

互いのことを、想い合って。

 

「教えてください、レフィーヤさん。……わたしはあと、何日ですか?」

 

「…………アミッドさんは、半月って」

 

「……思っていたより、ありますね」

 

「全然、ないですよ……私は、もっと。もっと長く、貴方と……っ」

 

レフィーヤの涙を拭っていた彼の左手が、優しく自分の頬を撫でる。その撫で方は本当に弱々しくて、力が無くて。けれどいつもみたいに、とても優しくて。

 

「どうしたら……笑って、くれますか……?」

 

「っ」

 

「私のもの……全部、あげますから……」

 

「そんな、の……」

 

「もう、変な拘りも、意味ないですから……レフィーヤさんに、本当に。私の全てを、渡せます」

 

それは受け取り方によっては、本当に酷い言い方ではあるかもしれないけれど。むしろこういう状況になったからこそ、彼も吹っ切れることが出来たのかもしれない。

……だから、こんな風に何処かスッキリしたような顔で。けれど酷く悲しげな顔で、そんなことを言うんだ。彼は本当に、どうしようもなく。自分に残っている全てのものを、差し出せる状況になってしまったから。恥も外聞も、意味のない状況になってしまったから。後先のことなんて、考えることが間違っているくらいに。

 

「……それなら。今日からノアさんのお世話は、全部私がやります」

 

「……それは、むしろ」

 

「食事も、着替えも、身体を拭くのも、全部です」

 

「……」

 

「ずっと、ずっと……ここに居ます。最後の最後まで。貴方の、隣に」

 

「……いいんですか?私のことなんて、忘れた方が」

 

「忘れられるくらいなら!…‥そんな簡単に、忘れられるなら。とっくに」

 

「……ごめんなさい。馬鹿なことを、言いました」

 

「本当です……好きな人のこと、そんなに簡単に、忘れられる訳ないです」

 

「……本当に、ごめんなさい。そんなこと、私が一番、よくわかってる筈なのに」

 

分かっている、自分のためにそう言ってくれているのは。けれどそんなことは出来ないから、出来る筈がないから。悲しんで欲しくないと思ってくれているのかもしれないけれど、ここまで来たのなら、悲しませて欲しい。……悲しみたいのだ。仮にもう、どうしようもないとしても。最後の最後まで、付き添いたい。

 

「最後まで、側に居させてください」

 

「……はい」

 

「責任を取って、最後まで……私のこと、愛してください」

 

「……もう、こんな酷い男に、捕まっては、駄目ですよ?」

 

「大丈夫です……これ以上の男性なんて、見つけられそうにありませんから」

 

「それは少し、ご自分を、過小評価、しすぎです」

 

「……ノアさんにだけは、言われたくないですよ」

 

レフィーヤは立ち上がり、少し顔色の悪くなった彼の顔を覗き込むように身を乗り出す。なんとなく艶の落ちた気のする彼の長い髪を撫で、それでも綺麗な彼の頬に手を当てる。

 

……ゆっくりと、顔を近付ける。

 

それこそ、2人の鼻先が当たるほどまで。

 

でも、残り時間が少ないのなら。

もう何をするにも、早いなんてことはないから。

誰にも気にする必要なんてない。

彼女のために身を引く必要もない。

示したいのだ。

自分の本気を。

知って欲しいのだ。

自分の想いの丈を。

 

「……いいん、ですか?大事な物、ですよ?」

 

「だって、こうでもしないと……分かってくれないじゃないですか。取り返しなんか、もうつかないって」

 

「レフィーヤさんの、人生は、長いんですよ……?」

 

「そうかも、しれません。でも、だからこそ。だからこそ、私に良い思い出を下さい。……これから何十年も、大切に持っていられるような。そんな優しい、最高の思い出を」

 

直ぐ目の前にある彼の顔は、それまですごく申し訳なさそうに目線を逸らしていたけれど。レフィーヤのその言葉に、動揺したように瞳を揺らす。向き直る。

すると彼は、なんとなくそれを覚悟したように。

 

「……すごく、光栄です」

 

「本当ですか?」

 

「はい、とても」

 

「……それに、ノアさんは本当にいいんですか?勢いで、ここまで来ちゃいましたけど。本当は最初は私より、アイズさんの方がぅんみゅっ………???」

 

 

重なった。

 

 

「…………っ!?〜〜〜!!?!?!?」

 

 

「っふぅ……ふふ。貰っちゃい、ました」

 

「なっ!なっ!ななにゃにゃにゃっ!?!?」

 

「レフィーヤさんが、悪いです。そんなに可愛い、お顔を……近付けて」

 

「か、ぁ……ぇ、う……」

 

自分から迫っておいて。いざされてしまうと、こんな風に不意打ち気味にされてしまうと。流石にもう……

 

「こういう、時に……他の女性のこと、話したら、駄目です……」

 

「……それ、本来私が言う側だと思います」

 

「でも、気にしたら、駄目です」

 

「………」

 

「何も、考えないで」

 

「……はい」

 

頭に熱が上がっているからか、それとも単に睡眠不足だからか、若しくはこれが恋愛の魔力とでも言うのか。一度は驚いて距離を取ってしまったけれど。優しく差し出された手を取ってしまい、もう一度ゆっくりと顔を近付ける。

 

「一度で、いいんですか……?」

 

「……もっと、したいです」

 

「私もです」

 

彼は一体、今、何を考えているのだろう。

いくらこんな状況になってしまったからと言って。きっと、アイズに対する気持ちだって無くなっている訳ではないのに。それにこう言う状況になってしまって、彼女がどういう反応を示すのか、何よりそれを恐れている筈なのに。……それでもこうして、ちゃんと向き合ってくれるのは。こうして、自分にだけ向き合ってくれるのは。あの時のデートのことを思い出す。それは本当に、ただ自分のことを好きでいてくれるからなのか。それとも、自分に対する罪悪感がそうさせてしまっているのか。

 

「ん……」

 

そんな風に、色々なことを頭の中に巡らせていたというのに。いざこうして唇同士が触れ合うと、その柔らかさに一瞬で虜になってしまう。最初は触れるだけの、優しいそれを。そのまま何度も啄むようにキスをして、次第に舌先が絡み合い、吐息も唾液も混ざり合って溶け合っていく。

 

「っふぁ……はぁ……」

 

どれくらいそうしていただろう。息苦しさに耐えきれずに口を離すと、互いの口元を銀糸が繋いだ。それが何だかいやらしくて、艶かしくて、恥ずかしくて。少しの間、夢見心地に呆けていた意識が覚醒すると、思わず目を逸らして顔を離してしまう。

 

「んっ」

 

けれど彼はそんなレフィーヤを見つめながら、愛おしげな表情を浮かべて、一度握っていた手を離すと、親指の腹で彼女の濡れた唇をなぞった。それだけのことなのに腹の底から頭の上まで、妙な感覚が心を揺さぶりながら走っていく。

 

……ああ、駄目だ。

 

やっぱり私はこの人のことが好きだ。

 

それを自覚して、自覚してしまったからこそ、その痛々しい姿に、改めて苦しく思ってしまう。こんなにも幸福に満たされているのに、こんなにも好きで好きで堪らないのに。

 

「……ノアさんの"キス上手"。経験、あるんですか?」

 

「いいえ、初めてです。勉強は、しましたけど」

 

「勉強って……」

 

「とても、可愛らしかったですよ。レフィーヤさん」

 

「あうっ」

 

まだ口の中に彼の味が残っている。それを自覚してしまうと、途端に本当にしてしまったんだと理解してしまって。そしてあんな惚けた顔を見られてしまったのだと気付いてしまって、もう駄目だった。再び彼に握られた自分の手も気付かないうちに汗をかいてしまっていて、彼の患者衣の襟の部分にはどう考えてもさっきの時に落ちたであろう唾液の染みが付いてしまっているし……

 

「……なんとなく、涙の味、しましたね」

 

「それは、その……私達らしいというか」

 

「そう、ですね。私達、らしいです……」

 

本当に、思い返せば2人揃って泣いてばかり。喧嘩もしたことない癖に、ずっとずっと泣いている。それは最初のキスも涙の味がするだろう。……きっと、最後のキスも涙の味がするのだろうなと分かってしまうから、余計に辛い。

 

……死なないで欲しい。

 

生きていて欲しい。

 

これから先も、ずっと隣に居たい。

 

どれだけ涙を流しても良い。

 

どれだけ心を痛めても良いから。

 

繋いだこの手を、最後まで、離さないで居て欲しい。

 

 

「ん、しょ……」

 

「あ……お、起き上がるんですか?それなら私が……」

 

「いえ、場所を開けようかと……」

 

「場所……?」

 

「だって……ここに居て、くれるのでしょう?それなら、寝る場所も、必要ですし」

 

「さ、流石にそれだけは駄目です!……ほんと、必要になったら仮のベッドとか借りて来ますので。流石に治療中の方のベッドで寝ると言うのはよくないですよ」

 

「……………そう、ですか」

 

「あ、う…………っ」

 

それは卑怯だ、そんなのは卑怯だ。

お願いだからそんな寂しそうな顔をしないで欲しい。

……いや、それはレフィーヤだって本音を言えば入りたい。一緒に寝たいと思っている。しかし流石にそれは常識的にアウトというか、明日の朝に誰かに見られたら確実に叱られる案件というか……

 

「………まあ、それも余計な心配ですね」

 

「え?」

 

「いえ、もう誰に怒られてもいいかなって。それよりやっぱり、ノアさんの隣に居たいので」

 

「レフィーヤさん……」

 

「……その、実は汗を流してから結構時間が経っていまして。替えの服は、あるんですけど」

 

「気に、しませんよ」

 

「……せめて、着替えと消臭だけはさせて下さい。好きな人に、変なところを見せたくないですから」

 

「……ええ、分かりました」

 

別に、朝になって他の誰かに怒られたっていい。それよりも大切なことだから。こんな時間は、きっともう何回もないから。この人の側に居られる時間は、この人と一緒に眠れる時間は、後からでは絶対に、手に入らないものになってしまうから。

 

レフィーヤはその場で衣服を脱ぎ、簡単に身体を拭くと、持って来ていた寝巻きに着替える。彼はその間も目を覆ってくれていたけれど、今度からは見られても問題ない格好で来ようとレフィーヤは思った。出来る限り綺麗な姿を、彼には見ていて欲しいから。

 

「……駄目な私を、許して、ください」

 

「え……?」

 

「私は……本当に、何もかもが、中途半端で。結局、最後まで、何かを貫くことが、出来なかった」

 

「ノアさん……」

 

「……あと、半月で、いいですから……」

 

「……」

 

「私のこと……見捨て、ないで……」

 

彼の腹部に潜り込むようにしながら、顔の見えない彼の、そんな泣きそうな呟きを、耳に入れる。……きっと、それこそが彼の抱えている本音の1つなのだろうと。レフィーヤに最高の思い出をくれる男性ではなくて、ノア・ユニセラフ本人の本音なのだろうと。理解する。

 

「……見捨てる訳、ないじゃないですか」

 

「……」

 

「どんなにカッコ悪いところを見せられても。私は、あなたの隣に居ます」

 

「……ありがとう、レフィーヤさん」

 

ああ、泣かないで欲しい。

これ以上、辛い思いをしないで欲しい。

もう十分に、辛い思いをした人だから。

だからこれ以上、追い詰めないで欲しい。

こんな悲しいことを、彼に言わせないで。

 

もう彼の泣き顔は、見たくないから。

 

彼の心からの笑みを、見たかったから。

 

だから……どうか……

 

彼のことを、もう許してあげて欲しい。

 

罪があると言うのなら、私もそれを受け持つから。


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