【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
リヴェリアの元に食事の誘いが来たのは、あれから3月が経った頃のことだった。
あれ以来リヴェリアは何度か彼と話をする機会を見計らっていたが、聞こえてくる噂が噂。ダンジョンを裸に近い格好で血塗れになりながら歩いていたとか、大量のモンスターに襲われてもう助からないと見捨ててしまったが、何故か無傷で18階層まで上がって来たとか。もうなんかどうやってもヤバい話しか耳に入って来ない。それだけで会いに行くのは気が引けたというのに、少し勇気を出してヘルメス・ファミリアに立ち寄ってみたが、もう10日以上ダンジョンから帰って来ていないと平然と言われるのだ。先日の神会でレベル2に上がったことは聞いていたが、10日以上も帰って来ていないことを当たり前、いつものことのように話す団員達の様子の方がむしろ怖かったくらいだ。
そんな中で受けたこの食事の誘い。
てっきり誘いの中にアイズとの挨拶が含まれていたりしないかとも思ったが、しかし誘われたのはリヴェリア1人。それも届けに来た万能者(ペルセウス)が、彼が本当に自分に謝罪をしたいだけと言って来たのだから、まあ目的は本当なのだろう。それとなく聞いてみれば、エイナのところにも彼は謝罪をしに行っていたらしい。
…‥思っていた以上に律儀というか、生真面目で。むしろ謝るのはこちらのつもりであったのだが。
そして、そういう印象を持って挑んだ今日この日。招待された場所はオラリオでは最高級店というほどではないが、それでもレベル2の冒険者からしてみればそれなりに背伸びをしたような店。流石に普段のような服装ではなく、まあどこに行っても悪くは思われない服装にして来たとは言え、ここまで来ると少し大袈裟過ぎるようにも思えてしまう。
一体誰の何の思惑なのか、もしかすれば狙いはアイズではなく自分だったりするのか。もうなんかそんなことを考えてしまうくらいに訳が分からなくなりながら、リヴェリアは店の中へ入っていく。
「あ……こちらです、リヴェリアさん」
「え?あ、ああ…………………あ?」
入口から少し離れたテーブル。
静かな店内に入ってきた自分にかけてきた声は間違いなく3ヶ月前に言葉を交わした彼のもの。なんとなくその声に柔らかさというか、明るさというか、そういうものを感じて目を向けてみれば…………最初に感じた印象は。
【誰だ?】
「あ、ええと……ノア・ユニセラフで、間違いないだろうか?」
「はい、そうですよ。ふふ、やっぱり分かりませんでしたか?」
「わ、分からないも何も………3ヶ月でここまで変わるのか」
「はい、色々な方に教えを受けまして……あ、それよりどうぞおかけ下さい。先に注文を済ませてしまいましょう。とは言っても、決めるのは『魚かお肉か』程度のことですが」
本当に、こうしてまじまじと見ても以前に見た彼とは面影が殆ど一致しない。もちろん、顔のパーツなんかは彼の物だ。完全な別人とは言わないし、恐らく化粧なんかもしているのでより美人に見えているのだと思う。髪や背も伸びていることもきっと要因のひとつだ、成長期とは言っても3ヶ月でここまで伸びるのかというくらいに。
それに何より……
「……本当に、雰囲気が柔らかくなったな。以前のような刺々しさというか、見ていて心配になるような感覚がない」
「はい、あれから色々と考え直したんです。それにヘルメス・ファミリアの皆さんにも温かく迎えていただいて、色々な方とお話しする機会を頂けて……変わったと言って貰えるのは、私にとって1番嬉しいことです」
「そうか……それは良かった。ずっと気にしていたんだ、あの時の私は結局君の事情も考えずに偉そうなことを言うばかりだったからな。その節は本当に申し訳なかった」
「い、いえ!頭を上げてください!……最初に皆さんにご迷惑をおかけしてしまったのは私の方ですし、心配してくださったリヴェリアさんには感謝しかありません。それと謝罪を」
「………私?」
「あ、えっと……言葉遣いを見直していた時に、一人称を変えた方が良いと言われまして。いつまでも"僕"では子供っぽいと」
「そうか……しかし、髪の長さも相まってか、そう言われると女性に見えてしまうな。………ああ、いや!すまない。これは決して君を馬鹿にする意図をもって言ったわけではないんだ」
「ふふ、大丈夫ですよ。私は気にしていません。むしろ自分でもそうなるようにしているというか、こちらの方が受けが良かったのでこうしているだけです。男らしい格好が私には似合わなかったので」
「……そうでもないと思うが」
「……ありがとうございます。昔から妹のように扱われると言いますか、よく女装なんかもさせられていましたので。そう言って貰えるのは少し新鮮です」
一瞬その瞳に暗さが宿った気がしたが、彼は直ぐに笑みを戻して顔を上げる。そしてもう一度先日のことに謝罪をし合ったあと、互いに最近の近況について話をし始めた。まあほとんど初対面のような間柄、話せることなどそれくらいしかない。
「なるほど……色々と無茶をしていると聞いていたが、しっかりと勉強をしているようだな」
「はい。アスフィさんからも色々な本を貸して頂いて、なるべく多くの知識を取り入れるようにしています」
「やれやれ、その年齢でアイズよりもよっぽどしっかりしているな。あいつもそれくらい熱心にしてくれるといいんだが」
「ふふ、アイズさんはお勉強が嫌いなんですか?意外な弱点があるんですね」
「ああ、いつも私が無理矢理に引っ張って勉強をさせている。最近はむしろ落ち着いた方だ、最初の頃は本当に直ぐに逃げ出していたからな」
「でも分かります、勉強より戦闘をしていた方が夢中になれて楽なんですよね。勉強と違ってステータスの数字として成果も表れますし」
「そうだな、だが知識がなければ深い層に潜り始めてから苦労することになる。それが1人の責任で収まればいいが、仲間を巻き込むことになってからでは遅い。今から習慣付けておくことが大切だ」
勉強は大切、という初対面の人間とするにはあまりに堅過ぎる話を、2人は笑みを浮かべて続ける。しかしこの会話、リヴェリアとしては非常に感心できるものである。まだ11という歳でこれほどしっかりと話せるということも当然、勉強の大切さを理解して本人も真面目に取り組んでいるというところも好ましい。
彼は想像していたよりずっと人間としてリヴェリアにとって好ましい人間で、以前は引き取ることに抵抗感があったものの、今ではやはりあの認識は間違っていたと思い直し始めている。それこそ本当に、今も噂で聞く無茶をやめてくれれば文句はないくらい。
「……少し話は変わるが、君は今でも無茶なダンジョン探索を行なっているそうだな。それこそ10日も帰らないことが当たり前のような」
「えと、それは……」
「まあその、こういう説教のようなことを何の事情も知らない私のような人間がすべきではないということは、それこそ謝罪もしたし分かっているのだがな。しかしこうして話してみて、私は君のことを気に入り始めている。関わりを持った以上、死んで欲しくはない」
「リヴェリアさん……」
「せめて理由だけでも聞かせてくれないか?君のような利口な子が、何のためにそこまで必死になる?」
リヴェリアのその問いに、彼は一瞬口籠る。しかしそれをなんとか言葉にして吐き出そうと思考しているのは分かったので、リヴェリアは静かに彼を待った。
料理が運ばれてくる、時間はいくらでもある。
「……負けたくない人が居て、守りたい人が居るんです」
「……なるほど」
「欲しいものがあって、奪われたくないものがあって……逃したくないんです。絶対に手に入れたい、手に入れないといけない」
「手に入れないと、いけない……?」
「色々な物を無くしてしまった僕ですから、もしそれすら手に入れられないのなら……ダンジョンに潜るのは、それが理由です。何もしていないと怖くて、落ち着かなくて、鍛錬ならやっぱり数字という形で成果が見れるので」
「……つまり、君にとって力とはその大切なものを手に入れるための手段ということか」
「そうです。力がなくても手に入るなら、ダンジョンにも潜りません。……ですが、まず間違いなく必要なので」
「なるほど。アイズに近づこうとしたのも、あいつの強さの要因を知りたかったからか……」
「……………不純な気持ちで近付こうとしています。申し訳ありません」
「いや、不純でない者の方がこの世界には少ないくらいだろう。私もそうだ。それがあいつを傷付けるためであるならばまだしも、君はそういうことはしないだろう?」
「当然です、そんなことは絶対にしません」
「ならいい。それにうちには謀略策略に関しては他の追随を許さないような小人族もいる。それを頭に据えている時点で、君のそんな可愛らしい策略を否定するつもりなんてないさ」
リヴェリアは気付かない、その可愛らしい策の深さに。けれど彼女が言うように、それは確かに可愛らしい策だ。可愛らしい年頃らしい願いと、狙い。行き過ぎた想い故に少し不気味に思ってしまうだけで。彼は決して、害を与えるつもりなどないし、そんなこともしていない。
「しかし、君は何をそこまで追い求めているんだ?話を聞いた限りだと、時間は3年しかないということだが」
「……実際、3年というのも僕が勝手に思っているだけです。ただ、やはりそこが制限時間になると思います。そしてこのことを簡単に誰かにお話しすることも出来ません、お話ししたらその目的が果たせなくなってしまうので」
「なるほど……それなら仕方がないか」
「ですが、それとは別にリヴェリアさんとは仲良くさせていただきたいとは思っています。もちろん先程も言ったように強くなりたいという思いはありますが、こうしてお話をさせて頂いて、その……今後も仲良くしていきたいと思ったと言いますか……」
「……ふふ、これはもしかして口説かれているのか?」
「い、いえ!そういうわけでは!……あ、あれ、これだとむしろ失礼なのかな」
「くく、冗談だ。そんなに慌てなくていい。そう言って貰えると私も嬉しいからな」
前よりも背が伸びて子供のような雰囲気が減ったとは言え、やはり彼はまだまだ子供なのか、こちらのそんな冗談に真面目に反応しているその姿は素直に可愛らしいと思う。
……確かに彼のダンジョンに対するその姿勢はあまりに異質ではある。だがそれも、彼にとっては自己を守るための意識なのかもしれない。こうして話してみて、彼がそれのためになりふり構わず本当に必死になっているということは分かった。その他人には理解出来ない必死さ故に、その姿を見てしまった他者からは気味悪がられてしまい、ありもしない噂話を付け加えられてしまったりしたのだろう。
……だが、リヴェリアにそれを否定するつもりはない。夢のために必死になって生きている人間はよく知っている、彼はそれよりも余裕がないというだけだ。そのためなら本当に、死に物狂いになっているというだけで。
「……分かった。今後もこうして君と食事を共にする機会を作ろう」
「っ!ありがとうございます……!!」
「構わない。だが、今後はこのような高い店でなくていい。君はファミリアに稼ぎの半分を納めているのだろう、私はもっと適当な店で構わない」
「……分かりました。ただ、やはり庶民的なお店は避けさせてください。他のファミリアの人間である私と定期的に会っているというのは良い噂話にはならないでしょうし、目も引きますから」
「分かった、だが支払いは任せてくれ。いくら男性とは言え、子供に奢られるというのは落ち着かない」
「その、それだとなんだか私が高いご飯を集っているような……ただでさえ時間を割いて貰っているのに」
「それこそ気にし過ぎだ、子供があまり多くを考えなくていい。私がそうしたいからしているだけだ」
「……やっぱりカッコいいですね、大人の人って」
「ふっ、君なら私よりもっと格好の良い大人になれるさ。その時は今の私のように、後進の者達に手を差し伸べればいい」
ヘルメス然り、リヴェリア然り、そういう懐の広さと考え方の深さがカッコいいのだと。ノアは思う。
その後は本当に他愛のない話をしながら食事を楽しみ、僕達は店の前で分かれた。彼女の背中を静かに見送り、僕は大きく息を吐く。先に代金を払っていたとは言え、最後まで申し訳なさそうな顔を彼女はしていたが、むしろ僕からしてみれば本当に感謝しかない。
本当に自分の思い通りに話が進んだ。
しっかりと仲を深めることが出来た。
そして好印象を持ってもらえた。
……本当に優しい人だと思う。
巻き戻る前のことは記憶の中に今では薄らとしか残っていないが、それでも彼女には気に掛けてもらえていた記憶がある。アイズさんが慕うのも当然だ、そして数多のエルフ達が彼女を大きく持ち上げるのもまた当然。
そして同時に、自分の努力はやはり間違っていないということにも確信出来た。自分の雰囲気を変えるために言葉遣いから立ち振る舞い、視線の動きや表情、そして感情の動きまで徹底的に意識した。そういうことを学んで実践した。
端的に言えば、オラリオのとある花屋で働いていた女性と仲を深め、彼女の動きや仕草を完全に真似したのだ。言葉遣いや心の動き、考え方まで。つまりずっと成り切っている。そしてそれは今日見事に成功した。アイズ・ヴァレンシュタインにとって最も身近にいるリヴェリア・リヨス・アールヴにここまでの好印象を持ってもらうことが出来た。
だからもう迷わなくても良い。
この人格で自分を塗り潰す。
そうすれば後はこの彼女に対する強い執着を隠すだけで完成だ。そこまで完璧に作り替えるにはもう少し時間はかかるだろうが、やはり成果を得られたというのが大きい。穏やかな笑みを浮かべたまま、自分も拠点に向けて歩き出す。
「最初の感じだと、やっぱりダンジョン内での私の悪い噂が多少なりとも広がっているみたいですね。今後はもっと気をつけないと。……あと2回程度ダンジョンに潜ればレベルは上がると思いますが、やはりステータスが上がるほど伸びは悪くなりますからね。小部屋なんかを見つけてそこに籠りましょうか、食料と物資を大量に持ち込んで。……キラーアントみたいに仲間を大量に呼ぶ性質のあるモンスターがもっと居るといいんですけど。ままなりませんね」
帰ったら直ぐに準備をしてダンジョンへ行く。睡眠を取ったり休息を取るつもりなど一切無い。どうせダンジョンへ行けば嫌でも睡眠を取ることが出来るのだから。
……良い加減に痛みにも慣れてきた、ダンジョンの中で気絶をしながら眠ることにも慣れて来た。そしてこの生活にも。だが今の努力で満足していてはいけない、もっともっと自分を追い詰めないと。もっともっと効率を良くしないと。
「ああ、また表情が……これからはリヴェリアさんとの交友もあるんだから。本当に眠ってる暇なんてない」
ああ、本当に嬉しい。
努力が身を成している。
早くアイズさんに会いたい。
早くアイズさんに見て欲しい。
そんな我儘な気持ちは当然強くあるけれど、今はそれも心の奥に無理矢理に封じ込めて、リヴェリアさんの信用を勝ち取る。そしてゆっくりとアイズさんへと繋げていく。ここだけは時間がないからと急いではいけない。ゆっくりじっくりと深めていき、刷り込んでいかなければならない。そしてベル・クラネルが現れる前に、引き返せないところまで持っていかなくては。彼女の心を、繋ぎ止めなければ。
「………今の僕なら、直接想いを伝えれば受け止めてくれますか?前みたいに、受け流したりしませんか?アイズさん」
私も好きだよ、なんて。
そんな言葉で受け流したりされないだろうか。
子供同然だった容姿を変えた、今であれば。