【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

50 / 60
50.○○の押し付け

それはノアが治療院に入院することになった次の朝のこと。

場所はギルド。冒険者とその担当職員。2人は今日もいつものように空き部屋に入り、沢山の本を広げて、ダンジョンに関する勉強を……している訳では、なかった。

 

「え……って言うことは、あの人が!?」

 

「……うん、ノア・ユニセラフ氏。前にベル君にお話しした、君と同い年の冒険者」

 

リリルカ・アーデの件が落ち着き、ギルドにエイナへのお礼を言いに来たベル。しかしそこでエイナから聞かされた話は、彼にとってはあまりにも予想外なことだった。

 

「で、でも!あの人は女性で、年上に……」

 

「……見えるでしょう?けど私が最初に会った時は、本当にただの小さな男の子だったの。それが3年のうちに見違えるように成長して、容姿も整えて」

 

「ということは、本当に……?」

 

「うん、彼は男性。ロキ・ファミリアのLv.6、"迷異姫"と呼ばれてる第1級冒険者」

 

「……全然、気付きませんでした」

 

ベルがずっとずっと知りたいと思っていた、ノア・ユニセラフという冒険者。自分と同い年で、同じようにアイズ・ヴァレンシュタインを好きになって、自分よりも先にその努力を始めていた人。

まさかその人物と既に知り合っていただなんて、ベルは夢にも思わなかった。それも間接的とは言え2度も助けられて、助言なんかもされて、ベルとしては名前を知る前から凄く気になっていた人で。

 

「それと……これは、もしかしたらなんだけど……」

 

「は、はい……」

 

「もうあの2人は、そういう関係かもしれなくて……」

 

「………え?」

 

ベルの心が揺れる。

 

「確証はないの、本当に私の想像なんだけど……なんとなく、そういう雰囲気があったって言うか……」

 

「……アイズさんと、ノアさんが……」

 

「まあ、その、私としてはベル君の応援をしてあげたかったんだけど……彼が死に物狂いで努力してたことも知ってるから。もしそうだとしても、おかしくないかなって……」

 

「……そう、なんですか」

 

それは本当に、ただのエイナの予想ではあるけれど。しかし確かにベルが彼に会った時は、どちらも彼はアイズと共に居たようなことを言っていた。もしかしたら単純に友人関係ということもあるかもしれないが、しかし仮にも男と女。普通に考えれば、そういう関係であると考えられるだろう。何せ年頃の男女なのだから。ノアの方が明確にアイズのことが好きな以上は、そういうことが無いという方がむしろおかしいくらいで……

 

「……エイナさん、ノアさんに会うことって出来ますか?」

 

「…………それが」

 

「え?」

 

「彼は、その、昨日ベル君を助けた後に……24階層で大怪我をしてね」

 

「お、大怪我!?」

 

「うん、右腕を無くしたの。今は治療院で入院してる」

 

「そ、そんな……」

 

「……もしかしたら、冒険者もやめるかもしれないって。もう戦える状態じゃないみたい」

 

「!?」

 

それは果たして、どれほどの怪我をしたと言うのだろう。右腕を失う、それだけでもベルには想像も出来ないほどに恐ろしい。しかし冒険者までやめるということは、それ以外にももっと酷い怪我をしたということだ。

……仮にも知っている相手。しかも自分のことを助けてくれて、リリの荷物も取り返してくれて、色々な忠告もしてくれて。それがたとえ恋のライバルであったとしても、恩のある人だ。彼がなんと言ったとしても、少なくともベルは彼に恩を感じている。仲良くなりたいとさえ思っている。

 

「……エイナさん」

 

「?」

 

「僕、ノアさんにお礼を言いに行きたいです」

 

「!」

 

あの人はもしかしたら、また溜息を吐くかもしれないけれど。他人を気にしている暇があるのなら、自分の人生を生きろと。そう言うのかもしれないけれど。……それでも。

 

(僕はあの人と、話してみたいんだ)

 

自分より先を走っていた人が、何を思い、どんな人生を歩んで来たのか。それは本当に単純な興味で、聞くべきことではないのかもしれないけれど。もう2度と会うことはない、なんてあの言葉を。本当のものにはしたくなかった。

 

 

 

 

「……思っていたよりも元気そうだな。少し安心した」

 

「そう、ですか?実は、今はあんまり……身体、動かせないん、ですけど」

 

「……そうか」

 

ベッドに身体を持ち上げられて、力なく背を預け、本当にしおらしくなってしまったような彼に向き合うと、表には出さないように懸命に努力しているこの感情が途端に暴れ出しそうになってしまう。

……リヴェリアは昨夜、殆ど眠ることは出来なかった。あの日記を共に読んだアキは、ここには居ない。彼女はもしかすれば何かを思い出してしまったのかもしれないし、少なくとも今はノアの前に顔を出せる精神状態ではなかったから。

あれを読む前と今では、リヴェリアですら、これまでと彼の見方が変わってしまう。

 

「何か欲しいものはあるか?……ある程度のことなら用意出来るが」

 

「いえ、特には。食べ物も、制限を受けて、いますし。……お洒落も、もう、意味ない、ですから」

 

「……そんなことはない。容姿を整えることは、お前の心を強くする。少し待て、髪の手入れをしてやろう」

 

「……ありがとう、ございます」

 

言葉を発するにも、以前のようにスラスラと口から出ることは無くなってなってしまって。少し息苦しそうに、絞り出すように話すようになった。アミッドの回復魔法を受けた直後は楽そうになるが、ある程度の時間が経つと、こうしてやはり辛そうにしている。きっと治療前の今の時間が彼にとっては一番苦しい。

アミッド曰く、これから回復魔法の間隔を少しずつ早めていくことになるのだとか。今は日に2回程度で、万能薬でも代替になるそれも、半月もすればどうにもならなくなる。身体の劣化は、止まらない。

 

「っ、これは……髪も、劣化しているのか」

 

「……みたい、です」

 

「苦しく、ないのか……?」

 

「……実は、割と」

 

「……そうか」

 

彼の髪を手に取った瞬間に、リヴェリアはその酷さを理解する。あれほど綺麗に整えていた彼の髪は今では本当に脆くなっていて、よくよく見てみれば彼自身も最低限の化粧をしている。……きっと、相手に体調の悪さを悟られないように、わざと隠しているのだろう。

痛くないはずがない、苦しくないはずがない。それは単に彼が苦痛になれているから、何事もない顔をしているだけだ。

 

「……私の前でくらい、弱音を吐け」

 

「……リヴェリア、さん」

 

「レフィーヤと、アイズの前では……お前は強がるだろう。だが今は私しかここには居ない。苦しい時に、辛い時に、我慢をするな」

 

「……」

 

「ずっと聞いてやっていただろう?何を今更躊躇する必要がある?……大丈夫だ。何を言おうとも、私はお前を見捨てたりはしない」

 

「……はい」

 

あの日記を見て、改めて感じた。そう言えば彼はアイズよりも2つも年下だったなと。単に生きている時間だけでいれば、それよりいくつか年上なのだろうけれども。しかしその記憶も消えた以上、というかリヴェリアからしてみれば、本当に子供であることに変わりはない。容姿が大人びているから、今回の彼は大人びてしまったから、なんとなく子供扱いし辛かっただけで。

 

「あの……お願い、が、あって……」

 

「言ってみろ」

 

「……手を、握って、欲しいです」

 

「?……それくらいなら構わないが。どうした、レフィーヤが居なくなって寂しくなったか?」

 

 

「………怖く、て」

 

 

「っ」

 

きっとそれが。今の彼が抱えている、どうしようもない本音。

 

「え、えへへ……ご、めんなさい。情け、ないんです、けど」

 

「……そんなことはない」

 

「おかしい、ですよね。あんな、無茶ばかり、してきた、のに……今更。死ぬのが、怖い、なんて……」

 

「そんなことは、ない」

 

「……リヴェリア、さん」

 

「ああ……」

 

「…………死にたく、ないです」

 

「………ああ」

 

俯きながら子供のように泣き始める彼のそんな姿は、きっとレフィーヤもアイズも見ることはないだろう。そういう子だ。好きな相手の前では、こういう姿を見せたくないと、そう思ってしまう子だ。でも、そんなに強い子でもないから……徹底することが出来ずに、こうやって漏らしてしまうような、普通の子だ。

 

「……私が、悪いって、分かってます。ヘルメス様や、ロキ様の、忠告も、聞かずに……」

 

「そんなことはない……」

 

「ずるいこと、して……レベル、上げて……色んな人に、迷惑、かけて……」

 

「……誰も、お前に怒ってなどいない」

 

「結局、こうして、死ぬのなら……私は、本当に、迷惑をかけた、だけで……」

 

「それは違う」

 

「私なんか、居なかった方が……」

 

「お前のおかげで、アイズは成長した。レフィーヤもだ。……全て、お前の成したことだ」

 

「……でも。悲しませて、しまいます」

 

「…………」

 

「死にたく、ない……死にたくない、です……」

 

「…………」

 

「これから、なのに……これからだと、思ったのに……」

 

「あぁ……」

 

「怖い、です……死ぬのは……こんなことに、なるなんて、分かって、いたら……」

 

「っ」

 

「…………あぁ、馬鹿ですね。多分、分かっていても……私は、同じことしてたと、思います」

 

「ノア……」

 

「だって、そうでもしないと……アイズさんに、見て、貰えなかった、から……」

 

「……」

 

「何もない、私は……こんなずるを、しないと……ここにすら、来れなかった、から……」

 

才能のない彼は、それでも、精神力だけはあったから。単に細かな努力を健気に続けて、レベルを上げるという行為に関しては。きっと適性があったのだろう。

しかし過去の彼の日記を見れば、分かる。それだけではアイズに振り向いて貰うには間に合わないのだと。……ベル・クラネルという、彼よりよっぽど成長速度の速い少年が現れてしまうから。

だから、彼の言う通りなのだ。

こうでもしなければ、アイズは振り向いてくれなかった。自分の命を前借りして、多くのズルを使わなければ、今この場にも立てなかった。ここに彼が立てていること自体が、本来であれば、あり得ないことで。

 

「まだ、死ねない。死にたく、ない。…………死ぬのが、怖い」

 

「……大丈夫だ」

 

「もう……死にたく、ない……」

 

「っ!」

 

果たして……今の彼に以前の記憶は残っているのだろうか。けれどリヴェリアはもう、残っていないで欲しいと思わざるを得ない。忘れていて欲しいと願いたい。

だって、こうして生きていて、2度も死ぬ経験をするなんて。それはとても辛いことだ。それは恐ろしくなっても仕方のないことだ。その分の恩恵は、2度目の生として、彼は確かに受けたのかもしれないけれど。それでも。

 

「…………ふふ。ごめん、なさい。好き勝手、話して、しまいました」

 

「……言えと言ったのは私だ」

 

「情けない、です……」

 

「誰でも、死ぬのは怖い。それがこんな風に、蝕まれていくような死であるのなら……怖くない方がおかしいくらいだ」

 

「……レフィーヤさんにも、甘えてしまいました」

 

「……あいつは喜んだだろう」

 

「1人で眠るのが、怖くて……あと何回、眠れるのか……考えたら……」

 

「……大丈夫だ、お前を1人にはさせない。レフィーヤは可能な限りお前の側に居るだろう。そうでない時は、私が来てやる」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「手だって、握っていてやる」

 

「……これだけは、右手が無くなって、残念です」

 

「そうだな、寂しいだろう」

 

「はい……」

 

優しく頭を撫でてやると、少し嬉しそうに笑う彼は、もう本当に子供にしか見えなくて。ああ、そう言えばこの子には保護者と呼べる存在が今は居なかったことを思い出す。だから大人ぶっていたのかと、思うくらいで。だから自分のことを頼ってくれていたのかもしれないと、今更思って。

 

……分かっているとも。

その失った右腕に、いつもそこを占領していた馬鹿娘が、未だに昨晩から帰って来ていないことも。だから彼も、右腕と同じように、恩恵を失ったと同時に、彼女も失ってしまったのだと、そう考えていることも。

 

……けれど、大丈夫だ。

確かに、もう時間がないというのに何をしているんだと叱りたくはなるが。あの子ももう、そこまで救いようのないことはしない。少なくともリヴェリアはそう信じている。

 

 

「……?」

 

 

 

 

扉が叩かれる。

 

 

 

 

 

「?はい、どなたでしょう」

 

 

その馬鹿娘が、ようやく来たのかと。

 

そう思った。

 

 

「す、すみません!ベル、ベル・クラネルと言います!入ってもいいでしょうか……?」

 

 

「「っ!?」」

 

ただ、残念ながら。

そうして現れたのは決して彼が求めていた人物ではなく。むしろこのまま会わずに終わりたかったとも言ってもいいような人物であったけれど。

 

 

 

 

 

……静寂。

それは治療院には似つかわしい状況。

しかし緊張。

そこに漂う雰囲気は、残念ながら。

それほど似つかわしいものではない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……はぁ。何処で、嗅ぎつけて、きたんですか?」

 

「っ、すみません……エイナさんから聞いて、居ても立っても居られなくなって……」

 

「……まあ、いいです。貴方のことも、決着、つけないと、ですし」

 

「決着……?」

 

ノアのお願いもあって、リヴェリアは一度部屋を出ているので、ここには今2人しか居ない。しかし部屋に入って来たベルが驚いたのは、あまりにもあまりな彼女……いや、彼の様子。

右腕を失ったのは知っていたが、それどころではない。端的に言えば、以前まであった存在感のようなものが酷く気薄になっている気がしたのだ。以前のようなクールでぶっきらぼうな女性から、儚く萎れた女性へという感じに。それでもまだ女性にしか見えないのは、ベルとしては素直に凄いと思うしかないが。

 

「……私のこと、どこまで?」

 

「えっと……ノアさん、ですよね。僕と同い年の、男性の冒険者で」

 

「そう、ですね……」

 

「あの、大丈夫ですか……?」

 

「はぁ……すみません。少し、今日は、話し過ぎて……」

 

「ご、ごご、ごめんなさい!あの、また後日に出直します!!」

 

「いえ、いいです……貴方と、会うのは。これきりに、したいので」

 

「は、はい……」

 

なんとなく気付いてはいたけれど、やはり自分は彼に少しばかり嫌われているらしい。それは素直にベルとしてもショックなことではあったけれど、しかしそれでも完全に拒絶をされないだけマシか。こうして今日はしっかりと話してくれるのだし、以前に自分を助けてくれたこともまた事実。

 

「あ、あの……冒険者を、やめるって……」

 

「続けられ、ないです。治らない、ので……」

 

「そ、そんなに酷いんですか……?」

 

「……ベル」

 

「は、はい」

 

「……好きな人は、居ますか?」

 

「っ!!」

 

「私は、居ますよ」

 

「…………僕も、居ます」

 

「そう、ですか……」

 

ベルの頭を、先程のエイナの言葉が過ぎる。

彼とアイズが、既にそういう関係になっているのではないかということ。もしかすればこの人は、自分が同じように彼女を好きになってしまったことを、気付いているかもしれない。誰かに聞かされているのかもしれない。それこそエイナなんかから、自分と同じように、聞いてしまっているのかもしれない。

……もしそうなら、彼が自分になんとなく素っ気ないのも。

 

「ベル」

 

「は、はい」

 

「……私の、命は……あと、半月です」

 

「!?」

 

「どうしようも、ありません」

 

「ど、どうして!?だって冒険者は、眷属は……それにレベル6だって……!」

 

「無茶を、しました。レベルを、上げるために」

 

「っ」

 

「その、報いです」

 

「そんな……」

 

「………ふぅ」

 

言葉を口にするにも、この時間帯の身体は疲労する。だがそれでも、もうこうして会ってしまったのなら、しっかりと向き合わなければならない。もうその機会も、きっと、2度とはないだろうから。

 

「……剣を、学びなさい」

 

「え?」

 

「恐らく、必要に……っ、なる」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫、です…………っ、誰にでも、構いません。強い、人に……剣を、学びなさい」

 

「……学ぶ」

 

「…………豊穣の、女主人」

 

「!」

 

「そこの、エルフが……貴方になら、きっと……ごほっ、ごほっ」

 

「っ!?い、いま治療師の人達を……!」

 

「必要、ないです」

 

「でも!!」

 

「……いいから、聞きなさい」

 

「は、はい……」

 

ノアは必死に思い返す。

目の前の少年を見て、それをきっかけに戻り始める以前の記憶。それを必死に探り起こして、彼のためになる情報を。探り出す。

 

これから彼はミノタウロスと戦うことになる。

 

しかし今回はきっと、アイズは彼に稽古を付けてくれないかもしれない。……だから、記憶の中に、何処かで、ダンジョンの何処かで、彼と共に居た、あのエルフの女性のことを、話す。

前回の情報を再び思い出すということは、つまりはまた魂に修正力を受けてしまうということ。それは今のノアにとっては、あまりにも危険なことだ。だがそうしなければ、ベルはミノタウロスには勝てないから。ここまで色々なことを変えてしまった責任くらいは、取らなければならない。

 

「貴方なら……勝てます……」

 

「な、何にですか……?」

 

「……運命に」

 

「運命……」

 

「私は、負けて、しまったけど……」

 

「そんな……」

 

「……諦めないで、続けなさい」

 

「っ」

 

「私が、死んだら……アイズさんの、こと……」

 

「……分かり、ました」

 

「……素直で、いい子、です」

 

もう、それで良かった。

自分がこんな中途半端なことをしてしまったせいで、彼女の残りの生涯が、孤独なものになってしまわないのなら。別に、運命に屈したっていい。

 

「………」

 

「え?……こ、これですか?」

 

最後に、ノアはもう言葉を出すこともせず、ただ自分の鞄に指をさす。それを見てベルは慌てて立ち上がり、彼の指し示したそれを手に取るが。そうしてノアが最後に彼に与えようとしたものは、特別ではあったけれど、しかしそれほど特別なものでもなく……

 

「こ、これって……エリクサー?」

 

「……」

 

「こ、こんなの貰え……」

 

「……」

 

「………いえ。あ、の。ありがとう、ございます」

 

「……」

 

それはノアがずっと自分の鞄の中に入れていた、自分以外の誰かに使うためのもの。右腕が飛んだ時も、苦痛に喘いでいた時も、これだけは他者のために使うと心に決めていた。

だって自分には不死のスキルがあり、なにより、救いたい人がいたから。助けると約束した人が居たから。だからこれも最後には……自分ではなく、他の誰かのために。食人花に襲われた時に、容器に傷が付いてしまったが。効果に問題はないはずだから。

 

「……」

 

「……また、会いに来ても。いいですか?」

 

「……」

 

「っ……そう、ですか……」

 

「……」

 

 

「……頑張、れ」

 

 

「!!」

 

きっともう、2度と会うことはない。

それは来世を含めても。

ノアにとっては、他の誰とも、こうして別れたら2度と出会うことはなくなってしまう。どんな奇跡が起きたとしても、それだけは実現することはない。

 

……だからだろうか。

最後の最後に、彼がベル・クラネルに対して。

ようやく、自然な笑みを向けることが出来たのは。

本当に初めて、心から応援をすることが出来たのは。

 

「……ありがとう、ございました」

 

「……」

 

下唇を強く噛み締めながら、ベルは最後にもう一度だけ頭を下げ、部屋から出て行く。自分がここにいることが、彼にとって負担になってしまうと。そう感じた。

自分がどうこう出来ることでもない。

治療師でもないのだから、彼を助けられる筈もない。

ベルはただ、最初から最後まで、与えられるだけだ。ベルの方から何かを返すことはできないし、返せるものは何もない。ただその背中に、新しく願いを乗せて行くだけだ。

 

だからベルは、ただ彼に言われた通りに、頑張り続ける。懸命に努力し続ける。彼に託されたものを、彼に託された思いを。絶対に無駄にすることのないように。

 

「がん、ばれ……」

 

自分が滅茶苦茶にしてしまった何もかもを。

全部、後始末を押し付けてしまうけれど。

 

それでも……きっと彼なら。

 

やってくれるから。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。