【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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51.妖○挑発

日が沈んだ。

日は登った。

そしたらまた自分を通り越して。

それはまた今、赤く色を変えながら世界の向こう側へと落ちようとしている。

 

嘘つき

 

そんな言葉が、出そうになった。

 

嘘つき、嘘つき、嘘つき

 

って、言ってしまいそうになった。

 

だからここに逃げて来て、動けないでいる。

 

心の中の自分がずっとそう言っているから。

 

彼のところにも、顔を出せないでいる。

 

……もう、時間がないというのに。

 

また自分はこうして、時間を無駄に浪費している。そうして最後には、後悔をするのだろうに。どうして残り少ない彼との時間を、こんな風に浪費してしまったのかと。

 

そんなことは、わかっているのに。

 

「ノアの、嘘つき……」

 

ずっと側に居てくれるって言ったのに。

ずっと助けてくれるって言ったのに。

もう1人にはしないって、そう言って……

 

「……わたしの、せいだ」

 

何も知らなかった。

今日この日まで、本当に、何も。

 

ノアの魂がボロボロだなんて。

不死のスキルを持っているだなんて。

それを使ってレベルを上げていたなんて。

 

あの場で聞かされるまで、アイズは本当に何も知らなかった。

 

でも、どうして彼がそんな状態になってしまったのか。どうしてそんな状態になるまで頑張ってしまったのかは、今のアイズになら分かる。

 

『雑魚じゃアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇんだ!!そんな奴はそもそも必要とされてねぇ!!』

 

いつだったか、ベートが言っていたその言葉を思い返す。アイズはそれを否定しなかった、だってそう思っていたから。ノアを受け入れることが出来たのも、彼が単に強かったからだ。自分を守ってくれるくらいの、力が彼にはあったからだ。

……自分を好きだと言ってくれた彼は、きっと分かっていたんだろう。強くならなければ、見ても貰えないのだと。だからあんな無茶をした。

 

「でも……だって……」

 

自分の英雄が、欲しかったから……

 

誰かに、助けて欲しかったから……

 

それは今でも変わっていない。

 

だから彼に24階層に行く前に立ち止まっていた自分を抱き上げて貰った時、自分が本当に助けてくれる人を得られたのだと思って、物語のお姫様のように扱ってくれる人が出来たのだと思って、嬉しくて、ドキドキとした。目の前の人がすごくすごく、かっこよく見えた。

 

「やっと……好きって気持ちが、分かったのに……」

 

遅かった、遅過ぎた。

何もかもが間に合っていなかった。

ノアを連れ出すべきではなかった。

自分の我儘に付き合わせるべきではなかった。

 

それ以前に……彼のしていた無茶を、あの異常な成長速度を、自分はもっと不思議に思うべきだったのだ。最近の彼の不調のことにも、もっと、もっと……レフィーヤに任せきりにしてしまうのではなくて、自分でも。

 

「……好き、なのに」

 

 

「好きに、なれたのに……」

 

 

「遅いよ……今更……」

 

こんなことなら、好きになんてならなければ良かった。

……そう、思うことが出来ないのだから不思議だ。

どうしてもっと早く好きになれなかったのかと、自分を恨むことは出来るのに。好きになったこと自体を間違いだったとは、思えない。

ただ自分だけの英雄が欲しいと思っていたのに、今は英雄でなくても良いと思っている。英雄ではなく彼に居て欲しいと思っている。側に居て欲しいのではなく、何処にも行かないで欲しいと……そう思えている。

 

「死なないで……」

 

もう、我儘は言わないから。

強くなんてなくてもいいから。

戦ったりしなくてもいいから。

ただそこに居てくれるだけでいいから。

 

……それだけで、いいから。

 

 

 

「あーー!!!やっと見つけました!!」

 

 

「っ」

 

 

突然響いたそんな大声に、アイズは身体をビクンと大きく跳ねさせて頭を上げる。思考に沈んでいた意識を無理矢理引き出されるような感覚。お腹も空いて、なんだか身体もふわふわとしているアイズの元に、その声の人物は怒ったように早足になって近付いてくる。

 

「……レフィーヤ?」

 

「もう!こんなところで何してるんですかアイズさん!!どれだけ私が探したと思ってるんですか!!」

 

「え、あ……ごめん」

 

「1日くらいならまだしも、2日目に突入するのは絶対に許しませんからね!!というか落ち込むならもっと分かりやすいところで落ち込んでください!!なんで街の外壁の上なんかに居たんですか!!」

 

「な、なんとなく……」

 

「それに……ああもう!とにかく行きますよ!こうしている時間すら勿体無いです!!」

 

「ま、待ってレフィーヤ……私はまだ……」

 

「待ちません!!……というか、これ以上はノアさんが待てません!!」

 

「え……」

 

「分かってるんですか!?絶対あの人、自分が戦えなくなったからアイズさんに捨てられたんだと思ってますよ!!嫌われたんだと思ってます!」

 

「そ、そんなことない!私そんなつもりは……!」

 

「それは!私じゃなくて!ノアさんに伝えてあげてください!」

 

「あ………うん……」

 

レフィーヤに手を掴まれて、アイズはどんどんと外壁から引き離されて行く。あれだけ沼に沈んだかのように動かなかった身体を、彼女は何の苦もなく引っ張って行く。

……正直、そこまでは思い至っていなかった。思い至らなかったことを、本当に申し訳なく思う。けれどそれは彼からしてみれば、当然の反応だ。だって自分はこれまで、彼にそればかりを求めて来たのだから。側に居て、助けてくれることを。それが出来なくなって、自分が全く顔を見せなくなったとしたら、それは嫌われたんだと思っても仕方のないことだ。

 

(また、間違えた……)

 

自分の悲しみばかりではなくて、自分の感情ばかりではなくて、それを飲み込んででも彼の側にいないといけなかったのに……

 

「……ちょっと待ってください」

 

「え?う、うん」

 

「アイズさん、まさか昨日からずっとあそこに居ました?」

 

「………うん」

 

「お風呂、入りました……?」

 

「……まだ、だけど」

 

「はあぁぁぁ………やっぱり今から拠点に戻ります、こっち来てください」

 

「え?でも……」

 

「何処に一日お風呂も入っていない状態で好きな男性に会いに行く女性が居るんですか!」

 

「すっ……!?」

 

「今更驚くことではないです!さあ行きますよ!こうなったら目一杯お洒落して行きましょう!今日は2人でノアさんと寝ますからね!!」

 

「!?!?!?」

 

分からない、アイズには何も分からない。

レフィーヤの言っていることが全く分からない。

けれど彼女の勢いはあまりにも凄く、アイズはされるがままに拠点に帰ると、されるがままに風呂に連れて行かれ、そのまま無理矢理に着替えをさせられると、寝巻きと一通りの宿泊用の荷物を纏めさせられて、また拠点を連れ出される。

嵐のようなレフィーヤの勢いに、アイズは目をぐるぐるとさせて付いていくだけ。けれど彼女のこういうところが凄いのだと、アイズは思わざるを得ない。自分には本当に戦うことくらいしかレフィーヤに勝てるところがないと、そう思わされてしまう。

 

「レフィーヤ……あの、ね……私……」

 

「……ノアさんには、アイズさんが必要なんです」

 

「っ」

 

「私は……所詮は後から割り込んで来た人間です。けどノアさんはずっと、アイズさんを見て来ました。私より先に、アイズさんが居るんです」

 

「そんな、ことは……」

 

「ノアさんの努力は全部!アイズさんに認められるためのものだったんです!……そして今、その努力が本当に全部消えてしまったんですよ!?アイズさんまで消えてしまったと思い込んだままでは、あの人は本当に駄目になってしまいます!!」

 

「っ」

 

「私では駄目なんです!!……アイズさんが居ないと。ノアさんは絶対に言いませんけど、それでもやっぱり1番は貴女なんです。それくらい私にだって分かります」

 

前を歩く彼女が、どんな顔をしてそれを話しているのかは、アイズには分からない。……それでも、彼女が本当にアイズに対して怒っているのは分かる。こうして探し出して、無理矢理に連れ出すくらいに。怒っていることだけは分かる。

……実際、レフィーヤが居るから大丈夫だと、そう考えていたところはある。自分が居なくとも大丈夫だと、考えていたことはある。彼にとって自分がどれほど重要な存在なのか、未だに理解出来ていない。けれどそれはきっと、単純に自分がノアの隣に居る時間が少なかったからだ。彼のことを考えている時間が足りなかったから。何処かで自分の中に、余裕があったから。彼はレフィーヤよりも自分の方が好きだという、そんな最低な余裕が。

 

「……ごめん、レフィーヤ」

 

「……別にいいです。それを分かっていて、私は今を選んだんですから」

 

「本当に、ごめん……」

 

「……まあ、それに。アイズさんがそうやって呑気なおかげで、私も良い思いをさせて貰ってますし」

 

「え?」

 

振り返るレフィーヤ。

しかし彼女は意外にも、特にアイズが想像していたような、悲しげで寂しげな表情はしておらず。むしろ挑戦的で、どこか優越感を持った顔をしていて。

 

「貰っちゃいました♪」

 

「え」

 

「アイズさんより先に?ノアさんの唇、貰っちゃいましたから♪」

 

「………え"」

 

唇に指を当てながら、ウインクをしてアイズにアピールをしてくる彼女。

 

……瞬間、アイズは思い出す。

そういえば24階層に行く前に、アイズは彼と約束をしていた筈だ。この騒動が終わったら、お礼に彼の頬にキスをするのだと。そうしてキスをしたら、自分が彼を選んだことになるのだと。そんな約束を、していたはずだった。

 

……したか?キス。

 

「あ、あぁぁぁぁ…………」

 

「え、あ……そ、そんなに落ち込みます?」

 

「………私の馬鹿」

 

「えっと……」

 

そう、つまりは。

自分の視点ばかりで考えていたから気付かなかったが、そもそも自分はまだ彼を選んでいなかった。つまりは、彼にまだ好意を直接伝えたことがなかった。好きだと、ノアが良いと、ノアを選ぶと、言っていなかった。選びたいとは言ったけれど。

それはノアも捨てられたと思うだろう。だって約束したことも放り投げて姿を消したのだから。約束を守ってキスをするまで、彼を選んだことにはならないのだから。

 

……それに。

 

「レフィーヤ……」

 

「な、なんですか……?」

 

「し、したの?……く、唇に」

 

「は、はい。し、しましたけど……」

 

「………むぅぅ」

 

「ア、アイズさんが悪いです!私は今日までずっとノアさんの隣に居ましたから!実はアイズさんより沢山の特別をノアさんに貰ってます!」

 

「そう、なの……?」

 

「はい、ノアさんは尽くせば尽くすだけ返してくれますから。アイズさんの方が1番であることは重々承知していますけど、それでも私は負けてるだなんて、一度も思ったことはありません」

 

「………」

 

アイズは走る速度を早める。

先程までは会うのに躊躇っていたけれど、今はむしろ彼と早く会うために。そしてまた出来てしまったレフィーヤとの差を縮めるために。

 

「私もする……!」

 

つまりはまあ、ノアの唇を奪うために。

頬にキスだなんて生温い、それがこうしてレフィーヤに言われてよく分かった。自分は何もかも足りていないし、むしろ何もかも遅れていたのだと。それがよく分かった。

 

「!……そうですよ、してあげてください。……せめて少しでも彼に、生きるための力を」

 

アイズは進む。

そんな彼女の姿を見て、レフィーヤは微笑む。

そうだ、辛くて悲しい事実に頭を悩ませているより、こうして衝動に突き動かされて突き進む姿の方が彼女にはよく似合っている。そうして思いっきり好意をぶつけてあげて欲しい。

 

……どうせ死んでしまうのなら、せめて。

その最後くらいは、幸福なものに。

 

 

 

 

 

「……どうでしょう、身体の方は」

 

「ええ、ありがとうございます。とても楽になりました。……本当に、治療を受けた直後はこんなにも楽になるのに。不思議なものですね」

 

アミッドによる治療を終えた後、ノアは食事と水浴びを行い、再度彼女に回復魔法をかけて貰っていた。

実際のところ、症状の辛さも回復魔法をかけて貰った直後はかなり改善する。それこそ立ち上がって歩いたり、普通にシャワーを浴びられたり、普通に食事が出来るくらいに。それは単純にアミッド・テアサナーレという人物の回復魔法がそれほどに凄まじい代物であるという証左であるのだが、しかし同時に分かってしまうものもあるということ。

 

「……こうしていられるのも、今のうちだけですね」

 

「……はい。今は1日に2度の治療で問題ありませんが、次第にそれでは足りなくなります。食事も、まともに出来るのは今だけです。一定の速度に達してからは、流動食に切り替えます」

 

「……アミッドさん。他の患者の治療の邪魔になるようでしたら、私のことは見捨てて下さいね」

 

「それは……」

 

「アミッドさんは、多くの人を救える人です。先の短い私の延命措置など、決して優先しないでください。優先順位だけは、どうか」

 

「……不甲斐のないこの身をお恨み下さい」

 

「恨みませんよ。恨むのは自分だけで十分ですから」

 

アミッドは最後に一度頭を下げて、病室を後にする。

やはりこうして治療を受けて直ぐは、恩恵のあった頃までとは言わないが、普通に生活が出来る程度まで回復するので心地良い。……まあ、普通の感覚で言えばまだ苦しい方なのだろうが。それでも先程までの息も絶え絶えといった時と比べれば、それは随分とマシな方だ。

とは言え、これも恐らく3時間も保たない。直ぐにまだ苦しさはやって来る。夜間はマシな方だ、睡眠薬で無理矢理眠ることが出来るから。だがその分、こうして生きていられる時間が減るとなると……ただ眠ることすら、怖くて。

 

「ノア、治療終わった……?」

 

「アキさん……!はい、終わりましたよ」

 

「そう、大丈夫そう?顔色は良くなったみたいだけど」

 

「ええ、この通り。ふふ、今が一番元気な時間帯です」

 

「それなら良かった」

 

アミッドから声を掛けられたのだろう。治療が終わるまで病室の外に待機してくれていたアキが、心配そうに入って来る。

ついさっきまで彼の本当に苦しそうな顔を見ていただけに。治療を終えて普通に話すことも出来るようになった彼を見て、アキはかなり安堵していた。

一方で、ベッドに腰掛けて彼女が来るのを待っていたノア。アキから差し出された手を握り、嬉しそうに笑みを浮かべて布団に入る。

 

(……ほんと、子供みたい)

 

なんとなく、アキの前では後輩気質だった彼は、こうして入院し始めてからは本当に子供のように見えてしまう。甘えて来るというか、随分と寂しがり屋になったというか。

今のように1人の時間が嫌いなのか、こうして顔を出すとすごく嬉しそうな顔をするし。リヴェリア然り、アキ然り、常に誰かと手を繋いでいたい様子がある。

こうしてベッドの上に萎れているからか、容姿まで子供のように見えてしまって、余計に悲しくなってしまうというか。

 

「……多分、そろそろレフィーヤが来るから。そしたら私は一度帰るわね」

 

「……はい、ありがとうございます。遠征前で忙しいのに」

 

「いいのよ、あなたの方が大事だもの。それに、そんなに寂しそうな顔しないでも明日も来るわ。……リヴェリア様だって、そう言ってたでしょう?」

 

「嬉しいです、すごく」

 

「そう、良い子ね。……大丈夫、1人にはしないわ。それに嫌でも、レフィーヤ達は側に居たがるでしょうし。むしろ1人になれないんじゃないかしら?」

 

「……嫌なことを考えないで済むので、その方がいいです」

 

「……そっか」

 

レフィーヤの頼みもあり、この部屋には簡易ベッドが2つ置かれている。それにベッドと高さを合わせた椅子もあり、アキはそれに座って彼の手を握りながら、彼の頭を撫でている。

……着実に、今日一日でレフィーヤによって、この病室が改造され始めている。少しでも側にいられるように、少しでも彼に寄り添えるように。

リヴェリアとアキがこうして彼の側にいる間、彼女はもう本当に走り回っていたのだ。それこそ病室の模様替えについてアミッドに頼み込んでいたり、足りないものを買いに行ったり、アイズを探しに行ったり。実質的にアキとリヴェリアは本当にこうして彼の側に居るだけで良かった。それくらいにレフィーヤは、頑張っている。

 

「……幸せ者ですね、私は」

 

「ん?」

 

「こうして、隣に居てくれる人達が居てくれる……当然のことじゃないです」

 

「……貴方が頑張ったからよ」

 

「……やっぱり、頑張ることって大切なんですね」

 

「……難しいところね」

 

自分を壊してしまうほどに頑張って欲しくはない、けれど彼がそれほどまでに頑張らなければ今は無かった。だからそれを肯定することも否定することも難しい。

 

「難しいこと考えなくていいから。楽しいことを考えましょう?例えば、そうね……」

 

身体だけではない、心も弱くなっていて。リヴェリアから聞かされたように、彼はまだ自分の死を受け入れることなんて出来ていないし、どころか腕を失ったことにすら今なお困惑している。外見では大人びたことを言っていても、それは取り繕っているだけだ。何より、これまで何もかもを犠牲にして築き上げてきた恩恵を失ったことは、彼にとって何より大きな喪失感を齎していることだろう。

あれからアイズも帰って来ないし。本当にレフィーヤが居なければ、こうして生きていることさえ諦めていたかもしれない。出来れば自分も1日こうしていてあげたいが、それをするには少しばかり仕事を持ち過ぎていて。

 

「……ん?」

 

「……?どうかしました?」

 

「なんか、すごい足音しない……?」

 

「んっと、恩恵を失ってから感覚もすごく悪くなってしまって。私はちょっと分からないです……」

 

「まさか……いや、でも……もしかして……」

 

そうしてアキが不審そうな顔をしている間にも、徐々に病室に向けて近づいて来る足音。というか、どう考えても普通に走っているであろう、その音。

……夜である、そして治療院である。

騒がしくするのはご法度であるし、走るなどもっての外だ。それなのに。

 

 

 

「ノア!キスしたい!!」

 

 

 

「「ぶふっ」」

 

数日振りに彼の前に姿を現したアイズ・ヴァレンシュタイン。彼女の一言目はそれだった。


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