【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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52.○姫

「……????????」

 

「ノ、ノアさん。気持ちは分かりますけど、しっかり」

 

アキに正座をさせられて怒られているアイズを見ながら、ノアはまるで宇宙の神秘を見せつけられている猫のような表情をして現状を受け入れられずに居た。

それもそうだ、ノアにはもう何が何だか心の底から本当に良く分からない。アイズにはもう見放されてしまっていたと思っていたし、自分には彼女と顔を合わせる資格もないと、今の今までずっと心の中で彼女に謝り続けていたのだ。

 

それが、この……なんだ?

 

なんだ、この状況は。

 

彼女はなんと言った?

 

遂に幻聴まで聴こえるようになってしまったかと、自分の耳を疑う。

 

「………………ちゅっ」

 

「はひっ!?レ、レフィーヤさん!?」

 

「えへへ、今ならアイズさんにバレないかな〜って」

 

「だ、駄目ですよ!?ほ、本当にバレちゃいます……!」

 

「え〜?いいじゃないですかぁ♪私とノアさんの仲なんですし〜?」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

 

「……こっちでもキス、しちゃいましょうか?」

 

 

「!?」

 

アキに叱られながら俯いているアイズを見て、レフィーヤは悪い顔をしてノアにしなだれ掛かった。ぐっと自分の身体を押し付けて、その顔に自分の顔を近付ける。それこそノアが大声を上げられないことを良いことに、少しずつ自分の唇と彼の唇を合わせるように……

 

 

「レフィーヤ?全部私に聞こえてるんだけど?」

 

 

「「!?」」

 

「え?……あ、キス……」

 

アキが笑みを浮かべて振り向く。

矛先が向いた瞬間である。

アナキティ・オータムは猫人のLv.4。仮に囁き声であったとしても、この距離でそれを逃すようなことは絶対にない。自分とアイズを餌にレフィーヤが何をしようとしているかなど、言葉の1つまでしっかりと把握していた。

 

「それじゃあ次はレフィーヤの番ね」

 

「え……私なにも悪いことしてない……」

 

「ほら、こっちに来なさい?アイズを煽ったことと、今の件も含めて、ちょっと長めにお話ししましょうか」

 

「ご、誤解です!私は無罪です!ああぁぁぁぁ……ノアさぁぁん……」

 

「え、えと……また後で……」

 

レフィーヤの首元を掴んで部屋から出て行くアキ、彼女は最後にノアの方を見てウィンクした。それだけで彼女がなにを考えて、レフィーヤを自分から引き離したのか分かるというもの。

 

……残されたのは自分とアイズ。

正座をした姿勢のままに2人を見送るアイズは、少しぼーっとしてから今の状況に気付く。そしてこれがアキが作ってくれた大切な時間であると気付き、目を開いて身体を撥ねさせた。

 

「……」

 

それから彼女はゆっくりと立ち上がると、先ほどまでレフィーヤが座っていたその椅子とは反対側にある椅子にちょこんと座り、横目でノアをチラリと見る。彼もまたなんとなく緊張した面持ちで、隣に座ったアイズに横目を向け、その視線が重なってしまった瞬間に、2人はまた顔を赤らめて身体を硬直させた。

 

「………」

 

右腕を失ったノア。

いつもアイズが握っていた自分だけの手は、もうそこには無い。

ノアが右腕と共にアイズを失ってしまったと思っていたように、アイズもまたそこに自分の席が無くなってしまったように感じてしまう。2人の想いは今でもしっかりと向き合っているのに。

 

「…………」

 

「…………」

 

「………あの、ね」

 

「は、い……」

 

なんとなく、どちらともなく、言葉をかけづらい。けれど一番困っているのは自分に嫌われたと思っていたノアであると、アイズは分かっているから。アイズは自分から話を振る。

……いつものように、手は繋げない。

繋げないからこそ、この想いは、言葉で伝える以外に方法はない。

 

「ノアのこと、嫌いになってなんかないよ……」

 

「っ」

 

「私、ノアのこと……ちゃんと好きだよ」

 

「………ほんと、ですか?」

 

「うん、嘘じゃない。……今は本当に、ノアのことが好き」

 

はじめて、そして漸く。

アイズはその言葉を口にした。

口にすることが出来た。

 

今なら迷わず言える。

自信を持って言える。

しっかりと彼の目を見て言える。

 

だって、これは嘘じゃないから。

 

だって、これは勘違いなんかじゃないから。

 

だからこれは、心の底からの自分の本音。

 

 

 

「……好きだよ、ノア」

 

 

 

「!!」

 

「私、ノアのこと……好きになれたよ」

 

「アイズ、さん……」

 

「待たせて、ごめんね……」

 

本当に、本当にずっと、待たせてしまった。

こんな風に、もう、手遅れになるまで。

 

「本当に……ごめん、ね……」

 

最初に彼が自分に"好き"だと言ってくれた時から、果たしてどれだけ待たせてしまったことだろう。最初にそう言ってくれた時と比べて、彼は随分と弱々しくなってしまって。

……もう、時間もなくなってしまって。

 

「……嬉しい、です。すごく」

 

「ノア……」

 

「本当に、ほんとに……わたし……」

 

「ごめん……今更、ごめんね……」

 

「今更なんかじゃ、ないです……アイズさんに、そう思って貰えただけで。私は……私は、それだけで……」

 

彼が涙を流している。

……けれどアイズは、そんな彼の姿は、あまり見たことが無かったから。ノアが泣いている姿なんて、アイズは殆ど見ていなかったから。だから彼が意外とよく泣くなんてことは知らなくて、それが本当に申し訳なく思えてしまって。……それでも勿論、彼のその涙は本当に、積年の思いによるものでもあって。

 

「ごめんなさい、アイズさん……」

 

「ノア……」

 

「私、アイズさんの隣に居るって、約束したのに……」

 

「……うん」

 

「その約束……もう、果たせなくて……」

 

「……うん」

 

「せっかく、アイズさんは……私のこと。好きに、なってくれた、のに……私は……私は……」

 

「ううん、もういいの……もう……」

 

アイズはノアを抱き寄せ、抱き締める。

英雄になってくれなくてもいい、助けてくれなくてもいい。そんなことはもう、気にしなくてもいい。……ただ隣に居てくれるだけでいいんだと、今ならそう思えるから。それはあまりにも遅過ぎたかもしれないけど、それで良いのだと気付くことが出来たから。

 

「側に居て、ノア……」

 

「……はい、居ます」

 

「もう何処にも行かないで」

 

「……はい、最期まで」

 

「……ずっと、隣にいてほしい」

 

「……私も、居たいです。ずっと」

 

 

それが無理だと分かっていても、それでも。

 

 

「好きだよ、ノア……好き、好き」

 

「私も、好きです……」

 

「ううん、私の方が好き……好きだもん。好き。こんなに、こんなに好きになれて……こんなに好きになるなら、なれるなら。どうして、もっと早く……」

 

「………」

 

思い切り抱きしめてしまえば、そのまま壊してしまいそうなほどに弱々しくなってしまった彼の身体。こうして触れて、確かめる程に、悲しくなる。

もし自分がもっと早く決断して、もっと早く考えて、もっと早く彼のことを好きになっていたのなら。もっと早くに、ただ隣に居てくれるだけでいいのだと気付くことが出来ていたなら。彼はこんな風にならなかったのではないかと。

そんな無駄な想像を積み重ねて、頭を振る。それは何の意味もない後悔だ。その後悔をしたところで、どうにもならない。そんな後悔は、もっと後からいくらでも出来る。

 

「ノア」

 

「はい……」

 

「……キス、したい」

 

「……そんなに、ですか?」

 

「うん。レフィーヤとは、したって聞いた」

 

「うっ」

 

「私とは……したく、ない?」

 

「し、したいです!そんなの、したいに決まってます!……けど」

 

「けど……?」

 

 

「流石に、その……最低過ぎませんか?私」

 

「!………ふふ」

 

相変わらず、そんなことを気にしている彼にアイズは優しく微笑む。確かに普通に考えれば、彼の言動は男性としては割と最低な部類に入るかもしれない。こんな風に2人の女性に言い寄られて、どちらも好きになってしまって、どちらかに選ぶことも出来なくて。

……けれど、アイズもレフィーヤも、もうそんなことは気にしていない。むしろそれについては、彼よりもよっぽど受け入れている。

 

確かに初めてをレフィーヤに取られてしまったことは悔しい。アイズだって素直に嫉妬している。けれどそれはアイズと違い、自分の悲しみを抑えてでも彼の側に居ることが出来た彼女の特権だから。彼と交わした約束を忘れて、逃げ出してしまっていた自分が悪いから。だから。

 

「約束を、守ります」

 

「……それじゃあ、頬にですね」

 

「ううん、違うよ」

 

「?」

 

「どっちにも、するから」

 

「!」

 

「それと……ノア、私の恋人になってください」

 

「え」

 

だからアイズは。レフィーヤでもまだしてないであろう、取っていないであろう、彼の初めてを取ることにした。

……今度こそ先を越されてしまわないように。

自分だって今度は、レフィーヤよりも先に行けるように。きっとレフィーヤでもまだ言えていないであろうそれを、思い切って。

 

「私は……あなたの恋人に、なりたい、です」

 

「……でも、もう私には時間が」

 

「それがもし、あと半月の話だとしても」

 

「……はい」

 

「私は、ノアの恋人で居たいの」

 

それはアイズが、自らの意思で決めたこと。

あの日あの時あの瞬間から、アイズは自分の行動をしっかりと考え、意志を持って決めるようになった。感覚ではなく、流されるままにではなく、自分で。

だからこれもまた、それと同じ。

 

「いいんですか……本当に、私で」

 

「ノアが良いの。違う人は嫌」

 

「初めての恋人が、私になっちゃうんですよ?……私みたいな、約束破りの、酷い人間が」

 

「私も、酷い人間だから……お揃いだね」

 

「……私の願い、叶っちゃいました」

 

「まだ、叶えてないよ?」

 

「……はい。そうでしたね」

 

この人生の中で、これから先、あと何年生きるか分からないけれど。もしかしたらまた、ノアのように、アイズの心を解きほぐしてくれる人が現れる可能性だってある。……けれど、最初はこの人だったなと。思い出して貰える。それだけで嬉しい。先が長くないと分かっていても、それでも求めてくれたというだけで……これまでの努力は、きっと、報われて。

 

 

ーーーーーーーーーー。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………ぅ」

 

「………ん」

 

「ぇ、……ぁ……っ」

 

「んん……」

 

「ま……んぐっ……」

 

「んぅ」

 

「ぅ……んんん……!?」

 

「ん……のあ、にげひゃらめ……」

 

「ゃ、やぁ……」

 

それはレフィーヤの時のような、決して感動的なものではなくて。まあこういうのを比べるというのは、あまりにも失礼なことだから。ノアだって決してそんなことはしないけれど、しないけれども。

……むしろアイズは啄むようなキスなんて知らなかったから。物語で知識を得て来た彼女にとっては、キスという概念は知っていても、それをどのようにするのかまでは知らなかったから。むしろ物語の中ではそれは感動的な場面でされていることで、大抵の場合はそれは深いもので。

そして一度してしまったそれに、その幸福感に、彼女は嵌まってしまって。

 

「………………っくはぁ。はぁ、はぁ、はぁ」

 

「ノア、もう一回……」

 

「ふぇ……?ぁ、んぅ……!?」

 

押し倒して、押さえ付けて、貪るような。

そんなキス。

もう恩恵のないノアは体力もなくて、息も続かなくて、必死に呼吸をするけれど。そうして取り込んだ酸素も、彼女はすぐに奪っていってしまう。

リードをする余裕もない、ノアが勉強した賢くて上手なキスなんてそこには無い。ただ本能的に、したいがままに、されるだけ。まるで自分の全てが彼女に強引に取られてしまうような、奪われてしまうような、そんな強引な彼女の勢いは、ノアの思考すらも回すことは許さない。

 

「ノア……好き、好きだよ。恋人になって?」

 

「ぁ……な、なりましゅ……なります、からぁ……」

 

「ほんと?嬉しい。恋人、嬉しい。……もう1回、もう1回しよ?いい?するね」

 

「ま、待……ぅみゅ……」

 

だからきっと、これはこれで彼女の強みなのかもしれない。

レフィーヤが言葉で彼を説得したように、アイズは行動で彼を持っていく。ノアが悩む暇なんて与えないし、一度決めれば自分から進めて行く。

 

「……ふふ」

 

「………ぇ、ぁ?」

 

「可愛いよ、ノア」

 

自分の身体の下で、だらしなく唾液を流しながら呆けている彼を見て呟く。もう遠慮することなんて何もないから。恋人となった彼に、自分はもうなんだって出来るから。

アイズは力なく倒れている彼の身体を優しく抱き上げ、抱き締める。唾液に濡れることも気にすることなく、その頬に自分の頬を擦り付ける。

 

この人はもう自分のものだ。

 

誰にも渡したくない。

 

そんな気持ちが強くなる。

 

結局そうして、レフィーヤ達が帰ってくる頃には彼は疲弊してしまったのか寝息を立ててアイズの腕の中で眠ってしまっていた。……その割には、ただ眠ったようには見えず、彼の病衣の襟の部分は妙に濡れてしまっていたけれど。敢えてそれを2人が指摘することがなかったのは、優しさか、それとも現実逃避か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、愛しい子。

きっと私を恨んでもくれない優しい子。

馬鹿で愚かな決断をしてしまった私のせいで、来世の希望すら失ってしまった大切な子。

 

ああ、恨めしい。

何もかもが恨めしい。

 

自分から離れた癖に、最後に一度でもあの子に会いたいと思ってしまった自分が。今度は絶対に彼を幸せにするのだと、口先だけでそう言って結局それを成せなかった彼女が。そして、ただ1人の小さな子供を幸福にすることも許してくれない、こんな世界が。

 

本当に、恨めしい。

 

私は決して善神ではないから。

何もかもを間違えて生きて来たから。

だから何もしなければ、きっとそれが1番の正解だったのかもしれない。結局こうして、何もかもが裏目に出ている。何もかもが悪い結果を出してしまって。もしかしたら1度目の時よりも、酷い最期にしてしまうかもしれない。

 

もう少し自分に力があれば。

 

もっと賢い神であれば。

 

あの子を救うことが出来たのだろうか。

 

ああ、違うの。

そんなつもりじゃなかったの。

そんな風に泣かせるつもりはなかったの。

そんな風に傷付けるつもりはなかったの。

私はただあなたに幸せになって欲しかっただけなの。

 

いつものように慰めたいのに。

いつものように抱き締めたいのに。

 

今の私では、そんなことも出来ない。

 

ああ、お願い。

誰かあの子を助けて。

誰でもいいからあの子を止めて。

これ以上あの子を傷付けないで。

 

貴女は何をしているの?剣姫。

だって言ったじゃない、今度は絶対に気付くって。今度は絶対に助けるんだって。今度こそ、あの子のことを幸せにしてくれるんだって。貴女がそう言ってくれたから、私は、貴女を信じて……

 

 

 

……そんなことを考え続けて。

 

 

気付けばもう、3年が経つ。

 

 

あの子の恩恵は消えた。

けれど生きているのは分かる。

 

……それでも。

きっともう、長くない。

 

私に出来ることはもう何もない。

残った神力は、契約を果たすためのもの。

これ以上の力をあの子の為に使うことは出来ない。

 

ごめんね、ノア。

ごめんなさい、私の子。

 

こんなことなら、私は天界に帰って、何年掛けてでも、何十年掛けてでも、貴方の魂を探し出しに行けば良かった。たとえ漂白されてしまったとしても、何百年でも、何千年でもかけて、もう一度貴方と出会えば良かった。

ずるいことなんて、しなければ良かった。

 

……私はまた間違える。

 

また、大切な人を失う。

 

他ならぬ、自分自身の決断で。

 

これは私の罪であるのだから、その全ての咎は私だけで引き受けるべきだったのに。今度はあの子にまで、背負わせてしまって。

 

せっかく、母親にしてくれたのに。

私なんかを、幸せにしてくれたのに。

それでも私は自分のことしか考えてなくて。自分の罪のために、自分の恋のために、あの子を残して消えようとしたから。私は母親になったのなら、あの子のことを最後まで大切にしなければならなかったのに。

 

だからこれは私の罪だ。

私だけの罪だから。

 

だから、お願いだから……これ以上もう、あの子から取り立てようとはしないで。

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