【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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53.近付く○

少しずつ、ノアの体調が悪くなっている。

 

 

「ぅ……っ……」

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

「ノア、これ……」

 

「あ、ぁり、がと……ござ、ます……」

 

ノアが倒れてから5日目。

しかし彼の身体には既に異常が現れている。……否、もちろん異常など最初からあったことではあるけれど。こうして見ているだけでも、明らかに体調が悪化し始めているのが、素人目でも分かるという意味で。

 

「ん……ぐっ……」

 

「ノアさん……」

 

「アミッド、まだかな……」

 

アイズに手渡された回復薬を飲み、けれど未だ何かを堪えるような表情をしたままの彼。

アミッドが以前に治癒魔法を施してから、まだ9時間ほど。以前は12時間毎にされていたそれであるが、それでもここまで苦しそうな顔はしていなかった。……つまり、着実に彼の身体の速度は早まっているということ。

けれどアミッド曰く、この苦痛も必要なことであるらしい。そうでなければ、末期の症状に精神の方が耐えられなくなってしまうから。少しずつでもこの苦痛に慣れていかなければ、体より先に心のほうが死んでしまうから。……1日でも長生きするためには、これは必要な処置で。

 

「申し訳ありません!遅れました……!」

 

「アミッド……!」

 

「っ、今直ぐに治療を行います。……本当に申し訳ありません、辛かったでしょう」

 

「い、ぇ……おきに、なさ、らず……ごほっごほっ」

 

「ノア……!!」

 

治療中、思わず咳き込んだ彼の口から赤黒く変色した血がドボリと零れ落ちる。それを見るだけで、9時間というリミットが彼にとってどれほど重いものであるのかも分かる。

……しかし、だからと言って、アミッドを責めることも出来ない。彼女は今の今まで他の患者の手術を行っており、そちらもまた予断を許さぬ状況だったのだ。終わって直ぐにここに駆け付けて来た。ここまでの精度で完全治癒が出来るのは彼女くらい。エリクサーでも現時点ならば治療出来ないことはないが、残りの命を少しでも伸ばしたいのであれば彼女に治癒して貰うのが一番良い。……しかし逆に言えば、最悪今はエリクサーでも良いのだ。ならば彼の治療が後回しにされてしまうのは、仕方のないこと。

 

「これで、どうでしょう……気分はいかがでしょうか?」

 

「ふぅ……こほっこほっ」

 

「だ、大丈夫ですか……?あの、お水です」

 

「ん……んぐっ、んぐっ。……はぁっ、はぁ。あ、ありがとうございます。もう大丈夫です」

 

「良かった……」

 

「……ノア」

 

いつものように。

治療を終えると、途端に元気になる。

だから朝方に様子を見に来た団員達は安心して帰って行くし、夕方頃に訪ねに来た団員達は酷く心配して帰って行く。そんな不思議な病状ではあるが、それを誰よりも近くで見ている2人だから表情は曇る。少しずつ、少しずつ彼が死に近付いてしまっているのが分かるから。アミッドでさえ、これをどうにかすることは出来ないと知ってしまっているから。

 

「あの……ごめんなさい、また汚してしまって……」

 

「いえ、構いません。時間管理の出来ていなかった私の責任ですから。後ほど新しいシーツを持って来ますので」

 

「ありがとうございます……」

 

ノアの吐き出した赤黒い血によって汚れた布団をアミッドは纏め、その口元を拭くと、桶を持って来て彼に口を濯がせる。

この後は食事と水浴びの時間であるが、それもあと何日出来ることか。水浴びはともかく、食事もそろそろ流動食に変えなければならないし、治療間隔3時間を切った時点でアミッドの通常業務にも致命的な支障が出てくる。当初はそれが14日目辺りで到達すると思っていたが、正直予想よりも若干進行が早い。

 

(……医療技術だけで、何処まで持ち堪えられるか)

 

病原のある劣化ならまだどうとでもなる、だが彼の場合は治すべきそれが見当たらない。何かを治せばどうにかなる、ということでもない。……アミッドが出来るのは、崩れた身体を再構築するだけ。正直"魂"がどうのと言われても、どう手を付けたらいいのかも、そもそも手を付ける方法すらも分からないから。

 

「それでは、失礼します」

 

アミッドは彼にいつものように食事と水浴びの準備をするように伝えると、一度頭を下げて病室を出て行く。

残されたノアはようやく苦痛から解放されたことから腕を持ち上げて身体を伸ばすが、しかし左右の2人はそうはいかない。先程彼が吐き出した赤黒い血は、明らかに普通の物ではなかったから。それがもう、恐ろしくて。

 

「っ……あ、あの、お二人共……?」

 

「……食事が来るまでですから」

 

「……」

 

この元気な姿も、あと何日見られるのか。

それが堪らなく恐ろしい。

ここ数日、アイズはダンジョンにも潜っていないし、2人とも可能な限りはここに居る。もちろん何かしら理由を付けて、互いに2人だけの時間を交互に作っていたりはするけれども。

そうして楽しい時間があるからこそ、嬉しい時間があるからこそ、こうして現実を見せ付けられると余計に苦しくなる。こうして時間を共にして、情を深めて、彼のことを知れば知るほどに、苦しさは増していく。

 

「……私は、幸せ者ですね」

 

「絶対、違うと思います……」

 

「そんなことはありません。こんな風に好きな人達に側に居て貰えるんですから」

 

「……死なないで、ノア」

 

「……私も、死にたくないです」

 

ロキ達はまだ何かを探し続けている。

けれどもう、彼本人を含めたほぼ全員が諦めかけている。諦めざるを得ない状況だから。そんなことを探している暇があるのなら、少しでも長く彼と共に居てあげた方がいいのではないかと思うから。……でもだからと言って、何をしたい、どうしたいという案が直ぐには思い付かないし、したいことだって出来る体調でもない。

いくらアミッドが治療魔法を使ったとは言え、完全に治った訳ではないから。そうまでしても治らない部分は彼の腕のように確実にあるし、きっとそういう部分はこれから時間が経つに連れて増えていくのだろう。少しでもその苦しさから彼を救えることが出来るのなら、なんだってするのに。

 

 

 

「……ノアさん、眠りましたね」

 

「うん……良かった。苦しくなさそう」

 

アイズとレフィーヤが動き始めるのは、彼が眠ってからのこと。彼は治療を受けてから3時間後には睡眠薬を飲んで眠りに着くが、ではアイズ達が自分達の食事や水浴びをどうしているのかと言われれば、それは彼が眠ってからだ。流石に治療院のそれを借りる訳にもいかないので、2人は彼が眠ってから片方ずつ拠点に戻って済ませているが……正直、実際にそうして起き上がるのは彼が眠ってから割と時間が経ってからのことになる。

それは何より、離れ難いから。

 

「……アイズさん」

 

「?……なに?」

 

「多分、私達の関係って……世間的に見たら、結構おかしいですよね」

 

「……うん、そうかも」

 

「嫌、ですか……?」

 

「……嫌じゃ、ないけど」

 

「けど……?」

 

「……独り占めしたいって、思う時は……あるかも」

 

「……私もです」

 

静かに寝息をたてながら眠っている彼は、しかし起きる間際になるとかなり苦しそうにして呻き出す。普段は2人の前だからと我慢していても、それは眠っている時まで続く訳ではないから。それを見ると、実際にはこれだけ苦しい思いをしているのだなと思わされて、辛くなる。そうして起きると直ぐにぎこちない笑みを浮かべて挨拶をしてくる彼の姿にも、もう……

 

「でも……レフィーヤが居ないと、駄目だから」

 

「!」

 

「私だけだと、ノアを苦しめちゃう」

 

「……」

 

「それに、こっちの方がノアも幸せ」

 

「……そうかもしれませんね」

 

「一番大切なのは、それだから」

 

「はい、私もそう思います」

 

ぎゅっと左右から彼にしがみ付く。

人が見たら贅沢なものだと思うかもしれないけれど、この今を得るための代償はあまりにも大き過ぎる。改めてこうして抱いてみると、本当に女性のように細く、軽い。こんな身体でこれまであれほど身体を張って来たのかと、改めて驚いてしまうくらい。

それでも本当に顔は綺麗で、こんなことになっていても少しでも2人の前では綺麗で居ようという彼の努力が垣間見える。もちろん、こんな状態であるので限界もあるのだが。少しずつ、少しずつ、やつれているのが分かるのだが。

 

「……エリクサーで治るなら、いくらでも買うのに」

 

「……使い過ぎると、むしろ悪化が早まるそうですね」

 

「うん……」

 

「アミッドさんも、色々と方法を考えてくれているみたいですが……」

 

「……分けたり、出来ないのかな。魂って」

 

「それが出来たら、私も……」

 

「ノアは、止めそうだけど」

 

「ふふ、確かに」

 

止められたとしても、きっと自分達は止まらないだろうけれど。だってそれで彼が助かるのなら、彼と共に居られる時間が増えるのなら。なんだってする。……なんだってしてもいいのに、その方法が見つからない。

ロキは本当に朝から晩までずっと街中を歩いているし、遠征の予定日もギルドに掛け合って1週間ほど遅れることになった。……本来の予定日が、彼の余命とほぼ重なっていたから。

リヴェリアはあらゆる繋がりを使って治療法を模索しているし、少しでも可能性がないか神々にも相談していた。でもそれでも、良い知らせはまだ入って来ない。

 

「ん……ぅ……」

 

「……始まりましたね」

 

「……うん」

 

治療してから4時間と少し。

少しずつ苦しそうな表情を見せ始める彼。

レフィーヤは優しく彼の身体を撫でる。

それは単なる自己満足に過ぎないかもしれないけれど、少しでも彼の苦痛を軽減させたいから。

 

「……それではアイズさん、お先にどうぞ」

 

「……うん、行ってくるね。2時間くらいしたら戻って来るから」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

アイズは布団から出て、自分の荷物を持ち上げる。今日はアイズから先に拠点に帰る番。こういう決まり事は交互にするようにしている。時間もしっかりと決めて、それまでは戻って来ない。

レフィーヤとの関係もここ暫くで大きく変わった。以前までは自分を慕っていた後輩気質だった彼女だけれど、最近は本当に対等な存在になれてきた感じだ。確かに冒険者としては自分の方が上だけれど、人としては彼女の方が上だから。そういうことを自覚出来たからこそ築けた関係であると思う。

……もちろん、ライバルであることもまた間違いないけれど。今はそのライバルと手を繋いで事に当たらなければならないことも、間違いなくて。

 

 

「……ノアは、もう、外も歩けないんだ」

 

いつもと比べて少し肌寒い夜の道。

まだまだ大通りでは冒険者達が酒を片手に飲み歩いているような時間帯。……けれど、彼にはもうそんなことも出来ない。こうして外を歩いて星空を見上げることも出来ないし、宴にだって参加することは出来ない。

こうして考えると、彼はもう既に多くの物を失っていた。もう2度と出来ないことが、既にたくさん出来てしまっていた。

 

アイズは拠点に戻る。

12時間間隔で治癒をかけていた時には帰るのが少し遅くなっていたけれど、感覚が短くなり始めたことで比較的早めに帰れるようになった。もちろん眠る時間についてはアミッドが調整すると言っていたので、きっとこれからはこれくらいの時間に戻ることになるのだろうけれども。

……それでも、あとこれを10回も繰り返せば全てが終わってしまう訳で。

 

「!……戻ったのね、アイズ」

 

「ティオネ……」

 

「ほら、こっち来なさい?夕食、残してたんだから」

 

「……うん、ありがとう」

 

事前にこれくらいの時間に戻ると軽く伝えてはいたけれど、どうやらそれを聞いていた彼女はアイズの帰りを待ってくれていたらしい。

アイズが拠点に帰ると彼女は玄関の近くで本を読んでいて、気付くと手を引いて食堂に連れて行ってくれる。

……ノアの件に関して、実はレフィーヤにもアイズにも特に気を回してくれていたのは彼女だった。きっと彼女だけは、2人の気持ちが分かるから。その苦しさが、想像出来たから。

 

「……そう、もうそんなに」

 

「うん……もう、5日目なんだね」

 

「そうね……否が応でも、時間は進むものだもの。何をどうしたって、その時は来るわ」

 

「……」

 

「困るわよね。いきなり余命なんて言われても」

 

「……うん」

 

そうだ、困っている。

いきなりあと半月なんて言われても、どうすればいいのか分からない。何をすれば正しいのか分からない。

アイズはただ言われるがままに『お前が側に居てやれ』というリヴェリアの言葉に甘えて、彼の側に居るけれど。それでも側に居ても、彼のために何が出来るのか分からない。それでも少しずつ彼の時間は削られていて、彼が苦痛を我慢しないで平気な顔で居られる時間もどんどん減って来ている。

……自分には、何が出来るのだろう。

……自分は彼と、何がしたいのだろう。

もしこのまま彼と別れてしまったら、自分は絶対に後から『ああしていれば良かった』と後悔するだろうに。今の自分は『ならばどうすれば良いのか』が分からない。むしろその後悔を、先に教えてほしいくらいで。

 

「それにしても、変われば変わるものよね」

 

「?」

 

「だって、あのアイズが誰かに恋しただなんて。少し前までは考えられないことじゃない?少なくとも私は想像もしていなかったもの」

 

「……うん、そうだね」

 

「それもレフィーヤと取り合うのかと思ったら、むしろ2人で甲斐甲斐しく世話焼いちゃって。彼、相当幸せに思ってるんじゃない?」

 

「……そうだと、いいけど」

 

「……好き?彼のこと」

 

「……うん、大好き」

 

「そう、もう自信を持って言えるのね」

 

自信を持って言えるようになってしまったからこそ、辛いのだろうけれど。

 

アイズは夕食を食べ終わる。

この後は少し時間を潰したら、汗を流して、着替えをして、また治療院へと戻ってレフィーヤと交代する。いくら寝ているとしても、決して彼を1人にはさせない。これは絶対だ。仮に2人とも用事が出来てしまったとしても、他の人に代役をお願いするくらいに。絶対に大切なこと。

 

「そうだアイズ、ちょっと気分を変えてみない?」

 

「え?」

 

「何をしたら良いのか分からないんでしょう?私に良い考えがあるのよ」

 

「!」

 

そうしてアイズはティオネの部屋へと連れて行かれた。それは後ほど、レフィーヤも同じようなことを提案されて、飲んだことで。

……その日の夜、2人は治療院に大きな荷物を持ち込むことになった。確かにこれならば、彼を喜ばすことが出来るかもしれないから。少なくとも暇はさせないし、代わり映えのしない毎日ではなくなるから。

最後の日まで、少しでも彼に楽しんで欲しい。少しでも彼に幸福で居て欲しい。そのための努力ならいくらでもする。助けられないというのなら、それくらい。

 

 

 

 

「やあ、元気そう……という言い方は少し失礼かな、ノア」

 

「フィンさん……!いえ、仰る通り今は元気な時間帯ですから。間違っていませんよ」

 

「……座ってもいいかな?」

 

「もちろんです、どうぞ」

 

それは4日目の昼前くらいの頃だったか。

ノアの件で諸々の対応が必要になり、遠征の延期なども含めて忙殺されていたフィンは、それでも時間を見つけて彼のところを訪れていた。少しの間2人にさせて欲しいとアイズとレフィーヤにお願いをして、今この病室には彼とフィンだけ。

……彼の件はその殆どをリヴェリアに任せていたフィン、それでも彼は大切な団員の1人であることに変わりはない。もちろん彼のために何もかもを優先することは出来ないけれど、それでも見舞いくらいには来る。

 

「……今日僕がここに来たのは、もちろん君への見舞いというのもあるのだけれど」

 

「はい」

 

「うん……まあ、こういうことは単刀直入に聞いてしまおうか」

 

「そうですね」

 

「……君の、死後のことだ」

 

「……はい」

 

それは、避けたくはあるけれど、避けずにはいられない話だから。つまりは遺言。自分の死んだ後の後始末を、どうするのかという話。こんな話はきっと、誰もしたくはないだろうから。

フィンは敢えて今日、それを聞きに来た。

ギリギリではなく、しっかりとまだ余裕のあるうちに。彼の死後のことを、責任を持ってしっかりと綺麗にするために。

 

「私の財産は、まあそれほど多くはありませんが……物品関係は全てアイズさんとレフィーヤさんにお渡し下さい。金銭はロキ・ファミリアに」

 

「……いいのかい?」

 

「恩がありますから。こんな自分を引き取ってくれたことは、今でも感謝しています」

 

「……分かった、君の意思に沿おう」

 

「それと、一応ですが今お世話になった人達にお手紙を書いているところでして」

 

「!」

 

「流石にお二人の前では書けないので、アミッドさんの診察の時に書かせて貰っているんですけど。それもフィンさんに持っていて貰いたいです」

 

「……ああ、責任を持って皆に渡すと誓うよ」

 

「ありがとうございます」

 

お世話になった人は多く居る。

迷惑をかけてしまった人も同様に。

自分の残している財産など、碌なものがない。

だからせめて、こうして言葉を残すしかなかった。感謝の気持ちを、謝罪の気持ちを、文章で示すしかなかった。そしてそれはフィン・ディムナ相手であれば、託すことが出来る。彼ならきっと皆に渡してくれると、信じられる。

 

「……私、死んでしまうんですね」

 

「……」

 

「魂も壊してしまったので、生まれ変わることも出来ないそうです」

 

「……ああ」

 

「不思議な話です。前までは魂とか生まれ変わりとか、そんなことどうでも良かったのに。……今になって少し、惜しいと思っている自分が居ます」

 

「……」

 

「また来世で、って言えませんからね。最期の挨拶の選択肢が減ってしまったことが凄く残念です」

 

「……冗談にしては笑い難いよ、ノア」

 

「ふふ、ごめんなさい」

 

悪戯そうに彼は笑うけれど、きっとその事実に対して悔やんでいるのは本当だろう。ここで死んでしまっても、来世こそはと。そう気休めに思うことさえも出来ない。ここで完全な別れになってしまうから、『来世こそは』と約束を交わすことも出来ない。

本当に今になって、分かるのだ。

魂を砕くということの意味が。今更になって、その深刻さを理解出来てしまう。来世を失うということの恐ろしさを、今になって。

 

「最近、思うようになったんです。もしかしたら生きるということは、縁を繋ぐことが目的なんじゃないかって」

 

「縁……?」

 

「はい。……その人の来世も、その次も、そしてその次も。繰り返し縁を重ねていって、沢山の人と惹かれ合っていく。そうして縁を重ねていくほどに、その次の人生は素晴らしいものになっていく」

 

「……なるほど」

 

「今が駄目駄目でも、しっかりと人と人との縁を繋いでおけば。きっとその次の人生は、今よりもっと素晴らしいものになる。たとえ今回、好きな人と結ばれることが無くても。縁さえ繋いでおけば、次こそは一緒になれるかもしれない」

 

「……でも、それは君の恋のライバルにも言えるんじゃないのかい?」

 

「ふふ、そうかもしれませんね。でも彼の場合、他の女性とも色々と縁が出来ていそうなので。来世では期待はあったかもしれません」

 

人は今の人生のことしか分からないから。だからそれに固執して、それが全てだと思って、自分の全てを掛けてしまうけれど。一度諦めてしまったら、その全てを投げ出してしまうこともあるけれど。

たとえ何もかもが上手くいかなくても、しっかりと縁を繋いで真面目に生きていれば。それはきっと次の時に生きて来る。次の生がどんなに悪い生まれであったとしても、その縁がもしかしたら助けてくれるかもしれない。

 

……だから神様達は、子供達の魂を大切にするのだ。一度死んでしまっても、真面目に誠実に生きていた子供達は、次はもっと強くなって生まれて来るから。魂がある限りは、決してその全てが消えてしまうことはないから。魂の漂白がされてしまっても、繋いだその縁だけは、決して切れることはないから。

 

「……アイズさんとレフィーヤさんのこと、お願いします」

 

「……ああ」

 

「私は結局、なにもかもを引っ掻き回してしまっただけで……フィンさんにもご迷惑をお掛けしてしまいましたけど……」

 

「……」

 

「あの2人にだけは、幸せになって欲しいんです……ここまで滅茶苦茶してきた私が、今更な願いかもしれないんですけど……」

 

「……いいのかい?君にはもう来世すらない。これが本当に最後だ。……最後の願いが他者の幸福だなんて。もっと我儘を言ったって、誰も怒らないだろう」

 

「我儘じゃないですか、十分に。自分のやったことの後始末を他人に押し付けて消えるんですから、十分に酷いことをしていますよ」

 

「……消えたくて消える訳ではないだろう?」

 

「だとしても、全部自業自得ですから。色々な狡いことをした割には、かなり幸福な終わり方じゃないでしょうか。……好きな人達と気持ちが通じ合えただけでなく、たくさんの人に死を惜しんで貰えるんですから。これ以上を求めたら、バチが当たりそうです」

 

「狡いこと、か……」

 

けれどきっと、仮にフィンが彼と同じ立場であったのなら……間違いなく、自分も彼と似たようなことをしていただろう。

自分の悲願のために、時間が足りないというのなら、同じように不死を利用してそれを実現しようとした筈だ。それは確かに狡くて、してはいけないことだったかもしれないけれど……誰が責められる。少なくともフィンには責められない。絶対に叶えたい悲願のある自分には、それを責めることは出来ない。

 

「……ヘルメス・ファミリアの団員達は来たかな?」

 

「ええ、丁度今朝方に。なんだか凄く泣かれてしまって、とても申し訳なかったです」

 

「まあ、君のおかげで僕達もある程度はヘルメス・ファミリアと交友を持つことが出来た。これはきっと、これからの闇派閥との対決において大きな力になるだろう」

 

「!」

 

「君のして来たことは、悪いことばかりじゃない」

 

「フィンさん……」

 

「少なくとも、君のおかげで増えた仕事は確かにあるけれど、君のおかげで解決出来たことも多くあるんだ。そう悲観にならず、自信を持って欲しいものだね。……ありがとう、ノア・ユニセラフ」

 

「……私こそ、ありがとうございました。フィン団長」

 

全く、これでノアが生き延びることが出来たのなら、果たしてどんな顔をして笑い合えばいいというのか。

……どんな恥でもかいてやるから、そうなって欲しい。少なくとも今話したことは全て、フィンの本音であったから。だからどうか、今この時こそ、奇跡のような何かが。起きたりは、してくれないものか。


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