【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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55.○の宣告

あれから3人は、割と退廃的と言われても仕方のないような生活を送っていた。

それこそ他の見舞いの客が来ない限りは延々とイチャついていたし、毎日のように色々な衣服を着ては、ちゅっちゅくちゅっちゅくとしているような有様。それこそまあ、ここには書けないようなことを"彼が"させられたりしたこともあったが、まあそれはいいとして。

 

10日目だ。

 

もう、リミットはそこまで迫っていた。

 

 

「ごほっ、ごほっ……」

 

 

「ノ、ノア……」

 

「だ、大丈夫、ですよ……まだ、大丈夫です」

 

「無理、しないで……?」

 

「はい……」

 

遂に、アミッドの治療を受けても立つことが出来なくなった。こうしてベッドから上半身だけを起き上がらせるにも、他人の助けがないと出来ない。水浴びをすることなど当然に出来ないし、食事も流動食。そろそろ食事そのものが難しくなるとアミッドは話した。

……既に治療間隔は5〜6時間、最低でも日に4〜5回。いくら恩恵を持っているとは言え、アミッドの睡眠時間は削られているし、これから頻度は更に上がることになる。顔色も明らかに悪くなって来た。化粧をして誤魔化す余裕すら無いように見える。

それでもアイズと話す時にはしっかりと笑顔を見せてくれるのは、悲しんで欲しくないからなのか。しかしその笑顔すらも痛々しく、顔が歪む。彼の願い通りに笑って接することなんて、難しくなる。

 

「ノアさん。リヴェリア様とアスフィさんが……」

 

「……ありがとう、ございます」

 

「っ、これは……」

 

「ノア、大丈夫か……?」

 

「……なんとか、大丈夫、です」

 

「「………」」

 

結論を言ってしまえば。

リヴェリアも、アスフィも、成果は何も無い。

2人はそれぞれに違う方面から事態の解決のために情報を集めていたし、少しでもノアを救う方法がないかと必死になって走り回っていた。それこそヘルメスの付き人という役割や、遠征の準備という仕事を投げ捨ててでも。なんでもいいからと縋る思いで希望を探し続けた。……それでもやはり、何も見つかることはなかった。既に10日も経ってしまったというのに、何一つ。

 

「すみません、ノア。何か一つでも良い報告を持って来れたら良かったのですが」

 

「いえ……気に、しないで、ください」

 

「……治療は、いつ受けた?」

 

「2時間くらい前、だよね?」

 

「はい……」

 

「そうか……」

 

彼の代わりにアイズが返答をする。

治療を受けてから約2時間でここまで辛そうな顔をするのかと思うと、であれば治療前はどれほど苦しい表情をしているのかと。恐ろしいくらい。

まだこうして起き上がれるだけ、話せるだけ、笑えるだけ、きっとマシなのだろう。それすら出来なくなるのも、きっと直ぐだ。

リヴェリアは今は折り畳みのベッドの代わりに置いてある彼の横の椅子に座り、その左手を手に取る。……以前に握った時より、ずっと細くなった。力がない。とても軽い。何より、冷たい。

 

着実に死に近づいている。

 

あと半月とアミッドは言ったが、それは具体的には何日なのか。あと何日彼にはあるのか。あと何日彼は生きられるのか。

……きっと、それも彼の気力次第なのだろう。

早ければ3日、長くても……

 

「どうだ、アイズとレフィーヤとの生活は」

 

「とても、幸せです……まあ、恥ずかしい思いも、していますけど」

 

「ほう?例えば?」

 

「……水浴び、出来なくなって」

 

「ああ」

 

「身体を、拭いてもらって、いるんですけど……昨日から、腕も、動かし難くて……」

 

「なるほど」

 

「……もう、なんだか。頭から、火を吹きそうで」

 

「……アイズ、お前達は本当に何をしているんだ?」

 

「ち、違う!あれはレフィーヤが……!」

 

「わ、私のせいにしないで下さい!?最初はアイズさんが……!」

 

「なるほど、お前達が何やら風紀を乱しているということだけはよく分かった。……状況が状況だけに多くは言わないが、あまり相手に恥をかかせるものではないな」

 

「「……はい」」

 

つまりはまあ、まだまだ子供な小娘共がはしゃいでしまったと。そういうことなのだろう。

まあ変に暗くしているよりかは、そうしてはしゃいでいるくらいの方がいいかもしれないが。しかしまあ、そこまでいくのなら、もうヤってしまえばいいのにと思わなくもない。いや、まあ流石にそれは本当に風紀が悪くなるし、ガキ共には難しい話であるかもしれないが。しかしノアがこの状況である以上は、そういう希望ももう無いということだ。

……本当に、何も残さず行ってしまうのか。

 

「……ノア、これは団員達からです」

 

「……!お手紙、ですか!」

 

「ええ、流石に大人数で治療院に押しかけることは出来ませんから。暇な時にでも、剣姫に読んで貰うといいでしょう」

 

「ありがとう、ございます。とても、嬉しいです」

 

「……皆にもそう伝えておきます。勿論、私はまだこちらに顔を見せに来る予定ではありますが」

 

聞いている話では、ノアは片目も見えていない。残った片目も、今やどれほど視力があるのか、少なくとも恩恵を持っていた時よりは低いはず。

……ロキ・ファミリアだけではない、ヘルメス・ファミリアの団員達も悲しく思っている。しかし彼と特に仲の良かった団員達は既に一度ここに来て話をしていたし、彼の側にいる2人を見て邪魔をするのも良くないと身を引いた。

アスフィだって、きっとこうして顔を合わせられるのはあと1度や2度程度だろう。まさかこんなことになってしまうなど、思いもしなかった。

 

「……アスフィさん、リヴェリアさん」

 

「「?」」

 

「……もう少し、近くで……顔を見せて、欲しいです」

 

「「!」」

 

「視力、少し、落ちてて……覚えて、いたいので……」

 

「……勿論です」

 

「ああ、何の問題もない」

 

本当に、本当にやめてほしい。

そうして死を意識させないで欲しい。

2人は意識して自然な笑みをつくり、彼の側に顔を寄せる。悲しい顔を見せなくて済むのは嬉しいが、しかし最後に見せる顔くらい、わかっていればもう少しくらい作ってきたのに。

それに、そうして顔を見せてやると、彼は嬉しげに微笑む。きっと、もう見れない顔がいくつもあると分かっているからだろう。2人もまた彼の顔をしっかりと見ながら、その頭を、頬を撫でる。

……きっと、こうして別れを惜しむ時間があるだけマシなのだ。冒険者の多くは、そんな時間すらも与えられない。けれど、こういう別れだからこそ辛いものはある。嫌でもこうして死を見せつけられる。少しずつ衰弱していくのを、指を咥えて見ていることしか出来ない。

 

「……こんなことで良いのなら、いつでも言ってください」

 

「はい……」

 

「大丈夫だ、ノア……大丈夫だ……」

 

「……はい」

 

何が大丈夫なのかは、自分でもよく分からないけれど。それでも、そう言うことしか出来ない。もう起き上がっていることが精一杯の彼を抱き寄せ、背中を撫でる。こうしていれば、彼の背中についた死神を振り払うことが出来たりしないだろうか。そもそもそんな神がいるのかどうかも分からないが。せめてその苦痛を少しでも和らげることが出来るのなら……そんな迷信じみた馬鹿げたことしか考えられないのだから、やるせない。こんなにも苦しんでいる子供が目の前に居るのに、何も出来ない自分が、恨めしい。

 

「そ、そういえばノア?ルルネが先日、面白い薬材を見つけて来まして」

 

「……ルルネさん、ですか?」

 

「え?ええ、ルルネですよ。盗賊(シーフ)の」

 

 

「……………………………………?」

 

「ノ、ノアさん?あの、あの人です。リヴィラの街で襲われた時に私と居た、犬人の女の人……」

 

「……そんな人も、居たような」

 

「「「………」」」

 

そこからのアスフィの行動は、早かった。

 

「ああ、そういえば貴方は彼女との面識が殆どありませんでしたね。実は彼女は貴方がファミリアを離れた後に都市の外から戻ってきた団員でして」

 

「あ、そうなんですね……」

 

「私としたことが、つい知っている体で話してしまいました」

 

アスフィは可能な限り明るい声でそう言う。

しかしノアが見えていないだけで、彼女を含めた他の者達の表情は全くと言っていいほどに笑みはない。出来ない。そんなものを作れるはずがない。

ルルネと初対面など、そんなことはあり得ないからだ。何故なら彼女はノアがヘルメス・ファミリアの擬似遠征に着いてきた時にトラブルを起こしてしまった張本人であり、その際に彼女に何度も何度も謝られながら感謝をされていた。そうでなくとも24階層の時にも一緒に行動していたし、彼はそんなタチの悪い冗談を言うような人間ではない。

 

「……"九魔姫"、そういえば貴女は"戦場の聖女"に呼び出されていたのではありませんか?」

 

「っ……ああ、そうだったな」

 

もちろん、そんな予定など無い。

それは今正にこの瞬間に出来たものだ。

アスフィのパスを、リヴェリアは上手く受け取った。

 

「すまないノア、レフィーヤとアイズを少し借りる。色々と手伝って貰いたいことがあってな」

 

「いえ、私はその間アスフィさんとお話しさせて貰いますね」

 

「……直ぐ戻るから、ノア」

 

「ええ、お気をつけて」

 

「……」

 

リヴェリアは2人を連れて病室を出る。……多少強引ではあったが、あの様子では気付かれてはいないだろう。少なくとも、レフィーヤが何も話せなくなるほどのショックを受けているということなど、気付かれていないはずだ。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

誰も話すことはしない。

否、話せる余裕がない。

3人はただ同じ方向へ向けて歩いていくだけ。

せめて間違いであって欲しいと。

気のせいであって欲しいと。

そう、願って……

 

 

 

 

 

「……脳に、影響が出ています」

 

 

ああ、しかし。

そんな都合の良いことは存在しないと。

そんなことは彼をずっと隣で見て来た自分達が、一番によく分かっていた筈なのに。

 

「脳、に……」

 

「……私も失念していました。しかし、起きて当然の事象ではありました」

 

「治ら、ないの……?」

 

「ある程度は治せます。……しかし、それは一時的なものです。記憶だけは欠落したままという事も考えられます」

 

「それは……これから先も、失い続けるということですか……?」

 

「……」

 

アミッドの顔は暗い。

どころか、青いとまで言ってもいい。

記憶を失い続ける、その事実だけでもう十分なほどに苦しいのに。

まだこれ以上のことがあるとでも言うのか。

彼女は少しの間、思考するように目を閉じて黙りこくった後……ゆっくりと目を開けて、3人に真剣な表情を向けた。それは彼女の治療師としての覚悟が出来たということ。

 

「……私は治療師として、皆様に酷な選択肢を突き付けなければなりません」

 

「え……?」

 

「どういう、ことだ……?」

 

 

 

「……安楽死、という選択肢です」

 

 

「「「!?」」」

 

つまりは、限界が来る前に彼の命を絶つという。

苦しむ前に楽に死なせるという。

そういう話。

 

「ど、どうしてそんな!?」

 

「脳が劣化する、これがどういうことか分かりますか?」

 

「……?」

 

「劣化する箇所次第では、人間としての最低限の機能すら破壊されることになります」

 

「っ!!」

 

「それだけではありません。仮に記憶のみが消去されるにしても、本人がそれに気付いてしまえばどうなりますか。……既に身体の苦痛に悩まされている状況です。死の恐怖を明確に感じ始めている頃合です。そんな中で記憶の消却という恐怖まで覚えてしまえば……」

 

「……だめです、そんなの」

 

「レフィーヤ……」

 

「そんなの……耐えられる訳ないじゃないですか……!」

 

つまり。

彼が死ぬ時に、どんな状況にするのかという話。

 

数日程度は本来より長く保たせても、記憶も滅茶苦茶で、人間としての機能も損失し、意識があるのかどうかも分からない状態で死なせるのか。

 

それとも、死期は早まるが、最後まで周囲の人間を認識できる状態で、特に苦しむ事もなく皆に見守られながら死なせるのか。

 

どちらがいいのかという、そういう話。

 

「……アミッド。仮に安楽死を選んだとして、今からだと何日保つ」

 

「……私が付き切りになるとしても、2日後には」

 

「2日後!?」

 

「そ、そんなに……早いの……?」

 

「お二人は、今朝の治療前の彼の様子を見ているはずです」

 

「「………」」

 

「当初、私が見積もっていたのは15日です。しかし脳の劣化という事象が判明した現状では、安楽死という選択を捨て、長く見積もっても14日が限界です。……人として死なせたいのであれば、今日から少しずつ調整をしていかなければなりません」

 

「「「………」」」

 

朝の治療の前。

彼の容体は、アイズとレフィーヤが思わず恐怖してしまうほどに酷いものだった。治療後2時間であの状態なのだから、それは当然の話だ。

寝ている最中に突然血を吐き出したかと思えば、起き上がる事も出来ずにもがき苦しみ、血に黄色の混じった赤黒い液体を吐き続ける。慌ててやって来たアミッドの治療によってなんとか一時的に容体は落ち着いたが、彼は治療を終えた後も暫くは吐き続けていたし、その間は意識すらも殆ど無かったようだった。

……それほどの状態だ。

そもそもアミッドが居なければ、既に死んでいる状態。2日間というのも、アミッドが努力しての話になる。最低でも相手と普通に会話の出来る状態を保ちたいのであれば、それは2日が限界なのだ。……それ以上となると本当に、彼は苦しむこととなる。

 

 

 

「………死なせてやってくれ、アミッド」

 

 

「!?」

 

「リヴェリア様っ!!」

 

 

「これ以外に選択肢などあるか!!」

 

 

「「っ」」

 

 

「……よろしいのですね、本当に」

 

「ああ、これは私が決める。……他の誰にも決めさせない、私の判断だ」

 

「……分かりました」

 

「リヴェリア……」

 

ノアは当然。アイズにもレフィーヤにも、その選択はさせない。他の誰にも相談することはなく、この責任は全てリヴェリアが引き受ける。それが彼女の選択だった。

……それが彼女の取れる、唯一の責任だった。

 

「今日明日と、少しずつ彼の意識を保ったままに身体だけを衰弱させていきます。言語能力の維持に努め、思考能力も一定の水準で安定させます。……そうして、緩やかに死へと向かうように誘導します」

 

「……ああ」

 

「可能な限り苦痛を取り除くようにはしますが、それにも限度があります。また、私が隣に着く事で彼が自身の死が近いことを意識することは回避出来ません。それについては皆様で対応をお願いいたします」

 

「……っ、はい」

 

「最後に……」

 

 

「力になることが出来ず、申し訳ありませんでした」

 

「「「っ」」」

 

「自身の未熟を恥じます。今回の件に関して、私は適切な処置を行うことが出来ませんでした。治療法を確立する事も出来ませんでした。また、事前に治療院へ受診して頂いていたにも関わらず、この様なことになってしまったことについては、弁解の仕様がありません。治療院を代表する者として強く責任を感じております。……本当に、申し訳ありませんでした」

 

「そんな、こと……」

 

きっとそれは、この10日間、彼の治療をし続けて来た彼女だからこそ強い責任を感じてしまっているのだろう。最初から最後まで解決策を提示することが出来ず、以前に診療を受けた時の記録を改めて見返した際に漸く異常に気付き、延命のための薬剤の調合すらすることが出来なかった。

延々と魔法を使うだけで、治療師としては何も出来ていない。生きてさえいれば、どんな人間であろうと治療出来る筈の魔法でも、彼の劣化を止めることは出来ない。

 

……本当は安楽死など、提示したく無かった。

 

だが自分の実力と頭では、それ以外の最善が見つからなかった。彼を癒すどころか殺すという方法でしか、彼を楽にする方法が思い付かなかった。

 

もしあの時に他の団員でなく自分が診ていれば、もっと早く彼の記録に目を通していれば。彼は24階層に行くこともなく、もう少し長生き出来ていたかもしれない。恩恵がある状態ならば、まだやりようはあったかもしれない。

アミッドの感じている責任は重い。それは彼が聞けば背追い込み過ぎだと、アミッドのせいではないと言うかもしれないが。他の何より、彼女自身がそれを許せなかった。

 

「……嫌」

 

「レフィー、ヤ……」

 

「そんなの、嫌です……嫌……」

 

泣き始めたレフィーヤを、アイズが抱き寄せる。……いつかこうなると分かっていたけれど。時は流れるものだと知っていたけれど。それでも、そうだとしても。愛した人間が死にゆくことを、時間があれば受け入れられる訳がない。それはアイズだってそうだ。リヴェリアだってそうだ。こんな結末、誰も受け入れることなど出来るはずがない。こんな結末にならないように、してきたはずなのに。

 

「ぅっ、ひぐっ……」

 

胸が痛い。

頬を涙が伝う。

声が出せない。

息が止まる。

唇を噛み締め。

眉間に皺がよる。

 

……自分はまた、失うのだと。

 

アイズはその事実に、憎しみすら抱くことが出来ず、ただただどうしようもない喪失感に支配されていた。

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