【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。   作:ねをんゆう

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57.絶望○底

きっと、数多ある人の死に方の中では。

過去の多くの冒険者達が直面したそれと比べれば。

それは十分に、救われた死に方だったのだろう。

 

……そんなことを冷静に考えながら、今にも自分の頬を殴ろうとする右手を抑えつける。それでもと暴れ出しそうなその身を、唇を噛み締めて食い止める。

 

何が救いだ。

何が報いだ。

 

どうしてこの世界はこんなにも、残酷なのだ。

 

 

リヴェリアは泣いている者達を見て、もう数十分もこのままに悲しみに浸っている空間を見て、ただただ立ち尽くすことしか出来ない。遂に辿り着いてしまったこの結末を、どれほど時間が経っても受け入れることが出来ない。

 

 

 

「クリュティエ……」

 

 

「…………私に、構わないで。アポロン」

 

 

「だが……」

 

 

「私は……貴方に、照らされるべきなんかじゃないの……」

 

 

「……」

 

 

「私は……もう、いいの……」

 

 

「「っ!?」」

 

 

彼女がそう言葉にした直後、彼女の足元が突如として青色の炎によって発火した。

突然のその現象にリヴェリアも含めて周囲の全ての者達が驚くが、しかし彼女のそんな姿を見ても驚くことなく眉を顰めるだけだったのは、他ならぬ神々だけであった。

彼等だけは、こうなることを知っていた。

知っていたからこそ、驚くことはなかった。

 

「……止めても止まらないのは、本当に、ノアにそっくりだな」

 

「……違うわ。私があの子に似たんじゃない。あの子が私に似てしまったの」

 

「……そう、かもな」

 

彼女の足から発火した青い炎は、少しずつ彼女の身体を焼いていく。しかしロキはそれすら気にすることもなく、彼女に肩を貸し、立ち上がらせた。

それを見たレフィーヤはフラフラと近くに置いてあった、ノアが持ち込んでいた敷物を持って来て、彼女の近くへと敷く。……そしてアミッドは、そうしてロキに座らされた彼女の横に、彼の亡骸を持っていった。

 

……もう、誰もがなんとなく察していた。

 

 

 

「魂の、物質化……」

 

 

「……!」

 

「この子を、少しでもこの世界に残すには……こうするしかなかった」

 

「………」

 

「それでも、半分くらいは、消えてしまったけど……」

 

彼女はそうして自らの手に握っていたその黄色の欠片を、目の前のレフィーヤへと手渡す。今も目を真っ赤にして、もう流す涙もないほどに泣き散らして、声すら掠れてしまっている、彼女の元に。

 

「……いいん、ですか?」

 

「いいの。貴女にしか、任せられない」

 

「でも……」

 

「少なくとも、私は……最初から貴女しか、信用していない……」

 

「……!!」

 

「私はね、レフィーヤちゃん。善神なんかじゃないの。……だから自分のことは棚に上げて、誰かのことを憎むことが出来る。そんな自分のことを最低だと思うけど、その衝動に動かされて、他人に酷いことだって出来る」

 

「女神、様……」

 

「……」

 

「ねえ、剣姫?……私、貴女のことが嫌いよ」

 

「っ」

 

「だから……これから私がすることで、死ぬほど苦しんで欲しいって。理不尽かもしれないけど、心から願ってるわ」

 

「!?」

 

「待て、待てクリュティエ……!何をする気や!?」

 

「契約を守るだけよ。……本当は、こんなことのために結んだ契約では無かった筈だけれど」

 

「契、約……?」

 

神ではない彼等には、そのやりとりが分からない。今も聞いているだけでは、何が起きているのかも分からない。何が起きようとしているのかも分からない。しかしそれは神々である彼等とて同じ。しかし契約という言葉の持つ重みだけは、神である彼等はよく分かっていた。

 

「大丈夫。レフィーヤちゃんとアキちゃんには、そんなに影響は無いはずだから。……他の子達は、知らないけど」

 

「クリュティエ!契約って、何の契約や!?今更なにをするつもりなんや!?」

 

 

 

 

「……前の世界の記憶を、戻してあげる」

 

 

 

 

「「「なっ!?」」」

 

目を見開く。

体を強ばらせる。

 

だってそれは、あまりにも……

 

あまりにも、恐ろしい契約だったから。

 

「これはね、私が消える時に履行することになっていたの。私が消えることは殆ど分かっていたから。だからそこを鍵にした。……全員が前のことを思い出して、全員がこの子と同じ目線になれるように。本当の意味でこの子を孤独から救ってあげられるように。……対価として提案してくれたのは貴女よ、"剣姫"」

 

「私、が……」

 

「下級の女神、殆ど妖精と言っても良いほどに神としての力のない私がこんな大それたことをするには、契約で色々と補強して貰う必要があったから。……だから、この契約は私にだってもう止めることは出来ない」

 

言うなればそれは。

その全てが、自分達で蒔いた種ということ。

クリュティエ自身にも止められない。

そもそも止めるつもりもない。

だって、苦しんで欲しいから。

泣いて欲しいから。

分かっているとも、それは理不尽だと。

このまま自分だけが消えれば済む話だと。

けれどクリュティエという女神は、そうして素直に消えることが出来るほど善神ではないから。いつもそうして間違いを犯してから、酷く自分を罰する神だから。

 

だから……

 

 

 

 

「みんな、苦しんで?」

 

 

 

契約は、履行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今度こそ、気付いてみせます」

 

「……」

 

「今度こそ、彼を幸せにしてみせます」

 

「……」

 

「だから、お願いします……私も、協力させて、ください……」

 

「……」

 

女神クリュティエがレフィーヤやアキ達と時間を巻き戻すということについて話していることを知ったのは、アイズにとっては本当に偶然のことだった。

フィンによって最近のレフィーヤと女神クリュティエの関係について調べて来て欲しいと言われ、そうして彼等の話している内容について、アイズは扉越しに聞いてしまったのだ。……それがフィンの思い通りだったかどうかは、ともかくとして。

 

「お願いします……」

 

「……」

 

何も迷うことはなかった。

そしてその言葉にも、偽りはなかった。

ずっと、後悔していたから。

 

彼が亡くなった後。

偶然にリヴェリアの部屋で彼の日記を見つけてしまって、それを読んでしまった時から。ずっとずっと、後悔していたから。そして頭が滅茶苦茶になっていたから。自分を追いかけてロキ・ファミリアに入って来た彼のことは、彼との出会いは、アイズだって、ちゃんと覚えていたから。

どうして、どうして気付けなかったのだろう。

どうして分からなかったのだろう。

少し考えれば分かる筈だったのに。

彼はあんなにも苦しく悩んでいたのに、どうして自分はそれに気付くこともなく、見ることもせず、能天気にしていたのだろうと。ずっとずっと後悔していた。それを忘れるために、その思考の苦しさから逃げるために、とにかくダンジョンに潜ったりもした。戦っている間は何もかもを忘れられたから。そうやって逃げ続けていた。そうして自分の責任から逃げ続けていた。

 

……だから。

もしかしたらこれも、逃げだったのかもしれないと。

今更ながらにそう思う。

過去に戻ってやり直すなんていう甘い言葉に惹かれて、その責任から逃げ出すために食らいついたのではないかと、今更になって、そんな光景を思い出しながら、そう思う。

 

「……確かに、この計画に貴女が協力してくれるのなら、私達にとっても都合は良いわ。結局のところ、この街で1番に運命を切り開ける力を持っているのは貴女だもの」

 

「それなら……」

 

「でも、信じられない」

 

「っ」

 

「過去に遡っても、本当に貴女は気付けるの?この3年間、あの子の気持ちにずっと気付けなかった貴女が」

 

「それ、は……」

 

「それなら私は、レフィーヤちゃんに賭けたい。私がここに帰って来たと知って、何より最初に謝りに来たあの子に。……確かに可能性はずっと低いけれど。少なくとも、今日の今日まで逃げるようにダンジョンに篭っていた貴女よりは信頼出来る」

 

「っ」

 

神の目は誤魔化せない。

アイズがクリュティエから逃げていたことなんて、彼女はとうに気付いていた。

だから計画の中心はレフィーヤを据えていたし、正直ノアの性格を考えるに可能性は低いけれど、レフィーヤがノアの心を惹くことが出来ることに賭けようとしていた。

 

「お願いします……」

 

「……」

 

「絶対、絶対に、役に立ちます……ノアのこと、助けます。ノアのこと、幸せにしてみせます……だから」

 

「……信用出来ない」

 

「……」

 

「…………でも、確かにあの子を救うのなら。貴女が居てくれた方が可能性が高くなるのは、本当」

 

「!」

 

「だから……私の感情だけで判断するのも、違うわよね」

 

「クリュティエ様……!」

 

正直クリュティエとしては、気は乗らないというか。正直アイズを自分の大切な子の恋人にするには、あまりに頼りないと思ってしまうけれど。

……それでも、その子が愛した子だから。母親である自分が子供の恋人まで選ぶというのは、流石に違うと思うから。

 

「いいわ、貴女にも記憶を思い出せる道具を作ってあげる」

 

「ありがとう、ございます……!」

 

「……でも、そのためには貴女とあの子の明確な繋がりのある物が必要なの。何か持っているかしら?」

 

「それ、は…………日記、とか……?」

 

「日記……ノアの?」

 

「は、はい……」

 

「……繋がり、あるのよね?」

 

「……読んだだけ、です」

 

「う〜ん……」

 

実際、アイズにはノアとの繋がりになりそうな物は殆ど無かった。彼が亡くなった後からアキとレフィーヤは肌身離さずに花飾りだとか手帳なんかを肌身離さず持っていたけれど、しかしアイズにはそういうものはない。日記だって、どちらかと言えばリヴェリアがずっと持っていたものだ。偶然に読む機会があっただけ。それを自分の物だと言い張るのは、なかなかに難しいことだろう。

 

「……それしか、ないのよね」

 

「……はい」

 

「そうなると、やっぱり効き目は悪くなるわ。過去に遡ると言っても、何処まで届けることが出来るか……少なくとも、レフィーヤちゃんやアキちゃんと同じ地点まで届けることは出来ない。つまり、思い出すのも彼女達よりずっと後のことになる。思い出せるかどうかも、貴女次第になる。それでもいい?」

 

「は、はい……」

 

「……もちろん、時間遡行の起点にするのは貴女達になるから。それでも強い感情は多少は残ると思うけど」

 

「……絶対、助けてみせます」

 

「……分かったわ。信じるわよ、アイズちゃん」

 

「はい、絶対に……」

 

思い出す。

そんなやりとりをしたことを。

そうして約束をしたことを。

 

「ぁ………あぁ……」

 

その約束は、果たせただろうか。

自分は、何をして来ただろうか。

あの時の自分は、本当に、彼を助けようとしていたのだろうか。

 

……むしろ自分は、彼ではなく。

 

自分自身を。

 

 

 

 

 

 

 

「すまない……すまない……」

 

「……」

 

「私が、私が愚かだったんだ……貴女から、任されたのに……私は、私は、何も……」

 

「……顔を上げて、リヴェリアちゃん」

 

「私は、私は……!!」

 

リヴェリアは額を床に擦り付ける。

それほどに強く謝罪する。

そんな彼女の姿を他のエルフ達が見てしまえば、きっととんでもないことになってしまうだろうけれど。しかし彼女は、それでも……自分のことが、許せなかった。

 

「すまない……すまない……」

 

「……顔を上げなさい」

 

「…………っ!?」

 

顔を上げたリヴェリアの頬に、クリュティエは平手打ちをした。

 

「……リヴェリアちゃん。確かに私は、貴女のことが憎いと思ってる。あの子のことを守れなかったこともそうだけど。何より、あの子のことを見てあげなかったことも」

 

「っ……」

 

「でもね、私も悪いの。ううん、私が1番悪い。……自分のことばかり考えて、あの子を放って。天界に帰ろうとした。あの子のことを貴女達に押し付けようとした私だって、当然悪い」

 

「そんな、ことは……」

 

「私は貴女が憎いけれど。それと同じくらい、やっぱり貴女のことが好きなの。……友人として、好ましいと思ってる」

 

この女神は、善神ではない。

けれど、慈悲深い女神だ。

大切な相手のためならなりふり構わなくなる。

けれど、それでも優しい女神だ。

 

リヴェリアのその謝罪が心からのものだと分かった時から、責めるつもりなどもうなかった。彼女のそのやつれ様を見た時から、責めることなど出来はしなかった。自分が罰を与えるより前に、彼女は自分自身で罰を与えていたから。クリュティエ自身がそういった気質を持っているが故に、彼女はそういった自罰を尊重していた。そうすることによって得た、反省を。無碍には出来なかった。

 

「……女神クリュティエ、頼みがある」

 

「……なにかしら」

 

「貴女やレフィーヤ達が、何をしようとしているかは……概ね理解している」

 

「……そう」

 

「私を、信用しないで欲しい」

 

「!」

 

「頼む、お願いだ……私なんかを、もう信用しないで欲しい。私なんかに、あの子のことを、任せないで欲しい」

 

「貴女……」

 

「私は、私が思っていたよりずっと、考えが足りていないんだ……それが今回の件で嫌というほどによく分かった。私ではあの子のことを、幸せには出来ない……」

 

「……分かったわ。今回の件に、貴女は巻き込まない」

 

「すまない……すまない……」

 

「いいのよ、最初からそう言って貰えた方がこちらとしても楽だもの。……ごめんなさい。恨むなら私を恨んで。全て私が悪いのだもの」

 

彼女はそう言った。

そう言って、悲しげに笑った。

あの子と同じ笑顔で。

 

「ぁ………ぁあ……」

 

そうだ、そうしたんだ。

関わらないと、関わらせないで欲しいと。

そう願ったのだ。

 

……そう、逃げたのだ。

 

あの苦痛から。

あの涙から。

そうして。

 

 

 

 

「……まさか、貴女が見逃してくれるなんて思わなかった。ロキ」

 

「……まあな」

 

だからそれは、最後の前日。

その夜にロキの部屋を訪れた彼女は、部屋を暗くした月明かりの下で、互いの顔を見ることもなく言葉を交わした。

 

「……このままやと、オラリオは終わる」

 

「……」

 

「必死に戦力を掻き集めとるけどな、それでも敵の手が未知数過ぎる。ここ数日フレイヤの所に行ったりして、動いとったら。結局、敵の正体を見破ることすら出来んかった。……勝てたとしても、うちのファミリアは半壊する」

 

「……だから、貴女にも都合が良いってこと?」

 

「それがほんまに出来るんならな。……正直、半信半疑ってとこや。どうやったって天界からの干渉は防げんやろ」

 

「それが、そうでもないのよね」

 

クリュティエは未だに血の跡が残っているボロボロのカバンを撫でながらそう言う。言わずとも、それはノアの物だった。彼が最後の瞬間まで身に付けていた、それ。

 

「私は下級の女神ではあるけれど、神として当然である"不変"という性質を破ったことのある数少ない例外」

 

「……!」

 

「水の妖精でありながら、太陽に焦がれ、対となる大地根付く向日葵となった。……後天的に身に付いたこの権能だけは、特別なの」

 

故に女神クリュティエは。

自身の身で神力を行使することは出来なくとも、自身の分身である向日葵を用いることによって間接的に神力を比較的自由に行使することが出来るという、彼女にのみ許された想定外の特異性を持っていた。それは孤立していたが故に誰にも知られていなかったもの。……もちろん、それは通常の神力とは違い、非常に出力の弱いものにはなってしまうけれど。それだけで世界を変えることなど、到底出来はしないけれど。

 

「自分の存在くらいなら、消せる」

 

「……ほんまに、そこまでするんか」

 

「同じ手段が使えたのなら、今の貴女なら、絶対にやらないと言い切れる?」

 

「………」

 

「私はするわよ、ロキ。……だってこんなの、受け入れられない。あの子が幸せになるためなら、自分自身が死んだっていい」

 

「……そうか」

 

子供達にはまだ来世があるのに。

……などということは、ロキには口が裂けても言えなかった。ならば同じように自分の眷属達が全滅したとして、自分をそれで納得させることが出来るのかと問われれば、そんなことは絶対に出来ないから。……自分だって今こうして、そのやり直しを見過ごそうとしているのだから。

 

「……すまんかった」

 

「駄目、許さない」

 

「……」

 

「許さないけど、別に何もするつもりはないわ。私がただ貴女を恨んで、これはそれで終わり。私は貴女を罰しないし、叩いてもあげない」

 

「……」

 

「……だから、せめて次は、愛してあげて」

 

「……ああ」

 

「次に思い出した時に、貴女が絶望しないようにしてあげて」

 

「……分かっとる」

 

「お願いよ、ロキ。……次こそは、次だけは。もう、私には手が出せないから」

 

「……約束する」

 

そうして、交わした筈だ。

そうして、言葉にした筈だ。

次こそ、絶対に、そう言って。

 

「……あぁ」

 

今、絶望しているだろう。

今、笑っていられるだろうか。

今、何を思っている。

 

今、自分は心の内に、何を感じているだろうか。

 

 

 

 

 

「ぉっ………ぅぇっ……」

 

 

「アスフィ!!アミッド!!剣姫を!!」

 

「わ、分かってます!!」「はい!」

 

 

「………っ、ぁ……ぁあ……ぁぁぁあぁぁあああああああああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「剣姫!!落ち着いてください!!剣姫!!くっ……!!」

 

「おやめ下さい!!そんなことをしては……!!」

 

 

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、はぁっ……」

 

「ゆっくり、ゆっくりと呼吸をするんだ。……そうだ、一度思考を捨てろ。情報を1つずつ整理していけ。全てを曖昧に受け入れてはならない、1つずつ見据えるんだ」

 

 

 

「ぁあ……ぅっ、ううぅぅぅぅああああああああああ……!!」

 

「っ……リヴェ、リア。駄目だ。感情に飲み込まれるな。思考に浸るな、リヴェリア!」

 

ヘルメスはもう何もない胃の中のものをまだ吐き出そうとしているレフィーヤの背を摩る。アスフィはアミッドと共に自傷行為をし始めたアイズを必死になって止める。アポロンは過呼吸になり始めたアキをゆっくりと諭し。フィンは自分自身もその影響を受けながらも、それでもより強い絶望を味わったリヴェリアを揺さぶった。

 

……地獄絵図。

 

本当に、そう言っても差し支えなかった。

 

けれど、そうなってしまっても仕方のないことではあった。それほどになってしまっても当然な、状況であったから。

 

最悪の、最悪の追い討ち。

二重の絶望。

二重の罪悪感。

 

片方だけでも耐えられなかったそれが、今こうして彼等に重なって襲い掛かっている。それはどれほど強い精神を持っていたとしても、どう耐えれば良いというのか。

前の時にはノアとはそれほど関わりを持っていなかったからこそ、ヘルメスもアスフィも平気でいられる。関わりの深かった者ほど、それは辛いのだ。

彼を助けられなかったという事実が、その意味が、その受け止め方が、大きく変わってしまう。単に彼を助けられなかったのではない。2度も助けられなかった。……どころか、それまでの自分の全ての行動が刃となって突き刺さって来る。あらゆる全てが自分を殺す刃物となる。

 

……それは、そう約束した者に特に。

 

その約束を守ることが出来ず、どころか逆に傷付けるような真似をしてしまった、自分達に。仕方のないなどという言い訳は、他の誰が言ったところで、彼等自身を納得させる言い訳になどなってはくれないから。

 

 

 

「……やっぱり。あまり、気分の良いものではないわね」

 

そんな彼等を見て。

クリュティエはいつものように悲しげな笑みを浮かべて、呟いた。


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