【完結】剣姫と恋仲になりたいんですけど、もう一周してもいいですか。 作:ねをんゆう
誰も救われない。
誰も笑うことなど出来ない。
誰も幸せになることなんて出来ない。
「私は、わたしは……なんで、なんで……なんでなんでなんでなんでなんでなんで!!!!!!!!!!!」
「剣姫!!落ち着いてください!!」
「アイズさん!!」
でも、知らなかったから。
覚えていなかったから。
そんなの、仕方のないことだ。
……そう言うことは簡単だ。
ならばそれを受け入れられるのか?
そう言い訳することが出来るのか?
そんなの無理に決まっている。
「わたしは、今度こそ……今度こそ!!ノアのこと、助けないと、いけなかったのに……!!」
彼の想いに、必ず気付くと。
今度こそ幸せにするのだと。
そう約束したはずなのに……それなのに。
ずっとずっと、自分のことばかりを考えていた。一度も以前のことを気付くことなど出来ず、思い出すことも出来ず。今この瞬間まで、忘れていた。どころか多少は残る筈だった感情が、残っていてもこの様だった。
何をしていたんだと。
自分は何を考えていたんだと。
自分はあの時、本当に後悔していたのかと。
ただ楽になりたかっただけなのではないかと。
そうして、結果的に1度目と変わらず彼のことを傷付け続けていた自分を思い出し、許せなくなる。能天気に彼の想いを弄んでいた自分を。手遅れになってからしか向き合えなかった自分を。ただ只管に自分を助けてくれることだけを求め、彼を助けることなど、遂には出来なかった自分を。
「……死んでしまえ」
死んでしまえ。
死んでしまえ。
自分の方がよっぽど死ぬに値する人間ではないか。絶望する。切望する。あまりに幼稚なことしか考えていなかった過去の自分に、殺意すら抱いてしまう。どこまでも自分本位な自分に、嫌悪すら抱いてしまう。
「………クリュ、ティエ」
「思い出した?ロキ」
「……ああ」
「どんな気持ち……?」
「……お前と、一緒や」
「そう……」
「……いや、お前の方が辛いに決まっとる」
「そんなことはないと思うわ。……だって私はもう、絶望し切ってしまったから」
「……」
既に炎は彼女の腰元まで来ている。彼女の足は完全に焼失し、彼女はノアの手を握りながら自身の完全な消滅を待っている。
……生まれ変わりなどない、永劫の消滅を。
「自分の存在を賭けてまで、する必要があったのかクリュティエ……魂の物質化なんて」
「さあ、どうかしら……でも、この子が消えるのなら、私も消えるのが筋だと思うの」
「クリュティエ……」
「私はそういう女。それは貴方が1番よく知っているでしょう?アポロン」
「……」
ノアは消えた。
クリュティエもまた消える。
彼等主従はこうして皆の心を荒らすだけ荒らした後に消え去り、2度とこの世界に姿を現すことはない。
これが時間を巻き戻し、辿り着いた結末。
結局、前の世界と同じように。
この世界も恐らく、行き詰まる。
……つまりは、何も変わらない。
変わることはない。
同じように挑み。
同じように敗れ。
同じように犠牲を出す。
ただ、彼の魂が消えただけ。
ただ、一柱の女神が消えるだけ。
そういう意味で言うのなら、逆に、やり直す前より、状況は悪くなったと言っていいのかもしれない。けれどそれはきっと、世界をやり直そうとしたが故の罰だから。罪に対する、明確な代償だから。
だからきっとこれは、仕方のないことで。
「………違う、女神クリュティエ」
「……なにかしら、"勇者"」
「違う、違うはずだ。……まだ、他に手はあるはずだ」
「……フィ、ン?」
それでも、と。
勇者は、立ち上がった。
かつて見た英雄たる少年のように。
以前のあの時には難しかった彼の真似事を。
今この時こそ、それを再現するかのように。
「教えてくれ、女神クリュティエ。……貴女が最後の力を使ってでも、彼の魂を物質化した理由を」
「……」
「彼を……ノア・ユニセラフを救う方法は、まだあるんだろう?」
「え……」
フィンは看破した。
神の秘め事を。
何故なら、天界でも常にアポロンを見上げるだけであった彼女は。そもそも生来の気質もあって、他者との騙し合いなど得意ではなかったから。仮に神であったとしても、そういった経験など皆無に近かったから。
故にこうして対面して、言葉を交わして、感じた違和感を、フィンは見破った。彼女という女神の、善性も含めて。その、想いも含めて。彼は知っていたし、思い出したから。
「あるん、ですか……?本当に……」
「……」
「クリュティエ様……!!」
こうしている間にも、彼女の身体は消えていく。だから、時間がない。時間がないのだ。それを聞くためには、それを聞かなければ、どうしても……まだそこに、僅かであっても、可能性があると言うのなら。
「クリュティエ!!」
「教えて下さい!!クリュティエ様!!」
「……」
「頼む……クリュティエ!!」
「……………………………時を戻しても、運命を破れなければ、意味がない」
「それは分かっとる!」
「それなら、そもそも……破れる人間が、行けばいい」
「「「!!」」」
「……剣姫。貴女が過去に、行けばいい」
「!?」
彼女が話したのは。
本当にそれだけの、単純な話だった。
どうしても運命が破れないのなら。
破れる人間を送り込めばいいと。
本当にただ、それだけの話。
「わ、たし、が……」
「待て!!……それは、そんなに簡単な話やないやろ!!」
「そうね……最低でも、1柱の神の犠牲と。剣姫、貴女が死ぬ必要がある」
「な、何故だ!?何故アイズまで……!?」
「魂を送って……過去の貴女の魂と、同化させる。時の修正力と、天界からの干渉を、回避するには……これしか、ない」
「……肉体ごと送れば、時の女神の目を掻い潜れない。だが魂を送るには、肉体からまず切り離す必要がある。だから一度死ぬ必要がある、ということか」
「……そう」
それは最初から手段としてはあった。
しかしクリュティエはもう一度彼に会いたかったから、使わなかった。そもそもアイズが信用出来なかったから、複数人に可能性を分配した。
……そしてきっと、彼女はここでこの話をするつもりも本当はなかったのだろう。だってそんな話を聞いてしまえば、そうするしかなくなってしまうから。そうなれば傷付くのは、この件について1番に足掻いてきた彼女だ。クリュティエの友人たる彼女。だから教えず、このまま消えようとしていた。……彼等が気付いたその時に、一応の可能性だけは残して。
「駄目だ!!!!!!」
「………リヴェ、リア」
「そんなのは!絶対に駄目だ!!絶対に!!……やめてくれ、アイズ。やめてくれ、頼む……」
「……」
「ノアが居なくなって、お前まで居なくなるというのか?……そんなの、そんなもの!!認められる訳がないだろう!!」
「私は絶対に!!そんなことは許さない!!!」
リヴェリアは絶叫するように言葉にした。
当然だ。
当たり前だ。
クリュティエとて分かっていた。
そんなの、絶対に駄目だ。
これ以上、どうして失うことが出来るものか。
それは他の者達だって同じだ。
魂を移動させるということは、つまり、この世界からアイズの魂もまた消失するということだ。アイズが運命を変えた瞬間に、その時間軸と今ここに居る時間軸は分岐してしまうから。未来永劫、アイズの魂はこの世界に戻って来ないし、現れることもなくなってしまう。……彼女という英雄たる器が、完全に消失するのだ。それはつまりは、本当に、この世界にとっての絶望を表していて。
「……クリュティエ。この物質化した魂を、仮に剣姫の魂に乗せて過去の彼に渡した場合、どうなる?」
「……魂には、記憶が、宿ってる」
「「「!!」」」
「同化すれば、記憶も、ある程度……共有……出来る、はず」
「……それでも、運命は破れないと」
「……それは、過去の……剣姫、次第……」
「っ」
「ノアには……出来、ない……絶望、する、だけ……」
アポロンは目を瞑り、思考する。
消え掛ける彼女の頬に手を当て、流れるその涙に濡らされながら。心を定める。自分がすべきことを。自分の成すべきことを。自分のして来たことを。……そして。
「……過去への送還は、私がしよう」
「っ」
「……いいのか、アポロン」
「これは私の償いだ。良いも悪いも無い。……それに、別に私は消える訳ではない。これでも力だけはある神だからな。ただ天界に戻されて、罰を受けるだけだ。その程度で済むのなら、何を迷うことがある」
「アポ、ロン……」
「すまなかった、クリュティエ。私は、ずっと自分の罪に向き合うことを恐れていた……君に向き合うことを、ずっと、恐れていた」
「……それ、は」
「最後くらい、君の役に立たせて欲しい。……一度くらい、君の願いを叶えさせて欲しい」
もう2度と、会うことはないから。
何千年、何万年経っても、出会えることはないから。自分の全てを代償に力を行使した彼女は、このまま完全に消え去ってしまうから。
だからこの仕事は、この願いだけは。どうしても、他の誰にも渡したくない。この程度で自分の罪を償うことなど出来はしないと分かっていても、それでも。……レフィーヤ達と同じだ。最期くらい、愛した相手に、希望を持って欲しいのだ。きっと彼を助けてみせると、そう伝えたい。
「……私、行きたい」
「アイズ!!」
「……行かせて、リヴェリア」
「駄目だ!!絶対に許さん!!」
「行かないと……自分を、許せない」
「っ」
「ここで行かないと、私は……自分を、殺したくなる」
リヴェリアはアイズの首を見る。
自分の指で掻きむしった、その酷い痕を。
自分の血に濡れて、治療しても綺麗になることはない、その指を。
「ぁ……ううっ……」
そして理解した。
きっとここで行かなければ、アイズは、この絶望に耐えられなくなるのだと。それは遅いか早いか程度の違いでしかなくて。どちらにしても、必ず何処かで……アイズ・ヴァレンシュタインは破滅することになるのだと。
「……私も、行きます」
「レフィーヤ……」
「今更一緒は嫌なんて、言わないですよね。アイズさん」
「……うん」
きっともう、この世界は駄目なのだろう。
アイズ・ヴァレンシュタインとレフィーヤ・ウィリディスが消え、恐らくリヴェリアもまた再起不能になる。そして同時に彼女を起点とした最後の英雄の足取りは止まり、あらゆる全てが絶望へと突き進む。
フィンはそう直感した。
ヘルメスもまた、下唇を噛み締めた。
けれどもう、きっと、どうやったって、アイズを止めることは出来ないから。こうなってしまった以上、フィンもまた、この絶望に向き合わなければならないから。
「………駄、目」
「え?」
「クリュティエ、さま……?」
「今の、貴女では……駄目……」
「なん、で……」
「貴女の、こと……信用、出来ない……から」
「っ」
息が止まる。
睨まれるように向けられたその目に、身体が止まる。
それほどに、信用されていないのだと。理解する。
当たり前だけれど。当然だけれども。
そうだとしても。
……この気持ちまで、信じて貰えないというのか。
「せめて……世界の1つでも、救って、から……」
「!」
「女神、クリュティエ……」
「それ、くらい……出来ない、と……」
「……運命は、破れない?」
「……その、後でも……まだ……この子の、こと……救い、たいって……思える、なら……」
最後に彼女は、彼と繋いでいた自分の腕を一輪の小さな向日葵にして、アポロンに差し出す。
それは媒体だ。
自分が神力を使った時に用いたもの。
他の神では無理でも、それがアポロンであるのなら。その向日葵だって使うことはできるから。だってこれは、そして自分は元より、彼のために全てを捧げたものだから。
「ごめん、ね。リヴェリア、ちゃん……」
「……これで、相子、ということか」
「ごめん、ね……」
「クリュティエ!!」
そうして、最後の最後まで謝り続けた彼女は。
自分の子を亡くしたように、リヴェリアにもまた娘を亡くすことを半ば強制してしまった彼女は。完全に全ての力を使い切り、光の粒子となって跡形もなく霧散していく。
他の神々のように天界に送還されることもない。何故なら彼女は今この瞬間に本当に消失してしまったから。この世界に残すものは何もない。
似たもの主従は最後まで、その終わり方まで、変わらなかった。幸せになって欲しいと、思わせるだけ思わせて、消えていった。周りの者達の心に、深い深い、傷跡を刻み付けて。
「……世界を、救わないと。駄目、なんだって」
「……はい」
「ノアと会うためには……頑張らないと、いけないんだって」
「そう、ですね……」
きっとそれは、彼女が友人であるリヴェリアに残した猶予。
それと同時に、試されているのだろう。
本当に自分はそれが出来るのか。本当にそれが出来るほど強い気持ちを持っているのか。そうしてことを成した後に、結局お前は他の男に目移りするのではないのかと。死ぬことなど、出来ないのではないかと。
……そう、試されているのだ。
だって女神クリュティエは、アイズのことを、信用していなかったから。彼女がノアと一緒になることを、快く思ってはいなかったから。一度裏切られて、2度目を信じるなんてことは、彼女には決して出来なかったから。
「……アイズ」
「……時間、貰えたから」
「……ああ」
「次に会う時は、もっと……相応しい恋人に、なりたいから……」
「……はい」
「だから……」
きっともう、示すしかない。
自分の行動で、表すしかない。
気持ちの強さを、証明するしかない。
きっとそうして努力をして。やり直すための時間を、見つめ直すための時間を。彼女はくれたのだと思うから。
「もう少し……もう少しだけ待ってて、ノア」
もうそこには居ない彼に、言葉をかける。
しかしそれは決して会話ではなく、決意だ。
世界を救った後にも、きっと。その達成感に満ち溢れた後にも、絶望からの解放感に決して浸ることなく。もう一度この地獄に戻って来るという、そういう決意。世界の救済は単なる過程でしかなく、最後には必ず彼を助けにいくのだという、絶対の想い。
「絶対に……助けに行くから……」
他の誰にも目移りなんてしない。
どれだけ時間が掛かっても忘れたりなんかしない。
どんな障害に晒されても、絶対に立ち止まったりしない。
ここで彼女は決めたのだ。
自分はもう姫にはならない。
彼の元まで辿り着くその時まで、姫になることはない。運命に囚われた彼を助けるまで。もう一度彼を取り戻すまで。その時まで。
アイズ・ヴァレンシュタインは。
英雄にだって、なってやると。
そう、決めた。
夜の星空。
曇る月明かり。
見上げる度に、そこに貴方が居ないものかと、探してしまう。
……ごめんなさい、ノアさん。
私、貴女とした『生きる』という約束を破ります。舌の根も乾かないうちに、本当に酷いと、自分でも思ってしまうけれど。破ります。
罪悪感はあります。
貴方が悲しむのも分かります。
けれどそこで止まるつもりはありません。
殆ど自殺のようなものですから。
これは今まで育ててくれた人達を、良くしてくれた人達を、裏切るような行いです。これ自体が自分の罪になるということも、自分なりに理解しているつもりです。……でも、それでもやります。
だって、貴方が好きだから。
もう一度だけでも貴方の、隣を歩きたいから。
……分かっています。
こんなにも貴方のことを苦しめた世界だから。きっと、何もかもが上手くいくはずなんてないって。いくら私達が過去に飛んだって、結局、色々なことが壁として立ちはだかってくる事でしょう。異物である貴方を殺すために、あらゆる手を使って、責め立ててくる。そんなことはいい加減に、私達にだって分かります。
……それでも、幸いなことに。
私達には、クリュティエ様がくれた時間があるから。
貴方とは違って、対策を立てることの出来る十分な時間があるから。
だから、絶対に貴方を助けることの出来る手段を用意してから、そちらに向かおうと思います。どんな病が貴方を蝕んでも、どんな理不尽が貴方に襲い掛かっても、それをきっと全部どうにか出来る準備を整えてから、貴方に会いに行きます。
神の意志になんか負けません。
世界の規則にだって負けません。
全部全部打ち破って、貴方を本気で取りに行きます。
「……ベル・クラネル、ですね」
「え?は、はい……あの、貴女は……?」
「ノアさんから、これを貴方に」
「っ……!」
白い髪、赤い瞳。
兎のような、そんな彼。
そうして手渡した手紙を読みながら泣きはじめてしまった彼を見て、なんだか不思議な気持ちになる。貴方の敵とも言えた彼が、どうして貴方のために泣けるくらいまでになれているのかと。本当に不思議に思ってしまう。
「僕、この前……ダンジョンの中で、ミノタウロスに襲われて……」
「……はい」
「その時に……ノアさんがくれた、エリクサーがあったから……勝つことが出来て……!」
「……そうですか」
「あの人が……"頑張れ"って、言ってくれたから……!」
「………」
きっと、そんな彼の言葉を聞いてもあなたは、『私の力ではありませんよ』なんてことを言うのだろうけれど。それでも私は声を大きくして言います。全部あなたの成した事だと。まるで自分のことのように胸を張って言います。
……そうやって、自慢します。大好きで大切な恋人である貴方のことを、私は自信を持って。こんなにも素敵な人だったんだって、自慢の貴方を。自慢したいから。
「それでは、私達はこれから遠征なので」
「は、はい……あの、ありがとうございました」
「いえ……頑張って下さいね」
時間はある。
けど、やっぱり無い。
貴方を救うその前に、世界を救わないといけない私達は。
きっと、立ち止まっていられる時間なんて何処にもない。
……こんな世界から逃げ出して、貴方の元へ行きたくはあるけれど。それではカッコがつかないから。ちゃんと相応しい人間になってから迎えに行きたいんだ。
世界の一つや二つ救えなければ、貴方を救うことなんて出来ない。
間違いじゃないとも。
むしろ、救ってやるから譲歩しろと、そう言ってやるのだ。
あなたを寄越さないと、救ってやらないと。
そう、言えるように。
「……レフィーヤ、行こう」
「はい……行きましょう。アイズさん」
負けたりなんかしない。
泣いたりなんかしない。
貴方の元に辿り着く、その時まで。
私は絶対に、貴方を救うんだ。